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第20章 双月の霊廟
第454話 ナーガの迷宮・深部
しおりを挟む予定外ではあるものの、まあ悪い巡り合わせではないということで、エルクの昔馴染みである冒険者さん達3人と一緒に、『ナーガの迷宮』を進むことしばし。
どこにどんな変化があるかわからないので、そのへん注意しながら進んでいた僕らだったが、ようやく、今回その存在が明らかになった『深部』へとたどり着いた。
「深部なんて言うくらいだから、最下層からさらに下の方に行くのかとか思ってたんだけど……違うんだな。ちょっと意外」
「そういう人、結構多いみたいですね。かくいう私達も、情報を聞いた当初は正直そう思いましたけど」
この『ナーガの迷宮』は、地上1階層の地下6階層、合計7階層からなるダンジョンだ……というのは、大分前に僕も聞いて知っている。
下に行くほど強い魔物が出てくる縄張り構成になっていて、最下層にいる魔物の中で一番強いのは、Cランクの『リトルビースト』。ただし、僕がかつて仕留めたAランクの『ナーガ』は例外。
で、今回話題になっている『深部』だけども、最深部である地下6階層……ではなく、地下4階層の途中に、隠された入り口があった。
そこから下りの結構長い階段を下りて……だから、実質はここ、地下5階層の隠しフロア、みたいな扱いになるのかな?
まあいいや。ひとまずこのフロアの探索から進めたいところだけど……ある程度はもう、他の冒険者の人達も入ってて、探索は進んでるんだっけ?
そう、エルクの友達の1人……魔法使いのお兄さんである、バイターさんに聞いたら、
「ええ、あらかたマップは作り終えているとのことです。もっとも、表面上の構造だけを調べた程度のものだそうで、隠し部屋などは見つかっていないようですが」
「そういうところまではまだ手が回ってない、ってわけ。だから、その辺を探して稼ぐっていうのが、私達みたいなのの目当てってことね。……さっきは欲をかいて全滅しかけちゃったわけだけど」
「恐らくここから出て来た連中だろうが……今まではこのダンジョンにいなかった魔物も出るようになってきてるからな。もうここを『初心者用』として使うことは難しいのかもしれねえ」
「確かにね……結構浅い階層で、さっきみたいなのが出てきたら、『初心者』じゃ全滅以外の選択肢ないわよ? あんなんでも一応Cランクの魔物だし」
と、エルク。
このダンジョンで最強の魔物に並ぶランクの魔物を、しれっと『あんなん』呼ばわりする彼女に、かつての仲間3人は『うわー……』的な目になっていた。
彼女の価値観も、当然だけどもうだいぶ、いや完全に僕と一緒に行動する……『SSランクのチームの一員』としてのそれになってるし、彼女自身Aランクだからな、もう。そりゃそういう見方になってしまうのも仕方ない。
「私達ホント運がよかったよね……あそこで助けてもらえたのはもちろん、そのまま一緒に調査とかまでさせてもらえてさ」
「ああ、持つべきものは出世した同期のダチだな……いや、だからって別に寄生したりするようなつもりはねえけどな?」
「ええ……同行させてもらえるのはありがたいとは思いますが、頼りきりになってしまっては、それはそれで我々の方に冒険者として問題あり、ですからね」
うんうん、きちんとプロ意識ってものも持ってるようで結構。
こっちとしても……まあ、乗り掛かった船って奴だし、一緒に協力して調査することや、彼らじゃ手に負えない敵なんかを引き受けることに文句はないけど、あんまりこっちに頼りきりになったり、手柄まで不当に要求してくるようならさすがに色々と考えるところだったろうしな。
そういうことはなさそうでよかった。
さて、気を取り直して『ナーガの迷宮・深部』の探索を進めているけど……
とりあえず見た目一発、特徴として……
「……広いな、ここ……」
通路も、その途中途中にある部屋も、広い。縦にも横にも。
『ナーガの迷宮』自体、かなり広めでそこまで閉塞感がないダンジョンなんだけど……ここはそれに輪をかけてさらに、って感じだ。
けっこうな大型のモンスターでも楽に通れるであろう大きさだし、何なら住むことだって……
「……広い部屋、か……あんまりいい思い出ないわね……」
と、そこで僕と同じ発想に行き着いたらしいエルクが、げんなりした表情で周囲を見回し、警戒していた。その様子を見て、不思議に思ったらしい、シーフの人……シャンティさんが、
「エルク? どうしたのよ、そんなキョロキョロして……」
「いや、前にもこういう……ダンジョンに似合わないくらい広い部屋に出たところで、ヤバい魔物に出くわしたことがあったもんだから、ちょっとね」
「……ひょっとしてそれ、噂に聞く『ナーガ』ですか?」
「ええ……あの時は私まだ全然弱っちかったから、死んだと思ったわね……まあ、その後ミナトがあっさり倒しちゃったおかげで、こうして生き延びれてるんだけど」
「ふーん……その時助けられたのがきっかけで、好きになっちゃったとか?」
と、ゴシップ好きの女子丸出しな感じで、ニヤニヤ笑って聞いてくるシーフのお姉さん。
もしかしたらそれを聞かれて赤くなって照れるエルク、あるいは僕の反応を期待してるのかもしれないが……
「どうかしらね……まあ、きっかけだったことは確かか。でもそういうのより、その時既に『こいつ危なっかしくてほっとけない』みたいな片鱗が見えてたから、むしろそっちの方が……」
「ありゃ、普通に認められちゃった?」
と、やはりちょっと期待と違った反応だったらしいシャンティさんが、少し驚きつつ……残念そうにする。そして、それを横で聞いていた、大剣使いのコガールさんも、
「あー、ってことは噂はマジなんだな」
「? 噂って?」
「SSランクの『災王』と、エルクが恋人同士だって話だよ。同じチームだって話は広まってるけど、そういう話になると……まあ、尾ひれとかつくもんだから、半信半疑だったんだが」
へー……そんな風に噂されてたんだね。
それは知らなかったけど、むしろ驚き方としては『知られてなかったのか』って方が大きいかもしれないかな。
僕とエルクがそういう仲だってことは、特に隠してないし……割とオープンに、人目があるところでもいちゃついてる自覚あるから、普通に知られてるもんだとばかり……いやまあ、確かに自分から吹聴したりはしてないから、噂話レベルにとどまってるのは不思議でも何でもないか。
ただ、聞かれれば『嫁です』くらいは答えるし……たまに僕、女冒険者の人とかに告白されたりすることあるんだけど、その時は、必要ならそういう仲の女性がいるってことを説明した上で、どれもきちんと断ってるしな。そのへんは情報ソースになると思ってた。
あとさらに聞いたら、愛人が結構な数いるってことも噂されてるっぽくて……ええ、はい、事実なので否定できませんけどもね?
シェリーに、ナナ、ネリドラに……最近、サクヤもここに加わりました。
……ヤマト皇国で、直接ではないとはいえ、あんだけ率直に愛を語られたら……まあ、その気持ちにきちんと向き合わないわけにはいかないし、うん。
『そう』なったのは、こっちに帰ってきてからだけどね。うん、その……喜んでもらえてよかったです。
ただ、そのサクヤ曰く、まだもう1人、同じような立場の人が近いうちに増えるらしいんだけど……自意識過剰でなければ、目星ついてるなあ。
分かれる時に、それっぽいこと言って、一旦『キャッツコロニー』から離脱していった娘が1人いたから……ひょっとしたら……
……いや、今は考えないでおこう。
その時になったら真剣に考えるけど……ここは一応、ダンジョンっていう危険区域の中だ。ちゃんと集中、集中。
さて、そんな感じできちんと集中して……『サテライト』も使って、警戒は怠らずに進んでいるわけだけど……
この『深部』……特に何もでないな。
てっきり、隠された階層だってんだから、さっきの『ゴールドスライム』みたいに、今まで確認されていたエリアにはいなかった強力な魔物が出てきてもおかしくはない……表立って動いてなくても、隠れているくらいのことはあるかも、って思ってたけど……
全く魔物がいないわけじゃない。けど、出てきてもDとかC程度。
このダンジョンそのもののレベルからしたらかなりの水準かもしれないけど、ぶっちゃけ……そこまで特筆すべきことでもない、かな。
というかそもそも、ここまでくらいの情報なら、恐らく同じようにここに潜っている他の冒険者達が調べて報告してるだろうし……こりゃ、魔物関連で目新しい展開にはなりそうもない、か?
(まあ、ゲームとかじゃないんだから、隠しフロアが見つかったからって必ずボスとかが待ち受けてるわけでもないし……ただ、何もないならそれはそれで、何のためにこのエリアだけ、入り口が隠されて別な扱いになってたのか、って話だよな……)
フロアのつくり自体もそこそこ違うし、何か意味はありそうなもんだけど……
そんなことを考えながら、ふと僕は、大部屋の天井を見上げて……
「……ん?」
それに気づいた。
完全に偶然だけど……運よく、気付けた。
「? ミナト、どうかしたの?」
と、隣を歩いていたエルクが、僕が立ち止まったのに気づいて声をかけて来たので……天井を指さして教えてやる。エルク以外の仲間達や、シャンティさん達にも。
僕が指さしている先の天井には……壁画というか、この場合は天井画が描かれている。壁画と同じく、『ナーガ』を象っていると思しきデザインの……大きな蛇の天井画だ。
といっても、それ自体は特に珍しいことじゃない。壁画同様、この天井画自体は結構あちこちにあった。それこそ、『深部』じゃないエリアにも。
だからエルク達も、『アレが何?』的な視線を向けてくるんだけど……僕が見て注目してるのは、天井画そのものじゃなくて……それと一緒に刻まれてるものの方なんだよね。
天井画の周りに、模様見たく書かれてるけど……実際に模様であるものの中に混じってるアレは……
「古代文字、だな」
「えっ……ほんとに!?」
と、シャンティさんが驚いてる傍で、僕は跳躍し……空間系魔法の応用で空気を踏みつけて足場にする。
普通に何もない空間に『立って』天井を観察し始めた僕に、シャンティさん達3人が驚いてるようだけど、説明とかほしいならちょっと待っててね。
えーと……この文字は……見たことあるようなないような……
収納空間から『マジックタブレット』を取り出して、現在僕の手元にある古代文字のデータベースを呼び出し、一致するものを探していく。
……あった。コレは……え、マジで?
「……えー……コレ、結構な大発見じゃないの?」
「ミナト、どしたの? 何かわかった?」
「うん、一応……この天井画っていうか、刻まれてる古代文字なんだけど……いや、これがかかれてるってことは多分、この遺跡丸ごとそうなんだろうな……」
空中に立ったまま、下にいる皆に視線を落として……僕は、今分かったことを、簡潔に伝えた。
「なんかさ、この遺跡っていうか、下手したら『ナーガの迷宮』そのものが、なんだけど……『龍神文明』の時代の遺跡、かもしんない」
「「「……はぁ!?」」」
ここでおさらいしてみよう。
『龍神文明』というのは、はるか昔に存在し、そして滅び去っていった『古代文明』として知られるうちの1つであり……高度な知能を持つ『龍』と人が共存し、協力し合っていた時代及び文明社会であるとされている。
現在よりも進んだ文明が構築されていて、より高度な技術、強力な魔法を人々は手にしていたものの、いかなる理由からかその文明は衰退し、滅びてしまった。今では、僅かな文献や遺跡の碑文などにその存在が語られ、その時代の遺物であるアイテムなんかは、現在の技術では再現不可能な秘宝レベルの扱いを受けていたりする。
それ自体は『龍神文明』に限った話じゃないけどね……エルクの使ってる『クリスタルダガー』も、古代文明の遺産……を、僕が修理するついでに強化改造したものだし。
そしてこの『龍神文明』もそうだが、『古代文明』何て言ってるだけあって相当に昔のものだから、残ってる研究資料とか史跡がまー少ないんだコレが。
当時の文化その他を研究するために必要な資料なわけだが、数千年とも数万年とも言われる時の流れの中ですり減って消えてしまった。ゆえに、僅かな手がかりからどうにかして、知れる限りのことを全て知ろうと、考古学者その他の研究者の方々が全力を振り絞って日夜研究しており、また、新たな研究資料になる遺跡とかがないか、血眼になって探しているのが現状なのだ。
この『ナーガの迷宮・深部』……あるいは、表層も含めた『ナーガの迷宮』そのものが、もしも『龍神文明』の時代のものだとするなら……非常に珍しいレベルの規模の研究資料になり得る。
それこそ、王都の考古学者の人達が狂喜乱舞して押し寄せるんじゃないかってレベルで。
ギルドに報告すれば……報酬も期待できるんじゃないかな、これは。
そう言ったら、シャンティさん達は、こっちも狂喜乱舞……とまではいわないけど、大いに喜んでいた。宝部屋とか即物的な者じゃないけど、それでもいい実入りになりそうなものが見つかったから、だろうな。
加えて、学術的にも価値があるものだから、そっち方面での名声、ないし評価点にもつながるだろうし。
発見したのは僕で、僕の手柄に乗っかるようなもんだから、ちょっと気まずそうにしてたけどね。
それはさておいて、折角なのでこの古代文字でコレ、なんて書いてあるのか読んどこう。
……所々擦り切れてて読みづらいな……でも、大体はわかる。
「ええと……龍……の、眷属? それが……で……じゃあ、つまりここは……うげ……。えー、そういう感じなん? うわ……マジか……あーでも、それはそれで……」
喜んでるシャンティさん達をよそに、エルクは僕が古代文字を読んでる様子をずっと見てて……視線が『何書いてあるの?』って言ってるな。もうちょっと待ってね、全部読んで、ある程度まとまってから話すから。
で、まとまった内容が以下の通り。
率直というか、正直に言って……ちょっとアレな内容も含まれてたな。いや、古代の人々の暮らしや価値観に文句言っても仕方ないけどさ。
どうやらこの天井画の碑文から読み解くに……この『ナーガの迷宮』は、古代の人々が作り上げた……神殿、みたいなもののようだ。
龍神文明の時代、龍に近い姿形を持つ『ナーガ』は、このあたりに住んでいた古代人達にとって、信奉・崇拝の対象だったようで……その住処兼神殿としてこの迷宮は作られた。
ここの主となるナーガにとって住みやすく、また、その餌となる魔物が住み着くように、環境や場所その他まで計算して。
……アレ、見た目は確かに龍、ってか恐竜っぽいけど、分類的には獣系だった気が……まあいいか。
そして今僕らがいるこの部屋は……古代人達が龍神に祈りを捧げる際、その供物として、生贄を捧げる時に使われていた部屋だったようだ。ナーガはいわば、龍神の代行者、ないし御神体みたいな形で扱われてたようだから、それに対する生贄=龍神への供物、みたいなとらえ方だったのか。
生贄はこの広間に横になり、天井画とこの碑文を目にしながら、天に召されるその時を待つ。自分の役割を、龍の髪の供物となることへの栄誉を、それが記された碑文を幾度も読み返して、繰り返しその心に刻みつけながら……やがて現れる『ナーガ』にその身を捧げる。
……以上が、この古代文字を解読して知ることができた内容になります。
……うん、繰り返しになるけど、あんまりおもしろい事実じゃないな。
まあ、これ以外にも、色々と本腰入れて調べれば、『龍神文明』についての他の事実も明らかになるかもしれないが……そっちは学者さん方に任せよう。
ひとまず僕らは、これと似たようなパターンで碑文みたいなのが残ってないか、この『深部』を軽く一回りして確認してみて……そしたら探索終了、ってことにしようか。
しかし……『ダンジョンラッシュ』一発目からえらいもんが見つかったな……。
残りもひょっとしてこんな感じになったり……いや、まさかね。
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