魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第532話 リリン、そしてミナト

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 ジャスニア王国北部・ヴィラドー湿原。

 他と同じく『ライン』が出現したその場所は、北部の国境の近くにあった。
 そのため、ジャスニア王国のみならず、隣国であるシャラムスカ皇国やニアキュドラ共和国にとっても、そこに出現した『ライン』は、早急に対処すべきものだった。

 その破壊及びスタンピードの魔物達による被害の食い止めのため、各国の軍が差し向けられた。

 しかし、スタンピードの対処自体は順調に行えていたものの、ある程度以上『ライン』に近づいた部隊は……そこを守る『財団』の戦闘員達や、その頭目であるリュウベエ、そして、付近の餌をむさぼっている最中だった『神域の龍』によって、瞬く間に壊滅させられた。

 運悪く、すぐに駆け付けられる位置に、それらを突破できるような『圧倒的な個』がいなかったことが災いし、3国の軍は、それ以上進むことができずにいた。

 せめてもの救いだったのは、3国が同時に軍を派遣しているだけあり、数だけはどこの『ライン』対策の軍よりも揃っていたため、彼らが陣を張っている以上の範囲に、魔物による被害を出さずに封じ込めることができていたところか。

 それでも、一番攻略しなければならないところに手が出せずに歯噛みしていた彼らだったが……そんな彼らの知らない間に、事態は急変していた。

 他ならぬその『ライン』付近で、誰にも気づかれずにしれっと入り込み、大暴れしている者がいたからだ。



「これは……成程、聞いていた通り……いや、それ以上だな……」

 ダモクレス財団の最高幹部……ではないものの、それに匹敵する実力を持つ者として、その『ライン』の守りを任されていた男……『骸刃』ことリュウベエ。

 遥か昔に行われた『蟲毒』の術式により、歪んだ不死性と規格外の戦闘能力を持ち、ネスティア王国騎士団総帥・ドレークと同格の実力者として知られている彼は、今……息を荒げ、満身創痍と言っていい状態で、片膝をついていた。

 その眼前に立っているのは、見る者全てが目を奪われるのではないかと思えるほどの美貌を持った、金髪の美女だった。

 こんな場所――騒乱の中心地である『ライン』の近くであり、そもそも『ヴィラドー湿原』自体が危険区域である――に赴くのには不釣り合いな軽装でありながら、その体には傷一つ、どころか服に汚れ一つついていない。
 周囲に広がる、戦闘痕と思しき凄惨な状況も気にせず、涼しい顔でそこに立っており……先程まで自分を殺すつもりで襲い掛かってきていたリュウベエを、明るい緑色の瞳で見下ろしている。

「なるほどねぇ……うちの子と互角って言われるだけあるじゃない。まあ、真っ当な形で手に入れた力じゃないっぽいけど。もうちょっとマシなことに使えばよかったのにね、その力」

 呆れたようにため息をつきながら、その美女……『夜王』リリン・キャドリーユはそう言った。

 大陸全体で見ても、最強クラスの実力者と言って差し支えないであろうリュウベエ。
 それを、手に持った短剣1本で軽くあしらい、1分とかけずに満身創痍の状態にまで持って行った女傑は、『そろそろかしら』と呟きながらあたりを見回した。

 その周囲では、リリンと一緒に来た4匹のペット達が、こちらも遠慮なく大暴れしていた。

 広げた翼から超威力の破壊光線をまき散らし、『神域の龍』も戦闘員もまとめて薙ぎ払い、消し飛ばしている、金色の巨鳥―――『フェニックス』のストーク。

 暴風を纏って空を飛び、凄まじい速さで移動しながら、飛んでいる『龍』を食いちぎり、引き裂いて地面に落として仕留めている、翼を持つ狼―――『龍狼・覚醒種』のペル。

 家猫のサイズながら、超高熱を帯びたレーザーで形作られた爪を手から伸ばして振るい、向かってくる戦闘員達を翻弄して切り刻み、焼き滅ぼす白猫――『ソレイユタイガー始源種』のビィ。

 魔力を帯びた岩石の砲弾を甲羅から飛ばし――しかも単発ではなく、空母の対空砲火かと思えるほどの弾幕で――見える範囲の敵全てを爆砕している、巨大な亀――『コアトータス』のバベル。

 正味な話、どれか1匹だけでも十分すぎる戦力ではないかと思えるほどの力で、周囲に布陣していた戦闘員や『神域の龍』達を蹂躙していた。
 当たり前だが、彼らもリリンと同時にここに到着したため、まだ戦闘開始から数分と立っていないのであるが、既に敵対勢力は壊滅状態である。最早掃討戦の様相を晒していた。

 あたりを見回してそれを確認したリリンは、『さてと』と正面に向き直る。

 見ると、今のを隙と見て、神速と呼ぶにふさわしい速さで飛び出してきたリュウベエが、リリンの首を狙って大太刀を振り抜くところだった。

 が、リリンは涼しい顔でダガーを構えてそれを防御し、続けて放たれる連撃も、そのダガー1本で全てさばききる。
 リーチも重量もこれでもかと言うほどに差がある得物同士の打ち合いとは思えない光景だった。

 押し切るのは無理だと見て、リュウベエは一度引いて間合いを取り……刀に『霊力』と『瘴気』をこめる。身の丈ほどもある大太刀が、毒々しい黒のオーラに染まった。

 使い手によっては魔力よりも強力な肉体・武器の強化手段となる、ヤマト皇国独特の技法『霊力』と、ほとんどの生物にとっては毒でしかない『瘴気』の組み合わせは、威力的にも性質的にも凶悪そのもの。
 並大抵の相手なら、攻撃が直接当たらなくとも当たらなくともその余波だけで致命傷になるのではないかと思えるほどだ。しかも、どちらの力も本来この『アルマンド大陸』には存在しないものであり、有効な防御手段を有している者は極めて少ない。

 実際リリンも、ミナトに聞いてそれらの存在は知っていたものの、目の前で使われている力がそれだとはすぐには気づけなかったし、その性質に詳しいわけでもなく、『お?』と、少し驚いたような表情になっている。

 極限まで高まった馬力と切れ味で両断すべく、それが叶わずとも毒によって蝕んでダメージを与えるべく、リュウベエが渾身の一振りを放つ。

 大上段から全力で放ったその一撃は、リリンの脳天目掛けて振り下ろされ……


「やだ、なんかばっちい」


 視認不可能な速さで振り抜かれた光の刃によって容易く弾かれ、刃が纏っていた瘴気と霊力も、その大半が一瞬で消し飛ばされた。

 流石に理解が追いつかず驚くリュウベエの目に映ったのは、振り抜いた後のリリンの手元。
 そこには、先程まで水晶の刃の短剣が握られていたはずが、今目の前では、光で刀身が形作られた大剣に変わっていた。

 リリンの持っていた短剣……マジックウェポン『プリズムブレイザー』は、使用者の魔力を吸い上げて、爆発的に攻撃力を上げたり、光や炎の刃を刀身として作り出すことができる。その大きさや強度、そして何より切れ味と破壊力は、使用者の力量に比例する。

 名実ともに世界最強クラスであるリリンがそれを使った上に、『ばっちい』という生理的嫌悪感から、反射的に加減を忘れて力を込めた結果が、今の一撃だった。膨大な魔力と、驚異的な攻撃力によって、リュウベエの攻撃を弾いた上に、力技で『瘴気』と『霊力』を消し飛ばした。

 その驚きは無理もないことだっただろうが、明確な『隙』でもあった。
 そして、それを見逃すリリンではなかった。

 右手に持っていたダガーを投げて左手に持ち替え、空いた右手の拳をぎゅっと握る。
 そしてそこに、恐ろしいほどの魔力を込めていく。その余波だけで周囲の空間が歪んで見える……否、実際に歪むほどの量が、女性らしい細く奇麗な指に込められていくのは、いっそ異様な光景ですらあった。

 その拳の周囲に、紫色の魔力がまるで竜巻のように渦巻き始め、それに巻き込まれるように周囲の空気が流動し、暴風が巻き起こる。

 とっさにリュウベエは飛びすさって距離をとろうとするが、それより早くリリンは、弓を引くように拳を振りかぶる。
 感じ取れるその気迫から、リュウベエは回避が不可能であると悟り、刀を縦にするように構えた。
 
 そのまま殴れば、リリンの方に刃が向いているがゆえに、刺さってしまうであろう構え方だが、リリンはそんなことは知らないとばかりに、飛び込んできて拳を振り抜き……


「ルシファー……パァーンチ!!」


 見様見真似で繰り出した、ミナトの大技。

 ミナト同様の膨大な魔力と、リリンもまた体得している『エレメンタルブラッド』により、極限まで強化されたその拳による一撃は、あっさりと刀を粉砕し、リュウベエの体の真芯を捕らえ……着弾と同時に炸裂した魔力と衝撃が、その体を爆散させる。

 直接殴った胴体はもちろん、腕も、足も……ほとんど首から下全てが消し飛んで、残ったのは首だけという有様だった。

 その状態でも、リュウベエは生きていた。
 しかし、最早そんな状態でできることは何もない。

 いかに『歪んだ不死性』があるとはいえ、これほどの損傷はすぐに直せるものではないし……そもそも、その不死性がすでに役に立たなくなりつつあった。

 首だけになってもなお、本来ならば死ぬことまではないリュウベエだが……今彼は、自身に明確に、避けられない『死』が近づいてきていることを悟っていた。

 どれだけ瘴気を込めても再生が始まらず、周囲からかき集めることもできない。
 それどころか、逆にどんどん力が抜けていく。不死者であっても、肉体を、そして命を保たせるのに必要不可欠な……根源的な何かの力が抜けていくのを、リュウベエは感じていた。

 困惑は短かった。リュウベエはすぐに、その異常の正体に思い至る。

「なるほど、これが『ザ・デイドリーマー』……総裁の言っていた、不可能を可能にする力か」

 気合一つであらゆる『法則』を無視し、『絶対に不可能』なことを可能にする。
 『不死』や『不壊』、『無敵』といった性質を武器にする、あるいはそれによって身を守るあらゆる存在にとって、まさに天敵と言っていい力。
 その力が振るわれる時、一切のルールは意味をなさない。

 首一つになろうが粉々にされようが、時間をかければ復活できる――実際リュウベエは、かつてのシャラムスカでの戦いの折、エレノアの一撃でバラバラにされ、そこから復活している――リュウベエだが、『蟲毒』によってもたらされたその不死性を、理屈も何も全てぶち抜いて見事に無視し……リリンの拳は、確実にその命を捕らえていた。

 声帯はかろうじて無事だが、肺が消し飛んでいるのでろくに声は出ない。

 それでも何とかまだ生きて、かすれたような声を出すリュウベエを、リリンは『うわあ』とでも言いたげな表情で見ていた。

「なるほど、な……味わってみると、よくわかる……この、理不尽なまでの、圧倒的な力……奴が警戒するのも、うなずけるというものだ……。貴様と、あの小僧の持つ、この力……己の、喉元に……届きうる、と……」

 それきり、リュウベエは黙ってしまった。

 見た目通りの死体になったのかと思えば、直後にリュウベエ(の、首)は、塵になって崩れ去り……風に吹かれて散ってしまった。
 おそらくは、『歪んだ不死性』によって生き延びてきたがゆえ、真っ当な命でなかったことによるものなのだろう。訪れた『死』は、その体も残さず全てを消し去ってしまった。

 少しの間だけ、『実はまだ死んでないかも』と警戒していたリリンだったが、大丈夫そうだと確認できた後、改めて周囲を見回す。

 ちょうど、ペット達が他の敵……戦闘員や『神域の龍』を掃討し終えたところのようだった。

 リリンはそして、他のメンバー達と同じように、『収納魔法』の中から取り出したメダリオンを光の柱に投げ入れ、ラインを破壊する。

 光が砕けて、空間にとけるように消えていくという幻想的な光景を前に、『おー、キレー♪』と無邪気に喜ぶリリンの頭からは、既に先程まで戦っていたリュウベエのことなど奇麗に消え去ってなくなってしまっていた。

 ……かに思われたが、ふと思い出す。

「アイツ、変なこと言ってたわね。なんちゃら財団の『総裁』が、私とミナトを危険視してるって……そういえば、テーガンが前にそいつと戦って、でも攻撃無効化されまくって殺せなかったって言ってたっけ……幻とかじゃなくて、攻撃した手ごたえがあるのに、まるでなかったことになったみたいにケロッとしてるって……」

 少し考え、

「つまりそいつ、今の剣士と同じで、何かの方法で不死身ないし無敵になってる? そんで、そういうのを無視してぶっ飛ばせる私達は……天敵ってこと?」

 これはミナトにも教えるべきだと判断したリリンは、ペットたちが集合するのを待って、その場からさっさと離れ、『キャッツコロニー』に帰ることにした。
 

 ☆☆☆


 ところ変わって『サンセスタ島』。

 相変わらず、異常なまでの成長ないし強化を遂げた『邪香猫』メンバー+αが大暴れし、一方的に財団側の戦力が蹂躙されていく中で……それは起きた。


 ―――バ キ ン !!

 
 突如、そんな音が聞こえたと同時に、空間にひびが入り……次の瞬間、まるでガラス窓が割れるようにその空間が砕けた。
 そしてその向こうから……ウェスカーが落下してきた。
 それも、ただ落ちてきたというような勢いではなく……まるで『殴り飛ばされた』かのような、矢のような勢いで。

 驚くバスク達の目の前で、ウェスカーはどうにか空中で体勢を整え、着地することに成功する。
 そしてそのまま上空を……今自分が飛び出してきた、空間の亀裂を見上げて、引きつった笑みを浮かべながらつぶやいた。

「一体、どんなインチキですか……というか、何なんですか、その力は……?」

「いや、インチキって言われても」

 その亀裂の向こうから、こちらは軽快な動きで飛び降りてくるミナト。危なげなく、しゅたっ、と『サンセスタ島』の地面に着地する。
 満身創痍のウェスカーとは違って、その体にはほとんどケガらしいケガも見られない。

 そしてその姿は、いつもの彼の姿とは違い……しかし同時に、一部の古参の『邪香猫』メンバーにとっては、かつてというかもうずいぶん前に見たことのある姿だった。

 頭に角、背中に翼、腰のあたりから細長い尻尾。
 それら全てが、黒い闇の魔力で構成されて、アクセサリーのようにミナトの体に装着された……ミナトにとって一番最初の『強化変身』たる姿……『ダークジョーカー』。

 上位互換である『アメイジングジョーカー』の完成以降は使う機会もなく、もともと完成度で言えば低い方であるその『強化変身』はしかし、この大一番の戦いで再び日の目を見ることとなっていた。

 それも……以前までとは全く違う性能、そして、全く違う『意味』を持って。



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