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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第412話 謎多き鬼の手札
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タマモさんの要請に応じて、側近や部下の皆さんの救護、治療をしていた時のこと。
治療中に思わず僕が思ってしまったのが、そんな感想だった。
しかも……一度や二度じゃない。
あの場で発生した怪我人、その半数以上に、その『症状』が見られたのだ。僕やネリドラ、リュドネラ……そのいずれが見た患者にも、同じように。
「傷の治りが悪い?」
「はい。処置自体は問題なくできているんですが……止血や傷口の癒着、その他色々な損傷からの回復が、どれをとっても……全く治らないわけじゃないんですが、かなり治癒が遅いんです」
様子を見に来たタマモさんに、今まさにそう報告したところだ。
主に僕が持ち込んだ薬品とかを使って治療を進めていたところなんだけども……想定していたよりも明らかに治癒が遅い。普通なら、とっくに治っていてもおかしくないような傷が……相応の治療をすでに施しているにも拘らず、ほとんど治癒が進行しなかったりするのだ。
しかもそれが、傷の大小、そして種類に関わらず見受けられる。
体を深く斬りつけられていたイヅナさんや、刺し傷ができていたヒナタさんのみならず、火傷を負っていたサキさんやミフユさんも、さらには、『布』の体を切り裂かれていたマツリさんすらも……この場合は『修復』って言うべきかもしれないが、それが何か……『治りが悪い』。
気になって、他の兵士の皆さん……それこそ、わざわざ治療するほどじゃないな、っていう軽傷の人まで含めて調べてみたんだが……驚いたことに、結果は同じ。
軽く行った聞き取り調査でも、『そう言えば血が止まるのが少し遅かったような』『腫れが引かないな、とは思っていました』とか、そんな感じの回答が返ってきていた。
程度に差はあれど、これはおかしい。
動物の中には、噛みついたりひっかくと同時に、傷口から大量の麻痺毒や出血毒、バクテリアなんかを送り込んで敵を動けなくさせたり、弱らせたりすることができるものがいる。
例えば『コモドオオトカゲ』という動物は、口の中に大量のバクテリアだか微生物を飼っていて、噛みつくと同時にそれらが獲物の傷口に入り込んで、じっくりと弱らせていく。そして、体力を失って動けなくなったところを食べる、という感じの生態を持っていた……って前に何かで見た。
他にも、剣の刃とかに毒を塗って、傷つけた相手を弱らせたり動けなくしたり、それを致死毒にしておいて息の根を止める……なんていうやり方も、戦いの場ではよく見られる。
こんな『剣と魔法の異世界』だ。傷の治りを悪くする毒があって、それを戦闘に使っている奴がいてもおかしくない……っていうか僕作れるし。そんな感じの。
けど、傷つき方まで全部まるっと無視してそういう症状が出てるってのは異常だ。
剣で斬りつけられた人、爆風で火傷した人、吹っ飛ばされて打撲ができた人、さらには、同じく剣で切り付けられたのはそうだけど、流血したわけじゃなく、布の本体を切り裂かれたマツリさんまで同じ症状を訴える……うん、明らかにおかしい。
現にちょっと調べてみたけど、傷の癒着を阻害するような薬や、出血毒の類は検出されなかった……ただ単に『治りが遅い』、ホントにそれだけなのだ。
症状が続いているにも関わらす、何も検出されないところを見ると……医学的、ないし生物学的に作用しているものじゃない、と見るべきだろうな。
そこに思い至ったのが……つい30分ほど前。
そして、今僕の横にいて、一緒に報告してくれているミフユさんと一緒に、その解析に取り掛かったわけだ。
彼女は側近の人達の中でも一番軽傷で、動くのに何も問題なかったからね。
「医学的に見て何も異常がないのに、異常な事態が起きている以上……その原因が霊的、あるいは魔法的な何かに起因していると私達は見ましたの。それで、私を含む数名の妖力あるいは霊力を抽出して調べた結果……原因らしきものが判明いたしました」
「そう……含みを持たせた言い方ね? 『らしき』というのはどういうことなのか……それを含めて説明なさい」
「結論から申し上げますと……被害者たちの霊力、あるいは妖力に混濁、ないし汚染と呼ぶべきものが見られました。恐らくですが……それによってそれらの体内循環が悪くなり、生態活動そのものに異常をきたしていたんだと思います。似たような症状は……僕も経験がありますから」
体内の妖力・霊力の汚染。
かつて僕の場合は、それを『魔力汚染』という形で何度も経験していた。
もうすでに『懐かしい』と言えるくらいには昔のことになってるけども、僕がかつて使っていた切り札……もとい、強化変身『ダークジョーカー』がそれだ。
アレは、体中に限界を超えて高密度の魔粒子を充填することで、全能力を爆発的に引き上げることができる技だけど……使用後はその反動で体内の魔力が混濁し、魔力が上手く扱えなくなる。
当然戦闘能力は下がり、さらには身体機能にまで影響が及ぶため、治癒も遅くなる。
今では、それよりも効率よく、また反動もほとんどない強化変身をいくつも開発して使えているため、もうあの頃の症状に苦しむことはなくなってはいるけども……現在、イヅナさん達を苦しめている症状は、それに酷似している。
そしてそれならば、僕にはすでに対処法がある。
「僕の場合、魔力混濁を解消する効果のあるマジックアイテムを持ってますので……昔は、それを近くに置いたり、握って寝ることで回復を早めてました。魔力混濁さえ解消すれば、体は本来の治癒能力を取り戻しますから、あとは問題なく治癒可能なんです」
「なるほど……ならば、『魔力』と『霊力』『妖力』の違いはあるけれど、そういった効能を持つ道具を用意できれば、問題は解消するのね?」
「というより、手持ちに似たようなものがいくつかあったので、それらを調整して『霊力』『妖力』を浄化できるようにして、重傷者からすでに処置を始めています。現に、試してくれたミフユさんや、特に重傷だったイヅナさんやマツリさんなどは、既に混濁は解消されています」
「両名とも、治癒速度は通常のそれに戻りました。今は医官を常駐させて様子を見ておりますの」
「そう…………よかった」
ほっ、と息をつくタマモさん。
あれからずっと厳しい表情で、緊張感を保って、今の今まで気を張っていたんだろう。それが……大切な側近が無事に助かる算段がついたっていうことで、ほっとしたのかな。
思わず浮かべてしまったという感じの笑顔は、すごく優しくて奇麗なそれに見えた。
しかし、喜んでばかりもいられない。問題はまだまだ山積みだ。
タマモさんもそれをわかっているんだろう。優しい笑顔はすぐに引っ込んでしまい、真剣な表情と鋭い目つきで僕らに向き直った。
「怪我人たちにはゆっくり養生してもらえれば、それに越したことはないでしょうけど……残念ながら、状況がそれを許さない。連中がこのように堂々と宣戦布告してきた以上、間違いなく戦争は起こるわ……それに備えなければならない」
「口ぶりからして、連中はどこかしらの大きな妖怪の勢力を、それも複数味方につけているようでしたの。まずはそれをあぶりだすところから始めるべきかと……それに加えて、どういった妖怪が味方についているか、どういった手札を持っているかなども知りたいですの」
「既に各方面に人を放っているわ。しかし、こと後者に関して言えば重要ね……最後の最後に見た『麒麟』なる妖もそうだけど、今回問題になったような、『混濁』についてもね。恐らくは呪術の類だとは思うけど……それを武器として使ってくるなら、治癒の術で簡単に傷を癒せない状況になることも想定しなければならない、ということね?」
「幸いと言っていいのか、術式自体の解析はほぼ済んでおりますの。混濁した妖力を正常に戻す効果のある道具を作れれば、対応は可能ですの」
「他にも……あらかじめ『予防薬』や『ワクチン』みたいなものを作って使っておくみたいなことができれば、そうならない、あるいは症状を緩和するという手もあると思います。ただ……」
「? ただ?」
僕が途中で言いよどんだことが気になったんだろう。タマモさんは、その続きを促すように視線を送ってきた。
「その『混濁』については分析したんですけど……どうも違和感があるというか、変な感じがしたんです。なんというか……それを狙って起こしたにしては雑だな、という感じで」
「雑……とは?」
「あくまで僕の私見なんですけど……この『妖力混濁』を武器として、毒みたいな扱いで使うんであれば……うん、その『毒』に例えれば、組成がお粗末だな、って感じでした。率直に言って、僕が同じことをしようとしたら、もっと治りにくくて、むしろそれ自体が『毒』になって体を蝕むようなのを作れますし……まるで、僕の時と同じように、あくまで『副作用』って感じがしました」
「……奴は他に何かをやっていて、『混濁』はその結果として生じた、副次的なものだと?」
「そして、それがこちらを害する目的で行われているものなのかどうかも不明です。何ていうか……あの連中、普通の妖怪じゃないような感じがあったんですよね。僕がボコった『天邪鬼』もそうだったんですけど……どうも、違和感があって」
「違和感……ですか。私達は……恥ずかしい話、戦いになったと言えるほどには至りませんでしたので、そこまでのことはわかりませんでしたの。違和感とは、具体的にどういった?」
「……不自然だったんですよね。殴ってるのに殴った気がしないというか……説明が難しいんですが、こうなるはずだっていう結果が出てこないんです。折れるはずなのに折れない、斬れるはずなのに斬れない……変な力で、そうならないように強制的に抑えてるみたいな感じでした。……『天邪鬼』って、そんな能力持ってるんですかね?」
「……私の知る限りでは、そんなことはないはずよ。……ひょっとしたら、あなたの言う、未知の『何か』がそういう力をもたらしているのかもしれないわね」
「実際に戦ったらわかりますが、ミナトさんの拳を生身に受けて、無事でいられるっていうのは確かに考えづらいですの。そのあたり、気になりますね……」
この不可思議な能力、ないし現象について考えている2人を横目に見ながら……僕は、ふとそれについて、ついさっき思ったことを思いだしていた。
……さっき、2人には『説明しづらい』と言ったものの……2人にわかる言い方でなければ、一応、言いようはある。
斬っても斬れない。
折っても折れない。
しかも、そういったことが、僕みたいな『体が頑丈』という理由や、何かの術で防御してるという感じでなく起こる。
そんな不思議現象……そうそうない。
が、『現実に限らない』という条件を付ければ……むしろ、どこにでもあるものになる。
それも、この異世界ではなく……現代日本で、だ。
単刀直入に言おう。それは……ゲームの中のシステムだ。
RPGとか戦闘シミュレーションとかにおける戦闘ってのは、多くの場合、『HP』という……体力、ないし生命力が設定されている。攻撃によって、相手のHPを削り切ることで勝利するという形になるわけだ。このへんは、少しでもゲームをしたことがある人ならわかるんじゃないかな。
現実であれば、そんなものが設定されていたところで、首を斬ったり心臓を貫けば普通に死ぬ。『まだHPが残ってるから大丈夫!』なんて状態になるわけがない。あたり前だ。
即死するような傷でなくても、そしてそれが別に急所でなくても……刃物で切られたり、骨が折れてもおかしくない打撃を受けておいて、そのまま『まだHP残って(以下略)』って平然と戦闘を続けられるなんてことはありえない。手を怪我すれば手が使えなくなる。足を怪我すれば歩けなくなる。出血し過ぎれば死ぬ。これも当たり前だ。
だが、ゲームの中では違う。
多くのゲームでは、剣で斬られようが、銃で撃たれようが、ドリルで貫かれようが、爆弾で吹っ飛ばされようが、HPという名の生命力が0にならない限りは戦い続けられる。
頭、肩、手、足、腹……どこをどう攻撃されようが、重要視されるのは『HPの残量』のみ。
そしてそれが満タンだろうが死亡ギリギリだろうが、変わらないパフォーマンスを発揮できる。
HPが死亡ギリギリって、要するに『瀕死の重傷』っていうことになるんだろうけど、それでも今までと変わらないスピードや軽快さで動けるし、発揮するパワーも落ちることはない。相手へのダメージも、それまでと変わらないだけ与えられる。むしろ一部のゲームでは、HPが減れば減るほど攻撃力が上がるという矛盾した能力も存在するくらいだし。
まあ、ゲームのシステムにあれこれ言っても仕方ないし、僕自身生前はゲーム好きだったので、これに関して何か言うことはない。
問題は、僕があの『天邪鬼』を相手にした際、それを思いだすような感覚を受けたことだ。
もちろん、この世界が実はゲームの世界だったとか、バーチャル世界に迷い込んだとか、そんな突拍子もないことを言い出す気はないけど……何か、摩訶不思議な力に阻まれて、僕の攻撃が相手にいまいち届いていない、っていう感覚が気になった。
拳1発、蹴り1振りを放つたびに、何かを壊し、削り、奪っているような感触はあった。
しかし、それに反して……いや、まるでそれが身代わりになっているかのように、『天邪鬼』の奴は僕の攻撃で傷を負わなかった。
いや、負わないことはなかったけど、不自然に傷が少なかった、というべきか。
かなり力を入れてようやく負傷させられたくらいだからな……何だったんだろう、あれ、ホントに……。
(無理してでもあの時、『天邪鬼』だけでも仕留めとくべきだったかな。ちっ、失敗した)
あの日、僕が屋敷で『天邪鬼』を戦闘不能にした瞬間、敗北を悟ったあいつは、何らかの方法で転移して逃げようとした。
『麒麟』がそうしたように、自分の邪魔をさせないように、周囲の空間に『ゆらぎ』というか、エネルギーフィールド的なものを作って遮断した上で。
咄嗟にその『ゆらぎ』ごとぶち抜いて殴ったんだけど、一瞬早く転移は成立して逃げられてしまったので、そのまま空間をさらにぶち抜いて追跡した。で、転移が終了して通常空間に復帰したと思ったら……そこが、今まさに戦闘中って感じの、タマモさんの屋敷だったんだよな。
……仮にアレが、『天邪鬼』の固有能力ではなく、単なる『戦闘手段』の1つだったとしたら……厄介なことこの上ないな。傷ついても傷つかず、力も落ちず、最後の最後まで戦い続けられる……言ってみれば『殺されなければ不死身』とも言えるような、あの能力。
限りなく戦闘におけるパフォーマンスを保つあの力が、敵を守ってるとすれば…………ん?
(まてよ…………『不死身』?)
このワード、何か引っかかったな。最近、何か……
……そうだ、そう言えば……こないだ、そう、『シャラムスカ』の時だ。
なんか、テーガンさんが愚痴ってたっけ。『何か最近、不死身の奴が多い』って。
それ聞いた時は『何言ってんですか』って思わずツッコミ入れちゃったけど……
『ダモクレス財団』総裁・バイラスや『骸刃』リュウベエなんかがそうだったって聞いた……どう見ても生きていられるはずがない攻撃を受け、傷を負っていながら、平然と生還する。
確かに殺した感覚はあったはずなのに、生きている……まるで、傷が傷にならないかのように。死という事実がなかったことになったかのように。
ひょっとして、これらの能力は……同じ、あるいは似た系列にあるものか……?
☆☆☆
同じころ、某所。
そこは、とある城の中だった。
城と言っても、貴人が住む豪邸、という意味ではなく……城本来、そもそもの役割である、戦の際の拠点、という役目を強く意識している作りになっている。様々な設備が揃っている反面、飾り気はなく、質素な印象すら受けた。
もちろん、ただ貧相なだけと言うわけでもなく、それなりに品のある作りにはなっているが。
そんな城の一室に、『四代目酒吞童子』こと、キリツナはいた。
先程まで、タマモ達と相対していた戦装束姿ではなく、くつろげるような着物姿だ。
その名の通り、とでも言えばいいのか、杯に注がれた酒をぐいっと煽るようにして飲み、ふぅ、と一息ついている。やはり酒には強いのか、酔って顔が赤くなる様子などはない。
傍らに立たせている侍女らしき女――その頭にも角が生えている――に、酒を注ぎ足させて、何杯目かになるそれをまた一気に飲み干しながら、ふと思い出したように。
「……サカマタの容体はどうだ?」
呟くように放たれたその質問に答えるのは……キリツナの目の前に跪いている、3人の部下と思しき者達だった。
いずれも頭に、数や形は異なれど……やはり、角を生やしている。
「命に別状はないかと。養生していれば、数日中には快癒なさいましょう」
「しかし、肉体的・妖力的な損傷が激しいのはもちろん……『邪気』がほとんど底をついておりました。酷く弱体化していると言わざるを得ないかと」
「早急に『百物語』の用意が必要ですのう……もっとも、此度の独断専行の責を取らせる形いかんでは、それも必要なくなってしまいまするか」
1人目は、そこまで大柄ではないが、かなりがっしりした体格の男。短く刈り込んだ坊主頭の頭頂部付近に、小さめの『角』が1本ある。
2人目は、背中まで届くほどの長い黒髪と、切れ長の鋭い目が特徴的な女。角は額のあたりから2本生えていて、やや反った形……弧を描いて上を向いている。貴人を思わせる豪奢な装束に身を包んでおり、所作の1つ1つには優雅さがある。作法を知る者だと一目でわかる動きだった。
3人目は、腰の曲がった老婆だ。法衣か何かを思わせる、ゆったりめの服に身を包み、右手でついている杖に体重を預けるようにして……3人の中で唯一、跪かずに立っている。皺だらけの顔にうすく笑みを浮かべており、その後頭部から、反った形の角が1本、まげのように出ていた。
3人それぞれの言葉を聞いた上で、キリツナは静かに言う。
「滅多なことを言うな、オウバ。サカマタには罰は与えるが、奴もまた貴様達と同じく『四天王』の一角……わが軍の刃にして、鬼の世の未来を担う1人だ。此度のことも、鬼の未来を案じた上でのことなれば、簡単に切り捨てるような真似はせん」
「おや、これは申し訳ありませぬ、若様……して、いかような罰をお与えに?」
「力が戻り次第、アレには北伐の指揮を取らせる。標的は……トーノだ。タキ、貴様も参謀としてついて行くように」
「はっ……謹んで拝命いたします」
ひひひ、と怪しく、不敵にすら思える笑い方をする老婆と、下された命令に文句の1つも言うことなく、唯々諾々と従う美女。
それぞれ、『オウバ』と『タキ』と呼ばれた2人は、態度はだいぶ違えど、キリツナの言葉に了承の意を示した。
残る1人の男は、笑う老婆に何やら不満げな視線を送りつつも、何も言わず跪くままにしている。その男に、『そして』と、続ける形でキリツナが呼びかけた。
「リグン、貴様は軍をまとめていつでも動けるようにしておけ。北をサカマタとタキに任せるのであれば、こちらの戦線は貴様が立つこととなるのだからな」
「はっ! 心得ましてございます……御館様!」
『リグン』と呼ばれた男がそう、いかにも気合の入った声で答えたのとほぼ同時に……部屋の中に、何者かの『くっくっくっ』という、押し殺すような笑い声が響いた。
突然のことに、タキとリグンが思わず身構える一方、キリツナとオウバはじろりと周囲を見渡しつつも……取り乱す様子はない。やがてその視線は、部屋の入り口近くの柱の陰を見て止まる。
「カムロか……相変わらず下らん悪戯が好きだな」
「そう言ってくれるな、ちょっとしたお茶目じゃないか……それに、折角各々やる気を出し合ってるところを邪魔するのもどうかと思ったんでね」
そんな軽口と共に、柱の陰から1人の男が歩み出た。
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鬼の総大将であるキリツナを前にたたずまいを治すでもなく、気安く話しかけるその姿もまた、幹部たちとは異なる姿だった。
何より彼は、『鬼』ではないのだろう。頭に角がない。
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「何?」
「サカマタの負傷のおかげで今、絶賛戦力ダウン中だろ? 本人もやる気十分だし……役立つと思うんだがなあ?」
「……いいだろう、会ってやる。今度は誰を連れて来た?」
言葉を交わす2人の間に流れる空気は……やや一方的ではあるものの、協力者同士とは思えないくらいに、気まずいを通り越して剣呑なそれだった。
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