魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第518話 避けられない混乱に備えよ

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 チラノース帝国北西部にある、とある村。

 チラノース政府により、重い税を課されている村々は、その日食べていくのがやっとという生活を送っている。十分に腹を膨らませることなどできず、空腹をこらえ、ケガや病気に怯えながらの生活だ。

 それでも、働かなければ生き残れない。
 農具を手に取り、畑を耕し、作物を収穫しなければ、金も食料も手に入らない。食べていけないし、税も収められない。

 税を収められないとなれば、待っているのは、政府の役人からの目を覆うような責め苦か、あるいは奴隷に落とされる結末か……。
 そうならないためにも、人々は1日1日を必死に生きていた。

 そんな村人の1人が、畑作業の最中、何かに気づいた。

「おい、何か聞こえないか?」

「あん? 何かって何……確かに、何かざわついてるな。村の外の森からか?」

 村人達が森の方に目を向けた瞬間……森から大量の魔物達が飛び出して、村目掛けて走ってくる。

「う、うわあああぁ! 何だぁぁあ!?」

「に、逃げろ! 魔物の襲撃だぁ!」

「な、何でこんな急に……ち、畜生、こっち来るんじゃねえ、来るなぁああ!」

 その光景に恐怖し、逃げ惑いパニックになる村人たち。
 しかし不思議なことに、魔物達は……村人達を襲おうとはしなかった。

 もちろん、ものすごい勢いで突っ込んでくるものだから、それに運悪く当たって――轢かれて、と言ってもいいかもしれない――巻き込まれて死ぬ者もいる。だが、捕まって食い殺されるような者はいなかった。

 むしろ、邪魔だと言わんばかりに村人達を突き飛ばして、あるいは避けて走り去っていくものの方が多かった。
 まるで……魔物達の方こそ、何かから逃げ惑っているかのように。

 そのことに、時間がたつにつれて多くの村人達が気付いてきていた。

 何せ、普通に生活している時ですら、注意しなければならない危険な魔物……肉食で狂暴な狼や熊のような魔物ですらも、欠片も興味を向けることもなく通り過ぎていく。

 教われないのはいいが、別な意味で気味が悪い。多くの村人達がそう感じる中……彼らは、ふいに、森の方に目を向けた。

 そして、見てしまった。

「な、何だよ、あれ……!?」

 森の上空に飛ぶ、巨大な影を。
 こんなところでは見たこともない、いるはずもない……『龍』を。

 村人達は悟った。魔物達は、あれから逃げていたのだと。

 森で最強の魔物である、巨大な熊の魔物を、悠々と口に加え、その顎と牙で噛み砕いて血肉を啜る龍は……それを飲み下した後、村とは別な、明後日の方向に飛び去った。

 そのまま自分達が襲われなかったことを幸運に思いつつも……村人達の目には、今まで見たこともないほどに凶悪そうな姿をした龍が焼き付いていた。
 今襲われなかったからと言って、何も安心などできるはずもない。自分達が手も足も出ずに食われてしまう、森の魔物達が、姿を見ただけで、あるいはそれすら見ずして気配だけで、縄張りを棄てて逃げていくほどの魔物が、この近くに現れた。いつまた現れるかわからない。

「……あ、悪夢だ……」

 そんな感想を抱くに至ってしまっても、仕方ないことだろう。
 それほどまでに、強烈な光景だった。



 『龍』の目撃情報、魔物達の暴走、それに巻き込まれて滅ぶ小さな人里。
 それらの報告は、当然と言えばいいのか……その村のみに起こったことではなかった。

 『ジャバウォック』が呼び降ろした配下の龍達は、各地に散って思い思いに暴れた。

 その数は両手の指ほどもおり、1体1体がSランク、あるいはそれ以上の強さを誇る。
 それら全員が方々に散り、魔物を殺して食らい、邪魔な建物や森は叩き壊し、焼き払って暴れまわる。突然災害級の魔物達が大量発生したことで、チラノース北西部は大パニックに陥った。

 その騒乱は、魔物と人とを問わず伝わっていく。

 突如現れた異質な強者達に、魔物達は怯えて逃げ惑い……しかし、一部の魔物達は、本能の奥底に眠る闘志と殺意を呼び覚まされる。

 また、人々はこの危機に立ち向かうべく刃を取り……しかし、勇み足で挑んだその多くは、絶大すぎるその力の前に、あえなく散るという末路をたどった。

 発生から僅かな間で、あまりにも多くの死を生み出した災厄は、そのまま大陸全体に広がる災火となろうとしていた。

 
 ☆☆☆


 第一王女様経由で、ドレーク兄さん達からの情報が届いた。

 どうやら、ことが起こる前に『血晶』を取り返すという戦略目標は、残念ながら失敗に終わってしまったようだ。

 『ダモクレス』の連中、途中から本格的に介入を始めていたようで……こちらが仕掛けていた、暗殺を含むあらゆるアプローチが潰された上、ドレーク兄さんとアクィラ姉さんっていう、超巨大戦力を投じたダイレクトアタックすらもかわされてしまったらしい。

 ドレーク兄さんはリュウベエに(やっぱ生きてたか)、アクィラ姉さんは見たことない女幹部に、それぞれ邪魔された。特徴から察するに、セイランさんに聞いた『プラセリエル』とかいう奴だろう……女でありながら、『ドラゴノーシス』で龍の肉体を手に入れたという、『最高幹部』の1人。
 そして、その2人と戦っている間に……チラノースの皇帝を含む関係者達が、ごっそり消えてしまったそうだ。アクィラ姉さんが展開していた、転移妨害を突破して。

 ドレーク兄さん達の予想だと、『ヤマト皇国』の時にとうとう発見できなかった『麒麟』の幼体をチラノースが回収して使ってるんじゃないかって。あー……確かにアレの空間転移能力なら、結界だろうが探知だろうがぶっちぎって飛べる。
 異空間からの干渉を認識できる僕でなきゃ、気付きようも防ぎようもないだろう……あの時は、タマモさんや師匠すら気付けなかったわけだし。

 恐らくそのまま『儀式』は実行されてしまったんだろう。
 そして……多分、そのまま皇帝達は死んだ。降臨したであろう『ジャバウォック』に、用済みだってことで殺された。

 ……というのが、テオの見解だ。

「……離れていてもはっきりと感じました。奴が……『ジャバウォック』が地上に降り立ったことも、『血晶』の力によって、より強力な、より多くの『ライン』が『渡り星』に繋がったことも」

「当初の懸念通り……チラノースの皇帝から『血晶』を奪ったジャバウォックが、それを自分で使って『渡り星』にラインをつないで、仲間を大勢呼び寄せたってこと?」

「はい……恐らくは。しかし、繋がりはまだ限定的なもののようです。最初にジャバウォックが現れた場所のもの以外は、まだ龍がこの星へやってくる道筋としては弱いもののようです。そして、ジャバウォックが通ってきたものも、連続して使用するにはまだ不安定なようです」

「つまり……どのルートにしろ、まだこの星と『渡り星』が完全に繋がったわけじゃない?」

「はい。確かに繋がってはいるのですが、それらが形になるにはまだ時間が必要なようです」

 そっか……それは、不幸中の幸いだな。

 テオ曰く、もっと近くで観察してみないことにははっきりとは言えないけど、『ジャバウォック』が作ったラインは徐々に強度を増していき、いずれ本格的に一応使えるようになる。
 そうしたら、今度こそ『ジャバウォック』は、自分の軍勢を呼び寄せるだろう、とのこと。

「なるほどね……でもテオ? あんた、こんな離れたところから、その光景を見たわけでもないのに……よくそんな風に詳細なことわかるわね? 『渡り星』のドラゴンってみんなそうなの?」

「いえ……多少自画自賛ですが、私の種族が特別なんです。『メテオドラゴン』は、星々の海を間に挟んでなお、対岸の……と言っていいのかわかりませんが、別な惑星での『龍』の力の覚醒や、それを解した呼びかけを感知したりできますし……」

 ああ、そういやテオ……もとい『メテオドラゴン』は、大昔の地球の『天領』で、当時の『龍の巫女』が祈った時に、それを『渡り星』にいながら感じ取って声を届けたり、直接降臨したり……みたいなこともやってたらしいもんな。
 『龍の力』関連限定ではあるけど、それこそ宇宙空間を挟んでもそれを察知できるんだから……同じ星、同じ大陸で起こったことなら、『キャッツコロニー』にいながら、チラノース北西部で起こったことを感じ取ることも全然余裕、ってことね。

「とはいえ、具体的にどういう状態になっていて、あとどれくらいの猶予があるのか。どのように対処すればいいのかなどは、やはり、直接『ライン』を見てみないことにはわかりません」

「それについては、僕らもどのみち見に行こうと思ってたからいいよ。しかしそれなら……極端な話、今もう『ジャバウォック』はこの星にいるんだよね。今から行ってそいつ倒しちゃえば、万事解決だったりする?」

 難しいとは思うけどさ……敵の大将というか、過激派の筆頭なわけだし、そいつさえ仕留めちゃえば……少なくとも、龍がこの星を侵略ないし略奪するのに、多少なりブレーキはかからないかな……と思って聞いたんだけど、

「難しいと思います。『ジャバウォック』ですが……今さっき、どうやら『ライン』を通って『渡り星』に帰ってしまったようなのです」

 え、そうなの?
 折角来たのに、ちょっと暴れた後、部下に任せて帰ったって……ああ、もしかして、後から他の『ライン』が完成した段階で一気に……ってことかな?

 数日か数週間か、どのくらい後になるかはわかんないけど……大陸各地に複数の『ライン』が開けば、配下の龍達を連れて一斉に侵攻出来るわけだから、そのための準備に戻ったとかかも。
 聞いたら、テオも同じ見解だった。

 そうなると……あー、色々やることがあるなあ。

 まず、兎にも角にも情報集めないと。ええと、ざっと必要な情報は……

1.大陸のどこに『ライン』ができているか。
2.各地の『ライン』の状態。破壊・封印は可能か。
3.放たれた龍の種類・数・強さ・現在地など。
4.それらの龍が暴れたことによる被害。
5.冒険者ギルドを含む各所への対応の問い合わせ。
その他、細かいこと色々。

 1、3、4あたりは、各国やギルドに任せといて問題ないだろう。何かわかったら教えてもらえるように頼んでおくか、ちょいちょい進捗を問い合わせる程度でいいと思う。

 5はナナやセレナ義姉さん、アイドローネ姉さんあたりに頼む。

 僕が自分で動かなきゃいけないのは、2だろうな。時間に余裕があるわけじゃないし、片っ端からさっさと調べないと。

 幸いと言っていいのか、僕らの方の準備……強化訓練や、武器その他の開発・アップデートはほぼ終わってるから、動こうと思えばすぐにでも動ける。

 早速手近なところから、と思ってたんだけど、横からセレナ義姉さんが話しかけてきた。

「それとミナト。この事態だし……今回は冒険者ギルドも大きく動くと思うわ」

「? まあそりゃ、何かしらは動くだろうけど……」

「覚えてると思うけど、ギルドに所属する冒険者には、必要に応じて『強制依頼』が出されることがあるわ。今回は多分、あちこちでそうなると思う」

 あー、あったねそんな規則。なんかすごい久しぶりに聞いたな。

 例えば、ある街に無数の魔物による襲撃……いわゆる『スタンピード』が迫っていて、このまま放っておくと町1つが滅びかねない、犠牲者も大勢出てしまう、とする。

 そういう非常事態において、その街にいる冒険者は、ギルドから『強制依頼』を出されることがある。町や民を守るため、冒険者も総動員で動くべきだとして。

 『依頼』とついているものの、読んで字のごとく『強制』であるので、原則として拒否することはできない。依頼が出されたにもかかわらず、逃げ出して不参加だったりした場合、非常に厳しい処分が下ることになる。
 よくて冒険者資格の停止、悪ければギルド除籍の上永久追放や罰則金だな。ギルド提携の各店舗におけるブラックリストにも登録され、そういった店を利用することもできなくなる。

 せめてもの慰めと言えばいいのか、『依頼』なのできちんと報酬は出る。それも、危険手当ってことでか……けっこう割のいい感じで。
 なので、全く損しかないってわけじゃないし、中には稼ぎ時だと気合が入る人もいるらしい。

 また、『強制依頼』は、その時にその町にいた、あるいはその後来た冒険者限定である。
 拠点がその町にある冒険者でも、たまたま町を離れていたり、そもそもそこに暮らしていない冒険者は対象外だ。そういう人を名指ししてまで『強制依頼』が出ることはない。

 で、セレナ義姉さんいわく、今回は間違いなく、しかも大陸のあちこちで『強制依頼』が発令されることになるとのこと。

 『龍』が暴れた結果、縄張りを追われて気が立っている、あるいはパニック状態になっている魔物が大挙して人里に襲い掛かってくる。

 というか、既にそういう感じで滅んでいる町や村があるようだ。今のところ、全部チラノースの領内だけど。『ジャバウォック』が解き放った龍が、主にというか、まだそのへんにしか展開してないからだろうな。

 けど、大陸各地の『ライン』が開いて、大陸中でそれが起これば……各都市の防衛のため、怒涛のように『強制依頼』が出されることになるだろう。

 さっき言ったように、『強制依頼』はその時そこにいた冒険者にしか出されないので、基本的に拠点である『キャッツコロニー』にずっといる僕にはあまり縁のない話だ。
 が、調査とかで行った先の都市で『強制依頼』が出る、あるいは既に出ている場合、その時は僕にも参加義務が生じてしまう。

 危険とかもそうだが、それ以上に都市の防衛に時間をとられて拘束されることになり、『ライン』の調査のための時間が無くなってしまうのはまずい。だから……各都市には悪いと思うけど、極力近づかない方向で動かせてもらおう。

 と、ひとまず今後の注意点を考えた……その時だった。

 『ミナトごめん、クロエだけど……今いいかな!?』

 突然、『指輪』の念話機能を解してクロエから、何やら切羽詰まった様子の声が聞こえた。

「え、何クロエ、何かあったの?」

『うん、ちょっと外出られる!? 今、『キャッツコロニー』内に何かが侵入してきた反応があって……監視カメラで見てみたら……』

 その先に続いた報告を聞いて……僕は耳を疑った。
 急いで外に出て、クロエに教えてもらった場所……拠点入り口からすぐのところにある、広場みたいになっているところに急行した。

 そこで、僕らを待っていたのは……
 
「エータちゃん……。それに……ゼット……お前、一体何が……!?」

 ボロボロになって倒れ伏している、意識も既になさそうな黒い龍……ゼット。

 そして、自分も血まみれでありながら、ゼットに抱き着き、寄り添って、ぽろぽろと涙を流しているエータちゃんだった。
 
 彼女は僕に気付くと、かすれたような声で、どうにか絞り出すように言った。

「み、ミナトさん……! お願い、ゼットを……ゼットを助けて……!」



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