魔拳のデイドリーマー

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第20章 双月の霊廟

第461話 白き太陽の虎

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 ―――ドッゴォォオオォオオォン!!

 地面が爆ぜてめくり上がるほどの威力の一撃。岩石は砕け、空気が震え、離れたところに飛んでいる鳥が落ちるほど。

 一拍遅れて巨大な火柱が立ち上がり……地表に残っているものは、ことごとく焼き尽くされて消し炭になる。
 まるで、ミサイルでも着弾したかのような光景――

 ――になっていることだろう。今、僕が戦っているこの戦場は。

 さらに詳しく言うなら、この『サンセスタ島』の島外から見ていたとしても、そんな風に映るんじゃなかろうか。まるで近代兵器でも持ち出され、範囲内のもの全て、無差別に吹き飛ばされ、焼き尽くされるような、無慈悲極まりない処刑場か何かのように。

 実際それは半分くらいあってるというか……実質的にはそのレベルの破壊が起こっていると言って間違いではない。あと何なら、僕であれば『オルトヘイム号』の兵装やその他発明品を使って、それっぽい事態を引き起こすことも特に難しいことではなかったりする。

 けど、言っとくけど違うので。今のこの光景は、僕じゃなくて……目の前にいるこいつが引き起こしていることなので……どうか誤解なきように。

 この……白金色の毛皮に、黄金色の縞模様が走っている……なんともゴージャスな見た目の虎が。
 
 口から突き出した牙は、サーベルタイガー系のそれとわかるほどに長く、口を閉じても、普通に外にはみ出している。
 しかし決して飾りなどではなく……その牙は数千度にもなろうかという熱を帯びていて、攻撃の際には敵を溶断する……どころか、突き立てれば体内の水分を瞬時に気化・蒸発させて内部から爆散させるような、立派な武器になる。

 鋭く、長く伸びている爪についても同様で、こちらも鋭さと硬さだけでなく、熱を武器にする。

 というか、この魔物――『ソレイユタイガー希少種』の場合は、ほぼ全ての攻撃に熱だの炎だのが、一部には光の属性までもがくっついてくるんだけどね。それも、余波だけで広範囲を一瞬で炎上させ、周りにいる者、あるもの、全部巻き込んで焼き尽くすようなレベルで。
 戦った戦場がもれなく焼け野原確定となってしまう、ちょっと、いやかなり自然環境に優しくないモンスターである。

 だからまあ、こうして火山地帯の、植物も何も生えてないような場所に出てくること自体は幸いだったのかも……と言えなくもない。

(それはいいけど、何だってこんなバケモンが、上陸した途端に出て襲ってくるかな……っ!?)

 そろそろ状況を整理すると……僕らは『チャウラ』で、休養と食い道楽を兼ねた調査の日々を――もっとも、きちんと調査結果はまとめてギルドに報告したけど――堪能した後、次なる目的地であるここ……火山活動により探索すら困難な、島全体が危険区域として指定されている島『サンセスタ島』を訪れた。
 ここもまた、『ダンジョンラッシュ』に際して異変が報告されている1つだ。

 以前に『サンセスタ島』を訪れた時は、火山活動が沈静化したがために、長年謎だったこの島を調べられるようになって、各国から調査団が殺到した……って感じだった。
 ああそういえば、あの国もここに押しかけて……なんか因縁つけてきて抗争になって、さらにはウェスカー達『ダモクレス』まで出てきて大変なことになったっけな……。

 ウェスカーやバスクもそうだけど、あの時はそう……冒険者という身分に擬態してチラノースの調査団に紛れ込んでいたシン・セイランさんもいて……ザリーが戦ったんだっけか。
 あの人とはあれっきり……いや、たしかローザンパークの一件の時に一回会ってるな。それきりか……今どこで何してるかな……

 ……ってそんなこと悠長に思いだしてる場合じゃないって。一応戦闘中だよ。

 あの時……前回の調査時は、最終的にサンセスタ島がまたしても火山活動を再開……どころか噴火を始めてしまい、島全域に溶岩が流れ出して、地表の半分近くが灼熱地獄というか、マグマオーシャンみたいな感じになってしまったため、調査続行不可能ってことで全員帰国した。

 けど最近になって、また火山活動が落ち着いて。
 しかし前回のこともあるので、ネスティア王国やジャスニア王国は、慎重な姿勢というか……今回はすぐには調査に動きださないようだった。チラノースすらも、ここにだけは動く気配なし。

 まあ、いざ島に上陸して、調査中にまた噴火して……なんてなられたらたまらないもんな。

 それに、前回の調査時に、色々とサンプルを回収していて、それらの解析を進めれば島の環境をある程度把握することはできる見込みであること……そして、独特な生態系ではあれど、資源的に見て特に旨みがあるような環境ではなさそうだということがわかっていたため、そこまで急いで調査する必要性がなかったっていう打算もあったみたいだ。

 が、そうもいっていられない事態が、その後すぐに起こることになる。

 付近の海域を進んでいた商船が、正体不明の魔物に襲われた、という報告からそれは始まった。

 ネスティア王国海軍の軍艦がその場に急行した時、そこに残されていたのは、海に浮かんでいることが奇跡と言っていいくらいに、破壊され、あちこち燃やされて焦げている船。

 そして、甲板に転がる無数の焼死体。その多くに、食い荒らされたような無残な痕跡が見られ……五体満足で死んでいる者は1つもなかった。

 その船の奥の部屋から救出された、生き残りの船員たちの話によれば、襲って来たのは、炎を吐くドラゴンだという。
 しかも、方角から見て……『サンセスタ島』の方からやってきた、と。

 詳しく話を聞くと、その特徴からして、魔物として、種族としての『ドラゴン』ではなさそうだった。体の大きさや、大まかな形からして。

 何より『ドラゴン』はAAAランクだ。しかもそれが群れを成して襲って来たとあれば、せいぜいが海賊対策程度の護衛しか連れていなかった商船では、間違いなく沈んでいるはずだ。

 特徴からして、その商船を襲ったのは、同じ龍族ではあるが、大きく危険度では劣る、Aランクの『ファイアドレイク』だろうと思われたが……だったらいいか、なんて話にはならない。

 Aランクだって、普通の冒険者や商人とかからすれば十分な脅威だ。

 そんな奴らがいきなり海の真ん中、交易にも使われる航路に現れたとなれば……そりゃ、原因を調べないわけにはいかない。

 乗組員の証言からすれば、どうも『サンセスタ島』から来たという説が濃厚。
 しかし、前回国主導で出したクエストで調査した際は、それらしき痕跡はどこにもなかったし、調査中にそういった魔物と遭遇することもなかった。

 なのになぜ、今になって……そう考えた各国は、再度の調査に向けて準備を進めると共に、島に関する情報に賞金を懸けて、有志の冒険者による調査と、それによる情報を募集し始めた。
 結果、数は少ないが、冒険者の中でも腕に自信のある何組かが、独自のルートで船を調達して島に向かい……そして、そのほとんどが帰ってこなかった。

 数少ない帰ってきた者達も、仲間を失い、恐怖を刻まれ……これ以上冒険者を続けるのは難しいのでは、と言っていいほどの有様だった。

 そんな、どうやらのっぴきならない事態になっていると思しき島に向けて、僕らも船を出したわけ何だが……島に入った途端にコレだよ。

 島に狂暴な魔物がいると仮定して、刺激しないためにステルスモードで向かったにもかかわらず、いきなり見つかったってのは……運が悪かったのかもしれないが、それはそれとして、こんな化け物が生息しているって時点で、十分すぎるくらいに異常事態だ。

 『ソレイユタイガー希少種』といえば……アイリーンさんに渡された『リスト』の中にも名前がある魔物であり……そのランクはなんとSS。
 出現したが最後、国一つ滅亡の危機に立たされることになるほどの怪物だ。

 そんなのがいきなり襲ってくるって……てかそもそもこんな奴前に来た時はいなかったのに……この絶海の孤島の、一体どこにこんな化け物が隠れてたんだか……?

 まだ遭遇はしてないけど、商船を襲ったっていう『ファイアドレイク』にしたってそうだ。一体どこからどうやって……いやまあ、いいか後で。

 とりあえず今は……この、しつけのなってない猫を殴り飛ばして静かにさせなきゃだ。

「戦って見た感じ……見た目通りというか、毛皮と牙がいい素材になりそうなんだよなあ……。でもこれだけの魔物だし、他の部位の素材も調べてみたい。なるべく損傷少なく……!」

 幸いにして、僕はコイツを前にこのくらいのことを考えられる余裕はある。
 油断ではない。ここまで戦った中で、こいつの戦闘能力はある程度把握できている。

 その強靭な腕での一撃は、強固な岩盤を発泡スチロールみたいに粉砕する……だけでなく、高熱で溶かしてそのまま溶岩にしてしまうほど。

 鋭い爪で斬りつければ、そこに収束した高熱が、冗談のような切れ味を発揮するに至る。力任せの腕での一撃と違い、こっちはバターみたいに岩をスパッと斬る。

 さらに、全身に炎を纏っているから、体当たりするだけでも凶悪な威力だ。
 腕の一撃の威力を見てもわかるように、膂力そのものもバカげてるので……ゼロ距離で爆弾が爆発したみたいな衝撃が襲ってくる。

 オマケにドラゴンよろしく炎のブレスまで吐いてくるし。熱量からして、魔法金属すら容易く溶かすレベルの強烈な熱気……うん、この凶悪な戦闘能力なら、SSの評価もうなずける。
 体感的に、Sランクの魔物……『モビーディック』やら『クラーケン』、別な意味でもこいつの1ランク下と言える『ソレイユタイガー亜種』に比べても段違いの危険度だし。
 
 まあだとしても……僕からすれば、戦えない相手でもないわけだが。

 僕の喉元目掛けて、食らいつこうと突っ込んでくるそいつを、僕は腰を落として拳を引き……弓を弾き絞るようなイメージで迎撃態勢を整える。
 そこにもう1つイメージ……衝撃を一点に集中。無駄に周囲にダメージを散らして、破壊しないように……一点にインパクトを叩き込んで、一撃で決める……!

 こいつは馬力もあるが、それに加えて敏捷性も厄介だ。しかもなんか、足腰の強靭さに加えて、炎の推進力まで時々使って加速するっぽいし……結果それが、強力なヒットアンドアウェイ戦術を確立させている。

 だから、飛び込んできたその瞬間に決める。
 こいつが逃げる……いや、反応する暇もないくらいの速さで。
 
 『エクリプス』……いや、『アルティメット』にでもなれば確実かつ容易だが……普通の姿のままでもやってやれないことはない。
 むしろ、成長を証明し実感するいい機会だ。以前は、反動に耐えられず自爆に近い使い方しかできなかった技だけど、今なら……

 体を強化する『闇』の魔力に加え……『土』と『雷』の魔力を融合……電磁力を発生させ、強化した拳を『加速』させる用意を整える……!

 そして、飛び込んできたソレイユタイガー希少種の牙を、直前ですれ違う、というかすり抜けるようにして回避し……同時に……

「レールガン……ストライク!!」

 キュオン、という奇妙な音と共に……音速の数倍、いや数十倍にまで加速させた拳が、ソレイユタイガー希少種の延髄に叩き込まれ……その中身を粉々に粉砕した。
 その間、僅かに0.01秒未満。

 恐らくは、自分が死んだことにすら気づけなかったであろうソレイユタイガー希少種は、首元のあたりがやや不自然に変形している以外は、生前と何一つ変わらない姿のまま……絶命して地面に転がった。

 そして、技を繰り出した僕の拳や、装備には……よし、何も問題なし。
 反動は許容範囲内……というか、全然平気だ。赤くもなってない。

 前コレ使った時は……『ゼット』との戦いで絶体絶命になった時、一発逆転の切り札として使ったんだっけ。
 その時は、勝つには勝てたものの……一瞬で音速の数倍まで加速した上に、あいつはあいつで全力攻撃繰り出してたから……反動で籠手はぶっ壊れるわ、手も骨とかバッキバキになるわで散々だったな……。その時から比べれば、僕も成長したもんだ。

 とりあえずは問題なく、この遭遇戦は終わった。

(しかし……上陸していきなりこんなのに出くわすなんて、何が起きてるんだよこの島に……?)

 『ダンジョンラッシュ』調査6カ所目にして……いや今までも多少なり変なの見つけて来たけど……とんでもないものを見つけちゃうんじゃないか、という予感を禁じ得ない。

 一体、この絶海の火山島に何が起こっていて……そして……何が眠っているのやら……?

 一度既に尋ねたことがあるはずの『サンセスタ島』……これから足を踏み入れて調査していくことになるその島は、今の僕には、以前とは全く違う……得体の知れない魔境か何かに見えていた。


 ☆☆☆


『そういうわけで、『ソレイユタイガー希少種』の死体、保管庫に入れるために、1回船に戻るから。あと、装備とか持ってくもの……それとメンバーもちょっと見直す。この島、想定以上にヤバいことになってる可能性がでてきた』

「了解……そんなんがうろついてるなら、今までに言って来たとこと一緒の感覚での探索は危険ね……1回全員で話しましょ」

 島から届く、ミナトの言葉を聞いて……エルクは、通信越しにそう伝えた。
 言葉にはしないが、モニタールームにいる仲間たちもまた、一様にその意見に賛同し、何人かはこくりと頷いている。

 画面に映っているミナトと、その足元に倒れ伏す『ソレイユタイガー希少種』を見て、ごくり、と生唾を飲み込んでいる者もいた。

 島についていきなり襲って来た敵が……まさかのランクSS。
 このチーム『邪香猫』でも、恐らくはミナトしか相手にできないであろう強さの怪物。

 近々Sランクに昇格することが確実視されているシェリーでも、戦いになるかどうかすら怪しいであろうそれだ。ミナト手製の装備を使えば、食らいつけないということはないだろうが……

 そんな魔物が跋扈していた島。以前とはまるで違う危険度を持っているかもしれない場所。
 そこに踏み込むことを考えれば……必然、メンバー達の間に、少し前まで漂っていた、『今回もなんだかんだで楽勝だろう』という空気は、完全に霧散していた。

 ともあれ、そのあたりを相談するにも、まずはミナトがここに帰ってきてから。
 そう考え、エルクが話を終えたところで、オペレーターをしているクロエが通信を切ろうとした……その直後、

 ボタンを押そうとしたその手を……後ろから伸びて来た色白の手が、ぱしっとつかんで止めた。

「ちょっと待て。おい弟子、聞こえるか。そのまま聞け」

 突然響いて通信に割り込んできた声。
 その声の主……いつの間にか部屋に入ってきていたクローナに、その場にいた全員がぎょっとして視線を向ける。誰一人その入室に気づかなかったのだ。

 その恐るべき隠密能力を、果たして意識して発揮したのか、それとも普通にやってコレなのかは誰もわからなかったが……そんな奇異の視線には一切構わず、クローナは通信越しに、自分の弟子……ミナトに呼びかける。

『? どしたんですか、師匠……ってかいたんですね』

「今来たとこだ。んなことよりも……ちとオメーに伝えることがある。いやまあ、帰ってきてからでもいいんだが、まあ早いにこしたこたねーしな」

『? まあ、どっちみちそっちには帰るんで、僕としてはどっちでも、としか言えないんですが……どうかしましたか?』

「単刀直入に言う。この島の探索、俺も加わらせてもらう」

「「「……!?」」」

 その言葉に、ミナトを含め、全員が驚きを隠せなかった。

 それもそのはず。基本的にクローナは、ミナト達の冒険に同行することはあっても、その冒険者としての活動そのものに協力することはない。
 放任主義、弟子に対して甘やかしをしない……言い方は色々とあるだろうが、自分が興味を持った、積極的に関わりたいと思ったようなことでない限り、傍観の姿勢を貫くことで知られている。そしてそれ以外のことは、頼まれたとしてもやらない。

 例外もなくはないが……だとしても今回のように、自分から参加を表明するなどというのは、レアどころではない事態だ。

 しかも彼女は今、明らかに『探索に加わる』と言った。
 ただ『暇だからついてくる』というようなものではなく、完全に『冒険』そのものに協力する、という意味での言い方だ。

「もちろん、『探索』に加わる以上は、いつもみてーに何もしねえで見てるだけってことはない。きちんと役割分担して、戦闘やら何やらも協力すっから安心しろ」

『は、はあ……ありがとうございます。でも……珍しいですね、師匠がそんな……いやまあ、わからなくもないですけど』

 言いながら、モニターの中のミナトは、ちらりと足元に転がっている……今しがた仕留めた白金の毛皮を持つ虎を見る。

 驚きはしたが、その理由が全く分からない、理解できないわけではない。こんな大物が出て来たのだから、その生息地である島に多少なり興味を持っても……まあ、おかしくはない。
 クローナも元々は冒険者なのだ。その気質は研究者寄りであるとはいえ、だからこそ未知に対しては人一倍好奇心を持つし、それに忠実に行動する。

 調査しがいのある場所ということで、『ネガの神殿』そして『アトランティス』では嬉々として『冒険』にも参加していたのだ。それを思えば、別にそこまで不自然、ないし不思議なことではなかったかもしれない。
 ただ、自分達の仕事に協力する形で参加してくれるというパターンがあまりにもなかったせいで、そう思ってしまいはしたが。

 納得しかけたミナト達だったが、そこに待ったをかけたのは、他ならぬクローナだった。

「そういう理由もなくはねーけどな……それ以外にもちと気になってることがあるんだよ」

『? この虎以外にも、ですか?』

「ああ……確かに、この島の環境、及び生息する魔物の急変ってのも確かに気になる。前にお前から聞いてた状況や……俺自身が記憶してるこの島の生態系とは明らかに違うわけだしな」

『ああ……そういえば師匠たちも昔、この島の調査しに来たことあったんでしたっけね』

 遡ること150年以上前。まだクローナ達『女楼蜘蛛』が現役の冒険者だった頃。
 完全な興味本位で、彼女達がこの『サンセスタ島』の調査に訪れたことがあった。
 
 それ以前にも、いくつもの未開、あるいは危険区域を踏破して情報を持ち帰った実績のある彼女達である。今回も、火山活動ゆえに一向に調査ができないこの島に関する情報を持ち帰ってくれるものだと、冒険者ギルドや国はかなり期待していた。

 ……が、降り注ぐ火山灰の鬱陶しさや、全体的に灰色で代り映えしない景観、美味しいものも別になく、強い魔物もおらず、何も特に面白いところもない。
 彼女達はすっかりやる気をなくし、『つまんないから帰る』と探索を切り上げてしまった……という過去がある。

 そんな力の抜ける事実はともかく……今のこの島は、その時とは大きく様変わりしている。

 付け加えて言うなら、ミナト達が少し前に調査に訪れた際は、大体クローナの記憶にあるのと同じような状態だったのだが、ここ最近わずかな間に生態が激変したことになる。
 それに関しても、当然クローナは興味を示している様だし、それだけでも一応、彼女が探索に加わる理由として納得はできるのだが……どうもそれだけでないようだ。

「それについても調べはする……というか、それと関連あるかもしれねえが、どうにも最近奇妙なことが多いだろ? 脇から見ててなんだが、いい加減俺も気になってきててな」

『奇妙なこと、っていうと……『ダンジョンラッシュ』のことですか? まあ確かに、こんなに一度にダンジョンやら何やらが見つかることなんてないらしいですから、ギルドでも注視してますし……実際、遺跡とか化石とか、変なのもいくつか見つかってますけど……』

「……この際だから言っちまうがな。この『異変』……多分そんなかわいいもんじゃねーぞ?」

『え?』

 モニターの向こうのミナトの表情が、きょとんとしたものに変わる。

 操縦室にいる他の面々についても同様だ。クローナが言った言葉に対して、理解が及ばず『どういう意味か』とでも聞きたがるような、そんな視線が……人数分、彼女に集中していた。

「より正確に言えば、その『ダンジョンラッシュ』自体がそうってわけじゃねーんだ……関わりはあるかもしれねえがな。ただ、そうやっていくつも起こってる異常事態に埋もれて……マジで異常な事態が起こってる可能性が出て来た」

『……その言い方だと、この『サンセスタ島』の異変……だけを指して言ってるわけじゃなさそうに聞こえますね』

「ああ。……お前が戦ってる間に、お前が『チャウラ』だかの海の洞窟から持って帰った、あの龍っぽい何かの骨……俺の方で調べさせてもらった」

『えー……ちょっと勝手に何してんですか。僕も調べるの楽しみにしてたのに』

「……ちっと胸騒ぎがしてな、調べんの後回しにしちゃいけねえ気がしたんだよ。許せ」

『まあ、そういうことなら……でもそれはそれで怖いですね。師匠の胸騒ぎって……で、調べた結果は? 何かわかったんですか? いや、わかったんでしょうけど』

「……もったいぶってもアレだから言っちまうが、アレな……『リヴァイアサン』だった」

「「『…………は!?』」」

 と、今度はモニターの内外から絶叫に近い声。だが、その驚きの度合いを考えれば、それも無理のないことだと言えるだろうが。

 『リヴァイアサン』といえば……水棲生物系の魔物で最強と言われる存在。
 ランクは『測定不能』、つい先ほどミナトが思い出した『クラーケン』や『モビーディック』を軽く上回る……どころか、捕食すらしてしまうであろうレベルなのだ。

 戦闘のフィールドが海になるであろうことも鑑みれば、ミナトでも勝てるかどうかわからない、と言っていいだろう。

『ちょ、それ確かで……いや、間違いようがないでしょうね、師匠なら』

「ああ……なんたって飼ってっからな」

 そして同時に、『リヴァイアサン』は……クローナのペット『ロギア』の種族名でもある。
 そんな怪物を手懐けている彼女の規格外さが光る事実ではあるが、それ以上に今重要なのは……彼女の身近にロギアという『リヴァイアサン』がいるからこそ、それについての解析で間違いを起こすはずもない、という点だ。

 すなわち、海底に遺されていたあの巨大な骨は……間違いなく『リヴァイアサン』のもの、ということになる。恐らくは遥か昔……あの海を悠然と泳いでいたであろう、海の覇者のなれの果て。

 そして、そんな怪物の骨が見つかったという事実からクローナが察した、真に警戒すべき『異常事態』について、彼女は口にする。

「このわずかな間に……『ソレイユタイガー希少種』に『リヴァイアサン』といった、出現そのものが1つの国が消えるレベルの、災害に匹敵する魔物が確認されてる。片方は骨だけだったがな。あと……今回の調査で見つかったわけじゃねえが、他にもいるだろ? 今回回った場所の中の1つで見つかった……同じようにランク『測定不能』の奴が」

「……あ……!」

 と、クローナのそんな言葉に……ミナトよりも先に、エルクが気付いて、はっとした。

 そして、ミナトから預かる形で、今は自分の肩のところにとまっている……アルバを見る。
 クローナの言った通り、ランク『測定不能』の魔鳥……『ネヴァーリデス』を。今ではすっかり頼れる仲間となっている、しかし紛れもなく『規格外』である……その一羽を。

 彼もまた、今回回った『ダンジョンラッシュ』の場所の1つである、『深紅の森』で――より正確に言えば、そのすぐ近くである『リトラス山』で、だが――出会った、というか孵ったのだ。

「本来このレベルの魔物は、痕跡すらそうそう見つかるようなもんじゃねえ。何か事前に手がかりを見つけていて、狙って探しでもしない限りはな。そんなもんがこうして、何の前触れもなく、一度に、ないしごく短期間に表出しだしてるってのは明らかに……何かある」

 休眠状態にあったであろう、アルバの……『ネヴァーリデス』の卵の出現、そして孵化。
 すでに骨になっていたとはいえ、それまで見つかることのなかった『リヴァイアサン』の痕跡の出現。化石化した卵までも見つかった。
 それまでは間違いなくいなかった『ソレイユタイガー希少種』の出現、および『サンセスタ島』の生態系の激変。

 アルバの卵の一件だけ、時期的に離れてはいるが……それも1~2年かそこらの差であるし、見つかった場所は間違いなく今回の『異変』の枠内にある。

 おそらくはここ最近頻発している地震……それも本当に地震なのかどうか疑わしくはあるが、それによって次々に、非日常的どころじゃない怪物の痕跡が、あるいはそれそのものが現れ始めていて……と、考えたところで、ミナトは思い至った。

(あ、つかそれもじゃん。『コアトータス』いる可能性もあったんじゃん)

 同時に、この短期間にこれだけの数、これだけの強力な魔物が確認されたとなれば……確かに、偶然で片づけることはできない、決めつけるのは危険であるということも理解できた。
 普通と違うことが起こるということは、そこには何かしらきちんとした原因があるもの。そしてその原因の中身如何では、もたらされる影響は1つ2つの異常で収まるものではないかもしれない。

 極端な話、今起こっている異常が氷山の一角であり、これからさらに大変な『何か』が起ころうとしている可能性すらある。

 もちろん、考えすぎかもしれないし、どちらかと言えばその方がありがたくもある。
 が、しかし……嫌な、当たってほしくない予感に限って当たる、あるいはそれに近い……あるいは、それ以上に大変な事態が、往々にして待ち受けているもの。

 加えて、クローナという歴戦の冒険者の直感が警鐘を鳴らしているという現状もまた、その可能性をより色濃いものにしている。

 これから準備をし直して、数十分後に始まるこの島の探索で……何が見つかるのかは、まだわからない。
 だがいっそ、何が見つかってもいいように、物理的にも精神的にも準備をして行くべきかもしれない。いや、して行くべきだ。

 クローナの話を聞いていた、ミナトを含む『邪香猫』全員が……そんな風に思い始めていた。



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