魔拳のデイドリーマー

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第18章 異世界東方見聞録

第352話 カグヤ姫防衛計画

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 関所、というものを知っているだろうか?

 国境(くにざかい、と読む)……というか、領地と領地の間にあることが多い、検問所みたいなもんである。ファンタジー系の小説とかを読んでても、最近は目にする機会もあるかもね。

 主要な道を塞ぐように、門みたいな建造物が設置されていて、怪しい人物が領地に出入りしないかどうか監視する役割を持っており、そこを通るには、通行税を支払う……のではなく、『関所手形』という公的な通行許可証が必要になる。

 そして、手形を持っていないからといって、裏道を行こうとしたりすると、『関所破り』という罪になり、最悪、死刑になることもあったそうだ。

 前世の日本史の授業では、そう習った。

 けど、そういうのはきちんとした公的機関であるからして、断りなく領主とかお偉いさんが独断で設置するようなものでもなく、またきちんとした手続きを踏んでいれば、別に後ろ暗い身の上も持たない普通の商人とかが通過するには不便はない場所なのだ。

 ……本来は。

 ところが僕らは今、そういう前提条件からはありえない状況で、足止めを食らっていた。

「……ロクスケさん、もう一度聞きますけど、ここに本来『関所』なんてなかったんですよね」

「ええ、間違いなく。この道は私達が都を出立する時にも通ったが、その時はなかった」

「というか……関所って感じじゃねーよな、アレ。単に人を立たせて出入りを監視しているだけ、って感じに見えるぞ? 馬車止めの柵や門もないし、手形の確認とかもしてないぞ」

 確かに……ゴン君の言う通り、建造物とかは何もなくて、ただ人が立って、行き交う人たちに話を聞いたり、荷物を簡単に確認してるだけ、って感じだ。関所っていうより、検問だな。

「……私が出て来た時にも、あんなものはなかったと思いますが……」

「カグヤ様も見ていないと? ということは、それこそここ半日ほどの間にできたもの、ということなるのでは……」

 その言葉を聞いて、ロクスケさんが眉を顰める。

 カグヤさんが村をこっそり抜け出してあの竹林に向かったのは、今朝のことらしい。
 距離的にはそこまでじゃないから、すぐについたんだけど……彼女はその中で道に迷ってしまい、結構長いこと竹林の中にいた。僕らに会って、外に出るまで。

 あの検問所(仮)はその間、わずか半日の間に作られたと?
 ……何かあったのかな、事件とか。日本だと、凶悪犯を通さないために検問張ったりするし。

 ちなみにカグヤさん、何で迷うほど奥の方に行ったのかというと、帰り道、竹林を出ようとする途中で、危険な妖怪に出くわさないように迂回しながら来たら、来た道がわからなくなってしまったという。
 ……何というか、間の抜けた話だな。

「すいません。よく行っていた裏山とかでは、そんなことはなく、奥深くまで遊びに行っても迷わず帰って来れたので、油断してしまいました……」

「土地勘のないところであっちこっち歩き回れば、そりゃ迷子になるか……ていうか、それなら家の人だって心配して……」

 ……そこまで言って、ふと思いつく。

「……あのさ、あの関所というか検問というか……ひょっとしたら、いきなりいなくなったカグヤさんを探してるなんてことは……」

「「「…………ああ……」」」


 ☆☆☆


 結論。大正解でした。

 あの検問は、どうやら位置的に『ムコー』の村から伸びる主要な道を抑える形で急きょ設置されたものだそうで……目的は、カグヤさんの捜索。

 どうやら、誰にも何も言わずに出て来たもんだから、かどわかしか何かにあったのでは、と心配されていたようだ。

 そりゃまあ、村――っていうには結構な規模だし――で一番の豪商の娘が、休みの日にとはいえいきなり疾走したら騒ぎになるわな……。しかもその娘は、都の貴公子たちから求婚されるほどの美少女であり、仕事も手伝っていて能力もあると来たもんだ。

 心配した親というか、さっきの話にも出て来たおじいさん……商会の大旦那様が、村の治安維持を担当している役人たちに相談し、こういうことになったんだとか。

 つまり、完全にカグヤさんが引っ掻き回した形になるわけで……

「このたびは本当にご迷惑をおかけしました!」

「私共の娘が申し訳ありません。このとおり伏してお詫び申し上げます……それと共に、娘を助けていただいたとのことで、ありがとうございました!」

 検問所でカグヤさんを見つけてから、すぐに彼女の家に連絡がいき、僕らもそこへ案内され……そしてそこで、出迎えに出て来たおじいさんとおばあさんに、頭を畳の床にこすりつけるようにして感謝されている。

 言うまでもなくこの2人が、カグヤさんを育てたおじいさんとおばあさん。つまりは、豪商の大旦那さんとその奥さんだ。

 なお、カグヤさんは既にこっぴどく叱られて、その2人の後ろで小さくなっている。さすがに、自分がしたことで多くの人に迷惑をかけてしまったという自覚はあるようで、反省していた。
 今は僕らの相手をするために中断しているようだが、この後、僕らが帰ったらしばらくお説教になりそうだ。

 ところでこの場には、実は僕ら以外にも、おじいさんとおばあさんに頭を下げられている人がいる。僕ら『使者&護衛チーム』と、その監視兼案内役、そしてロクスケさん達の他にだ。

「まあ、お2人、ひとまずはよかったではないか。カグヤ殿が無事であったのだから、今はそれを喜ぼう。ロクスケ、此度のこと、大義であったな」

「は……いえ、カグヤ様を見つけられたのは偶然なりますれば。私としても、こうして何かある前に御身を保護できた幸運を喜ぶ次第です、主」

 と、横から口を挟んできた1人の男に対して、ロクスケさんは貴人らしい整った所作で頭を下げて、そう返事をしていた。

 ロクスケさんとかと同じく和装に身を包み、しかし何というか……いかにも日本史上の貴族っぽい、雅?なデザインのそれを着ているこの人は、今言っていた通り、なんとロクスケさんの主。

 すなわち、『キョウ』の都で公務に就いている役人……それもかなり上の方の地位を持つ、いわば官僚の類であり……カグヤさんに求婚している貴公子の一人、ということだ。

 貴公子、っていうには年食いすぎてる気もするけど……ひげ生えてるからそう見えるだけかな?

 その主さんは、ロクスケさんと二言三言言葉をかけた後、僕らの方を振り向いて、

「そちらの方々……異国からの使者殿であったな。私は、そこにいるロクスケの主で、キョウの都にて、町奉行の一席を担っている、オサモトと申す」

「ご丁寧にどうも。ここより遥か西の大陸にある『フロギュリア連邦』という国より参りました、大使のドナルドと申します。こちらは、部下と、護衛の者達です」

 と、僕らの代表としてドナルドが挨拶を返す。
 僕らも一応、軽く会釈を返しておく。

「左様か。此度は、キョウへ向かう道中の足を止めてしまい失礼した。何分、かどわかしの可能性もあったのでな……初動の遅れが致命的な事態になる恐れもあったため、私の一存で関を設けたのだ。そこな老夫婦たちのことは、責めないでやってくれ」

 そう言って、頭を下げる主さん……もとい、オサモトさん。

 町奉行、って言ってたな……。それってつまり、あの桜吹雪で有名なあの人と同じ……いや、そうとはかぎらないか。『奉行』って役職、結構色んな種類があったはずだからな。そもそも、ここ異世界だし。

「いえ、私共としても、大事にならずに済んだことをまずは喜びたいと思います」

 ドナルドがそう無難に返し、そのまま二言三言、お決まりっぽいやり取りが交わされる。

 まあ、ちょっとこれは流石にきちんとカグヤさん𠮟らなきゃいけない案件だとは思うものの、そのへんはご家庭にお任せするとして、僕らはここで離脱というかお別れかな。

 しかし、もう今日はそろそろ夕方に差し掛かるから、ここで宿を取るか……あるいは、野営になるかな? 最寄りの町に行くには、ちょっと時間がないようだし……

 …………と、思っていたんだが。

「『キョウ』の都までの道中の無事をお祈りする……と言いたいところだが、使者殿、申し訳ないが、皆様にはここで今しばらく動かずに滞在していていただきたいのだ」

「? どういうことでしょう? 私達は一応、『キョウ』の都におられるという『帝』からお呼びがかかったために、使者としてそこへ向かっているのですが……。こうしてカグヤ殿が戻られたのであれば、検問も解除されるのでは?」

「けんも……ああ、関のことだな。うむ、それはもちろんだが……これはまた別件なのだ。帝の命で都を目指している貴君らを足止めするのは心苦しいが、客人の身の安全を考えれば、むしろ今はここを動かない方がよいのだ。私はもともと、その件への対応で都からここに来ていたところを、『カグヤ殿が失踪した』という報告を受けて、こうして関を設けて対応したところでな」

「別件で偶然、この村にいらしていたのですか?」

「ああ。ちょうど今朝来たところで、カグヤ殿とは入れ違いになってしまったようだ。そしてその件があったから、カグヤ殿のことにここまで迅速かつ過敏に対応した、といってもいい」

「……カグヤ殿絡みで、何かあったということですか、主?」

「そうか、ロクスケ……お前はここしばらく、私の命で『宝』を探させていたがゆえに、あちこち飛び回っていたのだったな。ならば知らなくとも当然か……使者の方々にも、お引止めする以上は事情をお話しさせていただかねばなるまいな。済まぬがご両人、奥の部屋を貸してくれるか」

「ははっ!」

「すぐにご用意いたします」

 さっきからずっと平伏しているおじいさんとおばあさんは、オサモトさんの言葉にすぐさま立ち上がって、言われた通り部屋を用意するのだろう、一礼して家の奥に歩き去った。

 後に残ったのは、しばらく待つことになった僕らと……何やら不安そうな表情になっている、またしても何かのトラブルの渦中にあるかもしれない、カグヤさん本人だけだった。



 それから十数分後、
 無関係な部外者に聞かれないよう、さっきよりも屋敷の奥の方にある部屋に通されて――当然ながらここも床は畳である――出された座布団に座る僕らは、オサモトさんから今回の彼の『仕事』……すなわち、カグヤさんに関係するという、疾走とは別な何かについて聞かされていた。

 しかし、その内容が、またちょっと突拍子もないもので……

「……はい? 月から、迎えが来る?」

 そんな言葉が大真面目にオサモトさんの口から出て来たことで、僕ら一同……使者代表であるドナルドやオリビアちゃんはもちろん、エルクやザリーといったその他メンバー、さらにはオサモトさん自身の部下であるロクスケさんまで、皆そろって唖然としていた。
 
 無理もないけどね、いきなりこんなとんでもない話聞かされちゃ。

「……そのような反応になるのも無理もないとは思うが、嘘偽りなく正直に話している。いや正確には……言われたことを正確に伝えている、と言った方がいいか」

「……? 誰かからの伝聞なのですか?」

「うむ。その『月よりの使者』だと名乗る者と……そこにいるカグヤ殿の両名から、な」

 その言葉に、必然、カグヤさんに視線が集まる。
 一気に注目されて、カグヤさんは少し気まずそうに……しかしそれ以上に、恐縮すると言うか、申し訳なさそうにしていた。

「……ええと、申し訳ない。ご説明いただいたのはありがたいのですが、それでもまだ……」

「わかっているとも。順序立てて最初から説明させてもらうゆえ、しばし時間をくれ」



 事の発端は、2週間ほど前のこと。

 窓から月を眺めて泣いているカグヤさんを見たおじいさんとおばあさんが、何かあったのかと彼女を心配して話を聞いたところ、『自分は月からやってきた。だから、月に帰らなければならない。間もなく迎えが来る』と言ったのだという。

 それと時を同じくして、『月からの使者』を名乗る謎の男が、おじいさんとおばあさんのところにに現れ、『次の満月の晩にカグヤを迎えに行く。邪魔や抵抗をするな』と告げたのだそうだ。
 男はそれを伝え終えると、おじいさん達の制止を振り切って、その場から姿を消した。

 歩き去ったのではなく、その場で、掻き消えるように消えたのだという。転移か?

 そして、その『次の満月』というのが、今日の夜なのだという。なんてタイムリーな。

 そして、その説明の間……カグヤさんは何も言わずそれを聞いていて、最後に『……ということで間違いないですな?』とオサモトさんが聞いた時も、

「……はい、全てその通りです」

 そう、はっきりと認めていたので、デタラメってわけでもないようで。

 余りの話に、僕ら一同唖然としている。唖然とするしかない。

「……念のために聞きますが、『月』というのは、空に浮かぶあの月で間違いないですか?」

「うむ、そのようだ。話が真実ならばな」

「人が棲んでいるのですか!? あそこに……というか、カグヤさんは、あそこにいたと?」

「はい。……ですが、申し訳ありません。月でのことは、誰にも、何も話すことを許されておりませんので……何も教えられないのです」

「……とんでもない話になっているようですわね……」

 何から何まで想像の埒外にある話が出て来たことで、公務の場では常に毅然とした態度でいるオリビアちゃんも、流石に動揺を隠せない様子でそう言った。

 目の前にいる女の子が、実は月から来た宇宙人だっていうんだから。いや、この世界に宇宙人とか、そもそも宇宙っていうものの見方・考え方があるかって聞かれると微妙だが。

 エルク他のメンバーも同じような感じだ。あまりに予想外な話についていけていない。

 僕はというと……かぐや姫というか、『竹取物語』の展開ないし設定がそうだから、これまでのこととかを考えるともしかして、とは思ってたけど、まさか当たるとは思わなかった……。

 鵜呑みにできるかって言われるとそれも微妙ではあるけどさ。
 さすがに『私宇宙人です』って言われてすぐには……うん。

 ……どうしよう、これ。

 いや、カグヤさんの今後と言うか、月に帰っちゃう云々ももちろん大事だし、大変だ。
 僕らは部外者だから、この国内部でのもめごとに手だしするのはちょっと問題あるけど、そもそもこの国というか、この星を飛び出した規模の話になってきかねないよな、この話がホントなら。

 この問題に対して、僕らがどういう対応を取るべきなのか、あるいはそもそも関わらないようにするべきなのか……判断はいつも通り、ドナルドに委ねることになるだろうが。

 そして何より……

(もしも本当にカグヤさんが宇宙人で、月にそんな都市が存在するなら……これは『D2ラボ』でただちに宇宙開発を進めなきゃならないけど……)

 騒ぐ。
 マッドの血が騒ぐ。

 危険だと知っててもなお、それに飛びついて研究せずにはいられない、マッドサイエンティストの知識欲が、探求心が、研究衝動がうずきまくる。

 いずれは宇宙にも進出したいとは思ってたが、それはこの星を探検しつくしてからと思っていた。しかしこれは、予定を繰り上げる必要性があるかもしれない。オルトヘイム号を、単なる浮遊戦艦から宇宙戦艦に改造する時が近いかもしれない。

 多分コレ師匠に伝えたら、同じ反応するだろう。どうしよう、止められるか微妙だな。いやでも、その前にこの件についてマジもんだと立証しないといけないよな、うん。ここはひとつ師弟力を合わせて……

 なんて不穏なことを考えていると、ふと気になる話が聞こえて来た。

「……どうしよう、ミナトが目を輝かせてる。こいつ絶対月に行くとか言い出すわよ。ヤバい好奇心刺激されてる時の目だわ」

「セレナさん……だけじゃ力不足ですね。誰か説得、あるいは力づくで止めてくれそうな人に相談を……いや、まずいです。ミナトさんを止められそうな人って、大半はむしろこの話題に飛びついて一緒に冒険しようとか考えそうな人ばっかり……」

「あー、クローナさんとかお義母さまとかそんな感じよね。アイリーンさんも望み薄だし……テーガンさんも微妙かな……エレノアさんとテレサさんはいけそうじゃない?」

 それは、僕の暴走を早くも予期しているエルク、ナナ、シェリーの、いかにして僕というマッドを抑え込むかという、割と必死な密談……………………ではなく、

 その反対側で交わされている、カグヤさんの関係者達の話だった。

「ああ……風の噂に聞いてはいましたが、まさか『月の使者』が実在したなんて……」

「しかも、うちのカグヤを攫いにくるなんて! おお、オサモト様、どうかカグヤを、私達の娘をお守りください……!」

「もちろんだ、ご両人。兵も十分連れてきておる。この機会に連中を一網打尽にして、今までに連れ去った者達も助け出して見せようぞ」

 ……? 今、気になること言ってたな?

(風の噂で聞いていた? 今までに攫われた?)

「……あの、すいません。その『月の使者』っていう連中……現れるのは、今回が初めてじゃないんですか? 今までの犠牲者が、とか言ってましたけど」

 つい、そう僕が聞いてしまったけど、オサモトさんは気にした様子もなく、

「ん? ああ、そういえば言っていなかったな。その通りだ……あー……」

「あ、すいません。護衛のミナトといいます」

「そうか。ミナト殿の聞いた通り、『月よりの使者』を名乗る輩は、今までにも何度も現れているのだ。そう頻繁にというわけではなく、平均して、何年かに1度、といったところだな。もっとも、そのいずれでも……彼らが本当に月の使者だということを証明できてはいないのだが」

 聞けば、『月よりの使者』による誘拐事件は、今までに何度も、それも『ヤマト皇国』全域で発生しているという。それも、ここ数十年もの間。

 手口は今回と同じ。人間の社会に紛れて生活していた『月の住人』を迎えに行くと言って、事前にその保護者や上司なんかのところに現れ、決まって『次の満月の夜』に迎えに行く。

 迎えには、まるで貴人の行脚のように、多数の牛車や馬車、従者や護衛と思しき者達を引き連れ、あたかも要人を迎えに行くような一団が現れる。楽団すら伴っており、雅な演奏を響かせながらやってくるのだという。

 成程、『次の満月』云々はともかくとしても、僕の知ってる『竹取物語』の最後に出て来た月からの迎えと同じような感じだ。

 ……しかし、ちょっと聞き逃せないというか、気になる点もあったな。全部で3つ。

 1つ目は……その連中が現れる手段について。

 空からやってきたという者もいれば、何もないところにいきなり現れたという者もおり、その目撃例ははっきりしない。一定ではないのだ。

 2つ目は……連中が攫って行く人物について。これも、どうも人物像が一定ではない。
 ある時は農民、ある時は町人、ある時は侍、ある時は貴族……毎回、攫っていく者は身分も場所もバラバラで、そこに統一性、ないし共通点が見いだせないのだという。

 そして3つ目。
 僕が知ってる『竹取物語』では、月の使者に対し、かぐや姫を守るために帝が差し向けた軍勢は、矢を射かけたりして戦いを挑んだようだけど、その矢は1本も届かず、さらには軍勢は摩訶不思議な術で1人残らず眠らされ、ろくに抵抗もできないまま、かぐや姫は帰ってしまった、とあった。

 しかし、こっちでは……

「おやめください、オサモト様! 今までの事件でも、抵抗して戦いを挑んだものは、『月の使者』の圧倒的な力で蹴散らされてしまったと聞きます! 私を守るために、兵の皆様に犠牲を……」

「何を言うカグヤ殿、そのような心配は無用だ。私が連れて来た兵たちは決して軟弱ではないし、『陰陽術』の使い手も何人も連れてきているのだ。この機に賊共を壊滅させてやるつもりでな。いかなる敵が相手であろうとも、必ずやあなたを守ってみせよう!」

 ……どうやらこの世界では、『月の使者』は邪魔者を武力で排除するらしい。物騒だな……

 カグヤさんは、自分のことを守るために戦いが起こることを忌避してか、オサモトさんに兵を引いてもらうように頼んでいるが、どうやらオサモトさんにそのつもりはなさそうだ。

 というか聞いてる感じだと、昨今世間を、頻繁にではないとはいえ騒がせているその連中を、公務として捕縛ないし処断するために軍を動かしている、っていう側面もあるようだ。『奉行』としての仕事の一環なのかもしれない……それなら、引くことはできないか。
 むしろ、戦闘を前提にして動いているわけだ。

 そして、僕らに『今日は動かないでほしい』と言って来た理由だが……どうもここ最近、その『月の使者』の一味と思しき怪しい男たちが、周辺で何度も目撃されているらしい。

 さらには、過去に会った誘拐事件の際、ターゲットになった人の他に、その周辺にいた、無関係だったはずの別人が襲われたり、誘拐されたことも、何度かあったんだとか。それも、戦闘が起こるより前に、その場所から出て行こうとした人が。
 そのイレギュラーに誘拐された人についても、共通点は依然として不明。

 ターゲットが逃げ出さないように監視ししているとか、逃げ出そうとした者達の中にターゲットがいるかもしれないとみて襲った可能性を考えているそうだ。

 つまり、今日……とは限らないか。予告してから数日の間に、ターゲットがいる町や村を出ていく怪しい馬車やら何やらは襲われる危険があると。
 
 ここから一番近い、この規模の馬車隊が宿を取れるような村は、今すぐ出発しても到着は深夜になる。夜遅くの行軍は、危険だってことか。
 同じ理由で野営も危険。なら、この村で宿を取った方がいい、とのこと。

「……でも、今夜この村で戦闘行為があるんですよね? 余計危険じゃないですか?」

「防衛戦自体は、山のふもとにある、カグヤ殿の離れ屋敷に布陣して行うことになる。攻めにくく、守りやすい地形が幸いしてな、条件は我々に有利なのだ。村からは十分に離れているゆえ、村に住む民を巻き込むことはないし、念のためこの村にも守りの兵は残しておくつもりだ」

 ふーん……ホントに大丈夫かね?

 まあどっちみち、今の話を聞いたら、夜間の行軍や野営もちょっと遠慮したいところではある。消去法になるけど、確かにこの村に留まるしかないか。

 ……何も起こらないといいんだけどな。
 いや、望み薄なのはわかるけどね、ここまで聞いたら。



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