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2章 カタハサルの決闘

1.布マスクの男

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 オレはパニシエの自宅に戻っていた。
 腕は添え木で固定されたままだったが、身体中に巻かれていた包帯ほうたいかれていた。ルサンヌに切りきざまれた傷がふさがり回復しつつあった。傷口からきんか毒かが入り込んだようで、時折熱が出ることもあったが、薬のおかげで徐々に収まりつつあった。
 ローヌの医学は、シュブドーが思っているほど劣ってはいなかった。特に薬草などをさまざまな状態にして飲むというタイプの薬は、むしろ長けていた。考えてみれば毒を決闘デュエルにも活用していたほどだから、解毒や活用に詳しくても不思議ではなかった。
 飲み薬が発展していたからこそ、外科的な処置が発展しなかった可能性もある。だから、オレのような骨や筋肉に詳しいものが重宝されたのだろう。
 パニシエで初めてトーチ村長に出会ったとき、この世界には鎮痛剤がないと思っていたのだが、実はローヌにだけは鎮痛剤はあったのである。
 それなのになぜ、ぎっくり腰の痛み止めにトーチは鎮痛剤を頼らなかったのか? それは頼れなかったからである。トーチは魔獣討伐隊のリーダーだった。当然、毒葉どくは薬湯やくとうを飲んでいたのである。このため鎮痛剤も効かなくなってしまったのだった。
 なお、ぎっくり腰も魔獣と戦ったときの栄誉の負傷だったらしい。現役を引退していたところに魔獣大量襲来の事件が起きて、無理して討伐に参加してしまったために腰を痛めてしまった。
 オレは、トーチやローヌを守ったのかもしれないが、オレ自身もローヌの医学に守ってもらったのだった。

 だが、本当にオレはローヌを救ったのだろうか?
 結局ローヌは、シュブドー王国に占領されることになってしまった。
 潜入した上に決闘デュエルでローヌの戦士をも倒してしまったという立場のオレが、ローヌに感謝されてよいのだろうか?
 振り返ってみても、他に良策が思いつかないのだが、今でも考えずにはいられない。

 そんなオレの気持ちをいたわるかのように、毎日のようにローヌの人々のお見舞いや御礼のための訪問が絶えなかった。


 
 そんなある日、変わった姿の人物がやってきた。
 顔には布を巻きつけ、つり上がった目だけが見えている。地球のイスラム圏の人々が身につけているヒジャーブのような雰囲気だ。全体的にたるんだ布製の服を纏っていていかにも異国人という雰囲気だった。裕福な男のようで、腕や首には、宝石の石のはめられた首飾りや、金の腕輪を付けていた。
 男は、巨大で屈強な従者も引き連れていた。身長が3メートルはあるであろう巨大な男は、髪の毛がなく片目も潰れていた。格好は皮のパンツを着ているだけで、ほとんど裸だった。肩や首に荷物のようなものが縄が吊るされ、腰には棍棒のようなものを二本ぶら下げてある。
 
「シュブドー王国、第一兵団決闘デュエル隊所属ルカさんですね?」

「誰ですか?」

 彼らが自宅に訪問したとき、オレは警戒して部屋の扉を開けるつもりはなかったのに、意思とは関係なく扉を開いていた。

 オレの家の周りには、村人たちが武器を持って集まり始めていた。
 ローヌの村々には、強い自衛意識がある。国自体が軍隊や戦士隊を持ってないので、有事の際は村の有志や男らが立ち上がるのだ。
 布マスクの男とスキンヘッドの巨大男にも、当然パニシエの警戒反応が働いていたのである。
 その先頭には、村長の息子のトーチが立っていた、
 怪しい男二人が何かしでかそうものなら、直ちに排除はいじょを開始するだろう。

あやしまれてるのは慣れていますが……困りましたね。商品がダメにならないか心配です。」

 布マスクの男は、オレの自宅の周りに集まりつつある男衆見つめていた。言葉とは反対に愉快とでも言うように目が笑ってた。

「商品?」

「そう、あなたのことです。」

「オレ?」

「そうです」

 オレは折れてない右手の親指を立てて自分の指差した。
 布マスクの男は、再度「そうです」と言った。

「ルカさん、あなたは売られたのです。」

「オレが?」

「はい。シュブドーの王様が、あなたを売ことにしたのです。」

「そうなバカな!」

「信じられないのはわかりますが、これは事実。
 といくら言ってもなかなか信じていただけないでしょうから。
 一つ余興をお見せしましょう。きっと楽しいですよ♪」

 そういうと布マスクの男は家の外に出て、パニシエの男衆に向けて話しはじめた。

「パニシエのルカは、今、私の人形となりました。
 でも、私に挑戦し、誰か一人でも勝てれば、私はルカの所有権を放棄ほうきしましょう。
 いかがでしょう?どなたか挑戦されませんか?」

 スキンヘッドの巨大男が自分の出番だとばかりに、大きな声で吠えた。巨大男は、言葉らしい言葉を発しない。しゃべることができないのかもしれない。

 その様子を見て、パニシエの男衆はざわついた。誰がこの男を倒せるだろう?と思案しあんを巡られているようにも、おびえているようにも見えた。

「オレが出る! 本当にルカを解放するんだろうな?」

 トーチだった。手にはオレが返したローヌの秘槍ひそうの刃が握られていた。トーチは、槍にはせずこのままナイフとして使うと言っていた。

「もちろん嘘は付きませんし、そもそも付けませんよ。」

「それなら勝負だ!」

 闘技場は無い。自宅の目の前が、戦闘を繰り広げる舞台になった。
 トーチじゃ、あの巨大男を倒すのは難しそうだ。死ぬぞ?

「バカな真似まねはやめろトーチ!」

 オレはそう言って、外に出た。
 そして、トーチの目の前で動けなくなった。どういうことだろう?石のように動けない。

「あなたはトーチさんというのですね?
 トーチさん、
 あなたが戦う私の奴隷は、ルカです。」
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