魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第366話 下準備、その2

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 さて、えらい目にあった『稽古着づくり』がようやく終わったわけだが……『陰陽術』の講義の下準備は、実はまだ半分である。
 もう半分は、もう1人の側近のミフユさんにお願いしてやってもらうことになっている。

 まあ、何をするのかは例によってわからんけど、さっきみたいな羞恥プレイではさすがにないと思……

「それではミナトさん、服を脱いで裸になってくださいですの」

「またかよ」



 なんかまたしても脱がされることになった。
 しかし前回と違い、今回は全裸になる必要はないそうで……パンツ一枚になった。

 これでも本来ならそれなりに恥ずかしいはずなんだが、さっきと比べればだいぶマシだからか、そんなに抵抗なく脱げてしまったのは……精神的な負荷が軽減されたことを喜ぶべきか否か。

 ……いや、違うな。

 たしかに今、僕はマツリさんの時よりも緊張せず、こうしてミフユさんの触診?を受け入れている。息がかかるくらいの至近距離で、ぺたぺた体をあちこち触られている。
 にも関わらず、大して緊張していない。

 いや、全く緊張していないわけじゃないんだけど……特に彼女に、大人の女の人を前にして覚えるような気恥ずかしさとか、気まずさを感じないのだ。

 今のミフユさんは、普段の青と白の着物じゃなく、湯あみ着と浴衣を足して二で割ったような、薄手で丈が短く、動きやすそうだが露出が多い服装だ。
 部屋着なのかもだが……水に濡れようものなら、透けてしまいそうである。

 そんな、率直に言って色っぽい服装の女性に、半裸の状態でぺたぺたと触られているにも関わらず、僕が冷静でいられている理由は、2つ。
 いや、結局というか、その2つは同じ理由を根源に持つものなので、1つだとも言えるな。

 1つは、彼女の手つきが……エロいことを思わせるようなそれではなく、医者が患者を、研究者が研究対象を触って調べる時のそれそのものであるため。

 そしてもう1つは……彼女の目に宿っている光に、すごく見覚えがあるためだ。

「うふふふ……思った通り。身体機能や構造はほぼ同じ。ですが、経絡系や体表の魔力蒸着痕は、明らかに陰陽術のそれとは違う……ミナトさんの肉体が変質していて、並外れて頑丈だということを除いても、これは間違いなく大陸の既存の『魔法』なる術式の特異性を……」

 エロい雰囲気などかなぐり捨てて、僕の体を……正確に言えば、そこから読み取れる魔力系統の痕跡を分析している。口から絶え間なくこぼれ出てくる専門用語からも、それがわかる。

(……間違いない、この人……『同類マッド』だ)

 気まずさや恥ずかしさよりも、共感と親近感が先に来た。つまりはそういうことだ。

 もちろん、ミフユさんが女性としての魅力に欠けるっていうことはないし、そっち系の雰囲気で迫られれば普通に僕も恥ずかしい。こないだのタマモさんとタッグ君での猥談攻勢もそうだったけど、人をからかって楽しむ趣味もお持ちのようだし。

 あるいは、さっきのマツリさんと同じように、検査と称して僕をからかう目的で露出多めの服を着て迫ってきたりすれば、僕はなすすべもなく赤面しただろう。

 ただ、今のミフユさんは正真正銘研究目的で僕に近づいてきているため、比較的ではあるが、気が楽ってだけだ。

 そんなことを考えている間にも、ミフユさんは色々な手段で僕の体を調べているようだ。
 それはもう、見ていて飽きないほど、色々やっている。

 何やら指に魔力……あるいはそれに類する何かをこめて、僕の腕をなぞってみたり、

 お札みたいなものを腕に張り付けたと思ったら、その色が変わった。リトマス試験紙?

 僕に許可取ったうえで、筆で僕の肌に何か書き込んでいたり、爪や髪の毛をちょっと切り取って紙袋に入れ、持ち帰る用に確保したり。

 そういった作業をしながら、逐一紙に検査結果(多分)を書き記しつつ、ミフユさんは僕の体を上から下まで調べ尽くし、1時間半ほどもそれを続けたところで、ようやくひと息ついた。

 その間ずっと、ミフユさんは知識欲を漲らせてぎらついた目をしてたが、同時に研究者として真剣そのものでもあったので、僕から何か言うことはない。



「ふぅ……堪能しましたの。……っと、すいませんミナトさん、私1人で盛り上がってしまって……折角足をお運びいただいたのに」

「あー、いえいえ。気持ちはわかりますから。ちゃんと仕事してくれてれば何も文句はないです」

「あら、そうですか? それはありがとうございます。正直、少々趣味に走って暴走してしまった気は否めませんので、今度何かの形で埋め合わせさせていただきますの」

 言いながら、ミフユさんはここまでまとめた資料を、あらかじめ用意していたらしい箱の中にしまい、一旦片づける。
 そして、新しい紙に何やらさらさらと書き綴り始めた。

 結構な速さで筆が動き、真っ白な紙に何やら描いていく。
 文字もあるが、大半は何かの図面のようだ。細筆を使ってるとはいえ、全く墨汁をにじませずによくこんだけ細かく書けるもんだな……

 A4くらいの大きさの紙1枚に書き終えると、今度はあらかじめ用意していたらしい別な紙を取り出した。……気のせいか、今描いた紙とよく似た絵が書いてあるような……?

 差し出されたそれを、見比べてみると……

「これはひょっとして……僕の体の?」

「はい、『経絡系』の図面ですの」

 紙には2枚とも、人の形をした絵が書いてあり……その中に、血管のように体内を走る無数のラインが書いてあった。しかし、2つの紙に描かれているそれらは、微妙に配置や数、さらには太さなんかが違い、よく似た別物であることがうかがい知れる。

 そして、『経絡系』ってのは確か……さっきマツリさんが言ってた情報によれば、人の体内を『霊力』やら『気』やらが通る通路みたいなもの。
 つまりさっきまでの検査は、僕の体の『経絡系』を調べてたってことか。

「こちらが一般的な陰陽師の『経絡系』の図。そしてこちらが、今しがた調べたミナトさんの経絡系を図に起こしたものですの。御覧の通り、微妙に形状や本数、太さが違いますの」

「みたいですね……やっぱ、普段から使ってる力の種類とかが違うからかな」

「恐らくそうですの。見ていただければわかる通り、陰陽師のそれは全体的に本数は少なめで、しかし主要に使う経路は太く、鍛えられていますの。それに対して、ミナトさんのそれは体全体にまんべんなく広がっていて数も多いですが、1本1本がそこまで太くないのがわかりますの」

 なるほど、その通りだ。
 よく見ないとわからない程度の差ではあるが、2つの図面は、おおよそ彼女が今言った通りの特徴を持っていた。

 そして彼女は今『鍛えられている』という表現方法を使った。
 ということはだ。この経絡系は、使うことで、あるいは特殊な訓練をすることで鍛えることができ……そしてそれは、陰陽師なんかが術を使う際に重要になる器官である、という解釈でいいんだろうか?

「その通りですの。そしてどうやら、『魔力』を主軸に使う大陸の人は、『陰陽師』に比べてこれらが鍛えられにくい傾向にあるみたいですの。個人差はあるでしょうし、そもそも観察対象がまだ少ないですから、これと結論を出すのは難しいのですが……」

「ちなみに……他の観察対象って? 僕以外に誰かの『経絡系』を見たんですか?」

「私が今まで見たことがある、大陸出身者の『経絡系』は、タマモ様のものと、この間捕らえて『好きに使っていい』と許可をもらった『はいえるふ』共のものだけですの。それらとミナトさんのを合わせて、共通点を探した結果が、今の考察ですの」

 なるほど。確かに、サンプルが偏ってるな。
 全体に当てはめて言えるような研究成果と位置付けるには、それじゃあ少なすぎる。

 ……けど、素人考えながら、少し気になった部分くらいは浮かんでくるな、すぐに。

「今の言い方だと、『ハイエルフ』の連中のも、僕のも、同じようにその……未発達と言えるような状態だったわけですか? 経絡系が」

「そうですが……何か気になりましたの?」

「ええ、まあ……僕、才能の問題で『放出系』の魔法がほぼ使えないもんで……もっぱら、肉体に魔力を充填して強化して殴る蹴るするような感じで戦ってるんですよね。それに対して、『ハイエルフ』は放出系魔法バンバン使う奴らですから、そういった傾向は関係ないのかな、って」

 そう言うと、『おっ』と、ミフユさんは感心したような表情を見せた。

「いいところに気が付きますの。さすがは大陸有数の研究者、と言ったところですの。その通り……これはまだ検証課題ではありますが、おそらくこれは、普段『魔力』を主に使っているか、あるいは『気』や『霊力』、『妖力』を使っているかの差だと思われますの」

 おっと、また新しい単語が出てきましたよ。『妖力』と来たか。

『気』『霊力』『妖力』そして『魔力』ね……いろいろ種類があるもんだ。

「そうですね……今回は検査だけのつもりでしたが、少し早いですが、座学もちょっとやってしまいましょうか。ミナトさん、もう少しお時間よろしいですの?」

「もちろん大丈夫です。午後いっぱい時間取れてますから」

「それはよかった、それでは……いきなりですが、『陰陽術』入門編、基礎の基礎の座学を始めさせていただきますの」



 机の上を整えて座り直し、いかにも『これから授業を始めます』的な雰囲気に変わった部屋。
 先生はミフユさん、生徒は僕である。

 若干フライングではあるが、今日、今から講義をしてもらえることになった。

 なお、今回に限らず、『陰陽術』の指導は、今後ミフユさんが担当するらしい。

「さて、ミナトさんは最初、『魔力』や『霊力』その他はどれも名前が違うだけの似たような力、だと思っていたかもしれません。実の所、私も当初そう思っていましたが……実際は違いますの」

 言いながら、机の上に広げた紙に、ミフユさんは『気』『霊力』『妖力』『魔力』と書き綴る。

「不可思議な現象を引き起こす、不可思議な力……という意味では同じですが、その成分、とでも言えばいいか……そういったものが違いますの。ゆえに、どういう風に使えるかも違ってくる。そうですね……同じように『燃料』として使えるものでも、油と薪、木炭と硫黄では、燃える温度、燃え続ける時間、燃やせる条件など、色々と違ってくるでしょう?」

「同じ、あるいは似た現象を引き起こす力であっても、実際に使ってみると、細かい違いが色々と出てくる、ってことですね。そして、どういう条件で使うかで、何を使えばいいかは違ってくる……暖炉に油巻いて火つけようとする奴はいないでしょうしね」

「その通りですの。ただ、これらの力は全てが全く違うもの、というわけでもなく……ごく簡単に言えば、これらを組成する、さらに細かい『力』の比率によって大体は区分できますの」

 そう言いながら、紙にさらに図面を書き加えながら、ミフユさんは説明してくれる。
 それによると、こうだ。

 『陰陽術』の理論から組み立てて考えると、『気』『霊力』『妖力』そして『魔力』……これら4つの力は、『肉体の力』『精神の力』『魂の力』の3種類の組み合わせによって構成されるらしい。

 例えば『魔力』は、『肉体』と『精神』の2種類の力を、『精神』の分量を多めで組み合わせることで形作られる。
 魔力を扱うのに精神力が重要視されるのは、このためだ。肉体のエネルギーは最低限でいいが、精神のエネルギーを元にして発生させ、さらにそれをコントロールするのにも精神力を使うため、こちらは相応の量、そして使い手自身にも相応に強靭な精神が要求されるわけだ。

 これが、『肉体』と『精神』の比率が逆転すると『気』になる。産出及びコントロールに、精神力よりも生命力、ないし身体能力が重要になる。逆に精神力はそこまで必要とせず……普通の鍛錬の延長上で、無意識に使っていた、という人も多いようだ。

 そもそも『気』と『魔力』はそれほど性質が違わないので、見分けがつきづらいらしい。なんなら別に区分しなくても大丈夫らしいが。
 汎用性で勝るのは『魔力』だが、この2つはえてして自分がよく使う戦い方に合わせてミックスされて生み出されるし、無意識に使いやすい方を使うので、あんまり気にする必要自体、実はない。

 ひょっとしたら、僕が今まで使ってた魔力のうちの何割かは『気』だったのかもね。同時に使っていることもままある力だって言うし。

 それはさておき、ここに残る1つの要素……『魂の力』が混ざってくると、さらに問題は複雑化していく。
 結論を先に言うと、『魔力』に『魂の力』が混ざると『霊力』になり、『気』に『魂の力』が混ざると『妖力』になるそうだ。

 『霊力』は、『陰陽師』がメインで使うエネルギーであり、魔力以上の汎用性を持ち、より繊細なコントロールによる多彩な術式構築を可能とする性質を持つ。その結果、何の細工もないただの紙を『式神』に変えるなどといった、トリッキーな術も可能になるようだ。

 一方『妖力』は、陰陽師ではなく妖怪がメインで使う力であり、人間にはむしろ極めて扱いづらい力である。というか、無理と言い切ってもよさそうだ。

 加えて、妖怪ごとの能力・特性に合わせて、思いっきり特化させる感じで力を発揮させるため、一概に汎用性があるなしを語れない。
 例えば、火炎と暴風を扱う妖怪は、同じ『妖力』という燃料で両方を引き起こすことができるけど、そもそも火炎も暴風も使えなければ、使えるようになることはまずない。

 火を噴く妖怪にとって、妖力は火を出す燃料だし、空を飛ぶ妖怪にとっては、妖力は空を飛ぶための浮力とか推進力とか、そのへんの扱いになるわけだ。
 ゆえに、そもそもそういった種族ごとのとんがった特徴を持っていない人間には、使えない。

 こんな風に、若干とんがったりしてしまう部分があるものの、『魂の力』を加えることで、『魔力』と『気』は、『霊力』と『妖力』という上位版の力にパワーアップするわけだ。

 ただ……一概にこれはパワーアップだとも言い切れなかったりするんだよな……

 『魂の力』を使うのには、到底見過ごせない『副作用』が存在する。

 というのも、そもそも『魂の力』っていうのは、いうなればその者の『生命力』である。命を維持する力だけあって、攻撃やら何やらに用いれば、威力、汎用性共に大きく上がるものの、使いすぎれば当然、生命力が枯渇して体調が悪化したり、様々な不調が現れ……最悪、死に至る。

 『陰陽術』が一般に秘匿され、広く門が開かれていない理由はこれもあるらしい。
 修行の段階から慎重に扱い方を教え込み、適切に、確実に使えるようにならないと、『霊力』を使って戦うこの術は危険すぎるのだ。我流で、間違った訓練方法で鍛えた結果、加減がわからなくて死にました、じゃ笑い話にもならない。

 さらに、『妖怪』の場合はこの特徴が人間以上にシビアな形で出る。

 さっき説明したが、『妖力』は『気』に『魂の力』を加えたものであり、『気』がベースになっている関係から、使用者の『肉体』そのものとの結びつきが『霊力』よりも強い。

 そのせいだろうか、ほとんどの『妖怪』は、普通の『魔物』よりも、妖力や魔力といった、各種エネルギーやその性質そのものが、より密接に『肉体』とつながっている。
 精霊やアンデッドに近い、と言えば、もう少しわかりやすいかもしれない。彼らは、実体というか肉体の一部を、魔力や瘴気などのエネルギーで構成しているから。

 ゆえに妖怪は、より強力で多彩な術を、手足を動かすように、呼吸をするように使える。
 実際に肉体の一部がエネルギーだから、その扱いには本能レベルで通じているわけだ。

 しかしその反面、妖怪は生体機能そのものに妖力が、ひいては魔力が密接に関わっているため、その喪失が命を削る事態に直結する欠点を持つ。人間が霊力を使いすぎる事態以上に。
 そしてそれは、力の使い過ぎに限らない。

 火の魔力が氷の魔力で相殺され、打ち消されるように、アンデッド系が浄化魔法や光属性の攻撃に弱いように、特定の術ないし属性攻撃そのものが、その者の『エネルギーを削る』結果を招いた結果として、特定の種族にとっては猛毒となる、ということもあるわけだ。アンデッドでないにもかかわらず、単なる浄化魔法が致命傷につながりかねないほど効いてしまう妖怪も意外と多い。闇属性の魔力や、瘴気を肉体の構成要素として取り込んでいるものが、主にそれにあたる。

 無論、実力のある妖怪であれば、多少そうして妖気が減ったところで痛打ではないし、そもそも抵抗レジストすることだって難しくはない。だから、強くなればなるほど、この点が弱点として問題視されることは少なくなる。
 それでも、全く無視していい点ではない。特に、上を目指すなら。

 ここまで、ミフユさんが説明してくれた、各種の『力』についての内容をまとめたが、随所にアルマンド大陸の『魔法』についての知識も混じっていることに気づいたと思う。

 なんでミフユさんが、自国の馴れ親しんだ力である『妖力』だけでなく、『魔力』やら『魔法』についても知っていたのかと言えば、それは単純にタマモさんに聞いたからだそうだ。

 考えてみれば当たり前だ。タマモさんは、ある日突然この国に『流されて』きたと言っていたが、その前までは大陸にいた。要するに大陸の生まれであり、大陸における魔法関連の知識も一般以上に持っていたのだ。そのことから勉強家だったそうだからな。

 ミフユさんは、そんなタマモさんの知識を聞いて吸収しながら、ごく一部だけとはいえ、大陸の『魔法』と『魔力』に関する知識を経て、研究を進め、さらに独自の仮説・理論まで打ち立てた。

 成程、これだけでも、いかにミフユさんという人物――人じゃないけど。妖怪で雪女だけど――が、有能で貪欲な研究者であるかがわかる。

「……とまあ、『力』について長々語ってしまいましたが……これら4つの『力』、それぞれの特徴はお判りいただけたと思いますの。そして肝心の、これらの力と『経絡系』の発達の関係ですが……おそらく、『魂の力』を使うか否かでそれは変わってくると思われますの」

 ふむふむ。

「『魔力』は比較的扱いやすい力です。単純に使いやすいのはもちろん、使いすぎて枯渇しても命に関わることはほとんどなく、汎用性も高い。そして魔力は、『経絡系』をほぼ気にせず使えますの」

 言いながら、ミフユさんはその手に『魔力』を充填して、迸らせて見せた。

「使えるんですね、魔力」

「研究しましたから。して、見てもらって分かる通り、このように魔力は、今、私の右手全体から放出されていますの。これが、霊力だとどうなるかというと……」

 もう片方の左手に、今度はミフユさんは『霊力』を流す。
 目で見て、魔力知覚で感じ取れるその迸りは、力強さは魔力と同じだが、流れ方は全く違った。

 手全体ではなく、より細く、しかしより力強く……圧縮された細い流れができている感じだ。そこから、放出と共に全体に広がっている感じ。

「このように、『全体から出る』のではなく、決まった経路を通り、決まった出口から出て、その上で全体に広まりますの。言ってみれば、『魔力』は、血肉や骨まで全てが通り道として使えるのに対し、『霊力』は経絡系という決まった道しか通せない、という感じですの」

「そこだけ聞くと、どこでも伝って出せる魔力の方が便利そうに聞こえますけど……」

「それも間違ってはいませんが、『陰陽術』を学ぶことを考えると、その前提に関わってくる話ですの。そもそも、『魂の力』を絡めた力は、通常の肉体ではろくに伝達させられません。練り上げるにも、伝達して放出するにも、それに適した経路……すなわち『経絡系』を通す必要がありますの」

「霊力も……妖力も、ですか?」

「妖怪が妖力を使う場合は、一部例外がありますの。経絡系がなくても、妖怪の肉体自体が妖力を不足なく伝達させられるほどの『親和性』ないし『伝導性』を持っていれば、極端な話、魔力と同じように、体中のどこからでも霊力を放出できるし、練り上げることもできますの」

 ……亜人希少種『エクシア族』みたいなもんかな? 肉体を特定の物質に変化させることができ、その肉体は魔力をよく通す。普通なら人の体を使って放つことで。魔力に『抵抗』が生じて威力が減衰してしまうような魔法でも、そういったことを引き起こさずに戦える。

 現在、『金属』のエクシアであるギーナちゃんと、『氷』のエクシアであるブルース兄さんくらいのもんなんだよな、今知ってるのは。

「妖怪と妖力はさておいて、このように『経絡系』は、『霊力』を操り、陰陽術を使う上で、決しておろそかにすることはできない……というか、必須で鍛えなければならない器官ですの。しかし、普段から魔力をメインに使って来たミナトさんは、『経絡系』によらず使えるというその利便性ゆえに、『経絡系』が鍛えられていない。それどころかミナトさんの体は、普通よりも魔力の伝導性が高いがゆえに、余計それを使う機会がなかったのでしょう。ほとんど手付かずですの」

 たしかに僕の体って、『エレメンタルブラッド』の効果で変質してて、全身の魔力伝導性が『エクシア』並みに高いからな……そりゃ、『経絡系』とやらも出番なんてないだろうな。

 だが、『陰陽術』を学ぶにはそこを鍛え、『霊力』を扱えるようになる必要がある。
 そして、それは間違った修行法でやるのは危険である。となれば……

「そういうわけで、私が講師としてまずミナトさん達にお教えするのは、こういった基本的な知識を学ぶための座学と、同時進行で『霊力の練り方』そして『経絡系の鍛え方』になりますの。それを最低限学んで初めて、『陰陽術』の修行に移れますの」

「なるほど……よくわかりました」

 つまり、全く未知の技術を、それを扱うための基礎トレーニングも含めて、一から学びなおす必要があるわけだ。こりゃ、先は長くて険しいな……

 …………まあ、だからこそ燃えるんだけどね。

 こうして今日は、その他の簡単な説明や、今後のスケジュールなんかについて聞かせてもらった上で、若干フライング気味な講義を終え、好奇心をまた加速させていた。

 実際に学ぶ時が楽しみだ……!

 ミフユさんは同類マッドだ。『陰陽術』の初心者としての僕らにのみならず、研究者としての僕らを相手にするつもりで説明してくれれば、もっと早く進めたりもできるだろう。

 むしろそのへんは、ゆくゆくは『共同研究』みたいにして進めたいと思ってるし……ミフユさんだって、言葉の端々から、大陸の技術や理論について気になる、って感情が伝わったから。

 そんなことを考えながら彼女のことを見ていたら、笑みを浮かべている彼女と目が合った。
 ただの笑みじゃない……こらえきれない好奇心に押し上げられ、本能と衝動から浮かんでしまった笑みだろう。……こんなことが一目で直感できるあたり、つくづく『同類』だとわかるな。

 さぞかしわかりやすく説明してくれることだろう。それらを血肉にする時が、今から楽しみだ。

「手取り足取り腰取り、きちんと教えて差し上げますから、ご期待くださいですの♪」

 ちょっとばかり、いたずら心が旺盛なような気もするけど、ね?



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