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第21章 世界を壊す秘宝
第491話 予定外の来客
しおりを挟む「いやー、今回の仕事楽でいいねー」
「仕事って雰囲気ゼロだけどね。まあ、確かに楽できるのはいいか」
今現在僕達は、ネフィちゃん達が視察に来ている町の宿屋にいる。
そこで、今日はもう出かける予定はない――正確には、予想以上に早く着いたので、今日はまだやることがない――ため、まったりくつろいでいるところだ。
ルームサービスで持ってきてもらったスイーツが美味しいのなんの。お代わり決定だなこれは。
コレでお給料出るんだから、ホント楽な仕事だよ。
今頃『聖都』では、『義賊・フーリー』ことソニアが大聖堂に殴りこんできて大暴れして、その隙に『タランテラ』の皆が『血晶』とやらを回収してる頃だろう。
本来僕はその場にいて、護衛という立場で秘宝を守り、『義賊』を撃退もしくは捕縛する役目だったんだけど、後ろ暗い事情を持つ貴族とかの方々が、適当ぶっこいて僕に無理やり遠征の予定を入れて、『聖都』から引き離しちゃったんだよねえ。
そしてその隙を突かれて『義賊』に襲撃されちゃってるんだよねえ。
それじゃーいくら僕が強くても、その場にいないんじゃ守ることはできないよねえ。仕方ないよねえ…………ここまで全て棒読みである。
うん、全部計画通り(ニヤリ)なんだけどね?
僕は楽できる上に責任は問われず、ソニアとマリーベル達は目的を達成して(人知れず)、聖都にまだこびりついた汚れのように巣くっていたバカ共は責任追及で処分される。いいことづくめだ。
「もっとも、ホントに何かあった時には戻らないといけないけどね」
「外出してるからそんなすぐには戻れません、って言い訳なのに?」
「そりゃ本気出せば僕、この程度の距離なら……まあ、5分はかからないかな」
作ったものの中に、音速突破するレベルの乗り物もいくつかあるからね。バイク、戦闘機、CPUM(人工モンスター)、どれ使ってもいい。
操縦席とかにシールド張るから、エルクとかが一緒に乗ってもきちんと大丈夫なようにしてあるし。ソニックブームで怪我するような事態にはならない。
もし何か不測の事態が起こって、今『聖都』にいる面々だけじゃどうしようもないって時になったら、マリーベルに持たせてある端末から、僕のスマホに連絡が入るようになっている。
もっとも、ソニアやマリーベル達にもどうしようもないレベルの異常事態なんてそうそう起こらないだろうし、大丈夫だとは思うけど……
――――ピピピピピ! ピピピピピ!
……思っ……たん、だけど……
「……フラグ回収したわね」
「エルクもだんだんそういう言葉覚えてきたね」
使う場面まで完璧だ。さすが我が嫁……ってそれはまずおいといて。
何だ、何が起きた? あーもう、あの面子で対応困難なレベルの何かが起きたとなると……ああ、嫌な予感しかしない。
☆☆☆
「みんな、こっち! 石は!?」
「大丈夫、手に入れたわ。……すり替えには失敗したけど」
「別口の襲撃者がいるとは思わなかったし、そこは仕方ないですよ。どうせならこの騒動の責任はあの人に押し付ける方向で行きましょう」
保管されていたケースから『賢者の石』……もとい、暫定『血晶』を奪取した女中は、手招きして脱出経路に案内するマリーベルと、さらりと腹黒いことを言っているムースに合流する。
その横や背後を、メガーヌとモニカに守られながら、スカートをはいているとは思えないくらいの速さで疾走し、あらかじめ決めていたルートを駆け抜けていく。
その途中、何かの錠剤らしき白い粒を口にふくみ、カリッと噛み砕く。
すると、走っている途中、見る見るうちに女中の姿が変わっていく。
体型も、髪の毛の色や長さも、目の色すらも。
小太り気味だった体を包んでいた使用人服はダボダボになり、それを走りながら素早く脱ぎ捨てる。その下からは、手足が長く背が高い、すらりとしたボディが現れた。
身を包んでいるのは、体にぴったりと密着するボディスーツかウェットスーツのようなそれで、さながら映画に出てくる女スパイの様相である。
そんな姿で疾走する元・女中……現・タランテラの工作員の1人、ミスティーユは、少しだけ走る速度を緩め、何度か深呼吸した。やや息が荒く、心なしか顔色も悪い。
しかし、少し経つとすぐに走る速度を元に戻した。顔色も、すぐに元に戻る。
「何なら少し止まって休むか? その薬、かなり副作用が大きいだろう」
「問題ないわ。ミナト君が改良してくれたおかげで、随分と副作用は抑えられてるから……それに、そうでなかったとしても、私の体ならすぐに無毒化できるレベルよ。慣れてるし」
そう言って笑い飛ばすミスティーユ。
彼女は特異体質である。毒や薬に対して強い耐性を持ち、薬の場合はその副作用を軽く抑えることができるというものだ。
薬の中には、強力である代わりに副作用も強く、慎重に使用しなければならないものがある。
魔法薬の場合はそれは特に顕著だ。超常的な効能をもたらす代わりに、副作用も通常の薬とは比べ物にならないものも普通に存在する。専門的な知識なしに素人が扱えば、必ずとと言っていいほど痛い目を見る。
余程扱いが簡単な者であればその限りではないが、そういったものに対した効果はない。
ミスティが今回使った魔法薬は、全くの別人に変身できるというもの。外見は完全に、また、筋力や魔力の質も多少なり似せることができるという破格の性能を持つ薬である。
当然ながら扱いは難しい上、どの国でも法律で使用が制限されている禁制品だ。しかし、裏の仕事をする上では有用なので、彼女には特別に許可が出ていた。
もちろん、副作用もある。非常に強力な効能を持つ反面、体を丸ごと変異させるため、全身の細胞がダメージを受けてしまい、どれほど軽く済んでも後遺症が残ったり寿命が縮む。酷ければそれで消耗して死んでしまうことすらある。
だが、ミスティの特異体質であれば、さほど問題にはならない。苦痛はあるし、使用後しばらくは無理はできなくなるが、後遺症もなく元の生活に復帰できる。
加えて、ミナトが手を加えて改良したものを今回は使ったため、それもものの数十秒ほどで終息していた。
念のためにと、これもミナトが持たせてくれた『ポーションキャンデー』を口に含んで舐めていれば、ダメージを受けた体中に力が戻っていくのがわかる。これならこの後すぐに戦闘に映ることもできそうだ、と、ミスティーユは正確に自分の体調を把握した。
(もっとも、ここではもう戦闘になる可能性は低いけれどね……)
今回の作戦は、『義賊・フーリー』ことソニアが表で暴れている隙に、『タランテラ』が『血晶』をすり替えて奪取、そのまま持ち帰るというものだ。もとより、彼女達の戦闘は予定されていない。
不測の事態を考えて武装も持ってきているが、それらを使うことはなさそうだとミスティーユは見ていた。
『不測の事態』そのものは起こり、シン・セイランが襲撃してきた。AAAランクの戦闘能力を持つ彼女は、『タランテラ』からしても容易くは相手取れない存在だ。
隊員の中では屈指の戦闘能力を持つメガーヌであっても、時間稼ぎがせいぜいだろう。
しかし、それに関しては問題ない。
今、彼女の相手をしているのは……『タランテラ』最強の戦闘能力を誇る、隊長だからだ。
「くっ……そこをどけ! 私はっ、こんなことをしている暇は……」
「どけと言われてどくバカはいません」
目にも留まらぬ速さで弓を引き、放つ。
つがえる矢は、実体のそれではなく、セイランの魔力で編んだもの。魔力を食うが、実体のそれよりも強力で、またセイランの意思で多少なり飛ぶ軌道をコントロールできる。
魔力を多く籠めれば、砲撃のごとき威力を持たせることもできたり、属性を変えて炎や氷の矢を放つこともできるなど、シンプルながらかなり強力な攻撃手段である。これを持って、冒険者として活動していた頃のセイランは、多くの盗賊や魔物を打倒してきた。
だが、それも目の前の1人の女戦士……カタリナには通じていない。
「前衛・中衛・後衛、全てに対応したオールラウンダーですか。器用貧乏にならずにそこまで鍛え上げたという実績は賞賛しますが……」
今も、一呼吸の間に必殺の威力を込めた矢を3発放つが、一瞬のうちに3発とも切り払われて消え失せた。
彼女自身の腕から伸びた、カマキリの鎌の一撃によって。
獣人の中でも強い力を持つ者は、体の一部を獣のそれに変化させることができる。そして、獣に変化させた肉体は、変化させた部分のみならず、全身の運動能力が飛躍的に上昇する。
今までにミナトが見たものの中で代表的なのは、エレノアが手を猫の手(爪、肉乳つき)に変化させたものだろう。その状態で、目にも留まらぬ速さで動いて、その時戦っていたリュウベエを一瞬で輪切りにした。
……まあ、もともと『女楼蜘蛛』のメンバーは全員、比べるのが無駄だと言えるくらいに戦闘能力が高いので、わかりづらくもあるのだが。
『超強い』が『超超強い』になったくらいの差である。一般人やそれより少し強いくらいの領域からすれば、どちらも雲の上という点で大きな差などない。
それはさておき。
飛び回るカタリナは、軍服の上を脱ぎ捨て……中に来ていた、背中の大きくあいた、露出多めのインナー姿で、猛スピードで飛び回っている。
比喩表現ではなく本当に『飛んで』いる。
カタリナの変身は、両腕をカマキリの鎌にしただけではない。
背中からは昆虫の翅が生え、それを高速振動するように羽ばたかせて飛翔している。
頭からは触角が生え、空気の流れや匂いを感じ取って空間を把握している。
目はよく見れば複眼に変わっており、恐ろしく広い視界を持ち、想像を絶する動体視力でもって敵の全ての動きを見逃さず見切る。
昆虫の武器の多くを体に出現させ、戦闘能力を爆発的に上昇させたカタリナは、何度も言うが縦横無尽に飛び回って、セイランの攻撃を全て完璧にかわし、撃ち落とし、対応していた。
攻撃をかいくぐって急接近し、懐に飛び込んで鎌を振るう。
セイランも弓についたブレードや、サブないし予備の武器として持っている青龍刀で応戦するが、防戦一方。明らかにカタリナに押されていた。
(力、技、感覚、耐久……全てにおいて上をいかれている。勝っているのは射程距離と魔力くらい……それも、この速度の前では意味をなさない、か)
身体強化を使って距離をとろうとしても、それ以上の速さで『飛んで』距離を詰められる。
戦い始めた当初は、さっさと邪魔者を片づけてミスティーユを追おうとしていたセイランだったが、最早そんな余裕はない。
これだけ凌げているだけでも御の字だというくらいには、目の前にいるカタリナと自分の間に実力差があることを、嫌でも理解できてしまっていた。
実際、元AAAランクであるセイランに対して……カタリナの実力は、推定でSランク相当だ。
その気になれば秒殺、とは言わないまでも、圧倒して封殺できてしまえる程度には、この2人の間には差がある。
そうならないのは、カタリナが手加減しているからだ。
当然、それには理由があり……セイランを生け捕りにする必要があるため、下手に大怪我をさせられないというものだった。
(先程のやり取りから察するに、彼女は『血晶』が何なのか知っている。聞き出すには生け捕りにして連れ帰らなくては……しかし、中途半端に強いのと……どうも雰囲気的に追い詰めづらいですね。何やら焦っているというか……予想以上に必死というか……)
そこらのザコが相手なら、気絶させて生け捕りにするのも簡単だが、相手が相応の実力者ともなるとそうはいかない。
生け捕りというのは、単に殺すよりも難しい。それ以上に実力差・技量差がなければ、失敗して殺してしまったり、逃げられたり、酷い時には隙を突かれて返り討ちに遭うことすらある。
カタリナにとってセイランは、殺すのは比較的簡単だが、生け捕りはやや難儀するという程度の実力差だった。
加えて彼女が気になっていたのは、セイランの態度だった。
報告書の内容では、シン・セイランという女性は、軽薄で余裕を持った性格。常に微笑みを絶やさず、人を小ばかにしたような、挑発するような話し方をよくするとのことだったが……今の彼女にそれは見られない。
何かの目的を持って『血晶』を探していたようだが、先程のやり取りや、今の様子から察するに……どうもセイランは、予想以上にあの『血晶』に、妄執に近い感情を抱いているように見える。
常の彼女にはない、必死さのようなものをさらけ出してあれを求めている。
そして、そういう態度をとる相手を下手に追い詰めると、計画の失敗などに絶望して、自決してしまう場合が多いことを、カタリナは知っている。
そうなってしまわないよう、適度に手加減して『どうにか凌げている』程度に錯覚させていた。
(自殺されては折角の情報源が途絶えてしまう。どうにかとらえて、拷問か薬物を使ってきちんと全部聞き出すまでは死なれては困ります。……依然にミナト殿が言っていた、霊魂から記憶を読み取ったり、一時的に何かに憑依させて蘇生する技術が確立できていれば楽だったのですが……)
無慈悲かつ物騒なことを考えながら、確実に一瞬で気絶を狙えるタイミングを見計らっていたカタリナだが、その最中、不意に何かに気づいて、その視線を横に向けた。
その瞬間を好機と見たセイランは、一気に勝負をつけるべく、大量の魔力を練り込んで魔力の矢を放つが、カタリナはその起死回生の一撃を、見もせずにひらりと避けた。
いや、正確には別に、見ていないわけではない。
カタリナの目は複眼である。そのため、視線は別の方向を向いているように見えても、数万の極小の目の集合体であるその目により、実際にはおよそ今の顔と目の位置で見れる範囲は常に全て見えており、対応できるのだ。
そして他ならぬその『複眼』により、カタリナはこの場の異変に気付いていた。その結果が、今のよそ見……のように見えた行動である。
乾坤一擲の一撃が容易く無力化されたことに愕然とするセイラン。
そこに一瞬生まれた隙を見逃さず、カタリナは鋭く踏み込んで鎌を一閃させ、セイランの両腕を肘の先辺りから斬り飛ばした。
正確無比な、非情熱の一撃により、一瞬にして両腕を失うセイラン。
腕と一緒に、武器である変形弓と、マジックアイテムの腕輪が飛んでいく。
その光景を、急なことで理解が追いついていないのか、セイランはどこか他人事のようにきょとんとして見ていた。
しかし、彼女が事態を理解するよりも早く、カタリナは今度はセイランを蹴飛ばして壁に叩きつけ……なぜか自身も即座にそこを離れるように飛ぶ。
そして、その直後。
―――ズドォオオオォオン!!
突如、何かが激突してきたような轟音が響き……保管室の床が砕け散った。
音の発生源は……一瞬前まで、カタリナとセイランがいた場所だ。そこを中心に、床、というか部屋全体にクレーターができたようになっている。
しかも、その中心部には……何やら、蠢いているような気配がして……ざり、ざり、と瓦礫や砂粒を踏みつけるような音もする。
どうやら、何かいるのは確実で、その当人は隠密行動をする気はないようだ。
先程から急展開の連続で、驚いたまま、何が起きたのかわからないといった表情のセイランをひとまず置いておいて、カタリナは爆心地に見える、僅かな空間の揺らぎをよく見た。
彼女の視力であれば、ごくごくわずかに発生する空間の不自然な揺らぎに気付き……この部屋に何かが潜んでいて、自分とセイランの戦いの隙を見て何かを企んでいることの予想はできていた。
コレに対する警戒もまた、カタリナが全力を出せなかった原因の1つでもある。
カタリナとしては、隠れているのはセイランの仲間かもしれないと思って警戒していたのだが、不意打ちでこちらを狙うどころか、セイランを狙って攻撃を繰り出したので……それも、明らかに殺す威力で何らかの攻撃を放ってきた。
それに驚いた彼女だったが、即座にセイランを、大切な情報源を守るため、蹴飛ばして助けたのだ。
「気づかれたのなら仕方ないな」
その爆心地に、まるで滲み出すように、そいつは現れた。
声の質からして、恐らくは男性だろうが……その体格は、『オーガ』もかくやといったレベルの巨大さであり、身長3mは確実に超えていた。
その全身が重装甲の鎧に覆われており、肌が露出している箇所は全くと言っていいほどない。目の部分のスリットから、怪し気に光る目が見えるのみ。
それだけでも威圧感のあるいでたちをしているが、何より奇妙なのは、その腕だった。
まるであるカニの鋏か何かのように、右腕だけが巨大化していて、それに見合ったサイズの手甲に包まれている。
どうやら今床に叩きつけられたのは、その巨大な手甲を装備した彼の腕、ないし拳だったようだ。
その姿を視認して、セイランは息をのむ。
「グナザイア……なぜここにっ……!?」
「裏切り者の始末をしに来たくらいで何を不思議がる。まあもっとも、今日来たの自体は別件なのだがな……」
甲冑の中から聞こえるがゆえに、若干くぐもった音質となっている声で、その男……『ダモクレス財団』最高幹部の1人にして、今回の事態のために動員された1人である『グナザイア』は、まるで騎士が剣を突きつけるように、その巨腕を持ちあげて、カタリナとセイランの2人に向けた。
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