魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第367話 『陰陽術』入門

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「……なんだって『陰陽術』って奴は、毎度毎度羞恥プレイ的な要素を含ませるのかな……」

「大陸の単語はまだよくわかりませんが、言いたいことは大体伝わりますの。その上で言わせていただければ……諦めた方が楽になりますの」

 そんな、ミフユさんからの薄っぺらい励まし。

 僕は現在、いつもの黒ずくめの服に黒帯……ではなく、マツリさんが作ってくれた、こないだ完成した『稽古着』を着用している。

 見た目は、そんなに大きな特徴もない、単なる作務衣だ。
 こういう服は前世も含めて初めて着るけど、着心地もいいし、動きにくさも特にない。いつもと違うってことで少々違和感あるくらいだけど、すぐに慣れるだろう。

 それに加えてこの稽古着には、普通にしてる分には特に意識する必要もないものの……きちんと、修行の助けになる機能が組み込まれているとのことだ。それは、おいおい明らかになるだろう。

 ……けど……さすがに『ふんどし』は違和感めっちゃあるなぁ……

(いや、下着・肌着も作るとは確かに言ってたけどさ……ここまで専用装備で統一する必要あるのかな、『陰陽術』の修行って……。まあ、百歩ゆずって着るのはいいとしても……着付けの指導っていう理由で、またマツリさんに素っ裸見られて、マネキンよろしく着させられて……)

「それは仕方がないですの。実際、きちんと着方を覚えるのも必要なことですし……うろ覚えでは効果も薄くなってしまいますの。まして、マツリの作る特注品は、正しい着用法であることを前提として、通常のものよりも高い効果を発揮するつくりになっていますし」

「……声に出てました?」

「いいえ? でも、ミナトさんわかりやすいですから、表情に出てましたの」

 どこ行ってもこんな風に言われるんだな、僕。

 まあ気を取り直して、だ。

 これから僕は、いよいよミフユさん監修の元、『陰陽術』の修行……それも、実技のそれに入る。
 座学は既に色々教わって、必要水準までの知識は吸収した。『魔法』と『魔力』を応用して行う、ウォーミングアップ的な修行も済んでいる。

 そのため、マツリさん特製の稽古着である、『ふんどし』『サラシ』『作務衣(上下)』の3点セットを身に着け――その他にも、修行内容に応じていくつも稽古着があるらしい――いつもミフユさんから座学の講義を受けている部屋にいるわけなんだが……。

「にしても、サラシって……何で必要なんです? 祭の時の法被の下や、ヤ○ザが喧嘩に行くときの服装じゃあるまいし……」

「あら、相変わらずミナトさんは博識というか、色々ご存じですのね? 大陸にはそういう風習はないって聞いていましたのに」

 ミフユさんは少し驚いたように言って笑う。

 大きな祭とかの際、上半身裸に腹にサラシを巻いて、その上に法被を着て騒いでる人とかを、テレビとかで見たことがある人は結構多いと思う。

 また、ヤ○ザが喧嘩の時に腹にサラシを巻く、っていうのは、漫画とか本で読んだ知識だ。腹にきつく巻くことで、急所である腹を保護する防具であると同時に、斬りつけられた時に血が流れにくくしたり、内臓がこぼれ落ちないようにするため、っていう役割もあるとか。生々しいな……。

 確かに大陸では、そのどちらの風習もないもんな。知ってたら感心されてもおかしくないか。

「きちんと理由もありますから、この後すぐにご説明しますの。それでは、始めましょうか」

 こんな感じで、僕の『陰陽術』の修行は、いよいよ始まった。
 まあ、最初は例によって座学というか、やり方そのものの説明・勉強からだけどね。


 ☆☆☆


「そもそも、『陰陽術』の基本にして神髄となる概念は、読んで字のごとく、『陰』と『陽』……すなわち、相反する2つの力を調和させて使いこなすことにありますの。色々と細かい術式などによって枝分かれはしますが、全ての術は元をたどれば、これが根っこにありますの」

 言いながら、ミフユさんは紙に書いたある図を僕に見せる。

 大きな円の中に、白と黒の面積が同じくらい、しかし対照的な位置取りで描かれている図形。それぞれは、勾玉みたいな形で、円の中でちょうど噛み合うように描かれている。
 いわゆる『太極図』って奴だ。陰陽師関連の図形、ないし魔法陣の中でもメジャーな奴だな。

「相反する2つの力は、本来なら反発して互いに害し合い、最後にはどちらかが、あるいは両方が消失してしまうもの。大陸にも、相反する関係性にある属性の魔力があるのはご存じですね?」

「はい。『火』と『氷』とか、『闇』と『光』とかですよね?」

「その通り。ミナトさんならご存じでしょうが、それらはぶつけ合わせれば反発して消失します。これは、いかなる過程を得ようとも結果は変わりませんの。仮にそちらで言う……魔力の『こんとろーる』の能力を極限まで磨き上げたとしても、そこまでの過程が素早く、穏やかになるだけで、結果はやはり変わりませんの」

 うん、それはわかる。
 以前、『トロン』で行った訓練合宿……そこでブルース兄さんから教わった、まさにその『魔力コントロール』の修行を思い出す。

 あそこで僕がやった修行である『聖水いじり』は、『光』の魔力が大量に、繊細に溶け込んだ水である『聖水』に、『闇』の魔力を溶け込ませて2つの魔力を相殺させ、普通の水に戻すというものだった。
 
 繊細に溶け込んだ『光』の魔力に、乱雑に『闇』の魔力を注ぐと、溶け込んだ魔力同士が激しく反発して爆発を起こす。高温の油に水を注いだ時みたいに。

 これを、水に溶け込んでいるのと同じくらいに『繊細に』魔力を流し込めれば、ほとんど水面を揺らがせることすらせず、内部で魔力同士だけを相殺させ、消失させられるわけだ。最初から最後まで、水面が穏やかなままで終わり、最後には溶け込んだ魔力がプラマイゼロになっている。

 しかしこれはあくまで、2つの魔力を相殺させて『消失』させているという事実は変わらない。
 というか、2つの魔力をぶつけ合わせれば削り合い消失するなんてのは、魔力を扱う上での大原則だ。この部分は、過程をいくら工夫しようと絶対に変わらないはずである。

 一部例外として、『反発させずに両方の魔力を残して作用させる』とかならできるものもあるが。
 『風』と『土』の魔法を同時に使うことで、土砂を大量に含んだ暴風なんていうえげつない殺傷力を持つ攻撃魔法にしたり、『水』と『雷』を両立させて、ずぶぬれにしつつ広範囲を感電させたり。

 『闇』と『光』を相殺させずに上手いこと混ぜて、らせん状に絡み合った黒白の破壊光線が飛んでいくロマン魔法っぽいのを作ったこともあったな。あんまり実用性あるとは言えないんだが。

 しかしそれらはあくまで、打ち消し合わないように上手いことコントロールしているだけで、2つの魔力を1つに混ぜたとかそういうわけではない。
 1つに混ぜたりしたら、さっきも言ったように反発して消える。

 しかし、ミフユさんが言うことには……

「『陰陽術』の考え方は、大陸におけるその常識ないし大原則からは大きく逸脱しますの。『陰陽術』は、その相反する、決して交わることのない2つを『調和』させる……つまりは1つに融合させてより強力な力にする、という考え方を大本に持っていますの」

 沿う話ながら、ミフユさんは小道具として用意していたらしい、大きめの灰皿みたいなものを机の上に置いた。
 ……頭目掛けて振り下ろせば、2時間ドラマの凶器にも使えそうな、大きくて硬そうな灰皿だ。

「一口に反発・消失と言っても、ただ問答無用で消えるわけではありません。消えるにしても、その前にちゃんと1つ段階、ないし特徴があり……それを経て結果がやってきますの」

 ミフユさんはそこに、書き損じか何かであろう紙くずを何枚か、くしゃくしゃに丸めて入れ、術で火をつけた。めらめらと燃える紙。大きくはないが、はっきり見える大きさの炎が上がる。

 すると今度はミフユさんは、同じく机の上に置いてあった水差しと湯呑み(小さめ)を手に取り、湯呑みに水差しからほんの少しだけ水を入れた。
 そしてその水を、まだ燃えている灰皿の中の紙にぽたぽたと落とす。

 すると……

「今、見えましたか? 水をかけた瞬間、一瞬だけ火が強く燃えたのを」

「はい、その……ホントに一瞬でしたけど」

 水が垂れた時、そのまま火の勢いがすぐに弱まるだけじゃなく、それに正に『反発』する形で、火が一瞬だけ強く、大きく燃えてから……紙が濡れたせいで少し小さくなった。
 普段なら、見ていても気にも留めないような変化だ。

 しかし、ここに『陰陽術』の基本原理がある。らしい。

 ミフユさんは今度は、右手をすっと前に出し……その手の中に、白と黒、2色の魔力の球体を出現させる。白は『光』、黒は『闇』の魔力でそれぞれできているようだ。

「『火』や『氷』、『風』や『土』でも同じことができますが、陰陽術において最も基本となる『調和』は……先ほども言ったとおりに『陰』と『陽』ですの。大陸の魔力の属性区分で言えば、『光』と『闇』が最も近いですが、この2つを単にぶつけても……」

 その2つを手の上で、近づけて接触させ……しかし、当然まざりあうことなく反発、消滅してしまう。ミフユさんの手のひらで、小さな爆発を起こして。
 しかしまたしても、その2つは一瞬だけ、それぞれが大きな力を放っていた。

「このように消えてしまう。しかし、この2つに『魂』の力を混ぜ合わせると……」

 今度はミフユさんは、同じように2つの魔力球を手のひらに出現させ……しかし、そのどちらともことなる謎のエネルギーをその間に、隙間を埋めるように生じさせた。

 その状態で2つの魔力の球体を近づけ……触れ合わせ……

 ……爆発、しない。

 それどころか、その謎のエネルギー……おそらくは『魂の力』であろうそれを、まるで潤滑剤かつなぎのようにして、2つの魔力が崩れ、ほどけ、溶け合って混ざっていく。
 『光』と『闇』、そのどちらの力も感じなくなるほどに完全に混ざり……そこには、無属性の純粋な『魔力』が、それも、明らかに今までのエネルギーの総量よりも大きなそれが渦巻いていた。

 いや、違うな。魂の力が混ざっている以上、これは『魔力』ではなく……

「こうして『霊力』を練り上げる。これが、陰陽術の基礎の基礎ですの」

 ……エネルギー保存則を無視したな、今。

 僕が作った『魔法式縮退炉』と同じ……いや、プロセスはこれは、厳密には多分違うぞ。
 あれは、疑似的に発生させた質量をエネルギーに変換するのに対して、これはまるで……

 だとすると、そもそも『総エネルギー』という見方、概念、それを知る知覚能力そのものが前提条件として……

「こうして作られた『霊力』は、非常に汎用性が広い上、事象として顕現する影響が大きく、幅広くなるですの。もう既に何度か目にしていると思いますが、単に『魔力』を使うだけではできないようなこと……『式神』の作成などが代表的な例ですね。そういったことが可能になるですの。もちろん、これをさらに変質させて、より強力な属性霊力を作り出し、術にしてぶつけることも可能ですの」

 言いながら、ミフユさんは手に渦巻く霊力を、両手に2つに分けて持つ。

 1つは手のひらで、属性を『炎』に変換し、人の頭ほどの大きさになる火炎球を作り出し……しばらくの間、かなりの火力で轟々と燃やし、エネルギーが尽きたところで消していた。

 そしてもう片方の手に残した魔力を、机の上の何も書いていない紙に注ぐようにして染み込ませ……直後にその紙が勝手に折りたたまれて『折り鶴』に変わり、ふわふわと飛び上がった。

 ……なるほど、よくわかった。
 確かに、汎用性もそうだけど、術に使った場合の即効性もすごいもんだ。もっとも、術自体も、このエネルギーの質に合わせたそれを使う必要性が当然あるんだろうが。

「今はわかりやすいように、あえて手のひらで、体の外で混ぜ合わせましたが……慣れればこれを体内で行うことも可能ですの。その場合、体内に走っている『経絡系』に3つの力を流して混ぜて練り上げて……という一連の手順をこなすことになりますの。そして、その練習ですが……」

 そう言いながら、ミフユさんは僕の後ろに回り……抱き着くようにそっと後ろから手を回して、僕の下腹部をなでる。
 しかし、その手つきは別にやらしい感じではなく……

「ここ……おへその下あたり。わかりますか? ここは『丹田』と呼ばれる部位で、経絡系が太く数も多く密集しているため、最も力を練り上げ、溜めやすい位置であるとされていますの。最初の最初の練習は、ここに力を溜めて混ぜ合わせる感覚で行うのが最も効率的ですの」

 そこに、最初はなれるために『反発する2つ』ではなく、属性も何もない『単なる魔力1つ』と『魂の力』を混ぜ合わせる練習から入るのだそうだ。

 もっとも、そもそも、体の中に流れる『魂の力』を認識することそのものが滅茶苦茶大変であり、それを一度に使える量を増やすことがさらに大変であるため、それらを並行して進める必要があるらしいが。

 そして、その必要性が疑問だった『サラシ』は、ここにつながる。

 作務衣やふんどし同様に、さらににもきちんと術式やら何やらが組み込まれており、『丹田』で魂の力を認識して霊力を練り上げる助けになるようになっているそうだ。

「当面の課題は……『魂の力を認識し抽出する』『丹田で霊力を練る』の2つですの。急いでもいいことはありません。きちんと手取り足取り教えて差し上げますから、ゆっくり確実に学んでいきましょうね……ミナトさんの才覚なら、そこまで時間はかからないと思いますから」

 そう、ちょっといたずらっぽく笑いながら、しかし目に灯っている光は真剣な輝きを帯びているミフユさんの激励を受けて……僕の『陰陽術』の修行は幕を開けた。
 




 ……しかし、1つ気になってることがあるんだよな。

 さっき、ミフユさんが『光』と『闇』の魔力を、『魂の力』をつなぎにして混ぜ合わせたけど、その時の反応と、力の膨れ上がり方がな……。

 相反する2つの力をあえて混ぜ合わせることで強大な力を生む、っていう技術は、いろんなバトルファンタジー系の漫画やゲームで用いられてきた手法だ。メジャーな部類の強化法だと思う。

 だから、文字通りの『陰』と『陽』の扱い方について、僕もそういうもんなんだと思ってた…………最初は、だが。

(なんていうか、『混ざって強化された』とは、また違うような……うまく言えないけど、もっと違う何かの法則を経て、より高品質な……いやむしろ、全く異なる性質の力が生み出されたような感じに思える……。なんだろう、どこかでコレ、見覚え、ないし聞き覚えがある気が……?)



 この違和感の正体に僕が気づくのは、もうしばらく後のことだった。



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