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第17章 夢幻と創世の特異点
第330話 中途半端な終わりの裏で
しおりを挟む「うーん……不完全燃焼」
「仕方ないでしょ、キャンセル入っちゃったもんは……私らは基本、依頼人の都合に合わせて動くもんなんだからさ。そういうのがないこれまでが順調すぎたといえばそうなわけだし」
「そりゃわかってるけどさ……」
なまじ、興が乗ってきたというか、状況を楽しめていたところだったから、余計にね……。
今僕は、既に拠点である『キャッツコロニー』に戻ってきている。
あの後、急転直下というか……あれよあれよという間に事態が進んで、あの特殊な『模擬戦』の依頼はすぐに終わってしまったのだ。きれいさっぱり。
内容は教えてもらえなかったけど、第一王女様曰く、『タランテラ』が出動しなければならないレベルの案件が発生して、そっちに大至急対応しなければならなくなったらしい。
ゆえに、僕とのあの『模擬戦』はキャンセルされてしまったというのだ。
……そりゃ、こういうことも往々にして起こるもんだっていうのは、エルクの言うとおりそうなんだろう。結局は依頼人の都合なわけだし。
けどさあ……『タランテラ』の娘たちとの知恵比べとか、出し抜かれないように色々警戒して罠張ったりとか、そういうのもいい経験になるなと思ってたし……
何か第一王女様の思惑が見え隠れしてたとはいえ――『そういう意図あったんですか?』って聞いてみたらはぐらかされた――普段はできない、貴族の仕事だの生活ってやつを体験できたのは、割と楽しんで行えていたのだ。
意味合いは違ってくるだろうけど、現実世界で、子供が大人の仕事を体験してみるテーマパークが大人気だった理由が分かった気がした。
これからいよいよ、仕込みとか下調べも終えて、本格的に攻勢をかけてくるだろう。どんな手で来るかな、忍び込んで盗もうとするのか、あるいはまた変装してくるのか、はたまたハニートラップ? それとも僕には想像もつかないような特殊部隊の手練手管か……
……そういうの、まるっとないままに終わってしまった。
いや別に、僕は戦闘狂でも何でもないから、バトルとかがなかったことを残念だと思うつもりはないけどさぁ……あの時から皆、どのくらい強くなったのかとか、どんなことができるのか、できるようになったのかとか、興味はあるしさあ。
ついでに言えば、あの、最初にシェリーに変装……ないし変身してたのが誰で、どんな手を使ってたのか……それもわからないままになってしまった。
……うん、やっぱり『不完全燃焼』。この一言に尽きるな。
「……それに結局、例の『最後の1人』も……誰なのかわかんなかったな」
ターニャちゃんに持ってきてもらったアイスコーヒー(シロップたっぷり)を飲みながら、そんなことを思い出す。
特種部隊『タランテラ』は6人構成。隊長のカタリナさんを筆頭として、副隊長のメガーヌ、その下にマリーベル、ミスティーユ、ムースがいるわけだが……残り1人。僕が知らないメンバーがいたはずだ。恐らく、今回の『模擬戦』で明らかになるはずだった。
それもかなわず、そして結局紹介もしてもらえないまま、彼女達はどこかに行ってしまったのである。
いやまあ、情報が秘匿されてる特殊部隊の人間を部外者に紹介とか、そんなんよく考えたらしなくて当たり前だけどさ……知れるはずだったものが分かんなくなるって、余計気になるでしょ?
誰っていうか、どんな人だったんだろう……6人目。
「何か、そこそこ気に入ってた漫画が打ち切りになったみたいな気分……」
「またわけのわからない例えを……」
でもまあ、気にしててもしょうがないよね。
このやるせない気持ちは研究に向けよう。ちょうど今、『ブラックホール爆弾』の調整がいい感じに進んでたところだったから、その続きを……
「よくわからないけど危険な匂いがした」
うちの嫁は相変わらず鋭い。
☆☆☆
ミナトがエルクにツッコミのハリセンをばしん、と叩き込まれていたその頃、
ネスティア王国は王城、第一王女メルディアナの居室にて……その部屋の主は、自分の仕事である政務をさらさらとこなしながら、執務机の前に控えているイーサから、報告を受けていた。
「なるほど、では、ミナト・キャドリーユとはきちんと話をつけたのだな?」
「はい。途中でやめることになって少々不満そうでしたが」
「ふむ……楽しんでやれていたのであれば、そのまま続けさせたかったのだがな。せっかく、奴にとっても得な職業訓練だったのだから」
「……やはり、あやつにあの『模擬戦』をさせたのはそのためでしたか」
はぁ、とため息をつくイーサは、メルディアナのセリフからその意図を察した。
ミナトも予想していた通り、彼女はミナトに、将来、貴族などの上流階級の世界でやっていけるようにという意味も込めて、その世界を少しずつ知ることができる機会、という意味も持たせて、今回の『模擬戦』をセッティングしていたのだ。
と言っても、それは将来、メルディアナがミナトをネスティア王国に迎えるため、というわけではない。
無論、そうできるのなら躊躇わないだろうが、少なくとも今、彼女にその意図はほぼなかった。
……全くないわけでもなかったが。
「これから先、あ奴は……我が国に限らず、様々な国の上の方と関わることが増えていくだろう。その時に必要なスキルを、今のあ奴はほとんど何も持っていない」
「ふむ……物腰は柔らかく、礼儀正しい。本人も『検挙と誠実が美徳』じゃと価値観を語っていたのを覚えておりますがの?」
「……イーサ、貴様わかってて言っとるだろう? あいつが粗暴だとか礼儀知らずだとか、そういうことを問題にしてるんじゃない……奴がいい意味で『経験不足』だということを問題にしてるんだ」
ネスティア王国では、メルディアナをはじめとした首脳陣が、『リアロストピア』の一件を教訓にして徹底的に指導しているため、ミナトに対してそういう感情を向けたり、何かしら強引な手段に出るようなものはいないと言っていい。
しかし、今メルディアナが言ったような考え方の者は、少なからずいるものだ。
ネスティア王国のみならず、他の国にも。
それが単なる武力であればともかく……マリーベルがミナトに対して警告していたように、そういう輩が使う手というのは、単に『強い』だけの力とは限らないのだ。
むしろ、強いだけでは防げないような力を使い、目当てのものを手に入れることこそ多い。
ミナトが強くて誰もかなわないなら、戦わなければいい。
必要な情報だけを盗む、ミナト以外の仲間を狙う、時間をかけて信頼させる……方法は様々あるが、そういった謀略を相手にした経験が、ミナトにはまだ少ない。
強すぎる力と優秀すぎる頭脳で、あっという間にここまでのし上がってきたがゆえに、本来ならば上にのし上がってくる段階で必然経験するはずの、酸いも甘いも、といったような経験が、不足しているというか、偏っているのだ。
例えば貴族なら、生き馬の目を抜くような階級社会で生きていくうちに、腹芸や政争のノウハウというものを学び取っていくものだ。そうして足場を盤石にしたうえで、大人になる。
無論、そういうものに縁のない……平民などであれば、そんなノウハウなどなくても困らないが、ミナトのように、これから間違いなく『上流階級』ないし、国などを相手に仕事をする機会も増えてくるような者にとっては、これらのスキルの欠如はかなりまずい。
言質を取って上げ足を取るような形ではめようとしてくるのか、はたまた密偵を忍ばせて情報や物品をかすめ取ろうとしてくるのか……いずれにせよだ。
傍らにいる、ナナやクロエ、ネリドラといった元貴族組が補佐をしても厳しいだろう。いざとなればアリスを派遣するつもりではいるが、それでもメルディアナは安心できないと思っていた。
いざとなれば、ミナトにはそういう謀略の類を力技で食い破るだけの実力があるとわかっていても……いや、わかっているからこそ不安になるのだ。
(奴自身からすれば、そんな不義理を働く愚か者のことなど知ったことではないだろうし、私自身相手の危険度も知らずにバカなことをやる無能など知らんと言いたいが……極端な話、そういうことがあるたびに、大貴族や国を消されても困るし……な)
なまじ、そういうことを考えるのは、権力に自信のある中~大貴族が多い。
そのレベルの貴族になれば、分別というものもきちんとわきまえている家も多いが、腐敗している家もどうしてもどこかにはある。
かといって、『仕方ない、我慢しろ』などと言うつもりはないし、そんなことを言った日には、ネスティアはミナトに愛想をつかされるだろう。
それを考えて一番都合がいいのは、『何も起こさせない』ことだ。
結論から言って、ミナトの方に、貴族達の謀略を退けるだけのノウハウや警戒心、防犯・警備絡みの能力があればいいのだ。
防犯については、テクノロジーのレベルで考えれば、十分すぎるほどだ。各国の最精鋭部隊が全力で挑んだところで、『混沌の賢者』とすら称されるミナトの作り上げた防御機構を抜いて目当てのものを手にすることなどできないだろう。
だが、ミナトが優しいがゆえに生じる油断や、『そんな可能性は考えもしなかった』などという、警戒の隙間を突くような形で不測の事態が起こるのはまずい。
また、政争にも疎いと言わざるを得ないミナトに対し、裏の裏を常に読むような貴族同士の腹芸前提のやり取りを仕掛けられ、そこで不覚をとるようなことになる、というのもまずい。
例えその後力技で解決できるとしても、まずい。余計に。
それらを水際……とまでは言わないが、大ごとにならないように食い止めるだけの知識を、経験を、ミナトが積んでくれれば、それだけで問題は劇的に改善する。
(こういう思考自体、『押し付け』なのだというのはわかるのだが……事実、これからミナトがこの大陸で生きていく上では、必要なスキルだからな。それを学ばせようという意図もこめて、この模擬戦を企画したというのに……)
「あの、山の向こうの国は……よりにもよってこの時期に、本当に、ろくなことをしない……っ!」
苛立ちを隠すこともなく、手に持っていた上質な羽ペンの柄がきしむほど強く握るメルディアナだが、すぐにその気持ちを落ち着けて、イーサに向き直る。
「そのあたりの対処はまた今度考えるとして……イーサ、貴様からも今回の件の対処には携わってもらうぞ。ともすると連中、いよいよ何かしらの形で動き出すつもりなのかもしれんからな」
「承知しました。……軍人がこういうことをいうのはどうかと思いますが……起こってほしくはないのですがな、戦争などというものは」
「ああ、全く同感だ……言って聞く連中じゃあないがな」
壁にかけてある、大陸の地図を模したタペストリー。
その北部に、東西に広く広がっている『チラノース帝国』の表記を睨むように見ながら、メルディアナはその日、何度目かになるため息をついた。
始まりそうで始まらなかった、ミナトと、『タランテラ』達の手練手管の比べ合い。
その時は……本来想定されていたのとは違う形で、しかし、そう遠くない未来に訪れることになるということを……今はまだ、誰も知らない。
…………ごく一部を除いて。
☆☆☆
「人という種族の……ああ、『人間』という意味ではありませんよ? 人間、エルフ、獣人、さらには竜人や亜人希少種などの存在にとって、歴史の転換点において、常に、といっていいほどに起こってきたことは何かわかりますか、バスク?」
「そりゃまあ、『戦争』だろうねえ……人って種族は、アホな理由で、しかも真剣に簡単に同族同士殺し合うから。野生の獣とか魔物なら、原始的ではある分、本当に必要だと思わなきゃそんなことしないもんだってのにさ」
「その通り。ですが……それがこの世界を進歩させてきたのも事実です。滅びの道と背中合わせの危うい手段でありながら、その『戦争』の旅に、人は自らの持つ剣を鋭くし、鎧を堅固にし、魔法を鮮やかに、その肉体や精神すら力強いものに変えていった。停滞し、惰眠を貪ったり他者の足を引っ張るばかりの者が蔓延した世の中を前に進めるのに、最適なピースです」
「まどろっこしい言い方はよしなよ、総裁さま。やるんだろ、いよいよ?」
そう言って、ソファに腰かけていた、テンガロンハットのような帽子が特徴的な、軽い感じの口調の男……バスクは、すっくと立ちあがって、部屋の真ん中にある机の前にいく。
その机についている、病的なまでに白い肌に黒髪、赤い目が特徴的な男……バイラスは、椅子の背もたれに体を預けながらも、目の前で顔を覗き込むようにしているバスクに笑みを返す。
「ウェスカーはまだ『調整』の最中ですので動かせませんし、ドロシーも『ジャスニア』で色々と動いてもらっている最中です。近々『彼』も来るようですし、対応を考えると動けないでしょう。『彼女』を連れていくといい」
話ながら、バイラスは机の中から1通の封筒入りの手紙を出し、バスクに投げてよこした。
「これは?」
「欲しがっていた情報の一部だ、と伝えればわかります。その時に同行を打診すれば、いい返事がもらえるはずです。チラノースは彼女の……セイランの故郷だ、案内人には最適です」
「それを連れてく俺の苦労は増しそうだけどねー……やれやれ、こりゃ骨が折れるなあ」
そう言いながらも、バスクは手紙を懐にしまうと、さして重くもない足取りでその部屋を後にした。
この後自分が赴く『仕事場』が、ともすれば戦場に変わりかねない激地だと知りながら、悲壮感や緊張は微塵も感じさせることなく。
同じように、何ということもないように、バイラスも彼を送り出し……扉が閉まると、彼も机の上に広がっている、自分の仕事に向き直るのだった。
「まず、第一歩。残るべきものを残し、それに値しないものを滅ぼすための……人の世を叩きなおすための、輝かしい最初の一歩です」
そこには、同時刻にメルディアナが睨みつけていたタペストリーと同じ、大陸の地図が紙に記されていて……バイラスの視線も、同じように、その北の国を捕らえていた。
―――――――――――――――――――
ちょっと今プロット等見直してまして……展開とか順番に無理がある部分とか見直すために。
後程、この章のタイトルとか変えるかもしれません。その時はご容赦ください。
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