魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第506話 舞い込む凶報、近づく滅び

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 ネスティア王国、王城。
 そこに、久方ぶりに王族4名が顔をそろえて、今しがた上がってきた報告に耳を傾けていた。

「……以上が、『タランテラ』の者から上がってきた報告となります」

「そうか……報告ご苦労。イーサ大将」

「はっ」

 応接間を兼ねたつくりになっている会議室にて、国王アーバレオン、第一王女メルディアナ、第二王女リンスレット、第三王女レナリアの3人が席についている。
 別な席には、騎士団総帥であるドレークや、魔法大臣アクィラ、王国軍元帥ゲイルザック・デュランらがついている。
 皆一様に、今の報告に、眉間にしわを寄せたり、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

 報告の内容がかかれた紙の資料を眺めながら、アーバレオンは問う。

「ドレーク、ザック……それにメルディアナ。この報告について、どう思う?」

「当初の予定、ないし見込みとはいささか違いますな……まさか、チラノースが『龍召喚』を成功させるとは……それも、その後に使役するところまで含めて」

 デュランは、伸ばした顎髭をなでながら、神妙な顔つきと鋭い目のままでそう答える。

 イーサが持ってきた報告……チラノースへ潜入させていた『タランテラ』の隊員達――なお、これらを調査し報告した隊員は、今まだ帝国に残っている隊員達だ。すなわち、マリーベル達ではない――からの報告によれば、だ。
 『チラノース帝国』では、最近、『血晶』を使ってラインをつなぎ、『渡り星』から龍を召喚する儀式が行われたらしい。

 開いたゲートからは、強大な力を持つ龍が次々と現れた。そしてそれらは、『血晶』の持ち主である皇帝の命令に、唯々諾々として従い、忠実な下僕のようにふるまったという。

 そして皇帝は、その龍の力を使って……かねてから帝国の支配に反抗的だった少数民族の集落を襲撃させ……そのまま焼き滅ぼしてしまった。

 どうにか離れたところから、タランテラの隊員がその様子を見ていたらしいが……悲鳴を上げて人々が逃げ惑う中、炎のブレスで焼かれ、強靭で長い尻尾で薙ぎ払われ、巨体の重量に踏み潰され、鋭い爪と牙で惨殺され……抵抗らしい抵抗もできずに皆殺しにされていたそうだ。
 中には武器を取り、魔法を使って反撃しようとした者もいたらしいが、まるで戦いになっていなかったという。

「この、少数民族の掃討は……見せしめを兼ねた試運転でしょうな。『龍』がどれだけの力を持っていて、どれだけ忠実に自分達の命令に従うかの」

「だろうな……しかし、それが上手く行っているということは……メルディアナ、お前が上げてくれた報告、ないし予測と少し違う事態のようだな」

 メルディアナが上げた報告……つまり、ミナトのところにいるテオから聞いた情報をもとにした、今後の展開に関する予測だ。

 チラノース帝国は、『血晶』を用いて龍を召喚し、使役しようとするだろうが……そんなことができるはずもない。召喚した龍は、一切命令を受け付けず、逆にチラノース帝国で暴れ始め、殺戮をまき散らす。
 そうしてこの地上……大陸全体、あるいはそれ以上の範囲に戦いを拡大させ、エネルギーの搾取を始めるだろうというものだ。

 しかし、ふたを開けてみれば……むしろチラノース帝国の思い通りになっている。予想と大きく違う展開だった。

「『血晶』とやらに、本当に龍を使役する力があった……ということか?」

「にわかには考えづらいのですが……確かに、謎の多い事柄ですし、あくまで私の方の情報源は、テオという……いわば、裏切り者の龍のみですからね。何か予想が間違っていた可能性も否定はできません……その場合の責は、いかようにも私が……」

「いや、いい。責めているのではない。お前の言う通り、確かにこれは前代未聞の事態だからな……予想した通りにすんなり事が運ぶという考え自体が苦しいものだろう」

 そう言うアーバレオンに続いて、レナリアと、アクィラも言う。

「しかしそうなると……より厄介なことになるやもしれませんね。仮にあの国が、本当に『龍』の力を我が物とし、軍事力に組み込んでしまえば……」

「当初の予定通り、その力を使って周辺国に攻め込んでくる……ですか。大いにあり得ますねー……あの国、やっぱりというか、昔から考え方全然変えてないみたいですから。無駄なのに」

 さらっと最後に毒をつけたすアクィラ。

 すると、『あのー……』と、少し遠慮がちに、今度はリンスレットが挙手する。

「何だ、リンス?」

「ええと、素朴な疑問なんですが……その龍、どのくらい強いんでしょうか? 村一つ滅ぼせるくらい、と言われても……すいません、すごそうなのはわかるんですが、イメージが今一つ……」

 それを聞いたアーバレオンは、待機していたイーサに、その情報がないか話すよう促す。

「龍の戦闘能力ですが、ランクにして……ほとんどがAからAA程度、中にはAAA相当と思われるものもいたそうです。数は、確認できた範囲で10ほど、全てを動員したわけでなければ、まだいる可能性はあるとのことでしら」

「そうですか……イーサ大将、それって、どのくらいの脅威なのですか? これも私の不勉強で申し訳ないのですが……仮にそれらを戦争に投入したとして、我が国のような大国にとっても大きな脅威となるようなものなのですか?」

「……いえ、率直に申し上げまして……その程度でしたら……楽ではないにせよ、作戦次第でどうとでもできる範囲でしょう」

 そう、イーサは答えた。

「兵卒のレベルからすれば、AだのAAだのといった戦闘能力を持つ魔物の存在は間違いなく脅威です。そのくらいの差になると、格下を何人ぶつけたところで意味をなしませんからな。しかし、我が国はもちろん……どこの国にも、そういう突出したレベルの個としての戦力はいるものです。それを上手く運用すれば、いかに相手が龍であっても、そこまでの脅威にはなりません」

「そうなのですか……具体的には?」

「ランクA程度であれば、騎士団各隊の隊長クラスや、軍の部隊長クラスであれば十分応戦は可能でしょう。AAやAAAだと厳しいでしょうが、私のような将官クラスであれば、それらにも対応できるものもおります」

「まあ、そうなのですか……すごいですね」

「というか、AAランクくらいであれば私でも倒せるぞ?」

「陛下にそんな出番は来ませんから」

 割り込んでそんなことを言って来たアーバレオン――娘の前で格好つけたかったのかどうかは不明――のセリフは、横からアクィラに斬って落とされた。

 実際、この騎士団たたき上げの武闘派国王であれば、AAランクの魔物を相手にするくらいなら造作もないだろうが、国家元首が自ら戦場に立つなどという常軌を逸した事態を許容できるはずもないので、ドレークとザック、さらにはイーサまでもが、うんうん、と頷いていた。

「まあ、父上の戯言は置いておいて……ちなみにドレーク、アクィラ、それにザック……お前達ならどうだ?」

 続けて、今度はメルディアナが問う。
 国家元首への露骨な暴言がしれっと混じっていたが、本人も含めた全員がスルーした。

「率直に申し上げれば……相手になりえません」

「そうですね、AAAくらい、秒で消し飛ばせますよ」

「というより、アクィラの魔法なら、10匹全部AAAランクだったとしても瞬殺でしょうな。わしはちと、老骨に応えますが……まあ、負けはしますまい」

 3人が3人共『楽勝』という答えを返した。
 それを頼もしく思いつつ、リンスは純粋な疑問として、さらに聞く。

「それって……こんな風に軍の高官や、お父様まで集めた会議で警戒するようなこと……なのでしょうか? 大げさ、と言ったら失礼かもしれませんが……」

「いや、実際私もそう思っていた。テオから聞いて、我々が当初想定していた戦力と比べて、今回奴らが呼び出して使役した戦力は……小さすぎる」

 と、リンスの疑問を肯定するような形で、メルディアナは言った。

「それもこちらの『見込み違い』の範囲内と言うことか、メルディアナ」

「否定はできません。ただ、怖いのは……『見込み違いではなかった』時です」

「? どういうことだ?」

「はい、父上。これはあくまで予想でしかないのですが……今、呼び出された『龍』達は、芝居をしているのではないかと」

「芝居……ですか?」

「そもそも、今回のこの報告について、私が驚いたこととして……当初、我々が想定していた時期よりもかなり早いのです。そして、その規模自体も小さい……多分、今はまだ……先程父上が言ったとおりの『試運転』なのでしょう」

 メルディアナの仮説は、こうだ。

 そもそも、自分達が『世界の危機』レベルで警戒していた龍召喚が行われるためには、相当な準備が必要となるし、場所やタイミングなどもかなり限定される。それを考えると、今回のこの報告で行われたという召喚は、早すぎるし、規模が小さすぎる。

 恐らく、本番と呼ぶべき大規模な召喚の儀式は、まだ準備中の段階。

 今回のはあくまで、試しに『血晶』を使って龍を呼んでみよう、その力がどれほどのものか、今できる範囲で使って試してみよう……という、まさしく『試運転』ないし『テスト』なのだ。
 だからこそ、呼び出された龍はその程度の数で、その程度の実力だった。はっきり言って、そこまで大げさに警戒するような規模ではないものしか出てこなかった。

「恐らくだが、今の状況はまだ、龍達にとっても、暴れて全てを奪うという手段に出るにはまだ早いのでしょう。仮にそんなことをしてしまえば、チラノース帝国は龍召喚を危険だと判断して……『血晶』を通して『渡り星』との間にラインをつなぐという儀式をやめてしまうかもしれない。それは、龍達にとっても不都合ですから……」

「今はまだ、みせかけだけ『血晶』で制御されて、従っているふりをしている、ということか」

「はい。それに気をよくしたチラノースの連中が、準備ができて本番の龍召喚を行えば……」

「その時は……今度こそ、本性を現す、ということだな」

 『儀式』が成功すれば、今よりもはるかに大きく、強固なラインが『渡り星』との間に設置されることになる。
 それは最早、それ以降の『チラノース帝国』の協力を必要としなくなるほどのもの。

 その時こそ、龍は自分達の主戦力を、ラインを通して地球に送り込み……用済みになったチラノース帝国を滅ぼして『血晶』を奪い、自分達の野望を始めるのだろう。

 今すぐには致命的な事態にはならない、しかし、後々確実に厄介なことになるであろうという予想を聞かされて……会議室の中の緊張感が高まった。

「……今回の『成功』で、チラノースはますます自信をつけ……最早我々の言葉に耳を貸すことはもうなくなったでしょうな……何を言っても、たわごととしか受け取りますまい」

「そして、全てが砂上の楼閣だったと悟るころには……手遅れ、ということか」

「その時は、我々に……いえ、大陸全ての国家にとって最悪の事態になっているでしょう。テオの予想では……大陸各地にいくつものラインが形成され、今回のシャラムスカでの騒動で出現した、『アポカリプス』と同等かそれ以上の危険度の龍が何体も現れる可能性があるそうです。ランクに直せば……Sランク以上は確実でしょうね」

「そこまでの相手となると……大国の正規軍にも、対応できるものは一握りですのう」

「しかも、それを後押しする形で『ダモクレス財団』も動く……となればな」

 それもまた、重大な懸念要素だった。
 『ダモクレス財団』の、特に『最高幹部』クラスは、Sランクの魔物と比較してなお、絶望的なまでの戦闘能力を持っていると、皆、報告で知っている。

 その一角……カムロを、すでにミナトが『ヤマト皇国』の一件の際に討伐してはいるが、その時の最大戦闘力は、『アルティメットジョーカー』を発動したミナトと同等かそれ以上。
 しかも、先日のシャラムスカの一件では、通常状態とはいえ、ミナトを体術で圧倒し完封するほどの実力を見せつけた幹部の存在も確認されている。

 現状、現役冒険者の中で間違いなく最強と言っていい強さを持ち、その他を含めた大陸全体でも限りなく最強レベルであろうミナトとそこまで戦える相手が、最大で後7人いる可能性がある。

 なお、この時点で既に、ジャスニアのドロシーが『ダモクレス』の最高幹部であり、しかし戦闘能力は高くない、というセイランの証言は各国に極秘裏に届けられていたのだが、裏が取れる情報ではないことから、全面的な信用はされず、確定情報として扱われてはいなかった。

「下手をすれば、本当に……奴らの言う通り、大陸全体が地獄の様相を呈することになるぞ、これは……」


 ☆☆☆


「これから地獄になる? いいや、地獄は既に今、ここに形作られている」

 ところ変わって……そこは、『チラノース帝国』の国内にある、とある場所。
 そこに、一人の男が立っていた。外套を着てフードを目部下にかぶっている男は、その顔を、表情をうかがい知ることはほとんどできない。

 もっとも、その場にいるのはその男一人だけなので、誰がその顔を見るということもないのだが。

「大国は動かない……ただ、密偵による報告で『村が1つ滅びた』という、1つの『情報』を受け取っただけ……自分達が動くべき事態にはまだ早いとしか考えられない。……確かにここで、多くの命が既に失われ……1つの『悲劇』が起こってしまっているにもかかわらず、だ」

 数日前まで、少数民族の集落があったそこは……今、男が呟くように言った通り、『地獄』と呼ぶにふさわしい状態になっていた。

 原形をとどめて無事な家屋は1つもない。一件残らず、燃やされるか、粉砕されるかして、廃屋とすら呼べない瓦礫とゴミの山になっている。

 村のあちこちには、人の死体が散らばっていた。
 バラバラに引き裂かれたものもあれば、炎に焼かれて真っ黒に炭化したものもある。苦痛と恐怖の表情を浮かべてこと切れているもの、そもそもただの肉片になっていて人の形をしていないもの……これでもかと言うほどに徹底的に破壊され、まともな状態の死体はほぼ残されていなかった。

 ごくわずかに残った状態のましな死体は……しかし、別な意味で凄惨だ。
 他の死体と比べて不自然なほどに、火傷も傷もないそれらは……全員が女性であり、喉を切られたり、首を絞められて殺されたようだった。そんな死体が、村の中央にある広場に、いくつも雑に放り捨てられていた。

 そして、死体の全てが全裸であり……体の各所に、乱暴を受けた痕跡が残されていた。
 顔には、苦悶と悲しみの表情が残り、涙の後が見えた。

 恐らく、村を龍に襲わせる前に兵達が攫って……お楽しみに使ったのだろう。そして、滅ぼされた村を目の当たりにして、悲しみと憎しみを抱く中で、用済みとして全員殺され……捨てられた。

「……邪魔者、目障りな者はこうしてゴミのように滅ぼし……他の民からも、戦の準備や自分達の贅沢に必要だと言って搾取を行う……やはり、この国は、終わらせねばならん」

 言いながら、男はその死体の山に手の平を向け……次の瞬間、そこから噴き出した青い炎が、あわれな女性達の亡骸を包みこんで一瞬で灰にした。

 青い炎はそのまま燃え広がり、村全体を包み込む。

 ほどなくして、炎が消えると……村があった場所は、更地になっていた。
 瓦礫一つ残っておらず、灰は風で散ってどこかへ飛んでいった。地面に残った石畳だけが、かつてそこに村があったことを、寂しげに物語っている気がした。

 風で、男がかぶっていたフードが取れて……その下から、透き通った水色に近い蒼髪が現れた。

「『ダモクレス財団』も動いているらしい今、最早一刻の猶予もない。国の、人の上に立つ資格のない下衆共は……討ち滅ぼされねばならん。そして、真にこの国を憂う者達によって未来は形作られるべきなのだ……!」



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