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2章 カタハサルの決闘

6.父の記憶

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  ◇

 コールの売買を行う商人ダオスタは、遠くの海に小さく浮かぶ島を指差ゆびさして言った。

「ルカさん、あの島を覚えておられますか?」

「…覚えてない。」

 オレは表情も声色も変えずに答えたが、鼓動こどうは早くなり、目頭も熱くなっていた。

「そうですか。あの島はセロスと言います。名前ぐらい覚えてますよね?」

 布マスクの中で、ダオスタは笑っているように感じる。この商人は、オレのことをどこまで知っているのだろうか? コール商人という職種の人間は、商品の過去のことまでもいろいろ調べておくのだろうか? 心までくさりつな「がれているように感じてしまう。

「あーあ、…眠い。オレは寝る。」

 水平線に浮かぶセロス島から目をそらし、オレは船内の自分の部屋に向かった。狭いがプライバシーの守れる個室だった。ダオスタは、オレを拘束したりするつもりはないらしい。自分がアルだから逃げ出すことはできない、と言うことなのだろうか? 逃亡を試してみたい気もしたが、ローヌのみんなを人質に取られているような気がしてできなかった。

「そうですね。まだ、数時間はかかると思います。ゆっくりお休みください。」

 ダオスタはそう言って見送った。巨体のビドーは、相変わらず甲板かんぱんの上でうずくまっていた。

 この船は、一日と半分でセロス島の付近まできた計算になる。ここからだと、あと二日も南下か東に向かえば、南方諸国しょこくの海に入れるだろう。
 だが、ダオスタの口ぶりからすると、セロスに立ち寄るつもりのようだ。無人となったはずのあの島になんの用事があるというのだろう。
 
 セロスにはかつて国があった。
 海運かいうん業の盛んな国で、シュブドーや南方諸国しょこくの貿易を手伝うのが主な産業だった。
 オレの父親は、セロスで有名な船大工だった。器用な人で、船大工もするし、船以外のものも依頼されれば何でも作っていた。作るばかりではなく、航海士こうかいしとして船を操縦そうじゅうしたり、セロスの戦士としても活躍していた。
 オレの憧れの人だった。

 だが、セロスの平和は長く続かなかった。
 南方諸国しょこくのある国が、船団をひきいてシュブドーの港町を襲撃しゅうげきするという事件が起きた。セロスの調べては、それは南方諸国しょこくではなくセロス近海を荒らす海賊の一団だった。
 ところがセロスの調査を信じられなかったシュブドーの王は、セロスが南方の国に船を貸してシュブドーを攻めさせたとうたがいはじめたのである。
 セロスは永世えいせい中立国を宣言していたので、他国の勢力争いに参加することはなかった。それは逆に言えば、他国にも助けも求めないということだった。
 大国シュブドーに攻められたセロスは、抵抗むなしく滅亡めつぼうしてしまう。
 
 セロス島にあった美しい城は取り壊され、戦争の影響で島の半分が燃えて灰となった。
 シュブドーの統治になると、セロスには厳しい統治体制がかれた。
 船の製造禁止。セロス島出身者による船の操縦の禁止。他にも様々な制限が掛けられ、セロスと人々は荒廃こうはいしていくしかなかった。
 セロスの人々は自由を求めて、シュブドー人として生きることを目指した。

 オレの父は、母と幼いオレを連れてシュブドーの王都に引っ越し、決闘デュエル戦士として生活するようになった。船関係の仕事に付けなくなったので仕方なかったのである。
 父は決闘デュエル戦士として名をあげるようになり、そのうち騎士を目指すようになった。
 騎士になれば、船関係の仕事もゆるされ、セロス人としてシュブドー人にバカにされなくなると思ったからだった。
 だが、戦いの最中、父は怪我をして片腕を失ってしまうのである。一命は取り留めたが、戦士としては戦えないというのが医官の当然の診断だった。
 ところが父は「もう少しで騎士になれるんだ!」と、泣きすがる母の手を振りほどいて再び闘技場に身を置いたのだった。
 決闘デュエルの度に父は酷い傷を負って帰ってくるようになり、ついには怪我がもとで死んだ。後を追うようにして、母も病に掛かりあっさりとこの世を去った。
 幼い頃のオレの心の中には、酒におぼれながら「今度こそは!」と狂った獣のように血のたぎらせた目と、つらそうな表情で言葉が少なくなっていく母の姿が残っている。
 そんな父が嫌いだった。
 哀れだった。
 父を騎士への夢へと誘惑ゆうわくする決闘デュエルも嫌いだった。
 でも、元セロス人の自分が生きていくためには、やはり決闘デュエルするしかなかった。決闘デュエル戦士の英才教育を受けるために、オレはテレコール、つまり地球に留学する道を選んだ。
 日本で義肢装具士という仕事の存在を知ったとき、真っ先にオレは父と母を思い出した。この技術があったなら、父は、セロス島にいた頃の父のままでいられたのではないか?と。母は、泣かずに済んだのではないか?と。

 
 結局、オレは船の自室の狭いベットに横たわったまま、一睡もできなかった。

「上陸準備!!!」

 甲板かんぱんのほうで、船乗りたちの声がした。どうやらセロス島に上陸するようだ。
 気持ちは乗らなかった。
 明るい思い出もあるが、その後の辛い記憶がオレの心を沈ませる。思い出したくない記憶を思い出しそうで恐ろしかった。
 
 深い溜め息をついた後、オレは重い腰をあげた。
 
 甲板かんぱんに上がると、船員たちが慌ただしく働いていた。
 接岸の準備のために太いロープを用意するもの、マストに上がって角帆をたたむもの、降ろし荷の準備を急ぐもの。小さな船なのに、どこにこんなにいたのだろうと思うほど船員たちが動いていた。

「いよいよ、上陸ですよ。」

 いつの間にか隣にダオスタがいた。
 セロスの港を見てオレは目を疑った。
 港に、帆船や軍船が浮かんでいる。それは、セロスが活発に海外の国々とやり取りしていたときの風景だった。
 
「なぜ船が…。」

 ダオスタを見ると、日の光の加減でちらりと目の表情が見えた。つり上がった目、黄色っぽい瞳が見えた。その目は笑っていた。

「年に一度のオークションですからね。世界中のバイヤーが集まっています。」

「オークション?」

「はい。私が集めた奴隷やコールを売るのです。ルカさんは、私が最後に入手した商品です。
 三日後がコールのお披露目おひろめの日。
 実に楽しみです。
 ルカさんも、自分の価値がわかる日ですよ。楽しみでしょう?」

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