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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第403話 原因不明
しおりを挟む流氷の海を走って渡るのは、何気にかなり大変だった。
寒いし、水しぶきは冷たいし、潮風もめっっっちゃ冷たいし……時々浮いてる氷踏んで滑りそうになるし。
きちんと防寒服には防水性も持たせてはあるものの……それだけじゃ足りない。
北海道の海の冬の寒さ、半端ないな……前世で友達に、夏でも夜に半袖着てたら下手したら風邪ひくって聞いたことあるけど、これならうなずける。
沈まないだけで濡れまくってるからだろうけど、僕の防寒服でもしのげないレベルの寒さとは……こりゃ普通の防寒服で挑もうもんなら、速攻スタミナ奪われて海の真ん中でガス欠だったな。
いや、僕とかは大丈夫かもしれんけど……ギーナちゃんとサクヤがヤバいし。
今もかなり大変そうだ。防寒服のおかげで直接外気に触れる部分は少ないし、体が濡れることもないけど……それでも体温は奪われる。首から上は普通に出てるし、呼吸や発汗もあるからな。
呼吸によって冷たい外気が体内に入ってくる。それも緩和できるようになってるけど、どうしたってある程度は冷えてしまう。
加えて、体温を保つってことは、運動によって発汗が起こる。
それを考えれば、通気性もある程度は残しとかなきゃいけない。その分、機密性が甘くなり――それでも元の世界の最高性能の防寒服より暖かくできてる自信あるけど――寒さが入る余地がある。
さらに、汗の蒸発熱によってそこでも体温が……ってまあ、そんなメカニズムはどうでもいいから、とっととここを突破しないとな。
寒さは体温を、そして体力を加速度的に奪う。風と湿気がある分、フロギュリアより酷い。
幸いというか、所々に小さな陸地があるので、こまめに休憩と水分補給(もちろんあったかいのを)することで体力・体温は維持できている。
今も、途中で見つけた小島で、テントを立てて即席の基地を作り、風をしのいで休んでいる。
「港を出て3時間ほど走ったけど……タマモさん、次の目的地まで、あとどのくらい?」
「今、4合目ってところね。休憩が多いし、水上を走るのは陸上よりペースが落ちるから、このくらいは仕方ないわ」
と、義姉さんの質問に答えるタマモさん。
それを、まだそんなもんかー、と聞きながら、シェリーは火の上にくべている鍋を取り、中でに得ていたスープをマグカップに注ぐ。人数分作って、皆に配ってくれている。
「はい、ギーナちゃんとサクヤちゃんも。寒かったでしょ? あったまるよ」
「ありがとうございます。――ズズッ…………はぁ、美味しいです……」
「はい、とても……大陸風の味付けですか? 少し濃いめなのですね……お出汁も、初めて味わうもの、かも……?」
「あはは、ただのコンソメ系……って言ってもちょっとわかりづらいかな」
そんなところで国際交流しつつ、しばしの間だが、ゆったり休息し、体をいたわる。
ふと横を見ると、師匠とイヅナさんは、それぞれガラス瓶と瓢箪を持ち、ラッパ飲みの形で何かをごくごくと……この匂いは、酒?
「あの、師匠……イヅナさんも、運動中に酒って……」
「別にいいだろこのくらい。寒みーんだから、気付け薬だよ気付け薬」
「そうそう、酒は百薬の長というでござるよ。まあ、酔っぱらって運動や戦闘の師匠にならない程度なら、温まるし……」
「あー何々2人とも飲んでるの!? ずるーい、私も飲むー!」
「んー……横で酒盛りなんてされちゃうと、私としても我慢の限界ってものが……仕方ない、お土産のつもりだったけど……開けちゃうかここで」
酒飲み2名がさらに加わった。
スープを飲み終えたシェリーと義姉さんが、その後のマグカップに、各々持っていた酒を入れて……っておい、義姉さんちょっとあんた土産物に手つける気かおい。
え、何? ダース単位で買ってあるから1本くらい平気? ならいいけど……ていうか何でそんだけ買ってあるんだよ、完全に自分で飲む用入ってんだろ。
まあいいけどね……飲みすぎで動けないなんてことにならなければ。
「ヘーキヘーキ! このくらいじゃほろ酔いにもならないよ」
「はあ……大陸の方は、お酒に強い方が多いんですね……」
「この2人はその中でも特別な気がするけどね、僕の経験上。ま、それはいいとしてタマモさん、この後の目的地ですけど……もっかい確認してもいいですか?」
「ええ……今日は『リューキュー』まで行って、そこで宿を取る予定よ。このペースだと、確実に午後になりそうだけどね……事故を起こすわけにもいかないから、安全第一に行きましょう」
そう、タマモさんから返事された通り、この後の僕らの目的地は……なんと『リューキュー』。
すなわち、日本で言う『沖縄県』である。
僕らは、北海道から沖縄へ行こうとしてるのだ。海を渡って。
この『ヤマト皇国』は、日本列島を日本海側にエビぞりにしたような形になっている、というのは、前に話したと思う。上側が開いている視力検査のマークっぽい、とも。
そのせいで、日本の北端と南端の都道府県である、北海道と沖縄が隣り合っているというすさまじい状態になっており(あれ、最北端と最南端は違うっけ? 忘れた)……しかも聞く限りだと、きちんと北海道は寒く、沖縄は暑いらしい。
……その2つの気候、隣り合って成立するもんじゃないと思うんだけど……
どうもその中間地点に、ほんの数kmほど、2つの気候帯の境界線になっているエリアがあるらしく……そこは、ちょうど2つの中間くらいの穏やかな海が広がっているんだそう。
そのエリアの両端で、急激に気候が変わり、気温も変化しているそうだ。海流はそこを避けるように流れているため、互いの海はほとんど混ざることがなく、結果この不思議な気候条件が確立されているとのこと。
(……ファンタジーだとしても滅茶苦茶だな、そんな気候設定……それ相応に知識をつけたからこそ、この不自然さがわかる。何か理由がありそうなもんだけど……)
「……そのエリア、何かいるってことはないですよね? こう……ラスボス的な」
「……まあ、何を言いたいのかは何となくわかったけど、そういうのがいるとは聞いたことはないから安心して頂戴。実際私も、この『諸国行脚』を何度かやっているけど、何にも出くわしたことはないから。本当にこう……不思議なだけの、ただの凪の海よ」
ふーん……だといいんだけど。
☆☆☆
結論から言おう。
絶対何かあるコレ。
休憩後、またしばらく走り続け……そしてたどりついたその『境界線』は……本当に何もない、単なる穏やかな海だった。
不自然さは際立ってるが、風も波も穏やかで、気温もちょうどいい、魔物すら出ない。まさに海の休憩スペースみたいな場所だ……平和で、すごく安全。
……が、僕はこの海域に入ってから、妙に胸がざわついて……冷汗が止まらない。
すっかり気温的に要らなくなった防寒具を脱いでしまっても、それは変わらない。
他の皆は、全然そんなことはないみたいで……むしろ僕の様子を見て皆『どうした』って顔になってるし……。
そう言われて答えられれば楽なんだけど……それも難しいんだよなあ。
何せ、本当に『何もない』。何かあってこうなっているわけじゃないのだ。
いや確実に『何か』はあるんだけど……何が『何か』なのかわからなくて……だめだ混乱する。
……何か危険が隠れている、迫っている、ってわけじゃないと思う。師匠やタマモさんは何も感じてないみたいだし……僕に察知できて2人に無理、ってことはないだろう。注意深く探ってみてもなお、何もないってんだから。
けどだとすれば余計に不思議だ。どうして僕だけ、何かを感じ取ってるんだ……?
というか……だからいったい、何を感じ取ってるんだ、僕は……?
何かが怖いわけじゃない。
敵意とか、危険の類が迫っているわけでもない。
……と思う……けど……
「あの……ミナト君、大丈夫?」
「どこか気分でも悪いのですか?」
と、シェリーとギーナちゃんが心配してくれるものの……遺憾ながら、いまいち的確な回答を返すことができないんだよなあ……。本当に、なぜか胸騒ぎがするだけなんだよ……。
こんな感覚初めてだ……恐怖も警戒も何もなしに、ただ単に気分だけが優れない……
うつ病とかじゃあるあるまいし、一体何でこんなことに……!?
「……あの、変なこと聞くかもしれないんですけど……皆さんホントに何も感じないんですか?」
「……ええ、特に何も。いつも通り、穏やかで過ごしやすい気候の海だわ」
「うむ、特に変わったところはないし、何か不穏な気配もないでござるな」
と、幾度もこの海域を通っているタマモさんとイヅナさんは言い、
「普通に過ごしやすくていい空気だと思うなー……私も」
「まあ、この状況自体が不思議とか異常だって言われたらそうだけど……それに目をつぶれば、何か気になるような、不安になるようなことはないわね」
と、シェリーと義姉さんの、大陸での一流コンビも言う。
「それどころか……穏やかで、平和で……なんとなく、安心できるような環境ですね」
「ええ、確かに。風も心地いいくらいにふいてますし、波も……無くはないですが、決して高くないですし。なんでしたら、一回りして安全確認をいたしますか?」
ギーナちゃんとサクヤもそんな風に言う。総じて『僕の気のせいじゃない?』って感じのものにまとまるようだが……
そして、残る師匠はというと……何やら、普段と比べてシリアスな空気を纏っている。眼光鋭くあたりを見回して、気配を探るように気を張り詰め……ちょうど、『アトランティス』で、まだ味方だと判明する前のテラさんの様子をうかがってた時みたいな感じだ。
きょろきょろとあたりを見まわして、何か異常がないか探ってくれているようだけど……しばらくして、ふぅ、と息をついて、
「……ダメだな、何も特に変わったところは見つけられん。そいつの言う通り、ただ単に状況だけは異常だが、それ以外は……って感じだな」
「……師匠でもダメですか……」
こうまで否定されると……ホントに僕の気のせいなのかな、って思ってしまう。
しかし師匠はそのまま話終わり……とは行かずに、いつもと比べて真面目なトーンのまま、
「原因はわからんが、こいつがここまで『何かある』と感じてるなら……過剰な警戒かもしれないが、それ相応に周囲を警戒しながら進むことを提案する。こういう時の直感や、特定の誰かにしかわからないような『何か』ってのは……無視していいもんじゃないからな」
「その話、私が向こうにいた頃にも何度もされたわね……主に聞かせてくれたのは、エレノアかテーガンだった気がするけど……了解よ、周囲に何かないか、何かが起こらないか……最大限警戒しながら進みましょう」
そう言って2人が目配せすると、皆同じようにうなずいてくれた。
根拠のない僕の、いわば『直感』につき合わせたような形になって、ちょっと申し訳なかったものの……きちんと理解してくれたのは、嬉しかった。
この期待に応えたいような、そうでもないような……いやだって、応えるってことは何かが起こるってことだし……何もないに越したことはないじゃん?
結論から言うと……結局、何も起こらずその『境界線』のエリアを抜けた。
その先にあった、急激に気温が変わるエリアを抜けると、今度は沖縄らしい暑っつい気温がお出迎えしてくれて、それはそれですごい状況だなと改めて思ったけど……やはり、あの凪の海では何も起こらなかったのだ。
よかったと言えばよかったんだけど……何だったんだろう、あれは?
単に僕の気のせいだったのか、それとも……
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