魔拳のデイドリーマー

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第440話 予言の結末

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「……おばあ様。おばあ様は……この事態を警戒していたのですか?」

「いや、あたしも流石にここまでヤバいことになるとは思わなかったよ……ただ単に、キリツナの坊主がやった『邪気』と『八咫烏』の力の融合。それだけでも普通の妖怪にゃ制御しきれないほど大きな力になる……その状態で、精神が擦り切れてキリツナの坊主が暴走して、『八妖星』をも超えかねない力で破壊を振りまくだけの怪物になるのを心配してたのさ」

「ですが、今のこの現状は……」

「わかってるとも。暴走もしておらず理性的ではあるけど、それが救いにならないくらいの大惨事だね、こりゃあ……」

 きしむ結界の中で、タマモと鳳凰はそんな会話を交わしていた。
 その周囲では、ギーナやサクヤ、シェリーといった面々が集まって、同じ方向を見ている。そこで起こっている戦いを見守っている。手に汗握り、固唾をのんで。

 また、そこにはいないが、戦場の別の場所で、あるいは帰還した『オルトヘイム号』のモニタールームで、仲間達がそれを見守っていた。
 すでに『八咫烏』の大暴れによって敵味方両軍が撤退してしまったこの戦場で、もうここ以外で戦いは行われていない。唐突に始まったものではあるが、文字通りこれが頂上決戦だ。

 そこで戦っている2人……いずれも黒を基調とした、ライダースーツとプロテクターの組み合わさった装備の少年と、龍を思わせる異形の装甲を身にまとった男。
 互角の戦いを繰り広げる2人を画面越しに見ながら、1人の少女……ミュウは震えていた。

「ミナトさん……どうか……っ!」

 細く弱弱しいその手を、横に座っているエルクが、そっと包むように手を添えた。
 安心させるために、あるいは、大丈夫だと励ますように。


 ☆☆☆


 ミナト曰く『特撮の闇堕ちヒーローみたくなった』カムロと、現時点における最強形態である『アルティメットジョーカー』のミナトとの戦いは、驚くほどシンプルで、しかし、誰がどうやっても割り込むことなど不可能であろうほどに激しい戦いになっていた。

 ――ズガァアン!!

 互いが繰り出した拳が正面衝突……周囲に暴風が吹き荒れるほどの衝撃からは、その威力が人を容易く殺せる……などという次元を超えているものだとわかる。
 
 もちろんそこでやりとりは止まらない。横合いから弧を描いて迫るミナトの回し蹴り。
 それを受け止めて足をつかもうと手を突き出すカムロだが、ミナトの足は直前で軌道をそれる。

 見ると、ミナトは斜め方向に腕を勢いよく振ることで回転の動的エネルギーを生み出し、その反動で無理やり軌道を変えていたのだった。かつて何度も戦っている、『ゼット』の尻尾を利用した動きの変化を参考にしたフェイント技だ。

 小さく跳んで空中で勢い良く体をひねりつつ、全く違う角度から蹴りを叩き込むミナト。しかしカムロは避けられないとわかると、逆にその足に向かって飛び込み……トップスピードになる前に装甲で受け止めてしまうことで、蹴りの威力を殺した。

 そしてその反応に驚いて一瞬動きを止めたミナトの足を、今度こそカムロが掴み、力任せに振り回して地面にたたきつける。

「――ッハァ!!」

「なんのッ!」

 だがミナトは力技で、掴まれている足を曲げて動かして体の向きを調整し、顔面から叩きつけられそうなところを、逆立ちするように地面に手をついて『受け止める』ことに成功。
 そのまま、カポエラを思わせるアクロバティックな動きで、逆に空中にカムロを放り投げる。足で。しかも、遠心力を乗せてそれなりの勢いで。

 不意に空中に投げ出されたカムロの鳩尾に、信じられない速さで体勢を立て直し、飛び上がると同時に放ったミナトの飛び蹴りが突き刺さる。

 蹴り飛ばされたカムロだが、すぐに空中で体勢を立て直し着地……する地点に既に回り込んでいたミナトがハイキックを放って『迎え』打つ。
 だが、それが見えていたカムロが飛び後ろ回し蹴りで相討ちに持ち込む。

 空中で踏ん張りがきかなかったカムロがまたしても弾き飛ばされたが、離れた場所に今度こそ無事に着地することに成功していた。

「――っと、今度はこっちから行くぜ!」

 言うと同時に、カムロは右手を地面にたたきつけ……そこから地面がめくれ上がるようにして、大量の土砂を巻き込んだ衝撃波が津波のようにミナトに迫っていく。
 
 ミナトはそれを、右手を手刀にして振り下ろすことで左右に両断して防ぐが、土砂の津波を目くらましにして回り込んで接近していたカムロが、振りかざした右手をひっかくように振るう。
 目で追わずとも、その手に大量の『妖力』が込められていることに気づいていたミナトは、巻き起こっている土煙の中に飛び込むようにしてそれを回避し……

 その瞬間、『ひっかき』と共に発生した真空の刃が、一瞬にして何百倍にも分裂し、前方に散弾となって扇状に放たれた。地面に着弾した者だけでも100や200ではないであろうそれは、無数の傷跡を地面に刻みながら、前方にある全てを切り刻んで飛んでいく。

 もちろん、多少横に飛んで避けただけで回避できるようなものでもなく、その凶悪さを悟ったミナトは、魔力を纏ってその場で高速回転し、風の刃を全て弾き飛ばしていた。
 それにより無傷でしのぐことに成功していたミナトだが、間髪入れず2発目、3発目が放たれ、何百何千の刃が吹き荒れる。

 今度はミナトは、拳から放つ衝撃波で第2波を全て叩き落して防御し、第3波が来る前に強化した脚力で範囲外へ離脱してかわす。
 そして第4波が来たところで、キリがないと悟ってかわすのをやめて突っ込んだ。

 そして接触の直前、『虚数跳躍』を発動して虚数空間に消えるミナト。
 一瞬の間を置いて復帰することで、放たれた斬撃全てを『素通り』したミナトだが、至近距離で振りぬいた拳がカムロを捕らえることはなく……カムロが半身を引いてかわしたことで空しく空を切る。

 そしてそのカムロの左手――斬撃を放っていない方の手――には、今のわずかな間に、体の後ろに隠して準備したらしい、超圧縮した炎の塊が形作られていた。
 しかも、色が白い。単なる飾りでの着色でなければ、相当な高熱が蓄えられている証拠だ。

「まずっ……」

「そら受け取りなァ!」

 手にしているそれを、ほぼゼロ距離でミナトの顔面目掛けて投げつけ――というよりは最早叩きつけると言ったほうがいいかもしれない――しかしその瞬間、ミナトの首元のスカーフが一気に広がってその体を覆い隠し、間一髪の差で超高熱の光炎弾からミナトを守る。
 布一枚と言えど、超圧縮されたエネルギーの塊でもある『ワルプルギスのマント』は、戦略級魔法すら凌ぎきる防御力を誇るが、至近距離で炸裂した今の一撃は流石に無茶だったのか、焼け焦げで所々破れてしまっていた。もう二度目は期待できそうにない。

(『アルティメットジョーカー』の固有装備がイカれるとは……!)
 
 強烈な熱気と衝撃を顔面に受けながらも、『ワルプルギスのマント』と、とっさに出力を最大にした『魔力共振バリア』によってどうにか傷らしい傷もなく(多少赤くなった程度)その場をしのいだミナトは、カーテンのように広がっているマントを引き裂いてこちらに突っ込んでくるカムロを目にして、迎え撃たんと構える。

 その両手が固く握りしめられ、周囲の空間が歪んで見えるほどの妖力が渦巻いているのを見たミナトは、今度来るのはインファイトだと悟る。自分も闇の魔力を両手にみなぎらせて迎え撃った。

 始まる拳の乱打の応酬は、『ルシファーパンチ』に比べれば一発の威力はないが、その代わりに連打性を上げたものが飛び交うそれ。無論、1発1発が向上兵器をも笑える威力を誇っているのに変わりはないため、どちらにせよ彼ら以外が応戦できるものではない。

 繰り返される巨大すぎる力の衝突。
 既にその余波だけで周囲はクレーターだらけになり、あらゆるものが消滅してしまっている。空間がきしんで悲鳴を上げる嫌な音が、爆発音に交じって響き渡る混沌空間と化していた。

 拳と拳が幾十、幾百とぶつかり合う中で、ミナトの頬をたらりと汗が伝って落ちる。

(……っ、パワー負けしてる……このままじゃ、押し切られる……!)

 どうやら、カムロは『変身』直後はまだ力の扱いになれていなかったが、自分と戦ううちに、その驚異的な戦闘センスで力の制御をものにして行っているらしいことに気づいたミナト。

 スピードでは勝っているが、技量は互角あるいは向こうが上、パワーは負けている。
 このままではまずいと悟ったミナトは、連打の打ち合いを強引に切り上げて、懐に飛び込む……ふりをして、再び『虚数跳躍』でカムロの背後に出た。

 しかし、そこにボディブローを叩き込もうとした瞬間、目の前から一瞬でカムロの姿が掻き消えた。

「は!?」

 戸惑うミナトだが、直後に横合いに気配を感じ取り、振り向……くよりも先に、横腹に強烈な拳の一撃が叩き込まれた。
 斜め上に抉りぬくような威力の拳は、肺を圧迫して空気を押し出し、ミナトの息を詰まらせる。

「かっ、は……!?」

 『魔力共振バリア』を貫通して余りある威力の拳に撃ち抜かれ、体を『く』の字に折り曲げて空中に浮かされたところに……追撃の回し蹴りが横合いから叩き込まれ、大きく吹き飛ばされる。

 ダメージの大きさゆえに体勢も立て直せず、地面をバウンドして飛んでいくミナト。
 それに追いついてさらに追撃を加えようとカムロが地を蹴るが、ミナトは接触ギリギリで体勢を立て直し、ネコ科の肉食獣のように4つ足で着地して無理やりその勢いを殺す。

 そしてその場で垂直に飛び跳ねてカムロのローキックを回避し、さらに自分を追って突き出された拳……というより、腕をからめとるようにして、それを足場に背後に逃れた。
 と、同時に繰り出した飛び蹴りが、振り向きざまにカムロが放った後ろ回し蹴りとぶつかり合い、相殺し合う形で、ミナトは大きく後ろに吹き飛ばされる。しかし、距離を取りなおすことには成功したため、大急ぎで息を整えた。

 油断なく構えることでさらなる追撃を押しとどめさせながら、頭脳をフル回転させて、今何が起こったのかを考えるミナト。

(いきなり目の前で消えて、直後に横から現れて攻撃してきた……超高速で移動した、とかじゃ多分ない。あの瞬間、ほんのわずかな時間だけど、完全に『気配』が消えていた。移動するだけならそんなことをする意味はない、つまりあいつはあの時……『いなかった』んだ。となると……)

「……空間系の術。それも僕のと同じ、別空間に逃れる類の……?」

「おっ、初見で見抜くとはおっかないねえ……こりゃ同じ手は2度通用しないと思った方がよさそうだな」

「同じ手(虚数跳躍)2回仕掛けて反撃食らった僕への皮肉かそれは。というか、お前そんなことまでできたの……?」

「おいおい、何も驚くようなこっちゃないだろう? 俺が『麒麟』に乗ってとはいえ、何度も異空間を使って移動してたのはさっき話しただろうに。そんだけ利用してりゃその分研究するし、研究し続ければ自分で使うノウハウくらいつかめるさ。実戦投入するには出力不足だったがな」

「あっそ……つまりぶっつけ本番でうまくやったのかよ。そのままどっかの異空間に流れていって二度と戻ってこれなくなればよかったのに」

「そりゃ残念だったな……っと!」

 再びミナトの目の前で消えるカムロ。
 全神経を索敵に集中させて周囲を探るミナトは、いつどこから攻撃が飛んできてもいいように身構えていたが……突然、前方へ転がるように、いや弾かれるように飛び出した。

 その一瞬後、ミナトが今まで立っていた場所の地面が爆発した。
 そしてその中から、地面をすり抜けるようにしてカムロが出てくる。

 空間を移動して地面の中に潜り、『陰陽術』の応用で即座に土の中に潜むスペースを作って……さらにほぼノータイムで、ミナトの足元に超威力の爆発を巻き起こしたカムロは、直前で気づかれて交わされたと悟って『ちっ』と舌打ちをし、また更に空間を飛び越えて消えた――

 ――と思われたその瞬間、ミナトがそこに突っ込んできて拳を振るう。
 単に傍から見ていれば、遅れてしまって意味のない攻撃にしか見えないだろうが……

「ぶち破るっ!」

 ばりぃん! と、派手な音を立てて、ミナトの拳は空間を粉砕し、その向こうに逃げ込んでいたカムロの腕をつかんで引きずり出す。
 『おぉ!?』と、流石に本気で驚いた様子のカムロは、反応が遅れてミナトに腕をがっしりとつかまれ……そのまま一本背負いの要領で地面に叩きつけられる。

 その顔面目掛けてミナトが踏みつけの足を振り下ろし……しかしカムロが地面を転がって間一髪でそれをかわす。
 だが、『間一髪』程度では不足だった。

「『タワーリング・インフェルノ』!!」

 ミナトが踏みつけを放ち、着弾して地面がひび割れたそこを中心に、『火』と『土』の魔力が地面に叩きこまれ……広範囲からマグマが噴き出して爆発を起こし、カムロを吹き飛ばした。
 爆風で宙を舞うカムロ。ダメージ自体は大したことはなさそうだが、驚きの連続で反応が鈍い。

 そんなカムロ目掛けて、ミナトは足に闇を集中させ……弾丸のごとき勢いで飛び上がり、

「アルティメット……ダークネスキック!」

「ぬぅうう!!」
 
 ずっと軽口だったカムロだが、その時初めて本気で気合を入れたような、低音が響く声を出し……その瞬間、カムロの前方にいくつもの障壁が展開される。それらは、『陰陽術』に属するものもあれば、大陸の『魔法』にカテゴライズされるものまで、高性能なものが様々入り混じっていた。

 だが、それらを紙同然にバリンバリンバリンバリンバリンバリンバリン!! と立て続けに全て粉砕して、ミナトの蹴りが空中で炸裂する。超がつくほどの高エネルギーを込めた一撃が、とっさに腕を×の字にしてガードしたカムロに突き刺さり……大爆発を引き起こした。
 
 戦場全体に響くほどのそれは、地上で炸裂したわけでもないのに、周囲に巨大なクレーターを作った。

 立ち込める土埃の中から、ミナトとカムロはそれぞれ飛び出して着地した。両者とも、特に傷もなく無事のようだ。カムロは流石に、やや腕が痛むのかぷらぷらと振っているようだが。
 よく見ると、装甲の腕の部分にはひびが入っていたが……すぐに修復されて消えた。

「はっはっはっは……いや、今のは流石に焦ったな……直撃したらまずかっただろうな、確実に」

「……その割にはぴんぴんしてるじゃんか。皮肉かよ」

「いやいや、あんだけの数の障壁に加えて、龍の鱗を変質させたこの装甲をぶち抜いてなお、俺に衝撃を届かせたってのはそれだけで驚愕だし脅威だよ。ぶっちゃけこのまま続けたら、いつかぶち抜かれて殺られちまいそうで怖いね」

 内容に反して、カムロの口調は軽いままである。そして、『けど』と続ける。

「それならそれで、やりようはある。正直、この名前すら決めてねえ『強化変身』の初戦闘の相手だ……小細工なしの真っ向勝負で決めたかったとこだが、流石に大陸最強の冒険者にしてうちの総裁のお気に入り相手にそりゃ虫が良すぎたみたいだな」

「……何する気か知らないけど、後半のほめ言葉がほめ言葉に感じないんですけど。悪の秘密結社のボスにお気に入りとか言われても……というかそれ言ったら、あんたら『ダモクレス』は僕に対して敵対しない姿勢で行くんじゃなかった? シャラムスカでアガトめっちゃ怒られてたじゃん」

「そりゃこっちから積極的には、ってだけだ。お前さんの方から、俺達の企みに対して妨害なりなんなりしてくるってんなら対応もやむなしさ。たとえそれで……お前さんが死んでもな!」
 
 瞬間、地を蹴ってすさまじい勢いで殴りかかるカムロ。
 迎え撃つミナトとの間に、再び超高速のインファイト合戦が繰り広げられる。

 残像ができるほど互いに素早く突き出される拳の嵐の中、器用にもカムロが話す。

「なあ『災王』。お前さん、死後の世界って奴を信じるかい?」

「いきなり何? 宗教の勧誘なら興味ないけど?」

「そんなんじゃないさ。よく言うだろ? お前さんのルーツの1つでもある『シャーマン』の一族の教えにもあるが……人間やら亜人、ものによっては魔物もだが、死後、魂はどこにいくかっていうもんさ……聞いたことあるかは知らないが、有名どころだと、『隠神刑部狸』の爺さんが昔、臨死体験でそういうのを目撃したことがあるらしいしな。まあ、今日も見たかもしれないが」

 話の目的が見えない。
 警戒しながらも、ミナトは応戦を続ける。そしてカムロはしゃべり続ける。

「ただな……『邪気』の研究中に副産物として見えて来たことではあるんだが、どうもその『死後の世界』とやら、実在しそうなんだよなあ?」

「……何だって?」

「もちろん、寺の坊主が説法の中で語るような、神様仏様が待ってるような『極楽』だの『天国』だのって場所じゃない。あくまで死後、魂がいく世界……あるいは『異空間』ってとこだな」

「……?」

「命ある者が死んだあと、魂はどこへ行くと思う? 少なくともどこかに行くんだろうさ……ごく一部の例外を除けば、死後、魂は肉体を離れてどこかに消えちまう。なら多くの教えの通り『あの世』に行くんだろうと考えられるが、『この世』から『あの世』に行く入り口ってあると思うか?」

 一方的に話すカムロは、特段ミナトからの返答も何も求めていないようだった。
 訝しげな顔で話を聞く――と言っても、殴り合いの最中に垂れ流されている言葉に多少耳を傾けているだけという感じではあるが――ミナトはしかし、その内容になぜだか不吉な予感を覚える。

「俺の予想じゃ、『あの世』への入り口はある。しかも、この世のどこにでもある。ただし、そこを通れるのは、肉体を離れた魂のみ……コーヒーを入れる時、フィルターを湯だけが通り抜けて豆は通らないように、投網の網の目を、まだ小さい稚魚はすり抜けて逃げられるが、成魚は逃げられずそのまま捕まるように……魂だけがそこを通って『あの世』に行ける、あるいは『行ってしまう』。死者の魂はこの世にいられないから、そこを通ってあるべき場所へ行っちまうわけさ」

「さっきから……何が言いたいんだよ?」

 声に苛立ちが含まれているミナトの言葉に、カムロはなぜかいきなり『話変わるんだがな?』と言いだした。

「お前さんの接近戦能力も、戦闘手段の引き出しも大したもんだ。さっきなんぞ、空間をぶち抜いて引き戻されるとは思わなかったしなあ……あんな理不尽で非常識な真似ができるの、俺ァうちのボス以外じゃ初めて見たよ! 正直、馬力で勝ってても正面からの戦いじゃ勝てるか怪しい」

「あっそ! で!?」

「そういうわけでだ……小細工させてもらうぜ、少年!」

 その瞬間、突如としてカムロはインファイトの手を止め……両手を後ろに引いて腰だめに構えるような姿勢を取った。
 当然、その間もミナトの拳はカムロに降り注ぎ、カムロはそれを装甲でどうにか受けるが、一部とはいえ衝撃は装甲を貫通して中にいるカムロに襲い掛かる。

 だがそれに構わずカムロは一歩前に出ると、まるで心臓マッサージをするかのように、両手を重ねて前に突き出し……そこから、漆黒の光線を照射してミナトを吹き飛ばした。

 その光線、吹き飛びはしたもののダメージは大したことはないようで、ミナトはすぐに空中で体勢を立て直して着地しようとして……失敗した。

 突然体が動かなくなり、受け身もろくに取れず、落下するままにミナトは地を転がった。

「なっ……コレ……!?」

「効くだろう? しこたま『邪気』凝縮してぶつけてやったからな……いくらお前さんでも、少しずつならともかく、この量を一遍に叩き込まれたらそりゃ動きも鈍るだろう。なあ?」

 先程、他ならぬカムロの手によって、その身を蝕んでいた『邪気』を全て取り払われ、その意味では体はすこぶる快調になっていたミナトだが、その時を上回る量の『邪気』を一度に叩き込まれた結果、拘束系の術を使われたかのように体の自由が利かなくなっていた。

「さっき戦ってる最中から気づいてはいたよ。どういうわけか知らないが、お前さんやたらと『邪気』を引き寄せちまうらしいな? 悪い意味で相性がいいというか……まあいいさ。理屈はわからないが、有効なら活用するまでだ……こんな風にな」

 重い手足を無理やり動かし、どうにか起き上がったミナトだが、その上からさらに、術に『邪気』を練り込んだ鎖のようなものを地面から何本も出し、カムロはさらに厳重にミナトを拘束する。

 その状態で、カムロはミナトの目の前で、腰を少し落として右足を引き……

「ああ、話戻すんだが……さっき言ってた『あの世』についてなんだが、本来は網の目をくぐっていけるのは『魂』だけだが……その通り口を広げちまえばその限りじゃないと思わないか? 魂以外もそっちに行けるように、意図的に入り口を広げる、ないし人為的に用意しちまえば―――」

 言っている間に、カムロの右足に、途方もなく強力なエネルギーが渦巻き始める。しかもそこに『邪気』までもが大量に練り込まれていく。
 その光景は……いつも、ミナトが『必殺技』を出す前のタメの姿勢に酷似していた。

 それゆえに、この後何が起こるのか、この男が何をするつもりなのか、ミナトは直感して身をこわばらせる。
 顔を覆う装甲の下で、カムロがニヤリと笑ったのをミナトは幻視した。

 そして、

「―――生きている人間を、直接あの世に叩き込んだりすることもできる、と思わないか?」

 まだ拘束を解けずに動けないミナトの胸に……回し蹴りの要領で、闇を纏った足を叩きつけた。

 ――ズガガガガガガガ!! ドッゴォォオオン!!

「……っ……がああぁぁあぁあぁあぁっ!!?」

 蹴りの着弾と同時に、内包されていたエネルギーが放出され、放電されるような形で周囲一帯を破壊し、最後には爆発を引き起こした。

 凄まじい威力の一撃に、ミナトは後ろへ一直線に飛んでいく。拘束していた術式は全て、蹴りの威力で砕け散るか引きちぎれた。
 内臓にダメージが行ったのか、飛ばされている途中の空中で吐血するミナト。

 しかし、さらなる異変はその直後に起こった。

 蹴り飛ばされた先でミナトが地面に墜落した瞬間、まるで間欠泉か何かのような勢いで、地面から漆黒の何かが吹き上がった。『邪気』とよく似ているが、それよりもより暗く、より密度が高く、そしてより禍々しく見えるその奔流は……倒れたミナトの周囲数mで吹き上がって、あたり一帯を漆黒の沼地のようにしてしまった。
 そして、その黒い闇の中に、ミナトは力なく沈んでいく。本当に沼に引きずり込まれるかのように、あるいは、暗い穴に落ちていくかのように。

 叩き込まれたダメージが大きすぎたゆえか、はたまた、捕まっている黒い闇がそれを許さないのかはわからないが、ミナトはろくに体も動かさず……動かせず、黒い闇の沼の中に沈んでいく。
 足が、手が、腹が、胸が、肩が沈み……そして、最後に頭が沈んで何も見えなくなった。

 水面の波紋すら消えて、そこにただ闇が残るのみになったのを見届けて、カムロは言った。
 
「あばよ……『災王』。次会う機会があったら……生身であの世に行った感想でも聞かせてくれ…………ねえか、んなもん」



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