魔拳のデイドリーマー

osho

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第21章 世界を壊す秘宝

第488話 クロエの過去

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 クロエはもともと、ナナとアリスの『士官学校』時代からの同期だった。
 3人が3人共、得意不得意は異なれど、学生時代からその非凡な才能を遺憾なく見せつけていた。成績トップ3を独占し続けたまま卒業し、軍に入ってからもその快進撃は続き……この3人は、いずれ次代のネスティア王国を背負って立つのだろうな、と皆が思っていたそうだ。

 しかし実際には、今もなおネスティアに軍籍を残しているのはアリスただ1人。
 ナナとクロエは、2人共謀略に足をからめとられ、失脚とすら言える形で軍を去った。

 ……ここまでは、知ってる。
 僕が知らない、クロエの過去話は……ここから先のことだ。

 当時クロエは、ネスティア王国軍の『特殊部隊』に配属になり、そこでも八面六臂の大活躍を見せていたそうだ。

 特殊部隊って言っても、『タランテラ』じゃないそうで……受け持っていた任務も、潜入とかではなく、隠密行動から敵を急襲して一網打尽にするとか、そういう系。
 高度かつ特殊な訓練を積み、普通の兵士には達成困難なミッションを遂行する精鋭部隊だ。

 現代日本の警察で言う『SAT』とか、自衛隊で言う『レンジャー』とか、そのへんの意味での『特殊部隊』なんだろうな、たぶん。

 以前、『ローザンパーク』でオリビアちゃんが拉致された時には、彼女が立案した作戦で敵のアジトに突入して彼女を保護したわけだけど、その立案から、現場での彼女自身の動きに至るまで、めっちゃ手馴れた感じがにじみ出てたからな。
 そういう経歴の持ち主だってことを考えれば、むしろ納得できる。

 その彼女が、どうしてそれらの立場を失ってしまったんだろう。

 クロエは、まだ少し言いづらそうにしつつも……ふぅ、と息をついて気持ちを整え、話し始めた。

「その頃、私……恋人がいたの。軍人じゃない、一般人のね」

 ……驚いた、っていうのは失礼かな?
 いや、クロエだって年頃の女の子なんだし、士官学校出たばかりの頃となれば、バリバリ思春期だろうし……うん、そりゃ、恋人くらいいたって不思議じゃないよな。

 ただ、僕らが知らなかっただけだし……『恋人なんていないと思ってた』なんて、そりゃ逆に失礼かもしれないよな、よく考えたら。

 まあ、クロエに恋人がいたことに対する僕の感想的なのは、ひとまず置いとこう。本題はそこじゃない……とか思ってたら、

「……正確に言うなら、一般人『だと』思っていた、の方がいいかもしれませんね」

 何やらモニカちゃんが、そんな不穏なことばがぽつりと呟くように。

 ……ええと、どういう意味ですか? ちょっと嫌な予感してきたよ、僕?

 それでクロエが語った内容によれば、当時のその恋人さんは、お互い忙し意味だってこともあって、たまに会って話したり、食事したりする程度の仲で……恋人じゃなくて単なる男友達とかじゃないのか、って聞かれたら、ぶっちゃけ反論は難しかったかもしれない、とのこと。

 実際クロエもその人も、真剣に将来を見据えたお付き合いをしてたのか、って聞かれたら、微妙だったみたいだ。ただ単に、仲良くなって居心地がいいから一緒にいただけで、将来、そうでなくなったら自然消滅していたかもしれない、と。

 少し下世話な話になるけど、男女のアレコレとか、そういう進んだ関係にはならなかったらしいし。

 けど、単なる男友達で片づけるには親密だったし、確信犯的に、クロエは実家に隠れて彼との付き合いを続けていたそうだから。

 ああ……貴族家だと、そういう問題って敏感そうだもんね。大事な娘が、どこの馬の骨とも知れない、無位無官の平民を相手に恋焦がれているなんて、お堅い貴族様からしたら受け入れられないことだろうしな。

 ……それを知って意図的に隠して付き合いを続けてた、ってくらいだから……少なくともクロエとその人の間には、自分達が恋人同士である、という認識はあったとみていいんだろう、やっぱ。

 しかし、そんな関係は……唐突に終わりを告げた。

「私はある日、当時王都を騒がせていた、違法薬物密売グループの摘発のために、部隊の仲間達と共に任務に出たの。事前の下調べは他の班が完璧に終わらせてくれていたし、そこまで強力な敵がいたわけでもないから、私達はいつも通り敵を倒して制圧すればよかった」

 全ての出入り口に仲間を配置して脱出路を潰し、闇夜に紛れて一気に突入したクロエ達。

 しかし、その最中に……クロエはそのアジトの中で、予想外の人物に出くわし、心臓が止まるほど驚くことになったそうだ。

「……ええと、まさか……」

「そのまさかです。いたんですよ、アジトの中に……お姉様が当時付き合っていた男が」

 ……マジか……それは、なんというか……。

 聞けば、その男は組織の中でも新参で、さらに特に重要な立場についているわけでもなかった。行ってみれば、使い走りのような立ち位置だった。

 そのため、下調べをした別の班の者達も存在を把握しておらず、打ち合わせでもその存在をクロエやその仲間達が知ることはなかった。
 結果、とんでもない状況で鉢合わせすることになったわけだ。

「もしかして……そいつ、スパイするためにクロエに近づいて?」

「それは違うと思う。そいつも、私を見た時にすごく驚いてたし……多分、ホントに偶然だったんだよ。私達、互いの素性を明かさないで付き合ってたから」

「片や貴族令嬢にして軍の特殊部隊員、片や末端とはいえ犯罪組織の構成員……そりゃ、適度に距離をとって互いに踏み込まない関係が心地いいでしょうね……見事にあだとなりましたが」

 ……で、だ。ここからの話が、それはそれは重い。

 その場面では大いに驚いた2人だが、当然そのままいつまでも呆けているわけにはいかない。
 クロエは軍人としてすぐさま動き、その男に投降を促した。

 しかし男は聞き入れず、強行突破するためにクロエに向かって来たんだそうだ。
 刃物を持って、どかなければ殺す、と叫びながら。

 覚悟を決めて立ち向かおうとしたクロエ。しかし、その直後、背後に気配を感じて振り返ると、不意打ちで自分を殺そうとしていたらしい別な敵が剣を振りかぶっていたところだった。
 目の前にいた男に意識が集中してしまっていて、普段なら確実に気づけていたであろう伏兵の接近に気づかず、懐に入り込まれてしまった。

 それを好機と見たのだろう。男の方も一気に加速してそこを突破しようとした。

 ……ここで、幸運だった、あるいは不幸だったのは……クロエが、『特殊部隊』として凄腕と言っていい、確かな実力を持っていたことだった。

 元々持っていた才能に加えて、たゆまぬ努力を積み重ねて来たことにより、クロエの戦闘能力は、そこらの犯罪者風情が束になろうと勝てないレベルだった。
 それこそ、不意打ちされようと即座に反応して、体に染みついた動きで反射的に武器を振るい、返り討ちにしてしまえるほどに。

 ……そう、返り討ちにできてしまう……いや、出来てしまったのだ。彼女には、容易く。

 まさに『反射的』に、彼女の体は動いていた。
 結果的にだけど、挟み撃ちにするように襲い掛かってきた2人の『敵』を相手に……ものの一瞬で2人とも返り討ちにした。

 背後からの一撃をひらりとかわして、飛び込んできたその勢いも利用して、手に持っていた軍用ナイフで心臓を一突きに。

 そいつの横をすり抜けるようにして後ろに回り、突き飛ばし……彼氏さんにぶつけるようにする。

 一瞬ひるんだものの、その、心臓を突かれて死んだ男(の、死体、って言った方がいいか)をかわしてなおも突っ込む彼氏さんだが……その瞬間、待ち構えていたクロエのナイフが、すれ違いざまにひらめいた。

 この間、わずか2秒ほどのことだったらしい。

 ハッとした時には既に、彼氏さんの頸動脈は……クロエのナイフによる一撃によって断ち切られていた。首からあふれ出る血を、必死で止めようとするも、どんどん血が失われていき、彼氏さんの顔色は白くなっていき……死んでいったらしい。

 なるほど、ヘビーな過去だな……本人達も知らぬままに敵同士付き合って、しかもその彼氏さんを、他でもない、クロエが殺したのか……
 その時の彼女の心中や……想像に余りある。

 しかも、話はここで終わらない。

 犯罪者とつながりが合ったことに関しては、流石に全く問題にならなかったわけじゃないが……知っていて付き合ったわけでもないし、情報を抜き取られたわけでもない。そして、当の本人はもう既に死んでいるとあって、厳重注意くらいで済んだそうだ。軍と実家、両方からの。
 それで、軍としての処罰は終わりであり……今回のことを挽回するだけの働きに、今後とも期待する、っていう感じだったそうだ。

 しかし、他ならぬクロエ自身がこのことを誰よりも引きずっていた。
 
 犯罪者であっても、確かに恋人だったその人を、その手で殺したクロエは……その後、それまでの働きがまるで嘘のように、軍人として、全く役に立てなくなってしまったという。

 事務仕事にも小さなミスが増え、動きは精彩を欠き、やるべきことを忘れてしまう場面がいくつもあった。

「……理解できなくはありませんでした。当時のお姉様にとって、初めてできた恋人でしたから……それが死んだ、しかも、自分が殺したとなれば……多少ショックで、仕事が手につかなくなってしまうというのも、無理もなかったと思います。でも……」

「お父様達は……モニカ以外の実家の皆は、そうは思ってくれなかったけどね。無位無官の平民と付き合っていたことも含めて、色々こっぴどく言われたっけ……前に言ったことあるかもしれないけど、私の実家、すごく古くからこの国に使えていて、超がつくくらいお堅い家なんだよね」

 クロエとモニカちゃんの実家……フランク家では、貴族としてネスティア王国に忠誠を誓い、その障害となるものことごとくを排除することこそ我らの使命、みたいな考え方が根付いているらしく……彼女達もそれを、幼い頃から聞かされて育ったという。
 その通りに代々軍に所属して国に仕え、要職を任され続けてきた。時には、王族や王家譜代の高級貴族からお褒めの言葉をもらうこともあった。彼らにとって、それこそが誇りだった。

 だからこそ、『一時の気の迷いで不埒な道に走り』『勝手に落ち込んで国に貢献できなくなった』クロエの現状は、フランク家からすれば許しがたい醜態だった。何度も何度も、ちゃんとしろってお叱りの言葉があったそうだ。

 かくいうモニカちゃんも、罵声こそ飛ばしたりしなかったものの、きっといつか立ち直って、もとのお姉様に戻ってくれる……そう信じていた。
 実際、もう少し時間があれば……そうなっていた可能性は高かった。

 しかし、それは間に合わなかった。

 それは、ある任務の遂行中に起こった。

 まだ立ち直れていなかったクロエは、その任務中にまたしてもミスを犯してしまい、仲間の1人が大怪我を負ってしまった。
 そのケガ自体は命に別状はなかったものの、だからといって『ならよかったね』などという言葉でどうにかできるほど、世の中甘くはない。

 立ち直るどころか徐々に悪化すらしていると思しきクロエの体たらくを前に……彼女の実家である『フランク家』は、完全に彼女を見放し、吸てた。

 運の悪いことに、ちょうどその頃、逆恨みからシルドル家が無実の罪で摘発した。
 それでフランク家は、その気になれば庇えたであろう娘を、『どうぞご自由に』とばかりに切り捨ててしまい……彼女は『ラグナドラス』に入る羽目に……ってか。

「そこから先は、ミナトも知ってる通りだよ。ネリドラと出会って、ミナトにも出会って、私達を『否常識』な実験と一緒につれだしてくれてさ。思えば、あそこから私……二度目の人生を歩み始めることができたんだな、って思うの」

 心からの本音として、しかしやはり、ちょっとだけ声に引っかかるものを残したまま……クロエは苦笑していた。



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