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知らない世界で
お互い様
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「……退いてよ」
「えー、冷たいなぁ。俺達困ってるんだよ。可愛いマネージャーが欲しいって先輩が言ってんの。加賀はどの部活にも入ってねーし、可愛いじゃん?クラスメイトを助けると思ってさぁー!!」
「ぎゃははは!!可愛いってお前、告ってどーすんだよ!」
「うっせ!とにかく、加賀に助けて貰……」
普段たいして関わりのないクラスメイトが、ちょっかいをかけてきて困っていた。部活に入っていないのは確かだけど、それがどうしてこの人達のマネージャーをやる話になるんだろう?
「……高木」
「んぁ?な、何だよ、近江」
「1組の眞島が、何処かの部活のマネージャーやりたいって言ってたぞ」
「えっ……1組の眞島?」
「おお!結構可愛い子じゃん?ギャルだけど」
「いや、可愛いかもしんないけど」「いいじゃん、その子に突撃してみよーぜ!!」「ちょ、待てよ、オイ!!」
慌ただしく、私の行く先を邪魔していた彼らはそのまま1組の方へと駆けていく。
……助かった。
私は、背の高い男性を見上げて言った。多分、違うクラスの人だ。ちょっと……いや、大分厳つい顔をしている。けど、確実に助けてくれた。
「ありがとう」
「……いや」
その同級生はそのまま私の横を通りすぎ、自分のクラスへと入って行った。
ああ、そうだ。すっかり忘れていたけど、高校一年だったあの時も、近江君に助けられたんだっけ──
***
私が目を覚ますと、そこはエイヴァさんのベッドの上だった。
夢を見た気がするけど……何で私、寝てるんだっけ?……ああそうだ、書庫で禁書庫の番人さんに声を掛けられて……キス、されちゃったな。ファーストキス。思い出して、目に涙が溜まる。
……でも、隊長さんが助けてくれたから、それだけで済んだ。そう言えば、気を失う直前に──
「……サアヤ。目が覚めたか。……大丈夫か?」
一人だと思っていたところに、急に声が響いて身体がビクリと固まる。私のベッドの回りはしっかりとドレープカーテンで囲まれていて、人影は見えなかった。けど、直ぐに身体の緊張は解ける。大丈夫、この声の主なら大丈夫。
「……隊長さん」
隊長さん、で良いのだろうか?私は随分、長らく思い違いをしていたみたいだけど。
「ああ」
返事は、いつも二人で夕飯を食べているテーブルの方から聞こえた。私を怖がらせない様に、わざと距離を取ってくれているのだろう。
でも、顔が見たい。
そう思うのに、コツ、コツ、と靴音が少し遠ざかり、扉が薄く開けられ、隊長さんが外に待機していた人と少し話し、再び扉が閉まった。
「傍に、来てくれませんか?」
靴音が近づいてくるのがわかる。
コツ、コツ。
隊長さんの靴の音が部屋に響く。何度も聞いた足音。そう、私が代わりにエイヴァさんと入れ替わった初日にも聞いた、特徴のある足音。
「……隊長……マティオス、さ……様?」
「……ああ」
だよね。それしかないもんね。
ドレープカーテン越しに、隊長さんの姿が影になって見える。その体格も声も、先日謁見したマティオスさんそっくりだ。そっくりって言うのも変だけど。今はカーテンで顔が見えない分、二人が同一人物である事をより鮮明に感じる。
──何で、気付かなかったんだろう?
隊長さんだと私が思い込んだ時に、マティオスだと言ってくれても良かったのに。身分を明かしてくれれば良かったのに。そう思って、自分もマティオスさんには何も伝えようとしなかった事を思い出す。お互い、様子見していたのだ。所謂、お互い様というやつで。
隊長……マティオスさんは傍に来たものの、それ以上動く気配はなかった。私は意を決して、ベッドの端に座ってそっとカーテンを開ける。そこにマティオスさんの姿を確認した私は立ち上がって、礼をした。頭を下げたまま、口を開く。
「……マティオス様……ありがとうございました」
「ああ。……普通に、呼び捨てにして貰って構わない」
暗に、気楽にしてくれ、と聞こえる優しい声。
「じゃあ、マティオスさん、で」
「……ああ」
マティオスさんの顔を下から見上げ続けて首が痛い。いつもは二人共座っているからそこまでじゃなかった。ベッド……は気まずいので、きちんと自分の足に力が入るのを確認したらテーブルに向かう。マティオスさんも、距離を保ちつつ付いて来てくれた。
私が座ると、マティオスさんはコップに水を注いで持って来てくれる。……そうだよね、普段は使用人や部下がやってくれるもんね。慣れてない筈だよ。パズルのピースが嵌まると、今まで見えてなかった事が明らかになってくる。
「ありがとうございます。……私、どれくらい寝てましたか?」
「一時間程だ」
「そうなんですね。私を部屋まで運んで頂き、すみません」
「そんな事は、構わない」
ライリーが言ってた「近衛隊長」は別の人だったんだ。だから、細腕とか言ってたんだね。あれ?じゃあライリーの隊長さんの外見に対してしたあの質問は、隊長さんがマティオスさんだって知ってたって事かな?途中で気付いたって事?
私が隊長だと思っていた目の前のこの人が、三頭竜や竜騎士3人よりも強いのか。……うん、納得。って事は、この人の事をライリーやジュードさんは好きなのか。ああ、そう言えば、この人の事を「人ったらし」だと思った時があったなぁ。
私、かなり隊長さん……だと思っていたマティオスさんに、マティオスさんの愚痴というか何というか、あまり印象が良くない事を普通に話してしまった気がする。謁見の時に私を怖がらせない様にしたのはそのせいだったのか。ライリーがやたら根拠のない「大丈夫」を繰り返したのは、根拠はあるけど、話せないって事だったのか。
つらつらと過去の事を思い出しては成る程と頷く私に業を煮やしたマティオスさんが話し掛けてきた。
普段はこんな沈黙も全く気にならないけど、今回ばかりは気になるらしい。
「……サアヤは怒ってないのか。……私が、サアヤを騙した事を」
とても強いマティオスさんが、私の回答にビクビクしているのが伝わる。何だか不思議だ。全て力で説き伏せられる人なのに、こんな小娘一人に怖じ気づいているなんて。
「怒る?何故ですか?」
「……私が、サアヤの間違いを訂正せずに、そのまま騙したからだ」
うーん、と考える。
「私の好きな先生が教えて下さったのですが……怒るのって、二次感情なんだそうです」
「……」
「私が今、マティオスさんに怒るんだとしたら、それは……怒りのもととなる感情は、羞恥心……恥ずかしい、です」
「……」
「何で、気付かなかったんだろう。気付かなかったのも恥ずかしい。マティオスさんだと気付いていたら、言わない事も沢山言いました。それを聞かれてしまって恥ずかしい。そんな感じなので、怒ってはいないです」
「……」
「それに、先に勘違いしたのは私です。マティオスさんは、マティオスさんの顔を知っている筈のエイヴァさん……つまり私が何者か確認したくて黙ったんですよね?」
「……ああ」
「この屋敷を安全に保つ為には、マティオスさんの立場からしたら当然かと思います。……なので、私はマティオスさんに感謝致します。私を監禁もせず、拷問とかで問いただす事もせず、短くはない間見守って下さって……」
本当に。
隊長さん……マティオスさんに、話すべきと思っていても、なかなか踏ん切りがつかなくて。それでも、「無理に話さなくて良い」とずっと待ちの姿勢でいてくれた。
それはきっと、私を信じていてくれたからで。時間がかかっても、私の口が開くのを、私がマティオスさんを信用するまで急かさないでいてくれたからで。
……そこまでされたら、もうマティオスさんを信じるしかない。今度は、私が信じる番だ。緊張しながら、私は切り出した。
「これから、マティオスさんに話せなかった事をお話致します」
「……良いのか?」
「はい。……マティオスさんからすれば、信じられない話だと思いますが、聞いて下さい」
「ああ、勿論だ」
マティオスさんの優しい眼差しに背中を押され、私は漸くそれを口にした。
「私は、この世界の人間ではありません」
「えー、冷たいなぁ。俺達困ってるんだよ。可愛いマネージャーが欲しいって先輩が言ってんの。加賀はどの部活にも入ってねーし、可愛いじゃん?クラスメイトを助けると思ってさぁー!!」
「ぎゃははは!!可愛いってお前、告ってどーすんだよ!」
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普段たいして関わりのないクラスメイトが、ちょっかいをかけてきて困っていた。部活に入っていないのは確かだけど、それがどうしてこの人達のマネージャーをやる話になるんだろう?
「……高木」
「んぁ?な、何だよ、近江」
「1組の眞島が、何処かの部活のマネージャーやりたいって言ってたぞ」
「えっ……1組の眞島?」
「おお!結構可愛い子じゃん?ギャルだけど」
「いや、可愛いかもしんないけど」「いいじゃん、その子に突撃してみよーぜ!!」「ちょ、待てよ、オイ!!」
慌ただしく、私の行く先を邪魔していた彼らはそのまま1組の方へと駆けていく。
……助かった。
私は、背の高い男性を見上げて言った。多分、違うクラスの人だ。ちょっと……いや、大分厳つい顔をしている。けど、確実に助けてくれた。
「ありがとう」
「……いや」
その同級生はそのまま私の横を通りすぎ、自分のクラスへと入って行った。
ああ、そうだ。すっかり忘れていたけど、高校一年だったあの時も、近江君に助けられたんだっけ──
***
私が目を覚ますと、そこはエイヴァさんのベッドの上だった。
夢を見た気がするけど……何で私、寝てるんだっけ?……ああそうだ、書庫で禁書庫の番人さんに声を掛けられて……キス、されちゃったな。ファーストキス。思い出して、目に涙が溜まる。
……でも、隊長さんが助けてくれたから、それだけで済んだ。そう言えば、気を失う直前に──
「……サアヤ。目が覚めたか。……大丈夫か?」
一人だと思っていたところに、急に声が響いて身体がビクリと固まる。私のベッドの回りはしっかりとドレープカーテンで囲まれていて、人影は見えなかった。けど、直ぐに身体の緊張は解ける。大丈夫、この声の主なら大丈夫。
「……隊長さん」
隊長さん、で良いのだろうか?私は随分、長らく思い違いをしていたみたいだけど。
「ああ」
返事は、いつも二人で夕飯を食べているテーブルの方から聞こえた。私を怖がらせない様に、わざと距離を取ってくれているのだろう。
でも、顔が見たい。
そう思うのに、コツ、コツ、と靴音が少し遠ざかり、扉が薄く開けられ、隊長さんが外に待機していた人と少し話し、再び扉が閉まった。
「傍に、来てくれませんか?」
靴音が近づいてくるのがわかる。
コツ、コツ。
隊長さんの靴の音が部屋に響く。何度も聞いた足音。そう、私が代わりにエイヴァさんと入れ替わった初日にも聞いた、特徴のある足音。
「……隊長……マティオス、さ……様?」
「……ああ」
だよね。それしかないもんね。
ドレープカーテン越しに、隊長さんの姿が影になって見える。その体格も声も、先日謁見したマティオスさんそっくりだ。そっくりって言うのも変だけど。今はカーテンで顔が見えない分、二人が同一人物である事をより鮮明に感じる。
──何で、気付かなかったんだろう?
隊長さんだと私が思い込んだ時に、マティオスだと言ってくれても良かったのに。身分を明かしてくれれば良かったのに。そう思って、自分もマティオスさんには何も伝えようとしなかった事を思い出す。お互い、様子見していたのだ。所謂、お互い様というやつで。
隊長……マティオスさんは傍に来たものの、それ以上動く気配はなかった。私は意を決して、ベッドの端に座ってそっとカーテンを開ける。そこにマティオスさんの姿を確認した私は立ち上がって、礼をした。頭を下げたまま、口を開く。
「……マティオス様……ありがとうございました」
「ああ。……普通に、呼び捨てにして貰って構わない」
暗に、気楽にしてくれ、と聞こえる優しい声。
「じゃあ、マティオスさん、で」
「……ああ」
マティオスさんの顔を下から見上げ続けて首が痛い。いつもは二人共座っているからそこまでじゃなかった。ベッド……は気まずいので、きちんと自分の足に力が入るのを確認したらテーブルに向かう。マティオスさんも、距離を保ちつつ付いて来てくれた。
私が座ると、マティオスさんはコップに水を注いで持って来てくれる。……そうだよね、普段は使用人や部下がやってくれるもんね。慣れてない筈だよ。パズルのピースが嵌まると、今まで見えてなかった事が明らかになってくる。
「ありがとうございます。……私、どれくらい寝てましたか?」
「一時間程だ」
「そうなんですね。私を部屋まで運んで頂き、すみません」
「そんな事は、構わない」
ライリーが言ってた「近衛隊長」は別の人だったんだ。だから、細腕とか言ってたんだね。あれ?じゃあライリーの隊長さんの外見に対してしたあの質問は、隊長さんがマティオスさんだって知ってたって事かな?途中で気付いたって事?
私が隊長だと思っていた目の前のこの人が、三頭竜や竜騎士3人よりも強いのか。……うん、納得。って事は、この人の事をライリーやジュードさんは好きなのか。ああ、そう言えば、この人の事を「人ったらし」だと思った時があったなぁ。
私、かなり隊長さん……だと思っていたマティオスさんに、マティオスさんの愚痴というか何というか、あまり印象が良くない事を普通に話してしまった気がする。謁見の時に私を怖がらせない様にしたのはそのせいだったのか。ライリーがやたら根拠のない「大丈夫」を繰り返したのは、根拠はあるけど、話せないって事だったのか。
つらつらと過去の事を思い出しては成る程と頷く私に業を煮やしたマティオスさんが話し掛けてきた。
普段はこんな沈黙も全く気にならないけど、今回ばかりは気になるらしい。
「……サアヤは怒ってないのか。……私が、サアヤを騙した事を」
とても強いマティオスさんが、私の回答にビクビクしているのが伝わる。何だか不思議だ。全て力で説き伏せられる人なのに、こんな小娘一人に怖じ気づいているなんて。
「怒る?何故ですか?」
「……私が、サアヤの間違いを訂正せずに、そのまま騙したからだ」
うーん、と考える。
「私の好きな先生が教えて下さったのですが……怒るのって、二次感情なんだそうです」
「……」
「私が今、マティオスさんに怒るんだとしたら、それは……怒りのもととなる感情は、羞恥心……恥ずかしい、です」
「……」
「何で、気付かなかったんだろう。気付かなかったのも恥ずかしい。マティオスさんだと気付いていたら、言わない事も沢山言いました。それを聞かれてしまって恥ずかしい。そんな感じなので、怒ってはいないです」
「……」
「それに、先に勘違いしたのは私です。マティオスさんは、マティオスさんの顔を知っている筈のエイヴァさん……つまり私が何者か確認したくて黙ったんですよね?」
「……ああ」
「この屋敷を安全に保つ為には、マティオスさんの立場からしたら当然かと思います。……なので、私はマティオスさんに感謝致します。私を監禁もせず、拷問とかで問いただす事もせず、短くはない間見守って下さって……」
本当に。
隊長さん……マティオスさんに、話すべきと思っていても、なかなか踏ん切りがつかなくて。それでも、「無理に話さなくて良い」とずっと待ちの姿勢でいてくれた。
それはきっと、私を信じていてくれたからで。時間がかかっても、私の口が開くのを、私がマティオスさんを信用するまで急かさないでいてくれたからで。
……そこまでされたら、もうマティオスさんを信じるしかない。今度は、私が信じる番だ。緊張しながら、私は切り出した。
「これから、マティオスさんに話せなかった事をお話致します」
「……良いのか?」
「はい。……マティオスさんからすれば、信じられない話だと思いますが、聞いて下さい」
「ああ、勿論だ」
マティオスさんの優しい眼差しに背中を押され、私は漸くそれを口にした。
「私は、この世界の人間ではありません」
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