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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第413話 騒乱のヤマト皇国
しおりを挟む「まさか、こんなことになるなんて……」
「はぁ……あと少しで条約締結、無事に国交開始ってところで……。上手くいかないもんだよ」
効果音をつけるなら『ずーん』か『どよーん』だろうか。
僕らに割り当てられている屋敷、その広間にて、滞在している全員が集まって、現状の情報を共有するための緊急会議を開いている所だ。
『邪香猫』メンバー及びスタッフに加え、ドナルドやオリビアちゃんといった使者枠、その仲間達もいるし……もちろん、新メンバーであるサクヤもいる。
そして、タマモさん達もここに来ている。
タマモさん本人と、側近全員……特に深手を負って療養中だったはずの、イヅナさんやマツリさん、ヒナタさんなんかも。
まあ、彼女達の傷が完治済みなのは知ってるんだけどね。治療したの、何を隠そう僕だから。
けど、大事を取って数日は安静にしといたほうがいい、って言っといたのにな……勤勉というか真面目な人たちだ。
というか……来ている、という言い方自体ふさわしくないんだよね。
なぜって、昨日から彼女達は、この家に泊まっているからだ。
大きい屋敷だから、部屋はいくつも空いてるし、タマモさんと側近、さらに従者達数名を寝泊りさせるくらいは何も問題ない。
なんでそんなことになってるか、ってのは……あの戦いで、タマモさんの屋敷、庭の周囲そこそこの範囲がボロボロにぶっ壊れちゃったからね。その修理に時間がかかるんだ。
特に、タマモさんの執務室がね……よりによって、あの戦いがあった庭に隣接してた位置取りだったもんだから……『四代目酒吞童子』が使ったっていう、謎の爆発技で滅茶苦茶になっちゃって……いや、執務室に限らず、庭に隣接してた部屋や通路(渡り廊下なんか)は軒並みアウトだし、場所によってはそのさらに向こう側にまで爆風の影響が届いてたりしたから……。
さらには、人が吹き飛んで部屋の壁や障子、ふすまなんかを突き破ったりもしたからなあ。
結論。住めないとは言わないまでも、結構ボロボロなんだよね今、あの屋敷。
だから、応急処置での修理が住むまでの間、避難措置として僕らのところに泊まってるわけ。
その他にもいくつか、事情と言うか理由があったりするんだが……ちょっとややこしい話になったりするので、後でね。
さて、話を戻そう。
広間で行われている会議の場で、何でこんな空気になっているのかと言えば……ドナルドがこぼしたセリフの通り、この先の展望が非常に暗いことになったから、に他ならない。
もうちょっとで、この『ヤマト皇国』との間に条約を締結し、国交を開くことができる……すなわち、この過去最長期間に及んだクエストが達成となるところで、特大の問題が発生した。
言わずもがな、それは……『四代目酒吞童子』の決起…………ではない。
正確に言えば、それだけではない。
妖怪だけじゃなく、表社会の人間たちまでもが、それに便乗するように兵をあげたのである。そういう報告が……ついさっき、朝廷のトップである『帝』に、そして影のトップであるタマモさんのところに届いたのだ。
順を追って説明、もとい整理することになった。
タマモさんが目で合図し、その報告絡みの資料を持っていると思しきマツリさんが立ち上がり、前に出て話し始める。
特に具合が悪そうな様子はない。どうやら傷は後遺症もなくきちんと完治したようでよかった……1人だけ明らかに勝手が違うから、治療したはいいけど、正直心配だったんだよね。
「では、簡潔に説明させていただきます。先日、タマモ様のお屋敷に襲撃をかけて来た『四代目酒吞童子』……名を『キリツナ』と言いますが、その者の配下、あるいは手を組んだ同盟相手と思しき妖怪及び人間の勢力が、全国各地で軍をまとめて戦の準備をしております」
「私の方にも同様の情報が届いておりますわ。あくまで報告された内容ではありますが……状況的に戦争勃発は不可避、早ければ一両日中にも、各地で戦端が開かれるのではないか、と」
続ける形で言うオリビアちゃん。
彼女の所にも、『帝』とその周辺の帰還経由で、同じような情報が届けられていた。
「全国各地で、と言ったわね? それらは同時多発的に……しかし、同一の理由で動いていると見ていいのかしら? 具体的には……キリツナの配下として、朝廷あるいは私を倒すために動いている、と」
「これだけの数、これだけの規模の軍事行動が、偶然起こるとは思えません。まず間違いなく、奴を起点あるいはきっかけにしたものでしょう。もっとも……表向きには、『人間の軍』の戦争理由は異なり、建前が用意されているようですが」
「建前?」
「はい……タマモ様方はご存じかとは思いますが、ことはどうやら、この『ヤマト皇国』の来歴に関わってくるようでして……タマモ様、ミナト様やオリビア様達にもわかるように、順々に説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「許可するわ。むしろ、私も状況をきちんと整理して理解したいしね……お願い、マツリ」
「かしこまりました」
ぺこりとあらためて一礼したのち、マツリさんは僕ら全員を相手にするように向き直り、話し始めた。
そこからマツリさんは、この『ヤマト皇国』の歴史をなぞるようにして、順序良く説明してくれたんだけども……わかりやすかったとはいえそこそこ長い話だったので、要点をかいつまんでまとめてみようと思う。
結論から言うと……この国、やっぱ時代設定よくわかんないなー……と。
『黒船来航』なんていうくらいだから――まあ、それがただの出来事に過ぎないってのはわかってるんだけども――幕末とかの時代に該当する時期なのかな、と思えば、名古屋ないし『オワリ』に行った時には、味噌カツや味噌煮込みうどんといった現代のB級グルメっぽいのがお目見え。
都が江戸じゃなく京都だし、『陰陽師』なんてものがいるのは平安時代っぽいなと思ったけど、そういえば『竹取物語』は奈良時代くらいのそれじゃなかったかと思いだし……
とまあこんな風に、幕末、現代、平安時代、奈良時代といった時代要素がごっちゃになってるのを、異世界とはいえなんだかカオスだと思ってたわけだ、僕は。
そしてそこに今回、鎌倉時代と安土桃山時代が加わろうとしている。
『都』が京都……もとい『キョウ』にあることからなんとなくそうじゃないかとは思ってたんだが、この世界、この国では、そこまで『武士』がまだ大きな力を持っていない。
せいぜいというか、国を守る戦力ないし暴力装置としての役目にとどまっている。
地球の日本史上では、平清盛が太政大臣になり、源頼朝が征夷大将軍になり、徐々に武士は力を増していき、単なる軍人としてではなく、為政者として政治機能を天皇やその周辺から移行させるまでに至った。
『幕府』なんてものを作り、征夷大将軍が『天下人』と同義となるまでにその権威は強化され……『文民統制』なんてものはどこかに放り捨てられた。現代日本で言えば、自衛隊の統合幕僚長がイコールで内閣総理大臣になるようなもんだろうか? わからんけど。
しかし、この国ではそれが起こっていない。
どうも、過去何度かあった、武士の力を高めかねない騒乱の際、タマモさんが上手く動いてそれら全部潰してしまったために、『朝廷』の力を弱めたりそぎ落として移行したりすることができず、あくまで『武士』は『軍』としての機能を持つのみにとどまっている。
実権を『帝』やその周辺の貴族が握り――実際はタマモさんが握ってるんだが――上位者として軍を動かすという……大陸の諸国家と大体同じシステムに落ち着いてるわけだ。
結果、きちんと朝廷の権威が保たれているこの国は、『勝った者が正しい』とか『下克上』とか、そういう戦国時代的な風潮は起こっていない。
ちまちまと起こる事件なんかはともかくとして、平和に安定している世の中だと言っていい。
しかし、抑え込まれた方からすればそれも面白くない。
日本史で例えれば、武士でありながら政治権力を握った『平家』や『源氏』なんかが該当するんだろうが、それだけの力が自分達にはある、と自負しながらも、光を浴びる歴史の表舞台、スポットライトの下に出ることができなかった武家の者達の中には、野心と不満感を持て余している者達も多かった。
そして今回、その連中が、『四代目酒吞童子』と一緒に蜂起している。
「何よそれ……ひょっとして、『自分達に協力して相手を倒せたら、朝廷に変わってこの国を治める権力をやる』とか言われてそそのかされたのかしら?」
「それもあり得ますが……単純に今の支配体制をどうにかして揺るがせないかと考えたのでは? それ相応に情報を持っている者達からすれば、朝廷が妖怪と協力して都周辺の治安を維持し、様々な政府機能を高レベルで保持していることはある程度わかることですからね……タマモさんという正体を知っているかはともかく、その『屋台骨』とでも言えるような部分を揺るがしてしまえば、今の朝廷を倒す足がかりになるのではと考えたのかもしれません」
「もともと協力して戦うような連中ってわけでもないみたいだしね。国の平和を乱して、ミナトがこないだちょろっと言ってた……『戦国時代』だっけ? そういう世の中に移行させるのが望みなのかも…………そんなことしたら、人が大勢死ぬことになるってのにさ」
エルクの疑問に、意見を言う形で答えるナナとクロエ。
このへんは元貴族の考察力というか、思考回路だろうか。政治が絡むとやっぱり強いな。
そして、恐らくそれ以上にこの手の問題に強いであろう、現役貴族のオリビアちゃんは……顎に手を当ててしばらく黙考した後、口を開く。
その視線は、資料として持ち込まれ、机の上で開かれている、この国の地図に向いている。
地図はもともとは、地形や地名が少し書かれているだけの白地図、だったんだけど……今はそこに、持ち込まれた情報を元にして書き込まれた、各地で決起している軍勢の位置や規模、軍事行動の方針(わかる範囲)なんかが書かれている。
「だとしてもおかしくはないでしょうか……おそらくこれらの武装勢力の決起は、多くはその土地の妖怪と結託、あるいは呼応する形で行われているのでしょうが……現体制を打倒するのだという割に、統一した軍事行動を取っている様子が全くありません。まるで、各自敵として定めた者を、別々に倒すために動いているような……」
「各個撃破が目的、とかじゃないのかな?」
「だとしてもお粗末すぎるわ。……恐らく、この連中が全て協力体制にあるわけではないのではないかしら?」
? どういうことだろう……この表に赤色で書いてあるの、まとめて敵なんだよね?
あ、今更だけど……地図に書き込まれている各種勢力の色は、3つに分けられている。
朝廷に完全に味方している勢力が緑色、敵対している連中が赤色、どちらでもない、あるいは不明なのが黒色だ。
そのうち、赤色で示されている勢力は、全国各地に散らばっていて……しかし、オリビアちゃんが指摘する通り、何か戦略目的に沿って動いているとは言い難い動きをしている。
それこそ、隣り合っている連中ととりあえず倒して併合しようとしているようなのが大多数で……まるで、ホントに戦国時代みたいだ。
それを説明してくれたのは、ちょうど今何か思いついて言いかけていた、タマモさん。
「……恐らくだけど、敵にも2種類いるんじゃないかしら? 1つは、キリツナの配下、あるいは協力者となり、その指示に従って動いている者達。そしてもう1つは……キリツナの思想に同調はしているものの、従うつもりはなく、ただ便乗する形で勝手に暴れ出している者達」
「模倣犯、あるいは便乗犯か……どこででもそういうのは出るもんなんだな」
「付け加えて言うならば、今タマモ様が言った区分は、どちらかといえば人間の軍勢に特に当てはまりそうですの。無秩序に事件を起こしている、あるいは起こそうとしている連中は、大体が強力な妖怪の支配下に入っていない地域の、人間の豪族のようですし……恐らくは、これから訪れると思われている戦乱の時代に備えて、自領を強化しようと考えての戦ではないかと」
「……気に入らないわね。まるで、我ら朝廷軍が負けることを確信、ないし期待しているかのようなこの態度……内に秘めておくだけならまだしも、表面化させたのなら、思い知らせてやる必要があるわ」
そう言い放つタマモさんの目は、鋭く吊り上がり、眉の角度も上がって、いかにも『不機嫌』と言わんばかりの怒相になっていた。
このへん、タマモさんの『地』というか『素』というか……そういう、本性的なのが見え隠れしてる気がするな。
自分が手塩にかけて作り上げた国を、そういう身勝手な欲望で滅茶苦茶にされるってのが、我慢ならないと見える。その根底にあるのは、平和な世の中を望む優しい心か……あるいは、自分の作品を穢されるのが我慢ならない職人、あるいは芸術家としての魂か……
それとも……自分が守っている民の、そして国の平和を乱すものにたいして我慢ならないっていう……国を統べる覇王の気質か……案外全部かもな。
それはそうとして……あらためて地図を見よう。
現時点で、赤い『敵認定』あるいは『要注意』の勢力は全国各地にいくつもあるが……その内、特に注意が必要であろう規模のそれは……5つか。
イコールでこれらは、この闘いにおける最優先での撃破目標になるだろう。
「『エゾ』『オーシュウ』『シマヅ』……それに、『大江山』周辺と……『エド』。恐らく、酒吞童子軍、人間軍共に、反乱の主力はこの5つでしょう。内、最も注意が必要なのは……」
「『エド』ね」
マツリさんの言葉を引き継ぐ形で、タマモさんがそう断定する。
「あそこには……『八妖星』の一角、『大太法師|《だいだらぼっち》』のゴウザンがいるわ。何か隠しているだろうとは思っていたけど……全く、ろくなことしないわね、あのヒヒ爺」
「どんな妖怪なんです?」
と、ザリーが訪ねる。
まあ、この世界の……しかも大陸出身者が、知識があるはずもないからね。
「一言で言えば『巨人』よ。それも……アルマンド大陸に生息する『巨人族』よりもかなり体格は大きく、それに比例してパワーやタフネスも上。単純なフィジカルだけで災害級の破壊を引き起こす化け物、ってところね。普段は術で小さくなってるけど」
「なるほど。小細工なしで単純に強いタイプか……厄介だ」
「その他の土地はどうです? 例えば、これ以上『八妖星』が敵に回ったりする可能性は……」
オリビアちゃんの質問に、タマモさんはしばし考えるも、
「おそらくないと思うわ。そもそも『八妖星』の中で、野心家は大太法師くらいだもの」
言いながら、タマモさんは地図上を順々に指さしつつ説明していく。
「『エゾ』のミスズはミフユの母だし、『マツヤマ』のロクエモンおじ様はサキの祖父、どちらも穏健派で仲もいいから、敵に回る可能性はないわ。『リューキュー』で会った『鳳凰』おばあ様も論外……北陸『エチゴ』、『大天狗』のタロウボウは少し曲者だけど悪い奴じゃないわ。イヅナの父でもあるし、根はいい奴よ。残るは『トーノ』……『鎧河童』のヨゴウだけど……基本的に保守派で引きこもりだから大丈夫だとは思うわ。友好的かどうかと問われれば微妙な相手だけど、面倒ごと、争いごとは徹底的に嫌うし、そもそも他人の都合で動くような素直な奴じゃないし」
一部ディスってる感じがしたのは置いといて……なるほど、こうして見ると、『八妖星』が今以上に敵に回る確率は限りなく低そうだ。そこはまずは一安心か。
要注意なのは、『大太法師』とやらと……推定『八妖星』級の実力を持ってると思しき『四代目酒吞童子』キリツナ……か。
いや、それに加えて、正体不明の術式によるパワーアップか何かも懸念されてるんだ……どっちみち、油断はできないな。
それに、知られていないだけで、『八妖星』級の実力者が他にもいる可能性もある。
大江山を支配していたハイエルフ――強い、というよりも『質が悪い』という比重が大きいが――や、デスマーチの最中に出くわした『麒麟』なんてのもいたんだ。一時期は僕自身がまさにそんな感じだったわけだし、知られていないだけでいるところには強者はいる。
ましてやそのキリツナとやらは、戦いを起こせば確実にタマモさんという『九尾の狐』が敵に回ると知っていた上で行動を起こした。
しかも今聞いた限りじゃ、最悪、友好的な関係にある、ミスズさんとロクエモンさん……すなわち『白雪太夫』と『隠神刑部狸』、それに『鳳凰』のお婆ちゃんが相手になることすらあり得る。自分と『大太法師』という2人だけでは、あまりに分が悪いのは間違いない
一度に『八妖星』4人を相手にすることも考えられるこの状況で兵をあげたんだ。相応の勝算があってのことなんだろう……それがわからないままに下手に動くのは、少し怖いかな。
「……他に何か、敵に回ると厄介そうな妖怪勢力っています?」
「……パッとは出てこないわね。私達『八妖星』は、伊達に妖怪の頂点と呼ばれているわけではないもの、それ以上の危険度なんて……いえ、いなくもないか」
「いるんですか?」
「……2つほど、可能性はあるわ。いえ、件の『未知の術式』の可能性を含めれば3つだろうけど……まあいいとして。1つは、各地に残る『伝承』よ」
タマモさん曰く……彼女自身がその目で見て知っているわけではないが、この『ヤマト皇国』の各地には、まあどこにでもあるというか、よく聞くものではあるが……『強力な魔物が封印されている』系の伝承が残っているらしい。
もちろんその多くは眉唾物、迷信の類だが……この『剣と魔法の世界』だ、その中にマジ物が混ざっていてもおかしくない。
そしてそういった伝承の中には、『八妖星』に匹敵、あるいはそれ以上の力を持つであろう化け物もいるとかいないとか。
……コレを聞いた時、『エゾ』で目にした謎の祠を僕は思いだした。
ミスズさんの命令で、鹿ミノタウロスさん(未だに正式名称知らん)が守ってたアレだ。……ちょっと気になるな、今更ながら。
「もしその手の奴を『酒吞童子』軍が補足していて……封印を解いて暴れさせる、あるいは、制御する術を見つけてたりなんかしたら厄介ですね……」
「……にわかには考えにくいけど、懸念事項ではあるわね」
「それで……もう1つの方は?」
さっき、タマモさんが言っていた『可能性は2つある』という言葉。
そのもう片方を聞かせてもらうべく、話を振ったら、タマモさんはなぜか苦々し気な顔をした。
「……少し前にちらっと話したことがあったかもしれないんだけどね……本来、『八妖星』にはもう1人メンバーがいるのよ」
? 『八妖星』にもう1人……?
え、それだと9人いるから『九妖星』になっちゃうけど……いや、そんなこと言うようなシーンじゃないんだろうな。
「現在『マツヤマ』を、そしてその周辺一帯を治めるロクエモンおじさまは、本来もうすでに引退した身なの。けれど……『八妖星』の座を譲ったあの男が、ある日突然出奔してしまったせいで、再びその座について、妖怪たちを導くことを余儀なくされたの……そうよね。サキ?」
「うん。『隠居生活を楽しむつもりだったんじゃがのう』って、愚痴ってた」
と、サキさんが追加と言うか、補足するように答える。
自分のおじいさんのことだからな、よく知ってるんだろう……実際に見てたのかも。
「そのロクエモンさんの後を継いだ人って誰なんですか? やっぱ、同じ『隠神刑部狸』ですか?」
「いいえ、全く別種の妖怪よ。たしかに当初はそうするのではと思われていたけど……ロクエモンおじ様は、自分の息子や腹心達の中から後継者を指名することはしなかった。それだけ、その妖怪は力も知恵も圧倒的に優れていて……ゆえに、血筋から指名を後継を外しても、『マツヤマ』の妖怪ですらなくても、決定に文句を言う者は出なかったの。おじ様の身内からすらも、ね」
「今でこそ、私の義兄である『キンチョウ』が後継者候補として目されているけど、正直、その人よりもだいぶ力で劣るから、今でもそあの人の出奔を惜しむ声は大きい。義兄自身、自分では遠く及ばないことは百も承知だと言ってたし」
「純粋な力量で言えば……確実に私よりも上よ、あいつは」
……聞く限り、相当凄いな、その妖怪。
後継者争いすらなく『八妖星』に指名された上、タマモさんが『勝てない』とまで言うなんて……直接戦ったからその強さは知ってるけど、彼女かなりどころじゃなく強いぞ?
そんなタマモさんにここまで言わせるなんて……
「……ちなみにその妖怪、どこの、何ていう奴です?」
「……私達が旅の途中にも通った、『イズモ』に住む……いえ、住んでいた妖怪よ。元々放浪癖があって、あちこちで勝手に人の家に上がり込んだり、町娘を引っ掛けたりして浮名を流してるようなろくでなしだったけど……はぁ……あの放蕩者、今はどこをほっつき歩いてるのやら……」
「徹頭徹尾好きなように生きるのがモットーで、束縛されるのが我慢できないって、あらゆる面倒をぬらりくらりとかわして生きていた人だったから……後継指名の当初からそこだけは心配されていた。懸念通りに、『飽きたからやめる』とだけ書き起き残していなくなってしまったし」
「……えー……」
……すごいのかもしれないけど、なんかダメ男っぽい感じがする奴だな。
聞いてる限りだと、不真面目、不誠実な面もありそうな……
「今でいう……『チャラ男』とか、そういう類なんでしょうね。お金がなくなれば、色香で引っ掛けた女の子におごってもらったり、お金持ってそうな商人から少し拝借したり、妖力を使ったインチキで博打で大勝ちして儲けたり……とかく『真面目』とは無縁の男だったわ……けど……」
「けど……?」
「それでも、奴は……強かった。だからこそ、奴を慕う者は多かったし、その『八妖星』就任と、『マツヤマ』『イズモ』一帯を仕切ることになったと決まった時には、歓喜の声が上がったのよ……実際、その強さや知略、そして、飄々としていつつも、何物にも染まらない我の強さは……私も認めていた。だからこそ……出奔したと聞かされた時は……半ば予想できていたとしても、残念に思った。彼と手を組めれば、この国をより良い形に導けると、思っていたから……」
そこでタマモさんは、ため息という形で、一度息をついて……絞り出すように、言った。
「名は、『カムロ』。恐らくは、当時の『八妖星』最強と言ってよかったであろう男。……本名を知っているのは、ある程度親しかった一握りだけだけどね。広く知られていた方の名は……
……大妖怪『ぬらりひょん』……よ」
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