魔拳のデイドリーマー

osho

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第20章 双月の霊廟

第456話 深紅の森・深部

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 もともと『深紅の森』は、魔物同士の縄張り争いが激しく、勢力図が結構頻繁に書き変わる場所だ。そのため、何年かに一度はギルドが調査依頼を出して森全体の様子を把握し、遠征やら何やらの際に有用なルートその他の洗い出しを行っている。

 それでもさすがに、出てくる魔物のレベルが大きく変わったり、全く今まで影も形もなかった魔物が級に現れるようになる……なんてことは、めったにない。

 ……めったにはないけど、たまには起こる。
 よそから流入してきた魔物が、この森の豊かな自然を気に入って住み着いて、その結果元からいたその土地の主といさかいになり……追い出したり追い出されたり、って感じで。

 どうやら今回は、その『めったにない』パターンのようだ。

 森に入ってすぐのあたりでは、まだそこまで影響はなかったと思う。

 多少騒がしいくらいはこの森では日常茶飯事なので、気にしないとして……その程度ではわかることもないし、そもそもこの調査は、『深紅の森・深部』に行ってからが本番だ。
 その周囲の環境を観察することででも、わかることがないわけじゃないが、やっぱり実際に現場を目で見てこそわかることってのもあるだろうしね。

 ところで、今回僕らが使ったルートは、偶然にも以前、僕とエルクが使ったルートの近くだったので……休憩がてら、あの時の想い出の?場所を見に行ってみた。

 しかし、あの夜、エルクと一緒に停まった山小屋――コボルドに占拠されてしまってたあそこだ――は、解体されてなくなっていた。

 ……まあ、近くでがけ崩れ起こってたし、地盤もあんまり頑丈そうじゃなくなってたから、危なそうだ……って、僕らが報告したんだしね。
 ただ廃止したのか、移設したのかは分かんないけど、賢明な判断だろう。

 ……ちょっと寂しいけど。

 けど、実際英断だったと思う他ないんだよな。
 だって、その山小屋があった場所……ものの見事に、新しく発生した土砂崩れだか崖崩れで、その敷地の半分くらい埋まってしまってたから。

 あの後にも何度か起こった地震によるものだろう。あるいは、大雨とかが降って、地盤がより緩んで脆くなった結果とかかもしれない。

 ……で、だ。山小屋の移設云々はおいといて……問題はその、がけ崩れの方だったんだが。

 さっき言った通り、アルバの卵は、ここで起こったがけ崩れの土砂の中から現れたものである。大小さまざまな、大量の土砂に巻き込まれていながら、傷一つついていない状態で。

 卵の殻の強度もさることながら、何でそんなとこから、こいつの……ランク測定不能の『ネヴァーリデス』の卵が出て来たのかって話。そこがまだ、わかってなかった。

 見た感じ、以前よりもはるかに大きな範囲でがけ崩れは起こってたので、何かないかなー、なんて考えて、軽くその辺を調べてみた。崩れて広がった土砂や、その出元になった崖の、岩肌の内側辺りを。

 その結果……



「……何、それ?」

「んー……色々?」

 と、なんか呆れ半分な感じになってるザリーを始め、休憩場所で待っていた面々の前に突き出したのは……その『ちょっと気まぐれ』で探してみた結果として見つけたもの達。
 
 一見すると、そこらへんに転がってる石ころとかゴミみたく見えるけど……

「……! これって、化石?」

「おっ、シャンティさん正解。うん、そう。がけ崩れで流れて来た岩とか石ころの中に、こういう化石がいくつも紛れてたんだ。どんなもんなのかはわかんないけど、一応見つかっただけ持ってきた」

 アンモナイトや恐竜の骨みたいに、見た目一発っていう感じでわかったりはしないんだが……たまたま目に映った岩の中に、質感の違う『何か』が入ってることに気づいたらしいシャンティさんが、答えに行き着いた。

 そう……これら全部、大小さまざまな『何か』の化石が入った岩なんだよね。

 流石に僕も、解析もなしに『これは○○の化石だ』なんて読み取ることはできない。後で、ゆっくり拠点にでも持ち帰って調べることにしたいと思う。

 何か意味があるものが出てくる……とは限らないけどね。全然なんでもない植物の化石とかだったりするかもしれないし……いかにもそれっぽいのもいくつもあるし。

 そもそも、同じ場所のがけ崩れから出て来たからって、アルバと何らかのつながり、関わりがあるものなのかも定かじゃないしな。

 ただ中には、見た目からじゃ何の化石なのか、全然見当もつかないものもある。ちょっと考えすぎかもしれないが、龍や獣の爪とか牙みたいな形に見えなくもない形もある。

 そのあたりは……まあ、そうそうあることじゃないかもだけど。何かしらの発見でもあれば面白いかな、なんて。

 アルバの卵がここに会ったっていう事実から、仮設の一つとして元々浮かんでたのが、『昔はもっと強力なモンスターがこのへんに住んでたんじゃないか』ってものだったからね。
 ただ、採掘作業までして調べたことは今までなかったはずだから、ひょっとしたらこれらの化石からその手の情報が得られるかも、なんて考えてみたり。

 ま、もし仮にそうなるとしても、まだ先の話……船、あるいは拠点に帰ってこれらを解析してからの話になるだろうから、今は『深部』の探索に集中しようか。

「さて、じゃ、休憩もそろそろ終わりってことで……行こうか皆」

「ええと……すいません、今更なのですが……ミナトさん達、休憩していない気がするのですが……大丈夫なのですか?」

 と、心配そうにバイターさんが訪ねてくれるけど、平気平気。このくらいじゃ疲れないし。


 ☆☆☆


 そのまま表層を抜けて進むことしばし。
 僕等は『深紅の森・深部』へとたどり着いた。

 この森の特徴として、縄張り争いが活発だっていうことの他に、もう1つ……奥に行くほど、魔物のレベルが急激に跳ね上がる、っていうものがある。
 そのため、ランクに余裕がある冒険者ならまだしも、初心者とかそのへんは結構慎重に進まないと、うかつにヤバい危険度のところに迷い込んでそのまま帰れず……なんてことにもなりかねない。

 シャンティさん達も、当初、その辺は気を付けて進むつもりだったんだそうだ。
 彼女達のランクでは、あまり深い所まではいけないからね。『深部』には、場所にもよるけど、Cランク以上の魔物も普通に出てくるし。

 それこそ、前に僕らが戦った『エクシードホッパー』とかさ。あいつら、Bランクの上に群れで行動するから、対抗できないランクの人達がであったら割と絶望だもんね。

 まあもっとも、僕らにしてみればそのへんも特に脅威では最早ないわけなので……ある程度奥までくることができたら、彼女達とは分かれて行動することになるかな、と思っている。

 流石に彼女達の護衛みたいなことをしながら、分不相応な深部まで連れて行くつもりはないし、彼女達もそのつもりはない。あくまで、自分達単独でどうにかできる領域で調査を行った後、限界だなと思ったら撤退するそうだ。僕らと別れて、3人で町に戻らなきゃいけない、っていう点まで鑑みて、それにも余裕が持てる位置で。

 なので、そこまではご一緒しようってことで進んでいく。

 周囲の状況を見ながら、しかも移動が徒歩ってことで、かなりゆっくりなペースで進んでいる。
 今のところ、何も特に変わったことは見つかっていない。事前にギルドで渡された情報――僕ら以前にこの『深部』の調査を行った冒険者が調べた情報だ――と、大きな違いはない。

 魔物の種類や、縄張りの変動も……まあ、全くないわけじゃないみたいだけど、特筆しなきゃいけないようなレベルにはないな。

 あんまりこういうこと言うのはよくないとわかりつつ……ちょっと拍子抜けかも。

 まあ、そりゃ……『ナーガの迷宮』であったような意外な大発見なんて、そうそうあるもんじゃないだろうし、コレが普通なのかもしれないけど。
 慎重に調査して、けど何も特別なことはなく。よかったけど、その分は徒労、みたいな。

 ……強いていうなら、植生……生えている植物に、ちょっと違和感があったくらいかな?

 森の奥に行くほど、木々が太く、広く、規模を大きく繁茂しているように見える。種類も違って来てるし……なんか、熱帯雨林とかに生えてそうな、うねった形状の樹木もそこらにぽつぽつと生えてる。いや、うろ覚えの知識だから、あんまり自信はないけど。

 ……けど、陸上にマングローブって生えるもんだっけか……?

 あの、何十本も細めの木が束になって、あるいは複雑に絡んで生えてるのって、それだよな? 南米の森の、水辺とかに、あるいは川に直接とか生えてるやつ……
 水辺が近いならともかく、こんなガッツリ山の中に……?

 さっきは『うろ覚えで自信ない』とは言ったけど、それはあくまで前世の世界の話で……この世界における植物の知識なら、薬学や医学に連なる知識として、それ相応に僕は修めている。それらの知識をもとにして考えてみると……いくらなんでもおかしい、っていう点があちこちにある。
 それこそ、ここが剣と魔法のファンタジーな異世界で、元の世界の常識なんて通用しない、半ば何でもありな世界だということを考えても、だ。

(ていうか、そういう視点で見て見ると……この森、特にこの『深部』、かなり植生滅茶苦茶だな……気候帯が異なる植物があちこちにあるぞ?)

 ネスティア王国の属する気候帯は、元の世界に当てはめれば、おそらく『温帯』……熱くもなく寒くもなく、過ごしやすい感じの気候帯に属すると思う。『深紅の森』も、植生の大部分はそれに即した生態系になってるっぽいし。
 ただその中に、ありえない形で、他の気候帯の植物があちこちにみられる。

 熱帯、亜熱帯、温帯、冷帯、寒帯……それらに生える植物がそれぞれ滅茶苦茶に入り混じって生えている、といった感じだ。
 今例に挙げたマングローブに加えて、広葉樹に針葉樹、地面に生えてる草も、背が高いものと低いものが、場所によっては混在してすらいる。

 今、目の前にバナナ(っぽい果物)がなってる木があるんだが、そこから50mも離れていない場所に、オリーブ(っぽい物)がなっている。
 ……片方は熱帯とか亜熱帯の、もう片方は……地中海性気候だっけ? 水はけのいい土地で育つ……もうこの時点でおかし……ちょっとまて、あっちに見えるの、小さいけど、サボテンか?

 ギルドから渡された資料を見てみる。
 ……そこまで詳しくは書いてないな。色々な植物があって、そのいくつかの例が載ってるくらいのものだ。読んだ時は違和感に気づけなかったわけだよ。

 ひょっとしたらここの人達は、『この森はこういうもの』で納得しちゃってるのかもしれないが……下手したらここ、僕んちカオスガーデン並みに滅茶苦茶だぞ、生態系。
 
 ちょっとコレ、全部ちょっとずつサンプル持って帰って調べたいな。
 あと、土壌とか、出来れば地下水なんかも……何気に魔物より面白そうだ。

「……? どうしたのエルク、ミナトさんじっと見て」

「いや、なんか徐々にアイツのテンションが上がってきたみたいな気配がして……ちょっと注意して見てなきゃいけないかも、って思っただけ。いつものことよ」

「は?」

 シャンティさんはよくわかんなそうだけど、うん、いつものことです。
 我が嫁の超のつく理解度、ないし勘の鋭さも含めて。


 ☆☆☆


「なあ……俺達、野宿してるんだよな?」

「ええ、そうね……」

「『野宿』ってさ……硬いパンとか塩漬け肉とか、をかじって腹を膨らませて、冷えないように焚火を炊いて寝るくらいしかすることないよな? せいぜい、持ってればテントとか立てて、雨風をしのげるようにするくらいで」

「ええ、まあ……そうですね。後は、簡単な武器の整備だとか、明日の予定を話し合ったりとか、まあ交代で見張りをしたりとか……その程度ですね」

「だよな。野宿ってそういうもんだよな……。じゃあよ……俺達は今、何をやってんだ?」

「「…………さあ……」」

 なんか、カルチャーギャップに取り乱しそうになってるのを必死でこらえてるっぽいな、皆さん。

 只今、僕ら『邪香猫』にとっては、かなり久々となる『野営』ないし『野宿』なわけだが……例によって僕がマジックアイテムその他を大量投入したせいで、最早町にある下手な宿屋で休むよりも快適な空間が完成している

 結界展開のマジックアイテムで快適な空間(気温・湿度ちょうどいい、虫も獣も入ってこない)を形作り、リラックスして休めるようにしてある。

 さらに念のため、その外側に『式神』を作って徘徊させ、見張りを任せている。
 ヤマト皇国でも作った、カブトムシとクワガタの怪人、『甲鬼』と『鍬鬼』だ。戦闘能力にしてAAからAAAくらいは多分あるので、その実力をプレッシャーとして感じ取ったそこらの魔物は近づいても来ないだろう。

 もっとレベルの高い危険区域ならともかく、この辺りでならこの程度の準備でも十分安全と言っていいだろう。なので心置きなくくつろげる。

 本を読むもよし、おやつを食べるもよし、雑談するもよし……あとは、キャンプっぽく自然の中で料理して食べる、なんてのを楽しんだりしてもいいな。

 今まさにそうしてるところなんだが、メニューがまた豪華でね。

 作ってくれているのはサクヤだ。
 炊き立てのご飯に、道すがら獲った魚をソテーに、山菜とかキノコを炒め物にして……果物を凍らせてシャーベットにしてデザートまで用意してくれた。
 さらには、こちらも今日歩く途中で、襲って来たのを返り討ちにした色んな魔物を合いびき肉にして、ミートボールも作ってくれた。ごろごろ大きくて美味しそうだし、数もある。食べ応え十分。

 大部分が今日取れた、あるいは『獲れた』食材なので、鮮度もばっちり。
 それらを、僕作成のマジックアイテムである『携帯用キッチン』――コンロやオーブン、水魔法式の流し台など、システムキッチン並みに色々完備――を使って見事に調理してくれた。

 シェーンに頼んで洋食を習ってるのは知ってたけど……流石だな。
 見た目ももちろんだが、食欲をそそるとってもいい匂いが……あー、用意ができるのが楽しみ。

 なお、結界のおかげで匂いは外に漏れることもないので、それにつられて魔物がやってきたり、なんてこともない。
 まあ、来たところで結界に阻まれて帰るか、式神に倒されるかの2つに1つだが。

「……やっぱすげーんだな、SSランクの冒険者って……仮にも危険区域で、こんなことまでできちまうとは……」

「いや、私が言うのもなんだけど……私らのところはかなり特殊な部類だから、参考にしちゃダメだと思うわよ? 実際、1コ下のSランクのチームと仕事で一緒になる機会があったんだけど……そこが野営とか遠征とかに望むスタイルは、装備・設備のランクは違えど、概ね基本にのっとった……まあ、あんた達が想像してる通りのあり方だったから」

「うちのチームはとことん、リーダーの技術力のお世話になってるからねえ……言ってしまえば『贅沢』の部類に入るから、これに慣れちゃわないようにするのが大変だよ」

 エルクやザリーも加わってそんなことを話してる間、僕はスマホを使ってテレビ電話でナナと話していた。今現在、シェリー達と一緒に、別行動で『花の谷』に行っている。

 あっちで異変が起こってるらしい場所は、『花の谷・中北部』。
 北部と南部に分かれていたあの地方で、前回騒ぎを起こした、『北』の連中が住んでいた地域に近いエリアなわけだが……さて、収穫は? と聞いてみたところ。

「へー、じゃあそっちは到着早々バトルだったんだ? シェリー喜んでたでしょ」

『ええ。しかもその相手というのが……私はわからないんですが、かつて戦ったことのある魔物だったようで、雪辱戦とばかりに嬉々として戦ってましたね。『植物怪獣』って言えばわかる……って言ってましたけど、お心当たりあります?』

「あーうん、超ある」

 半ば冗談で遭遇を予想してた相手なんだが……ホントに出たのか。

 僕らが『花の谷』に行った時に戦った奴じゃん。『トロピカルタイラント』。
 あの当時まだAランクだったシェリーじゃ、仕留めきれなくて足止めがせいぜいだった難敵だけど……今の彼女なら、本気度次第で完封・瞬殺することすら可能だったろう。

 もっとも、森の中で彼女の本気の火力なんて使ったら大惨事になるから、手加減必須だろうけど……それでかえって手ごたえのある戦いになったのかもしれない。

 図体もデカいから斬り甲斐もあっただろうし、楽しめたならよかった。

 ……よかったけど、あの森あんなの複数暮らしてるのかな? それとも、ネールちゃんがなまじ活性化させたから発生するようになったのか……?
 そんな話、彼女からは聞いてないけど……まあ、ネールちゃんがいなくなって結構立つはずだから、その間に環境の変化とかが起こったのかもしれないし。

 というか、そのネールちゃんが一緒について言ってるはずだから、何かあれば対処するだろうが。生まれ故郷の森なんだから、変なことになってたら嫌だろうし。

 で、そのシェリーやネールちゃんは?

『シェリーさんは『ミネット』で、仲良くなった冒険者の人達とお酒飲んでます。さっきの植物怪獣に襲われてたところを助けてあげたので、そのお礼みたいで。ネールちゃんは森の様子を見に行っていて……暗くなる前には帰ると言っていたので、もうそろそろかと思うんですが』

「そっか。まあ無事なら何も問題ないよ。でさ、『花の谷』は確か、異変が起こってる個所が、『中北部』ってとこだったよね? そこに関しては何かわかった?」

『現時点ではまだ何とも。ただ、ギルドの資料と比較して、やや魔物が多いし、活発になっている印象はありましたね……明日、明るくなってから本格的に調査してみるつもりです。専門家であるネールちゃんもいますから、何かはわかるでしょう。そちらはどうでした?』

「こっちも……まあ、色々と気になることはあったし、面白そうな手がかり?も見つけたけど、コレだってものは、かな。僕らも多分、明日からが本番だと思うよ」

 それからしばらくして、サクヤから『ご飯できました!』って声がかかったので、ナナとお互いに『気を付けて』と声を掛け合ったのち、通話を終了。

 『深紅の森・深部』と『花の谷・中北部』。初日はお互いに、大きな収穫・発見はなし、か。
 まあ、すぐに見つかるようなことなら、他の冒険者が見つけて報告してるだろうしな。気長に……とまでは言わないけど、焦らず行こう。



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