魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第536話 『オーヴァーロード』

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 時は少し巻き戻り、ウェスカーの猛攻を、ミナトが危なげなく防いでいた、その最中。

 何百回目になるのかもわからないが、ウェスカーはいくつものフェイントや囮の魔法攻撃を織り交ぜて、ミナトに致命の一撃を叩き込もうとして……

 その瞬間、ミナトが口を開いた。

 エルク達が散々話していたことではあるが、今のミナトとウェスカーの戦いは、一秒間に、ないし一呼吸の間に、幾度も攻撃がぶつかり合うレベルの、刹那を争う激闘である。

 よくある英雄譚や、ミナトらしい言葉で言えば、バトル漫画や特撮ヒーローで起こるような、戦闘中の会話などというものが、到底起こりえない世界での戦いなのだ。

 先程から、ウェスカーとミナトとの間に、ほとんど会話がないのも、そのため。いちいち会話……どころか、単語1つすら割り込ませるだけの時間が、そこには最早ないのである。

 ……であるにもかかわらず、ウェスカーは……確かに聞いた。

 時間にしてコンマ1秒もないであろう、自分がミナトに斬りかかるまでの間に……しつこいようだが、単語1つ、発音1文字分すら入り込めない……はずの、その刹那の時間に。



「……よし、そろそろ本気出すか」



 ミナトが、そう口にしたのが。

 それを認識したウェスカーは、ようやくこの戦いの中で起こっていた『違和感』の正体に気づき……しかしそれと同時に、強い衝撃を叩き込まれて押し返され……小さくないダメージに、膝をついた。

 そして、見た。
 ほんの一瞬……と呼ぶほどでもない時間の間に、確かに先程まで、1人だったミナトが……3人に増えて、それぞれに構えをとってこちらを見返しているのを。

 そして、時間は今に戻る。


 ☆☆☆


 『本気出す』とは言ったものの……ちょっと正確じゃないな、言い方が。
 一応、今までも僕は『本気』は出していた。
 ただ、『全力』じゃなかっただけだ。使える力の全てを使っているわけではなかっただけ。

 ちょっとばかり、慣らしてから使いたかったからね……この、『ナイトメアジョーカー』で獲得した、僕の新能力を。

 例によって、変身した瞬間に、初めて使うはずの力なのに、その概要や使い方が何となくわかるっていう、謎な状況だった。前にも同じ例えをしたと思うけど、特撮ヒーローの新フォーム的に。

 だけどやっぱり、少しずつ使ってみて、大体の感触くらいは把握してから使いたかったわけで。
 
 で、それが済んだってことで……意識して、本格的に使うことにしたわけだ。

 名付けるとしたら、そうだな……よし、これだ。


「ザ・デイドリーマー……オーヴァーロード!」


 そう言うと同時に、僕の隣に出現していた2人の『僕』が消える。

 ウェスカーはその光景に、流石に驚いたのか、しばし目を白黒させていたが……切り替えてまた攻めることにしたらしい。

 今度は自分だけで攻めては来ずに、またしても『召喚獣』を呼び出し……魔法陣の中から現れた、炎を纏った赤黒い虎の魔物と、雷を纏った巨鳥の魔物をけしかけてくる。
 『ソレイユタイガー亜種』と『サンダーバード』かな?

 ソレイユタイガーは正面から突っ込んできて、サンダーバードは大きく回り込んで後ろ側から、
 そしてウェスカー自身は、その2匹を陽動にして斬りかかってくるようだ。

 その3方向からの攻撃に、僕は……ふぅ、と息を整えて……次の瞬間、跳躍、

 前から来るソレイユタイガーの頭部を回し蹴りで粉砕し、

 後ろから来るサンダーバードを飛び後ろ回し蹴りで叩き落し、

 隙間を縫って来ようとしたウェスカーに飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 その3つを……『同時に』行った。

 超スピードで動いて、3つを『ほぼ同時に』さばいたわけじゃない。
 いやまあ、確かにほんの少しくらいはタイミングもずれはあったかもしれないけど……正真正銘、『3つ同時に』迎撃した。

 さっきと同じように、僕が3人同時に現れて。
 ウェスカーが『またか!?』って感じの顔になって、大きく押し戻されていった。

 きっとウェスカーや、船から見ているエルク達は……僕が『分身の術』か何かを覚えたのかと思っていることだろう。けど、違う。

 どれかが本物で、他が偽物……実態を持った分身とか、そういうのじゃない。全部本物の僕だ。

 より詳しく言えば、『そうしようとした』結果の、可能性の未来の僕だ。

 3方向から迫ってきたウェスカー達に対して、僕は今の攻撃の通りに……ソレイユタイガーを回し蹴りで、サンダーバードを飛び後ろ回し蹴りで、ウェスカーを飛び膝蹴りで迎え撃とうとした。
 その3つを『同時』にやった、ということなのだ。

 もちろん、普通に考えればそんなことできるはずがない。
 さっき言ったように、超スピードで動いて順番にやるならまだしも、1人の人間が3つの、全く異なる動作を同時にやるなんてこと、できるはずがない。

 が、僕はできる。
 『ナイトメアジョーカー』に覚醒した僕なら、できてしまう。

 例えるなら……ご飯を食べてその味をきちんと楽しみながら、
 テレビを見てその内容を理解して『午後から雨かー、傘持ってくか』なんて考えながら、
 家族に『醬油取って』『はいよ』ってな感じで取ってあげる。

 そんな、日常の中で『いくつもの動作を同時にやる』くらいの感覚で、僕は『同時に全く異なる複数の動作を行う』ということができるようになった。

 本来なら両立しえない、複数の『可能性の未来』を、同時に起こすことができる。
 物理法則とかそんなもの以前に、事象としてありえないことをあっさに可能にする。

 起こらないはずの未来を、無理やり引き寄せて、ものにする。
 それでいて、反動やら何やら、不都合な部分は何も起こさない。全てねじ伏せて、僕に都合のいいように無理やりまとめ上げる。

 ……まあ、余波で何かしら起こってる可能性はなくもないけど……それは今はまず、いい。

 ゆえに、僕はこの力を、『オーヴァーロード』と名付けた。

 普通の英単語として『過負荷』『過積載』とかいう意味の『Overload』ではなく、

 フィクションとかでよく見る『超越的な存在』という意味での『Overload』でもなく、

 『超越的な展開を可能にする、引き寄せる』という意味で……『Over』と『Load』。

 見事なまでに無理やりな意味当てはめ単語だが……前にも言った通り、英語の成績が10段階評価で3だった僕の限界である。どうだ参ったか。

 そんなわけで今の僕は、『同時に起こることがありえない複数の動作』を……まあ限界はあるが、いくつも同時に起こすことができる。
 言い換えれば……

 限られた時間、限られた機会のなかで……いくらでもやりたい放題できる。

 それこそ、本来は両立ないし選択が不可能な選択肢まで並行して。

 不可能を可能にする『ザ・デイドリーマー』の延長上として開花したんであろう能力として……なんて僕好みに仕上がってくれたんだろうか。

 しかも、感覚的にわかる。
 この能力、多分……まだ『先』が……まだできることがある。

 そっちについては、この戦いの中でモノにできるかどうかは正直微妙だけど……それでも問題はない。今はこれだけで十分だ。

 さて、それじゃあ……続けようか。

 他の2人の僕が消えると同時に、今度はこちらから攻め込むべく、僕は地を蹴って走り出した。

 すぐさまウェスカーは、僕との間に召喚獣……巨大な鎧の騎士『ゲリュオーン』を呼び出して盾にしようとするものの、それを真っ向から粉砕するべく突っ込んだ僕と、同時にそれを迂回してウェスカーを狙う僕に分かれる。

 真っ向から行った僕のアッパーカットと、追撃の踵落としによってゲリュオーンは秒で粉砕。

 ウェスカーはウェスカーで、突っ込んでいった僕を迎え撃とうとするが、

「がはっ……な!?」

 その背後に、『後ろから回り込んで攻撃』する僕が現れて、飛び蹴りを食らわせたため、盛大に体勢を崩して前につんのめった。

 ゲリュオーンをすり抜けてウェスカーの方に駆け出した瞬間に発生して、こっちにウェスカーの視線が向いた瞬間に反対側から超スピードで回り込んでたんだよね。
 陽動の方も十分速いスピードだったし、さすがに気付けなかったというか、気付く余裕がなかったようだ。

 よろけながらも、正面から突っ込んでくる僕に対して障壁を張って、さらに地面に地雷みたいなトラップ型の魔法を仕込んで防御しようとするウェスカー。

 トラップの方は、組まれた術式ごと踏み潰して粉砕・無効化することで強行突破し、障壁は普通にぶっ壊し……お、意外と硬いな。それならこうだ。

 拳を握り、後ろに引いて魔力を練り上げ……『土』『闇』『雷』『炎』『氷』『風』……およそ攻撃に向いた全属性の魔力を同時に込めて叩きつける。
 ガラスのようにあっけなく割れる障壁。余波で吹き飛ぶウェスカー。

 本来は相性が悪くて一緒には練れないはずの『炎』と『氷』、『風』と『土』なんかを一緒に叩きつけられるってのも……この『オーヴァーロード』の強みだな。

「く……ぅおおおぉぉおおっ!!」

 今度はウェスカーは、4つの光刃翼にさらに魔力を注いで、長く伸ばしてリーチをとる作戦に出たようだけど、即座に四方向から別な僕が出現し、腕にまとった切り刻む斬撃『エレキャリバー』で4つ全部粉砕。ついでに左手に持っていた光の刃も粉砕。

 剣1本しかなくなったウェスカーの懐に飛び込み、それでもウェスカーはその剣に魔力を集中させて振り下ろしてくるが……それをあっさり横に弾いて反らす。

 がら空きになったボディに、闇を纏った拳を叩き込み、

 それと同時に背後から飛び後ろ回し蹴りが叩き込まれ、

 一拍遅れて蹴り上げで空中に浮かせ、

 空中にいた別な僕が即座に踵落としで叩き落し、

 正面にいた僕がその胸倉をつかんで、背負い投げの要領でぶん投げて、

 吹き飛んだところに、左右の僕が同時に闇色の破壊光線を放ち、

 障壁を張って懸命に防ごうとするウェスカーに追いついて障壁を殴って砕き、コンマ秒遅れて破壊光線が到達、吹き飛ばした。

 ……何か弱い者いじめしてる気分になるなコレ……いや、傲慢とか思い上がりじゃなくて。
 多分、船の方で『うわあ……』って感じの表情になってるエルク達も同じこと思ってるんだろうな……師匠までそんな顔になってるよおい。

 けど、これ、楽しいな。
 いや、弱い者いじめがじゃなくて……この戦い方が。

 次に何をするか『選ぶ』必要がないもんな。

 相手の出方を予想して、それに対応した最善の一手を選んで繰り出す。
 攻撃か防御かに関わらず、個人戦か集団戦かに関わらず、それが戦いってものの基本なわけだけど……それをする必要がない。

 全部やればいいんだもん。やりたいこと、有効だと思ったこと、全部。
 全部やって、1つ、あるいはいくつかダメでも、残り全部が有効打になって叩き込まれる。

 ゲームで、同じキャラが1ターンに2回も3回も行動できるみたいなもんだ。ホント好き放題できる。

 欠点ないし懸念としては、こういうやり方に慣れると、普段の戦いの中でそういう読み合いをする部分がおろそかになって衰える可能性があるってことくらいか。過信というか、使い過ぎに注意だな。
 ま、そういうのはコレに限らず、全ての戦闘技能やアイテムに大なり小なり言えることだけど。

 そんな風に考えている間に、ウェスカーはもう既に満身創痍と言っていい状態になっていた。

 『ナイトメアジョーカー』になってからこっち、ほぼほぼ防戦一方……というか、『防ぐ』こともまともにできていない以上、当然ではある。

 足りなかった部分を、薬品その他で後付けで補い、通常の姿とは比べ物にならないまでに強化された力でも……どんな存在でも破れない、破ろうとそもそも思わないようなルールすら覆すこの力の前では、儚いものだったのか。
 ……なんてポエミーに言ってみる。

 ……少し、僕もセンチになってるのかもな。
 仮にも、血のつながった双子の兄に――僕もウェスカーもだいぶ体変なことになってるから、今現在血というか、DNA的なものが繋がってるかどうか怪しくはあるが――とうとう、終わりが訪れようとしている。

 だからかな、浮かれてた心が……引き締まる。
 戦闘の高揚感を残したまま、頭は冷える。目の前にいて、満身創痍で……しかし、なおも衰えない戦意を向けてくるウェスカーに対して、僕の中の何かが、こちらも最後まで全力で、真剣に相手をするように怒鳴りつけてくる。

 それは、カッコつけな部分の僕の心だろうか。
 それとも、僅かに残った、ウェスカーを血縁だと認識している部分だろうか。
 あるいは……兄弟対決に決着がつくことを憂いていた、アドリアナ母さんの思いだろうか。

 それとも、その全部だろうか。
 結論は出ないけど……いい。

 これで……決める。

 僕の目つきが変わったことで、ウェスカーもこちらの意図を察したらしい。

 4つまた作り直していた光刃翼を全て消し、左手に持っていた光の剣も消し……その分の魔力を、右手に持った剣に集中させ始めた。
 その剣を両手で持って、僕に向けて正面から構える。

 ……恐らく、あっちもこれで最後にするつもりで、正真正銘、全身全霊の一撃を放とうとしている。多分だけど、フェイントとかも使ってこないだろう。
 シンプルだからこそ『全て』を乗せられる一太刀を振り抜いてくるはず。何となくわかる。

 ……だったらそれに対して、僕も相応のやり方で応えなきゃ……無粋ってもんだな。

 普通に考えれば、『オーヴァーロード』で多方向から一気に攻撃すれば……いや、極論、攻撃すらしなくても、回避とか防御するだけで、『全身全霊』を使い果たしたウェスカーは自滅する。
 それを倒すのは簡単だ。

 けど……

(……ないな)

 そうしたくない。
 ただそれだけで、僕はその選択肢をきっぱり捨てた。

 けど同時に、こちらも『全力』を出すべきだとは思う……だから、『オーヴァーロード』は使う。

 分身(仮)は使わない。代わりに……魔力の練り上げ方を変えたいくつもの『可能性』を1つに統合して……1人では、一撃ではありえない魔力の、そして威力の乗った一撃にする。
 そんな芸当すら、この力を使えば可能だ。

 それ以外は、いつもと同じ。

 すっ、と、右足を軽く前に出し、そこに魔力を纏わせていく。
 右足を中心に、ブラックホールが発生したかのように……この表現で例えるのも何度目だったかな。おなじみ過ぎてもう忘れたかも。

 ウェスカーの光と、僕の闇。
 生き分かれた双子の兄弟が放つ、対照的な2つ。何だかな、上手くできた構図だ。

 互いに規格外すぎる魔力を収束させているがゆえに、空間が耐えきれずに悲鳴を上げる甲高い音が鳴り響く中……

「……ウェスカー」

「……何です?」

「……これで、最後だ」

 別に言う必要もなかったであろう、そんな一言が、なぜか僕の口から出て……次の瞬間、

 それが合図になったのか、それとも偶然か……僕とウェスカーは同時に地を蹴り、即座にその間にあった距離をゼロにしていた。

 刹那の間に、ウェスカーは中段に構えた光の剣を横一線に振り抜いて僕を両断しようとし、

 僕は飛び上がって、闇を纏った右足を突き出して、ウェスカーの鳩尾目掛けた飛び蹴り。

 剣と右足。2つは僕らの丁度中間の位置で接触し……一瞬の拮抗すらなく、剣が砕けた。

 そのまま、僕の右足はウェスカーの鳩尾に吸い込まれ……その胸にたたきつけられた瞬間、込められていた闇の魔力が解放され……

 超ド級のエネルギーが、あたり一帯を空間ごと破壊・蹂躙し……大爆発を引き起こした。



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