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第一章 出会い(囲い込み)編

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そしてその年の、学校内で行われる競技大会の日。
俺は集団競技が苦手だったから、テニスとバドミントンをクラス代表で参加することになっていた。
クラスの奴らが「戸枝さん、バレーボールだってよ。あと、バスケらしい」「うわ、絶対見に行こ」と噂していたから、彼女と競技がかぶらなかったことを若干残念に思いつつ、俺はテニスコートに向かう。
すると、テニスコートの周りが少しざわついていて、俺は直ぐにその原因に気付いた。他の女子より目立つスタイルの良い長身の女子……キララだった。
「ねぇキララ、キララの選択競技ってバレーボールじゃなかった?」
キララの横にいた友達が、そう話し掛けている。
「んとね、クラスの子がやっぱりバレーボールがいいって言ったから、代わってあげたんだ」
キララが答えると、他の友人がむすっとした顔で言う。
「あの子、やっぱり日焼けしたくないーとか言ってたからねぇ。テニス上手いのにさぁ、うちのクラス負けても気にならないのかな」
キララはその話を聞いても、取り立てて気にした様子はなく、「でも、私がバレーボール出たとしても足引っ張るだけだから……」と言う。成る程、バレーボールもバスケも、本人の希望ではなく他の女子に比べて背が高いという理由で選ばれたようだ。
「……私、どっちみち競技苦手だし……」
半泣き状態の彼女の頭をポンポンと叩いて慰めつつ「よし、キララと同じくらい苦手な子とダブルス組ませて、その回は勝利を捨てよう」と友人が冗談を言って、皆で笑っていた。
そこまではまだ普通の光景で、俺はただキララを運動が苦手な女の子、位にしか思わなかったんだけど。
「キララ、そのエコバッグ新しい?」
「あ、これ?私の好きなブサカワ犬キャラクターのエコバッグ!抽選じゃなくて全員プレゼントのキャンペーンやっていたから、応募締め切りギリギリまで毎日パンを食べて、シール集めてやっと手に入れたんだよ~!」
水筒やタオルを入れたエコバッグを友達に広げて見せながら嬉しそうに言うキララ。
「うーん、キララが持つと違和感が凄いわ。てか、可愛くない」
「そう?これ、何気に防水機能もばっちりで、性能もいいんだよ」
彼女達のおしゃべりに耳を傾けつつ、目の前の試合をボーっと眺めている時に、一人の生徒が倒れて場が騒然となった。
恐らく熱中症だろう。そしてそれは、キララと同じクラスの奴だったようだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
「気持ち悪くて吐きそうだって!」
先生が中心になって介護要員を呼びに言ったが、そいつの顔色はどんどん悪くなっていく。
「ビニール!ビニール!!」
先生が叫んだ時、キララはそのエコバッグを「これ使って下さい!」と差し出したのだ。
そして次の日から、ブサカワ犬キャラクターのエコバッグをキララが使っているところを、俺は見なかった。
そんなことが度々あって、気付けばいつの間にか、俺は彼女を目で探すようになっていた。
特進クラスの俺は彼女と全く接点がなく、たまに外から眺める事が出来ただけで、その日一日は良い日だと思う程のめり込んでいた。
そんな俺に、転機が訪れたのはしばらく経ってから。ある日、学食でメシを食っていた時の事だ。
周りがざわめきだして、「ここ空いてるよ~」なんて女生徒が手招きした相手がキララで。キララはなんと、俺の真後ろの席に座った。
キララが座席を引いて座っただけで、ホワンと良い香りが鼻をつく。
息子が暴れ出したが、俺は素知らぬ顔をしてうどんを啜った。
そりゃ一本一本、ゆっくりと。
「キララ、また誰か振ったんだってー?」
友人らしき女生徒がキララに話し掛ける。
キララは、「だって、何か出来すぎなんだもん、あの人」と答えていた。いつも遠くから聞くことしかできなかった声が、こんなに近くで聞くことがあるなんて。キララは声も当然可愛い。
「何で?御曹司らしいし、イケメンだし、運動神経も良くてバスケ部スタメンでしょ?言うことないじゃない!」
「だから、そういうのが嫌なの。私、顔は派手だけど、普通だもん。だから、相手も普通が良い。何でも出来る人じゃなくて、気後れしないで隣にいられる人がいいの」
「ふーん……何だか勿体ないなぁ。普通の男なんて、キララにアタック出来るわけないじゃん」
「いいよ、素敵な普通の人見つけたら、私からアタックするから」
「へー、本当に出来るのぉ?恥ずかしがりやの癖にぃ~」
「が、頑張るっ」
その会話を聞いて、俺は志望校を変更した。
彼女の希望する、大学に。
特進クラスにいた俺の学力なら、余裕だった。
親に頼んで、通える距離なのに一人暮らしを始める。
大学のランクをかなり下げた事でブツブツ文句を言っていた親も、俺が親の跡を継ぐ事を条件に、大学までは好きにすることを許して貰った。
ただ、大学だけでは俺の計画に支障が出そうだったので、キララの選んだ大学に入学後、更に親の会社の売上倍増計画を練り、実際二年間で実績を出したことで、今度は大学卒業後の進路も「3年間は社会勉強したい」と、親の会社ではなくグループ会社の子会社に入社する事を約束させた。
そして持っていたブランド物の私服は全て封印し、安物……量産されている服を見繕う。
根回しに忙しかったせいでキララとの出会いが予定より遅くなってしまったけれども、それまではずっと何人か使えるバイトを雇って彼女の状況は逐次報告をさせていた。相変わらず、大学に入っても彼女はモテモテの日々を送っていた。彼女に告白するのは自分に自信のある「イケメン」ばかり。そして結局彼女は、誰のものにもならなかった。それこそ天啓だと思った。
しっかりと自分が動けるようになった二年後、金を流して彼女の情報を大学から仕入れ、彼女と同じ講義をとり、同じゼミに入る事に成功した。
彼女と同じ空間にいるだけで心は舞い上がったが、俺はひたすら「普通」をアピールしまくった。彼女に必要なのは、御曹司でも、イケメンでも、運動神経抜群の人気者でもない。彼女の心に寄り添う事の出来るフツメンだから。
2ヶ月後、俺はめでたく彼女からの告白をもぎ取ったが、結婚するまではひたすら彼女の言う「普通」を徹底すると決めていた。
そしてそれは、思った以上に過酷だった。
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