魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第515話 作為的な急展開

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 ネスティア、ジャスニア、フロギュリアがチラノースに宣戦布告してから、まだそんなに経ってないわけなんだけど……なんかもう早くも戦況は末期らしい。
 無論、負けそうになってるのはチラノースです。

 勢いをつけようとしてローザンパークを襲って来たチラノースだったけども、無数のパンジャンドラムと、『神域の龍』すら一蹴する『デストロイヤー・ドラゴン』の前に、あえなく壊滅。

 その傷が癒えないうちに、3国から宣戦布告が入り、チラノース帝国は大陸に置いて、他の『大国』及びその傘下の国々から完全に孤立した。

 どうすればいいんだコレ、ってあたふたしてる間に、どんどん連合国の軍は入ってくる。

 食い止めようとチラノースも軍を差し向けるものの、会戦に至ることすらできずにことごとく壊滅している。

 それぞれの国には、僕の発明品である『ベルゼブブ』を、それを使った『即席人外魔境作戦』と共に提供している(もちろん信頼できる相手にだけ)ので、ほぼほぼ数頼みのチラノース軍では、それにはまった時点で突破も撤退もできずに、都度壊滅してる、というわけ。

 結果として、戦争と言いつつも、現場ではほとんど戦闘らしい戦闘が起こらず、たまに散発的にやってくる落ち武者的な敵兵や、全然関係ない魔物とかを相手にするのみ。
 昨日テレビ電話で話したイーサさんは、『わしの知ってる戦争と違う』って、苦戦してるわけでもないのにどこか疲れた顔をしていた。

 いいじゃないのよ、労せずちゃちゃっと片付くんであれば。

 そして、その3か国の侵攻と同時に、あのテロリストがとうとう動いたらしい。

 『蒼炎』のアザー。国際的に非常に危険視されているテロリストにして、ドレーク兄さんと同等の力を持つ怪物。

 チラノースの領内に潜入し、民衆を扇動して暴動を次々起こしてるらしい。鎮圧しようとする軍は、アザーとその部下達が対応し、民衆は代表者を選んで政庁やら何やらを占拠し、チラノースの腐った支配からの脱却を叫ぶ、みたいな。

 既にいくつもの大都市がそうして陥落している。中には流通の要所や軍の住協拠点なんかも混じっているそうで……戦争にもモロに影響が出ている。

 外からは他国に攻められ、それに対抗しようとするも、戦線を支える国内はテロリストに食い荒らされていく。

 しかも、両者はうまいことばらけて配置されていて、3国の軍はもちろん、それらとテロリストが出没する町がかち合わないようになってる。連携しているかのように鮮やかに、速攻でチラノースの国力を削ぎにかかっている。

 おまけに、3国の軍は、圧制に虐げられている村々に食料を支援したりしながら進んでいる。
 その分やや行軍速度は遅くなってるそうだけど、野営とかのタイミングに合わせて行っているので、スケジュール的にさほど問題はないらしい。むしろあまり急ぎ過ぎても、兵達の疲労になるからって、ペース調整の一環みたいに考えているそうだ。

 加えて、そのボランティア的な行いにより、民心を確実につかんでいるそうだ。
 餓死寸前になるまで追い込まれていたその人達に、最早チラノースのへの愛国心も忠誠心も欠片も残ってはおらず、食べものをくれた他国の軍に心から感謝して、心を開いているって。
 そして、食べ物は僕が作って提供した『フードツリー』で作ったものなので、自分達の食糧事情が悪化することもない。

 一部で、『神の奇跡じゃー』とか言って崇められそうになった事例があったらしいが……不覚にも笑ってしまった。
 奇跡じゃないです。思い付きと好奇心の産物です。

 こんな感じで、ついには国民の支持も失い(もともとあってないようなもんだったみたいだが)、チラノースの明日は風前の灯である。
 
 全体的に因果応報だけどね。これまで散々バカやって、国内外に迷惑かけてきたわけだし。
 その分のツケを今、支払うことになってるってだけのことだ。

 これはもう、よっぽどのことがない限りもう負けはないだろう。
 こないだ聞いた第一王女様の見立てでは、早ければ数日以内に決着がつく見込みらしい。 

 戦闘らしい戦闘は、恐らくもう、兵力がある程度以上集中している大都市の近くに行かなければ起こらない。それ以外のエリアは、もうほとんどスルー状態で行軍は進んでいる。
 その大都市も、何カ所かはアザーが制圧しているので、チラノースの手を離れてしまっているというありさまだし。

 下手したら、最初で最後の一戦が、帝都での防衛線になるかもしれないそうで……そうなったら、3国の軍が一斉に襲い掛かるわけだな。

 チラノースの帝都……アルジャヤとか言ったっけか。どんな構造になってるかわからないけど、はたして3か国の軍を相手にどれほど耐えられるやら。
 いざとなったらってことで、イーサさん達には城攻め用のマジックアイテムも提供させてもらってるからね……いくらでも早く、被害を少なく終わらせてもらうように。

 そんな感じなので、最早勝敗に関してはあんまり心配はしてない。

 ……むしろ心配すべきは、自棄になった帝国側が、バカなことをやらないか、ってことだ。
 これに関しては第一王女様達も同意見のようだった。

 今現在チラノースが運用してる『神域の龍』は――こないだ全滅させたけど――『血晶』の試運転として召喚・使役しているものだ。
 彼らが『本番』と呼んでいるらしい、本格的な召喚の儀式は、まだ行われていない。その準備が整う前に攻め込んでるんだから、当然といえば当然なんだけども。

 けれど、このままでは負けると悟った帝国が、一か八か的な考え方で『血晶』を使い、『渡り星』に繋がるより強力なラインを作り出そうとすれば……その時は、テオが懸念していた通りの事態が起こりかねない。

 すなわち、『渡り星』から、地球を、そしてそのエネルギーを虎視眈々と狙っている過激派の龍達が地球に降臨し……暴れ出すという災厄が。

 一応、ちゃんとした準備がなければ、失敗する確率の方が大きいものではある。宇宙空間を超えて惑星同士をつなぐんだから、そりゃそんな術式が簡単であるはずがないし。
 けど、もし成功してしまったら、と考えるとなあ……

 こういう時の悪い予感って、えてして当たることが多いから……不安だ。


 ☆☆☆


「この無能者どもめがぁ! いつになったら『儀式』の用意が整うというのだ!? この大事なっ……いや、この祖国の未曾有の危機に、お前達は一体何を悠長なことをやっているのだ!?」

 ここ最近、最早恒例となりつつある、皇帝の癇癪と怒号。
 会議室に響き渡っているそれは、今日は、『本番』に向けた研究を進めている、専門家達の代表者からの報告を受けてのものだった。

「『血晶』は既にある! あとは儀式に最適な場所を整え、術式に干渉するための最適な手順を吟味するだけだと、貴様は言っていたではないか! あれは偽りだったと申すか!?」

「そ、そのようなことは決してっ! し、しかし、何分前例がないレベルの大規模な魔法儀式です……手順1つとっても慎重に見定めていかなければ、最悪の結果になりかねず……」

「今のこの状況以上に最悪なことなどないわ! 旗揚げ以来、多くの弱小国を飲み込んでここまで躍進を続けてきたわが国が、それを妬んだ侵略者共によって国土を踏みにじられ、奪われ続けておるのだぞ!? それを貴様らは黙って見ていることをよしとするのか!?」

 他国からすれば、責任転嫁も甚だしい物言いではあった。疎まれることはあっても、妬まれるような国か、とでも言いたくなるだろう。
 しかし、自分に都合のいい言葉や報告以外は全て『不当なもの』に聞こえてしまうという、たちの悪いフィルターがかかった皇帝の耳に、誰がどう言おうがそんなことは届かないのは自明だ。

「軍部は軍部で、祖国の地を土足で踏み荒らす無法者共を追い返すことすらできず、みすみす領土を明け渡しているこの体たらく……貴様ら揃いも揃って、それでも愛国の忠士かぁ!?」

 事ここに至ってなお、『愛国心』や『忠義心』、あるいはそれに類する言葉をまき散らし、それを根拠にして部下達の不甲斐なさを責める皇帝。
 最近、怒号の中で急激に出番が増えてきた言葉でもある。

 見る者が見れば、『国としての末期症状だな』と悟るだろう。
 そんなものがあったところで、出来ることはできるしできないことはできない。本来、物事を成し遂げるための力ないし指標にすべきものではないし、逆に言えば、そんなものを引っ張り出さなければならないほどに、状況は追い込まれているということにもなるのだから。

「最早待つことなどできぬ! 研究部門は一両日中に儀式の手順と場所の選出を終えて報告せよ! それすらできぬというのであれば、1日遅れるごとに貴様らの家族を1人ずつ処刑する!」

「そ、そんな!? それはあまりに横暴です陛下! 1日2日で結果を出せなど、あまりにも無茶な……」

「祖国の危機に怠慢で研究の進捗を遅らせる愚か者共の尻を蹴り飛ばすだけだ! それを横暴だと!? 貴様、誰に物を言っているのかわかっているのだろうな!? 次に不届きな口をきいてみろ、まず貴様の首を切り落としてくれようか!」

 言い返せば死ぬ。言い返さず、無茶を受け入れれば……家族が死ぬ。どう考えても、一両日中に結果を出すことなど不可能だ。

 かといって、不完全な報告を上げて儀式を実行でもすれば、儀式は間違いなく失敗する。
 その時は恐らく、この暴君は一族郎党を皆殺しにするだろう。

 前門の虎後門の狼……と言うにも生ぬるい状況に、何も言えず閉口するしかない研究者。

 しかし、救いの手は意外なところからもたらされた。

 コンコン、と会議室のドアがノックされる。
 皇帝は『何だ!?』と苛立ちそのままに問いかける。このところ、こういうタイミングでもたらされた伝令ないし報告が、吉報であった試しがない。

 しかし、今回はどうやら違ったようだ。

「失礼いたします、皇帝陛下」

「ぬ……貴様か。何の用だ、サロンダース?」

 扉を開けて入ってきた中将・サロンダースは、会議机の反対側から皇帝の正面に立って一礼し、

「ご報告いたします。北西部にて、他国との内通を企てていた反逆者共の討滅、滞りなく完了しましてございます」

「ふん、そうか、よくやった。褒めてつかわす」

 声音は全く褒めていないし、その気もないようだ。
 先程までのやり取りが余程不快で、それが他の者……全く無関係な、吉報を持ってきたはずのサロンダースとのやり取りにまで尾を引いていた。

「ならば軍議の上、次の指示を出す。それまで待て」

「お待ちください陛下、もう1つ報告すべきことがございます」

「何だ……手短に話せ、私も忙しい。どこぞの無能共のせいでな」

「はっ。陛下におかれましては、私が国内各地へ任務で赴く際、こちらに出向している『ダモクレス財団』の職員を同行させ、現地での調査などを行わせていることをご存じかと思いますが」

 『ダモクレス財団』は、帝国と情報などをやり取りしたり、技術支援を行うため、大使のような立ち位置で、国に常駐する職員を何人かおいていた。
 もちろん、皇帝もそれは認めた上でのことで……その世話役や護衛として選抜された者の1人が、サロンダースだった。ゆえに、必要に応じて彼らと行動を共にすることが多い。

 皇帝やその側近達からすれば、『使える』組織とはいえ、得体のしれない怪しい連中と関わりを持つのは嫌だったため、体よく彼に面倒事を押し付けていた形だ。

「もちろん知っているが、それがどうした?」

「同行させた『財団』の研究部門の職員から報告を受けました。『儀式』に必要な情報を大方揃えることに成功したので、提出する、とのことです」

「何……それは本当か!?」

 先程まで自分の頭を悩ませていた事柄。まさにその突破口とも言えそうな内容に、皇帝は身を乗り出して続きを促す。
 皇帝だけでなく、無謀な仕事を押し付けられそうになっていた研究者や、それ以外の家臣達も注目する中で、サロンダースは続けた。

「軍務に同行する中で、『儀式』を行うのに最適な場所の選定を完了したそうです。それと並行して、その場所の環境等と儀式の特性をすり合わせた、詳細な手順のあたりをつけることもできた、と。それだけではまだ不足があるのですが、今日にいたるまで、帝国の研究者達が続けてきた研究の内容とすり合わせを行えば、何度かの試行の末、完成に至る可能性が極めて高いとのことです」

「そうか……そうか! よくやったぞサロンダース! 『財団』の連中にも、私がほめていたと伝えるがよい!」

「はっ……」

 先程とは打って変わって喜色を露わにした皇帝は、続けて、先程まで自分が苛烈に責め立てていた男……帝国の研究者に向き直る。
 口調はやや厳しめのままだが、幸か不幸か、こちらにも直前の感情が尾を引いていた。

「よし、ならばお前達はこれより『財団』の者達と連携して、『儀式』の準備を進めよ! サロンダース、『財団』の者達は、完成までにいかほどかかると言っていた?」

「万全を期すならば、4日あれば確実と。その間に、実行する場所への移動準備も合わせて行ってはいかがか、とも言っておりました」

「ふむ、まあよい、そのくらいならば待とうではないか」

 上機嫌のままそう言って頷く皇帝。

 先程、自国の研究者に『3日』という期限を突きつけて、家族すら人質に取った時の形相は最早見る影もなく、それより1日長い要請を飲んでいた。
 それに研究者が思う所がないではなかったが、突けば藪蛇なのは確実なため、口を閉ざす。

「軍部並びに関係各所も準備を急げ! これより我らは、『儀式』の本番の執行を待って、我が国の領土を不当に踏みにじる愚か者達への逆撃を始める!」


 ☆☆☆


「……そうか、やはり時期が早まったか」

『戻ってきた者達の報告から推察するに、間違いないかと。人や物資の流れからして、明らかに本格的な軍事行動に向けた準備が行われております。攻め込まれているこの状況からすると、不自然を通り越して下策ですが、我らを迎え撃って返り討ちにできる算段があるとするなら……』

「先の先を読んだ妙手足りうる、か。それほど甘くはないというのにな」

 国王・アーバレオンは、遠征しているイーサからの報告を、PCを使ったテレビ電話越しに聞いていた。

 今のところ負け続けで、控えめに言っても風前の灯火と言う他なかったあの国が、ここにきて妙な動きを見せている。
 まるで、イーサ達ネスティア軍……いや、その他も含めた『連合軍』を相手に決戦を挑むかのように、戦の支度を整えている。それも、籠城戦ではなく、野戦を思わせる形の準備だそうだ。

 となれば、心当たりは一つ。当初、もっと先だと思われていた『儀式』を、大幅に前倒しして行うことになり……それを皮切りに、逆襲を始めるつもりなのだろう。

 その情報を持ってきたのは、イーサの部下であり、敵地に潜入して情報を探らせていた特殊部隊員達である。可能であれば、皇帝が持っているであろう『血晶』の確保も命じていた。

 しかし、12名を送り出し、帰ってきたのはわずかに3名。その3名も、今報告した情報を持ち帰るのが精いっぱいだった。

「その3名はよく労ってやれ。しかしチラノースの連中、お前が信を置いている者達を退けるとは……流石にホームともなれば、妨諜の構えは万全ということか?」

『いえ……主に『ダモクレス財団』の仕業のようです。おそらく、ここにきて本格的に介入を始めたものと。『儀式』の時期が早まるきっかけになったのも、奴らの入れ知恵でしょう』

「そうなると、勇み足で空回りして失敗する可能性は低いな」

『この報告が私のところに届くにも時を要しております。……最早一刻の猶予もないかと。ただ、連中がいつどこで『儀式』を行うのか、未だわかっておらず……』

「……後手に回れば取り返しのつかない事態になるか。しかも、『財団』が動いているとなれば……生半可な妨害は食い破られよう。やむを得ん……こちらも切り札を切るとしよう」

 そう言って、ふぅ、と息をつく国王。
 そして……自分の両脇に控えてくれている、2人の忠臣に声をかけた。



「ドレーク、アクィラ……出番だ」



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