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第五章 お紅茶は如何かしら?
共演は絶対NG
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打ち合わせは小一時間ほどで了った。
柳川がショックを受けるのでは、という健悟とマネージャーの心配の火種は、
「お紅茶セット? 下品だなあ、何だよこのお菓子。不味そうだし、絶対売れないよ、こんなの」
という柳川の感想で鎮火された。『おとなのオモチャ』の件は伝えなかったが、いづれ柳川が識ることになったとしても、この調子なら笑い飛ばして了りだろう。健悟は胸を撫でおろした。
結論としては、顧問弁護士の白洲がフリマサイトに通報し、同時に事務所とファンクラブの公式サイトを通じて、非公認グッズに関する注意喚起をお知らせすることになった。
「あとは萬屋がどう出るかだな」健悟は胸の前で両腕を組んだ。「なかなか執念深いからな、あの丙午は」
「手は搏ってあります」マネージャーがすまし顔で云った。「夕方のニュースで取りあげてもらうことになりました」
「夕方のニュース?」健悟が訊いた。「あの下品なクッキーが電波に乗るのか?」
「まさか」マネージャーが笑った。「さっき席を外したついでに、知り合いの女性記者に情報を流しておきました。彼女も柳川のファンなのですが、お紅茶マダムのことを心良く思っていないんです」
「で、どんなニュースなんだ?」健悟は身を乗り出した。
マネージャーが応えた。「それは見てのお楽しみ、ということで。その代わり交換条件として——」こんどは柳川のほうを向いて云った。「ちょっとしたインタビューをこれから入れます。うえの璃子の件、ファンに向けて否定してもらいますから」
マネージャーのスマホが鳴った。通話に出る。彼は、お疲れ様です、と云いながら窓のほうまで進み、窓から外を見下ろした。「了解です。今、降りますので少々お待ちください」
マネージャーがこう云って席を外すと、白洲もフリマサイトへの報告をまとめると云って部屋を出ていった。
会議室には健悟と柳川のふたりが残った。
——なあ、相棒。そういうことだよな?
——ああ、今のうちに柳川を説得してくれってことだ。
——インタビューが始まるまでに、か……。
さてどうしたものか。
健悟は、スマホをいじるふりをしながら、考えを巡らせた。
ここが事務所でなければ——ラブホテルやどちらかのマンションであれば——柳川を押したおして、素っ裸かにひん剝いて、尻をがんがんに振りたててやれば一発だ。足りなければ朝まで何発でもやれば好い。
雄のフェロモンを撒き散らすのもひとつの手だが、関係ない人たちまで巻き込んでしまう。
やはり正攻法でいくしかない。
うえの璃子の本性を……。
いや、柳川には刺戟が強すぎる。目の前のイケメン俳優は、童貞のお坊っちゃまだ。萬屋の『お紅茶セット』ぐらいなら軽い下ネタジョークとして笑い飛ばせても、愛理が送ってくる『すっごいスキャンダル』を耳にしたら卒倒するかもしれない。愛理のことだ。相当危いネタを送ってるはずだ。
柳川がため息を吐いた。「親分も反対ですか、璃子ちゃんのこと?」
「先ずは映画に集中しろ。役作りを始めたばかりだろ」健悟は即答した。
「それはそうですけれど……」
「それに何処で会うかわからない。いっそ共演NGにしておくんだな。俺からマネージャーに云っておいてやる」
「そんな……」柳川はうつむいた。「これじゃあ、まるで『ロミオとジュリエット』じゃないですか」
「で、その『ロミオとジュリエット』は最後どうなった? ふたり揃ってお陀仏だ」健悟は頭を掻いた。「ああ、外国の話だったな。『お陀仏』じゃなくて——」
「——天に結ぶ恋」
柳川がくすっと笑った。我が意を得たり、とでも云いたげな表情で健悟を見つめる。
健悟は、柳川に目を据えたまま頬杖をつき、ため息を吐いた。「おまえなあ……」
柳川がふいにスマホの画面を健悟に見せた。「ほら、親分。璃子ちゃん、可愛いでしょう? 清楚で可憐で——」
柳川は饒舌になって、うえの璃子の画像のひとつひとつについて熱弁した。「動画も観ます?」
それは、ドッグフードのCM動画だった。
小柄な少女とモフモフの大型犬が出てくる。散歩中、まったく云うこと聞かない大型犬に振りまわされる少女。しかし彼女が散歩から帰宅してドッグフードの箱を鳴らすと、大型犬が途端に従順になるという他愛のない筋立てだった。
完全に騙されている……。柳川だけでなく、ドッグフード会社も広告代理店も所属事務所もCMを観ている世間も。健悟は眉を顰めた。
——なあ、相棒。あの大っけえ犬、俺への当てつけだよな?
——多分な。毛むくじゃらの大型犬が餌に釣られて大人しくなる。その餌ってのが……。
——わかってらあ。
柳川がCM動画をもう一度再生した。自分のことのように声を弾ませる。「このCM、璃子ちゃんもアイデアを出したそうなんです。小型犬じゃなくて大型犬にしたいって」
図星だった。
愛らしい動画は、二度目に再生されたとき、健悟の目に、自分と璃子のセックス動画のように映った。
健悟はかぶりを振ると、席を立ち、窓のほうへ歩いていった。「それよりインタビューでどう話すかを考えるんだな」
外ではマネージャー立会いのもと、何か取材をしているようだった。カメラを担いだ男とロングヘアの女が事務所から少し離れたところにいる。夕方のニュースか……。
そのとき、あろうことか股間の相棒が反応した。
ジーンズの前があからさまに膨らんでいる。下帯が貞操帯代わりになってくれているが、突っ張って痛いくらいだ。出来ることなら、ほどいて解放してやりたい。
「柳川、トイレ何処だ? ちょっと行ってくる」
「俺もちょうど行きたいと思ってた」
「あん?」健悟は肩ごしにふり返った。
「関東の連れションだよ」柳川は席を立つとドアの前に立ち、高級ホテルのドアマンのように恭しく開いた。「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
健悟は、分厚い手のひらで額から顎までを撫でおろした。
柳川がショックを受けるのでは、という健悟とマネージャーの心配の火種は、
「お紅茶セット? 下品だなあ、何だよこのお菓子。不味そうだし、絶対売れないよ、こんなの」
という柳川の感想で鎮火された。『おとなのオモチャ』の件は伝えなかったが、いづれ柳川が識ることになったとしても、この調子なら笑い飛ばして了りだろう。健悟は胸を撫でおろした。
結論としては、顧問弁護士の白洲がフリマサイトに通報し、同時に事務所とファンクラブの公式サイトを通じて、非公認グッズに関する注意喚起をお知らせすることになった。
「あとは萬屋がどう出るかだな」健悟は胸の前で両腕を組んだ。「なかなか執念深いからな、あの丙午は」
「手は搏ってあります」マネージャーがすまし顔で云った。「夕方のニュースで取りあげてもらうことになりました」
「夕方のニュース?」健悟が訊いた。「あの下品なクッキーが電波に乗るのか?」
「まさか」マネージャーが笑った。「さっき席を外したついでに、知り合いの女性記者に情報を流しておきました。彼女も柳川のファンなのですが、お紅茶マダムのことを心良く思っていないんです」
「で、どんなニュースなんだ?」健悟は身を乗り出した。
マネージャーが応えた。「それは見てのお楽しみ、ということで。その代わり交換条件として——」こんどは柳川のほうを向いて云った。「ちょっとしたインタビューをこれから入れます。うえの璃子の件、ファンに向けて否定してもらいますから」
マネージャーのスマホが鳴った。通話に出る。彼は、お疲れ様です、と云いながら窓のほうまで進み、窓から外を見下ろした。「了解です。今、降りますので少々お待ちください」
マネージャーがこう云って席を外すと、白洲もフリマサイトへの報告をまとめると云って部屋を出ていった。
会議室には健悟と柳川のふたりが残った。
——なあ、相棒。そういうことだよな?
——ああ、今のうちに柳川を説得してくれってことだ。
——インタビューが始まるまでに、か……。
さてどうしたものか。
健悟は、スマホをいじるふりをしながら、考えを巡らせた。
ここが事務所でなければ——ラブホテルやどちらかのマンションであれば——柳川を押したおして、素っ裸かにひん剝いて、尻をがんがんに振りたててやれば一発だ。足りなければ朝まで何発でもやれば好い。
雄のフェロモンを撒き散らすのもひとつの手だが、関係ない人たちまで巻き込んでしまう。
やはり正攻法でいくしかない。
うえの璃子の本性を……。
いや、柳川には刺戟が強すぎる。目の前のイケメン俳優は、童貞のお坊っちゃまだ。萬屋の『お紅茶セット』ぐらいなら軽い下ネタジョークとして笑い飛ばせても、愛理が送ってくる『すっごいスキャンダル』を耳にしたら卒倒するかもしれない。愛理のことだ。相当危いネタを送ってるはずだ。
柳川がため息を吐いた。「親分も反対ですか、璃子ちゃんのこと?」
「先ずは映画に集中しろ。役作りを始めたばかりだろ」健悟は即答した。
「それはそうですけれど……」
「それに何処で会うかわからない。いっそ共演NGにしておくんだな。俺からマネージャーに云っておいてやる」
「そんな……」柳川はうつむいた。「これじゃあ、まるで『ロミオとジュリエット』じゃないですか」
「で、その『ロミオとジュリエット』は最後どうなった? ふたり揃ってお陀仏だ」健悟は頭を掻いた。「ああ、外国の話だったな。『お陀仏』じゃなくて——」
「——天に結ぶ恋」
柳川がくすっと笑った。我が意を得たり、とでも云いたげな表情で健悟を見つめる。
健悟は、柳川に目を据えたまま頬杖をつき、ため息を吐いた。「おまえなあ……」
柳川がふいにスマホの画面を健悟に見せた。「ほら、親分。璃子ちゃん、可愛いでしょう? 清楚で可憐で——」
柳川は饒舌になって、うえの璃子の画像のひとつひとつについて熱弁した。「動画も観ます?」
それは、ドッグフードのCM動画だった。
小柄な少女とモフモフの大型犬が出てくる。散歩中、まったく云うこと聞かない大型犬に振りまわされる少女。しかし彼女が散歩から帰宅してドッグフードの箱を鳴らすと、大型犬が途端に従順になるという他愛のない筋立てだった。
完全に騙されている……。柳川だけでなく、ドッグフード会社も広告代理店も所属事務所もCMを観ている世間も。健悟は眉を顰めた。
——なあ、相棒。あの大っけえ犬、俺への当てつけだよな?
——多分な。毛むくじゃらの大型犬が餌に釣られて大人しくなる。その餌ってのが……。
——わかってらあ。
柳川がCM動画をもう一度再生した。自分のことのように声を弾ませる。「このCM、璃子ちゃんもアイデアを出したそうなんです。小型犬じゃなくて大型犬にしたいって」
図星だった。
愛らしい動画は、二度目に再生されたとき、健悟の目に、自分と璃子のセックス動画のように映った。
健悟はかぶりを振ると、席を立ち、窓のほうへ歩いていった。「それよりインタビューでどう話すかを考えるんだな」
外ではマネージャー立会いのもと、何か取材をしているようだった。カメラを担いだ男とロングヘアの女が事務所から少し離れたところにいる。夕方のニュースか……。
そのとき、あろうことか股間の相棒が反応した。
ジーンズの前があからさまに膨らんでいる。下帯が貞操帯代わりになってくれているが、突っ張って痛いくらいだ。出来ることなら、ほどいて解放してやりたい。
「柳川、トイレ何処だ? ちょっと行ってくる」
「俺もちょうど行きたいと思ってた」
「あん?」健悟は肩ごしにふり返った。
「関東の連れションだよ」柳川は席を立つとドアの前に立ち、高級ホテルのドアマンのように恭しく開いた。「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
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