魔拳のデイドリーマー

osho

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第15章 極圏の金字塔

第276話 経過報告と今後の予定

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探索開始から2日目の夜。
オルトヘイム号の来客用スペースに、憩いの場として作られたバーにて。

「……いや、いいことなんだというのはわかる。わかるんだ。普通なら間違いなく死人が、それも、おぞましいほどの数出るような、過酷極まりない任務を……こうまで順調に進められているんだからな? けどな……限度というものがあると思うんだ。いや、あるはずなんだ」

「……いつも、お酒入るとこんな感じなんですか?」

「いや、俺もこんなんなってんのは初めて見る……」

「相当に、なんというか……神経をすり減らしているようだな、リーダー」

「楽すぎて逆に、か。ま、そうはいってもこれが現実だし、悪いことが起こってるわけでもねーんだ。時間はかけてくれていいから、慣れてくれや」

「その前に任務が終わるかもしれませんけどねー」

説明すると……なんか、クレヴィアさんがひどく疲れた表情でお酒飲んでて、冒頭のセリフ。

それをいぶかしんだ僕が、彼女のチームメンバーで、同席していた2人……ヴォルフさんとレムさんに尋ねて……その返答に、ブルース兄さんとメラ先生が返した。

どうやら、クレヴィアさん……僕らに関わると、ほとんどの人が発症する病気に苦しんでいるらしい。え、何かって? ……エルクがこないだ『否常識酔い』っていう、なんとも不名誉な名前を考えてくれてたっけな。

ともかく、簡単に言えば、過酷なはずの任務が、僕ら提供の発明品や、異常な戦闘能力によってパカパカ達成されていく現状に、自分の中の常識とか、色々と蹂躙されてるようだ。

「楽なのはいい、いいんだが……行きすぎて感覚がおかしくなりそうだよ。そもそもだな……この任務は、本当に苦しいもののはずだったんだぞ? 状況を考えれば!」

曰く……主にこの国で冒険者をやっている彼女たちは、今までの経験や実績、そして独自に調べ上げた現場の環境なんかを鑑みて、今とは180度違う状況を想定してたらしい。

極寒の環境下で探索を進めるなんてこと、本来ならばただの自殺である。
屈強な冒険者や傭兵が、相当に準備をして装備・消耗品をそろえて何とか、ってレベル。しかも今回はそこに、水中の探索や、その環境下での戦闘まで行われる前提なのだ。

それを計算に入れて彼女たちが考えていたのは、もっと凄惨かつ過酷な道程だった。

重装備、という他ないレベルの防寒具で身を包み、極寒の中、歯を食いしばって進む。
比喩表現抜きに吹き飛ばされそうな暴風にさらされ、視界は効かず、体温の低下に関節と筋肉が悲鳴を上げる中、それでも前に進む。互いに互いを見失わないように、注意しながら。

戦闘ともなれば、その環境に慣れた魔物との戦いに、死を覚悟しながら決死で挑む。
陸上だろうと、海上だろうと、それは変わらないだろう。

野営ともなれば、分厚い素材でできたテントを、吹き飛ばされないように杭で固定し……しかし、それでも寒さを遮断することはできないだろう。そのテントの中で、マジックアイテムで精いっぱい暖を取り、毛布をかぶって、必要なら身を寄せ合って温まりながら眠るのだ。
寝袋は使えない。いざという時にとっさに動けない状況に身を置くのは危険すぎる。

食料も、全く満足いく量・質を持っていけるとは思えない。
クレヴィアさんクラスの冒険者ともなれば、当然、収納系のマジックアイテムは持っているが……その収納する容量は決して多くはない。しかも、そこには食料以外にもいろいろと入れておかなければならないものもある。

僕らが当然のように使ってる収納系アイテムは総じて異常な部類に入る。

普通のそういう系のアイテムは――レア度高いから、普通っていう言い方も変なんだけども――せいぜいちょっとしたワンルームアパートの一室とか、個人向けのレンタル倉庫ぐらいの容量だ。しかも、入れるものによっては不都合がある。

入れてる間、時間が止まるなんてこともほとんどないし。食品とか入れておけば、腐る。

だから、持ってくアイテムを厳選して、厳選して……食料、薬品、その他消耗品を最適なバランスでそろえた状態で、クレヴィアさんたちはこのクエストに挑んだ。
過酷な道中を、不屈の意志で切り抜けるために。

……で、実際に参加してみたら、いい意味で予想を裏切られまくったと。

装備は……現在の普通の装備にプラス1で着用する程度で、毛皮のコートを着るよりもよほど寒さを遮断してくれるマジックアイテムによって、大幅に簡略化。動きにほぼ支障なし。体温の低下はもちろん、暴風や視界の悪さの軽減、位置の把握可能になる装備がさらにプラス。

寝泊りは、南国かはたまた春の陽気かと思うほどに温かく快適な船の中で。
普通にベッドで寝れるし、風呂にも入れる。洗濯までできる。もちろん凍死などという心配は皆無だし、強力なシールドで魔物対策も完璧。
おまけに、普通に豪華で美味しい食事が、好きなだけ食べられるよう用意されている。

そして……探索も同じように、マジックアイテムのバックアップを受けて順調すぎるペースで進んだばかりか……その末に起こる戦闘は、僕以外にも複数いる、異常なレベルの戦闘能力の持ち主たちによって、苦戦する様子すらなく瞬殺していく始末。

誰が脱落して死んでも怯まず進もう。極寒地獄の中、命を懸けて戦おう。いざという時には、恥ずかしさを押し殺して、身を寄せ合って互いの体温で温まりながら……という覚悟さえ決めていたらしいクレヴィアさんの驚愕と肩透かし感ときたら……まあ、推して知るべし。

「……さっきのセリフを引用するようだがな……ミナト殿、あなた方はいつもこうなのか?」

「んー……どうだろ? いつもは……まあ、何か小細工したり、マジックアイテムに頼るより早くたいてい終わるから、そうじゃないというか……比べるのはちょっと難しいかも」

「……世界は、広いな。私など、まだまだ若輩ということか」

若輩って……あなた僕より年上でしょうに。
あ、でも僕の前世含めれば、僕の方が上か? どうでもいいけど。

「しかし、このまま順調にいってくれれば、それはそれで好都合だろう。肩透かしは確かだが、我々も別に無理して苦労したいわけでも、犠牲を出したいわけでもないしな……あ、コレ美味い」

と、ダークエルフのレムさん。
飲んでるのは……何だっけ? 『カオスガーデン』でとれるブドウを使って、姉さん達が新しく作った酒だったはずだけど……僕飲まないし、酒にあんま興味ないからうろ覚えだな。

……ただ、ボトル一本に金貨単位での値段がついてたことだけは覚えてるけど。
来月あたり、マルラスで販売が始まるんじゃなかったかな? 完全受注限定生産で。

教えたらどんな顔するのかちょっと興味がわいたけど、それより早く口を開いた人がいた。

「それよりミナト、この海域の解析、進めてんだろ? ピラミッドの位置とか数とか規模とか、他に何かわかったのか?」

「あーまあ、ざっとだけど、一応ね。ピラミッドは……魔力反応の位置とか規模からして、多くても10個はないと思う。場所も大体絞れた。ただ、1つ1つのピラミッドに複数体の魔物が封印されてるだろうから……倒す魔物があと何匹いるかまでは不明。大きさも違うだろうしね」

「仮に、ピラミッド1つに3匹魔物が封印されているとして、それが仮に9個とすると……27匹ですか。しかも、その全てがおそらくはAAAランク以上……Sランクも混じっている」

と、メラ先生。それを聞いてクレヴィアさんは、

「普通に考えれば絶望的な状況だな……私も、2日前にそれを聞いていたら、覚悟は決めつつも、眠れぬ夜を過ごしていたかもしれん」

「今は?」

「……油断がよくないのは重々承知した上で……何とかなってしまいそうな気がしている」

慣れてきているというべきか、毒されてきているというべきか。

☆☆☆

探索開始から、今日で2週間。
おおよそその通りに戦況は移ろっていった。

僕らは場所に応じて、陸上を進んでピラミッドがありそうな場所を探したり、こないだと同じように水中にもぐって探したり……。

当時の『ルルイエ』は、それは頻繁に、そしてあちこちに場所を変えていたようで……ロケーションは様々。潮汐の関係で水上に出てくるものもあれば、めっちゃ暗い海中で戦わなければならないものもあった。

そして、出てくる魔物もやはりというか粒ぞろい……ちょっとヒヤッとさせられる場面も、何回かあったりする。下はAA、上はSランク……そんなのと1日に何体も……

青白い半透明な体を持ち、水と氷に加えて、風の魔法までも使って襲ってくる氷属性のアンデッド『ダイアモンドダストレイス』、

すごい懐かしい魔物『リトルビースト』の進化形……大きさ5mを超える大きさと、丸太みたいな……という比喩表現すら生ぬるい四肢をもつ巨獣『バーサクルビースト』、

体が氷でできたゴーレム系の巨人『アブソリュートタイタン』、

以前にも戦ったことがある、九つの頭を持つ蛇『ヒドラ』、

ひげの生えた超巨大な半魚人……名前は有名な『ポセイドン』。決して神様ではないけども。

そして、こいつが一番めんどくさかったんだけど……触手まで含めれば、全長数十mにもなろう大きさの、超がつくレベルの猛毒のクラゲ『キロネックス』。

常人ならば触れただけで即死するような猛毒を持ち、触手一本かすらせるだけで致命傷となるこの相手……しかも、海の中、離れた場所から触手を伸ばして攻撃してくるもんだから。
『オルトヘイム号』に乗っていないところで襲って来たもんだから……

一回かすっちゃって、めっちゃ痛かった……ちょっと赤くなったし。
僕でコレなら、たしかに常人なら即死だろう……あの『アトランティス』で戦った『ライオットスライム』より強力……というか、油断しすぎだな、気を引き締めないと。

まあ、なんというか……こんな連中が攻めて来たなら、封印する手段に出ても……そりゃ仕方ないだろうな。放っておけば、都市丸ごと壊滅してもおかしくない規模だ。
アトランティスと違って、防護系のシステムも完璧じゃなかったようだし。

ともあれ、そんな繰り返しでピラミッドを発見しては、解体作業という名の戦闘を繰り返し……最初はあっけにとられて脱力していたクレヴィアさんたちも、どうにかこの『否常識』な空間に順応してきたあたりである。

装備その他に疲れるのはやめて、その分、心身にできた余裕を、戦闘や探索に生かせるようになってからは……さすがは、冒険者としてのキャリアの長さで言えば僕らをはるかに超える彼女たちだけあり、活躍してくれた。

今ある装備をどう生かして進めるのが一番効果的か……地元民ならでわの見地から助言してくれたりもしたし。

……この装備があるのは今だけだろうから、これになれちゃうと後が大変そうだ、とかなんとか軽口をたたく余裕も……いや、半分くらいは結構切実そうに言ってた気もする……か?

ともあれ、だ。ピラミッドは大方破壊した。

残る魔力反応は……1つ。
ある理由から、簡単には探索を進めることができず……やむなく後回しにしていた反応場所。

その場所というのが……『ヒュースダルト環礁』のど真ん中だ。



現在、会議室。

モニターに地図を映して、最後の探索場所について話しているところだ。

映っているのは、僕らが他のピラミッドを『解体』している間に、クロエ達に頼んで、『オルトヘイム号』の各種システムを使って観測してもらった、『ヒュースダルト環礁』中心部のデータ。

『サテライト』を使って調べた地図だけど……ぱっと見ただけでも、そのめんどくささがわかるってもんだ。

『ピラミッド』から発せられている魔力で解像度が悪い上、見えている部分だけを見ても……これは……

「……迷路、じゃのう」

テーガンさん、そう、ぽつりと。
その通り……まるで、自然の迷宮、って感じだ。

中心部には、潮汐によって大部分が海に沈んだり、陸になったりを繰り返す小島があり……しかもその形状が、サンゴ礁でできているせいだろう、見る限り独特だ。

一言でいうと……穴の開いたすり鉢。

中心にいくほど低くなってて、しかもその内部が、入り組んだ迷路みたいになっている。谷間みたいに切り込み状の通路になっているところ、トンネルになっているところ……様々だ。本当に、迷宮っていうか……海の上のダンジョン、って感じ。
もちろんというか、魔物もきっちり住んでいる。『封印』の魔物以外にも、危険なのがわんさか。

さらに滿ち汐の時には、島の周辺と大部分の陸地が水没するだけでなく……内外をつなぐ穴から海水が流入し、迷宮内部も大部分が水没する。引き潮の時に油断して奥まで入りすぎると、そのまま水没・溺死して全滅……なんてことにもなりかねない構造だ。

……しかも、この迷宮のどこにピラミッドがあるかわからない上に、地下で広がっている部分を考えると、かなり広い……。

おまけに、他の個所よりも拡散して周囲に満ちている魔力が強くて……映像のノイズが酷い。
つまり、ここには他のピラミッドに輪をかけて厄介な魔物が多数生息している可能性がある……ということであり、にもかかわらずそのおおよその位置すらつかめないわけだ。

「一応空も飛んで……えーと、何だったかしら、高解像度カメラ? で島全体を撮影して調べてみたんだけど、それらしきものはなかったわ。見込み通り、地下ないし水中にあるんでしょうね」

「しかし、これまでと違って、周囲をここまでびっちり陸地に覆われているとなると……やはり、徒歩で探すしかない、ということか?」

「この船に搭載のシステムで解析しきれなかった以上、そうなる」

エルクの報告に、クレヴィアさんが質問し……それに答えたのは、ネリドラ。
それに続く形でクロエも、

「色々やってみたんだけど……これ以上の解像度のものは作れなかったわ。ないよりはまし、くらいに考えてもらうしかないかも……」

「いや、十分だろう。もとより、一切の補助情報がない環境下での探索を視野に入れていた……悪く言うつもりは毛頭ないが、これまでが恵まれすぎていたのだ」

と、クレヴィアさん。
その向こうで、軍人2人や、彼女のチームメンバーたちも同じようにうなずいている。まだきちんと頭の中に常識というものが残っていた様子だ。

「けどそれなら……明日からのここの探索は、準備を整えた上でのピクニックになるわけか」

「サバイバルの間違いだろ? それも……一泊や二泊じゃ終わらねーかもな」

ブルース兄さんからのツッコミ。

「こないだクレヴィア嬢ちゃんが言ってたみてーに、きっちり準備整えて、本腰入れて調査することになるな……今までのヌル旅とは決別と考えていい。……ま、こいつのことだから、それでもマジックアイテムやら何やらどっさり持ち込んむんだろうが」

「もちろん。楽できるところはとことん楽するよ。ただ……さすがにここで寝泊まりしてた今までに比べれば、過酷なコースになるかもね」

「うふふっ、未開の超危険区域、しかも過酷極まる環境の探索ですか……」

「昔を思い出すのう……おまけに魔物も待っておるようじゃし、血が騒ぐ」

「へっ、ったく、普段は枯れて大人しそうにしてるくせして、本性はこれだもんな……全く何というか、俺たちゃいつまでたってもコレか。年寄りの冷や水って言われても待てすまん悪かった軽率というか失言だった。だからマジすまん、謝るから許せテレサ光が熱が熱っっつい!」

あ、この3人は当然というか、余裕ある感じで安心だ。昔なじみ同士の軽口の末、失言から師匠がテレサさんの指先に出現した光球を近づけられて粛清されそうになってたけども。
あ、椅子ごとひっくり返って頭から床に……痛そう。

「まあ、それはさておき……出発は明日朝食後、午前8時でどうです?」

「妥当なところですな、それまでに荷物をまとめておくとしましょう……いつもより、持って行った方がいいものが多そうだ」

「ええ……むしろ、各種消耗品の補充を行いたいくらいですね。これまでほぼ人が立ち入ったことがないダンジョンの探索となれば、いくら準備してもしすぎということはないですし……そもそも少人数で行う任務かというところなのですが」

「でしたら、倉庫とかにひとそろえありますんで、言っていただければ出しますよ?」

軍人二人の懸念にそう答えておくと、ラインハルト中佐さんから、

「お気遣いはありがたいのですが……必要なのは軍用品ですし、さすがにないでしょう? 水中での使用で摩耗してしまった分の補充ですから……さすがに予備はありますし、大丈夫ですよ」

「いや、事前にオリビアちゃんに聞いて、必要になりそうなのを一通り仕入れてあるんですよ。代替になるような市販品ですけど……いくつかはこっちで魔改造してチューンアップしてあるんで、なんなら本家本元より高性能に仕上がってますし」

「……そ、そうでしたか……しかし、よろしいので?」

「ええ。出し惜しみなんかして犠牲が出たんじゃ目も当てられませんし……ああでも、一応こっちでテストはしてあるとはいえ、実戦投入は初めてなんで、試供品扱いになるのかな」

「やれやれ、つくづく規格外のお方ですな……」

「すごいでしょう、私も姉弟子として鼻高々ですよ」

「違うっつってんだろ」

そんな軽口をたたきつつ、僕らは明日から始まる、最後の島……『ヒュースダルト環礁』中心部の水没島の本格的な調査に向けて会議を進め、それが終わり次第、体を休めるためにそれぞれ自室に戻るのだった。

いよいよ、この威力偵察?任務も大詰めだな。
……長かったような、短かったような。

……思えば……サバイバルなんて久しぶりだな。
『オルトヘイム号』を手に入れてからは、護衛任務とか以外は、ずっとそれで寝泊まりしてたし……そういう護衛任務では、移動が主な目的だから、危険区域を通ったりはあんまりしない。

ましてや最近は、アイドローネ姉さんの『派出所』で請け負う高ランク任務ばっかりだったから、こういうのとんとご無沙汰だ……いい機会だ、ちょっくら勘と感、それに観を取り戻すとしよう。

……さっき言った通り、基本、楽できるところは楽するけどね。



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