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勇者と魔導師、騎士と神官、ついでに聖女。
何度切っても沸いて出る魔族と戦い続け、とうとう魔王城にたどり着いた。
……訳ではなく、やたら資源が豊富で景色の良い崖の上に、いきなりばかでかい城が出来た、魔物の仕業に違いない……という話を聞きつけ、やってきた。
それを便宜上魔王城と呼んでいるだけだ。
魔王城は、壮大だった。
人間が造る城など、象と蟻、程の違いがある。
警戒しながら魔王城の中に進むも、一切の魔族に接触しない。
不気味に思いながら、前に進むしかない勇者一行は、一歩一歩慎重に歩みを進めた。
……何階分、階段を昇っただろうか。
最後の重たいドアを軋ませながら開けると、そこには天井高くまで背もたれがそびえる椅子があった。
いわゆる玉座に、魔王?が座っている。
「やあやあやあ!良く来たね、勇者一行!!歓迎するよ!!」
ぱちぱちぱち、手を叩きながらやけに明るく話すのは、美しいというより可愛らしさが残る、とは言え頭の角が明らかに魔族である事を象徴している、魔王?であった。
「……え、あれが魔王?」
「随分チビだな」
「なんか馬鹿そうだけど……」
「ひとまず戦ってみる?」
「歓迎するって、どゆ事?」
魔王?そっちのけで、円陣を組んでこそこそ話し合う勇者一行。
魔王?は頭に怒りマークを浮かべて膨れる。
「……おい君たち。聞こえてしまっているよ!?チビとか馬鹿とか言ったか?怒っちゃうよ?」
勇者一行は円陣を組んだまま、一応魔王?に視線だけ向け、代表で勇者が聞いてみる。
「……因みに、怒った場合は何をする気なのかな?」
見た目13歳位……下手したらそれ以下にしか見えない魔王?に対して、自然と『警察が夜中に出歩く未成年に質問するかの様な』聞き方になる。
魔王?は、ちょっと考え込む仕草をした後、目をキラキラさせてこたえた。
「うーん、そうだなぁ。暗黒空間っていう大技を仕掛けちゃうかも!!」
勇者一行は、どうしても好奇心を抑えられなかった。
この、目の前のちまっこいのが、本当に魔王?なのかと。
「「「「「……やって見て?」」」」」
「……え。何で?怖がってごめんなさいしてくれれば、やらないよ?」
魔王?は慌てて目の前でパタパタと手を振る。
「いいからいいから。魔王様の必殺技、見てみたいなぁ~」
魔導師がニコニコと魔王?を持ち上げれば、勇者達もウンウン頷く。
「そ、そうか?」
コホン、とわざとらしく咳払いをして、魔王?は必殺技の名前を口にした。
「ぶ、ブラックホ~~~~りゅ!!」
(……噛んだ!大事な呪文噛んだ!!)
勇者一行はそれに驚き、魔王?は顔をタコの様に真っ赤にさせる。
しかし。
ズズ……………ズズズズ……………………
魔王城は、暗闇に包まれた。
「なっ!」「不味いっ」「なんだこれは……く、るしぃ…………」
暗闇に視界を覆われた勇者一行は焦って退却しようとしたが、時すでに遅し。
直ぐに呼吸が出来なくなり、気を失って、その場にバタバタと倒れる。
最後まで何とかもがいていた勇者は、
「さぁっすが、ライムちゃん!!相変わらず凄いねぇ~~!!」
と馬鹿明るい魔王?の声を薄れゆく意識の中で聞いた。
そして、決断する。
もし生きて帰ったとしても、あのチビで馬鹿そうな魔王?に(何も出来ずに)負けたとは言えない。
とんでもなく強い魔王がいた事にしよう、と。
☆☆☆
そのスライムは、いつもと変わらず散歩をしていた。
ゆっくりゆっくり進みながら、朽ちた木も新鮮な葉も怪我をした鳥も飲み込んでゆく。
それは、いつもの事だった。
しかし、いつもとは違った事があった。
明らかに一目で魔族、とわかる少女が、素っ裸で道の真ん中に倒れていたのだ。
半分野垂れ死んでいると言っても良さそうな感じで。
スライムは先に進むべきか、横にそれるべきか、後退して引き返すべきか、少し悩み、結局その魔族の少女を取り込む事にした。
ずりずりずりと、近寄って行く。
手を伸ばせば届く距離まで来て、スライムはその少女に触手を伸ばし、ツンツンとつついてみた。
と、少女の呟きが聞こえてくる。
「……スライム……って、食べられるのかなぁ?」
ぞ わ 。
そのスライムは、いまだかつてない程のスピードで、その場を立ち去ろうとした。
ナメクジの様な動きを止めて、蹴鞠の様に移動する。
ぼよん、ぼよん、ぼよん、ぼよん。
「スライムさあああん!!待ってえええ!!少しだけでいいから、食べさせてえええ!!」
その魔族の少女は、死んでいた?とは思えない程俊敏な動きでガバリと立ち上がり、スライムを追いかけ回した。
そして、駆け足だけは早いその魔族の少女が、勝利した。
両手でガバリ、とスライムを抱きしめると、「おー、もちもちするぅ♪」とむにむにむにむにその感触を楽しんだ。
スライムとしては迷惑この上極まりない。
その魔族の少女は、逃げようと暴れ狂うスライムに問い掛けた。
「ねぇねぇスライムさん。お名前は何て言うの?」
スライムは当然答えない。
「じゃあ、私が名前つけちゃうね?えーっと、スラちゃん……はゴロがイマイチだから、ライムちゃんで!!」
暴れ狂っていたスライムは、その動きをピタリと止めた。
「ライムちゃん、食べても大丈夫なところあったら、私に一口くれたら嬉しいなぁ。……ライムちゃんが痛いなら諦めるけど」
涎を足らしながら言われても全く説得力はなかったが、それを聞いたスライムはするすると触手を伸ばし、自らぶち!っと切断する。
そして、「どうぞ」とその魔族の少女の口元に自らの一部を差し出した。
☆☆☆
その魔族の少女は最弱だったが、唯一「魅了」という特技を持っていた。
すなわち、他の魔族に真名を与えて、使役する能力である。
元々名前を持っている魔族ですらもそれに例外はなく、その少女が勝手に名前を付けるだけで従わざるを得なかった。
そんな魔族少女の最初の下僕が「ライムちゃん」と名付けられた通りすがりのスライムであった。
ライムちゃんは、自らをとっても不幸であると感じていた。
他のスライム達は自由であるのに、ライムちゃんだけはこの変な女児に捕まってしまったからである。
「ねぇねぇライムちゃん、あの木の実美味しそうじゃない?食べてみよっと♪」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は口に放り込んだ。
「……ま、まず、てかこれ、毒っ…………っっ!!」
ライムちゃんは、やれやれと肩をすくめる。
このまま魔族少女が死んでくれれば、ライムちゃんは自由だ……なんて思っていると、まだ話せる事が出来る、しぶとい魔族少女がライムちゃんに聞いた。
「ライムちゃん……解毒剤とか、作れない……?」
ライムちゃんは、願望とは真逆の命令により、せっせと体内で解毒剤を抽出し、それを魔族少女に与えた。
「……ありがとうっっ!!生き返ったよ!!」
直ぐ様ぴょこん、と元気になった魔族少女は、ライムちゃんに抱き付いて感謝を述べた。
「ねぇねぇライムちゃん、あの猪美味しそうじゃない?ちょっと狩ってこようっと♪」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は自らの体格の10倍はありそうな猪に突っ込んで行った。
ライムちゃんが、猪突猛進……どちらが猪かわからん、と思った瞬間には、魔族少女は見事な体当たりを食らって宙を華麗に舞っている。
このまま魔族少女が死んでくれれば、ライムちゃんは自由だ……なんて思っていると、宙を舞いながら、しぶとい魔族少女がライムちゃんに助けを求めた。
「へるぷ!!ライムちゃんへるーぷ!!」
ライムちゃんはやれやれ、と仕方なく自らの体をネット状にすると、その魔族少女をキャッチする。
ついでに、その猪の口に潜り込んで窒息死させ、その日の魔族少女の夕飯は大変豪勢な物へと変貌した。
そんなこんなで何だかんだ関係を続けていくうち、ライムちゃんは魔族少女から万能扱いされ、何でもかんでも頼まれる様になっていた。
因みに魔族少女に対するライムちゃんの印象は、今のところ初期と変わらず「出来たら関わりたくない変な魔族」で一貫している。
魔族少女は、獲物や収穫が出来なかった時、いつもライムちゃんから身体の一部を恵んで貰っていた。
最初はスライム=食べ物認定していた為に、スライムの一部を食する事を何とも思っていなかった魔族少女だが、そのうちに申し訳ないという気持ちが芽生えてきたらしい。
今日も魚を取ろうと10時間格闘し、惨敗した魔族少女は、ライムちゃんの慈悲を受けていた。
その時、ふと思って魔族少女はライムちゃんにお願いしてみる。
「……あのさぁライムちゃん。この、いつもくれるトコ……形態変化?みたいなの出来ないかなぁ??」
ライムちゃんは意味がわからず体をびよーん?と伸ばす。
「うーん……あ、私にこれ渡す時……果物とか肉とか魚に見た目変えられないかなぁ??何だか、このライムちゃんの色形のまま渡されると、申し訳なくて……」
ライムちゃんは思った。
なんだそれ。
食ってるものは一緒なのに、そこまで要求してくるのか!?
申し訳ないと思うなら、釣や狩猟の腕をあげろや!!
━━思ったが、魔族少女には伝わらないので諦め、せっせと魔族少女の言う通りにチャレンジしてみた。
してみた結果、ライムちゃんは身体の一部を食べ物そっくりに変化させ、最後にちょんぎって「見た目食べ物の中身スライム」という食べ物を開発したのである。
「ふおおお!!ライムちゃん、凄いっっ!!凄いよ!!!」
魔族少女は、パチパチパチパチ拍手喝采して、ライムちゃんを称えた。
見た目バナナな食べ物を、「じゃあ、いっただきまーす!!」と言って一口頬張る。
「……ねぇねぇライムちゃん、次はこれに味、つけられない??」
魔族少女を殴りたい衝動にかられたが、それもできずにライムちゃんは今度は味付け開発に勤しんだ。
☆☆☆
「ほうほう、あれが人間かぁ~……初めて見た。私とあまり変わらないね。……身体に何をくっつけてるんだろ??」
ある日、初めて魔族少女は人間の村の近くにやってきた。
魔族少女は、見るもの全てに興味津々だ。
魔族少女は、その日まで真っ裸だった。
人間が着ている服というものを、その時初めて見たのだ。
「あれさ、身体にくっつけてるもの、色々な色とか形があるんだねぇ……鳥の羽みたいだね」
ライムちゃんは、木の上で呟く魔族少女の身体を支えつつ、分離した身体はライムちゃんが落ちた時の為にとクッションになって下でスタンバッていた。
最近覚えた、分離の技である。
その頃にはライムちゃんは、かなり巨体になっていた。
何故ならば、ライムちゃんは常に魔族少女の為の貯蔵庫として食料確保していたからである。
「ねぇねぇライムちゃん」
ライムちゃんは、嫌な予感がした。
「私も、あれ、身体にくっつけてみたい。ライムちゃん、作れない?」
とうとうライムちゃんは、服飾縫製技術まで要求される事になった。
その村で一番着られていたワンピースもどきを、村娘の観察をしながらせっせと作る。
観察している最中に、帽子や靴という存在にも気付いた魔族少女は、更に帽子や靴まで当然所望した。
「これを頭につけて角を隠せば、村の探検に行けるかも!!」
目を輝かせて話す魔族少女に、ライムちゃんはこのまま魔族少女が村人に捕まって殺されてくれれば、ライムちゃんは自由だ……なんて思わなくなってきていた。
魔族少女を心配しながらも、角が完璧に隠せる形で帽子をデザインし、それを渡す。
魔族少女は、ウキウキしながらライムちゃんの作ってくれたワンピースを着て、帽子を被り、靴を履く。
今回、ライムちゃんは、食べ物ではないので分離技を使って魔族少女の服と帽子と靴を作成していた。
つまり、魔族少女の服も帽子も、ライムちゃん自身なのである。
本体は大きすぎて村まで同行出来ない分、服や帽子や靴で魔族少女の行動を監視していた。
気分は、初めておつかいに行く我が子を見守る親である。
「わあああ!流石ライムちゃん、ぴったりだよ!ありがと~♪」
にっこり笑う魔族少女を、可愛いと思った。
☆☆☆
しかし、村の見学に行った魔族少女の第一声で、ライムちゃんはやはり魔族少女と関わってはいけなかったと思い知る。
「ねぇねぇライムちゃん、私も、お家ってやつに住みたいなぁ!!………ライムちゃん、何とか出来る??」
結果、魔族少女は自分で衣食住を確保するという魔族にとって当たり前の問題を全てライムちゃんに丸投げし、ライムちゃんは普通のスライムではなし得ない、超使えるスライムへと進化していくのである。
こうして魔族少女とライムちゃんは、家を構える為の理想の居住地を求めて旅に出た。
元々ふらふらしていたのに、目的が出来ただけであるが。
そしてある日、問題が起きた。
「なぁなぁ、あのちっこい魔族、顔は良いな。捕まえて売ったら、金になるんじゃねーか?」
魔族少女とライムちゃんが水遊びをしている時、人間が魔族少女を捕まえ様としたのである。
因みにライムちゃんは水と同化しすぎていて人間には見えていなかったらしい。
「そこの魔族のお嬢ちゃん、こっちにおいで~、お菓子があるよぉ~」
今時そんな誘い文句に着いていく奴がいるか、とライムちゃんは思ったが、真横にいた。
「ええええお菓子っ!?食べたい食べたいっっ!!」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は人間に近寄り、あっさり捕まった。
残念ながら、魔族少女が死なない限りは「魅了」は有効だ。
ライムちゃんはいつもの様に要らない身体の一部を切り取り、果物に変形させた。
普段ならそこまでだが、今回はついでに猛毒を注入させておく。
ころりと魔族少女の傍に転がした。
「お!見ろよ、この魔族、美味しそうな果物隠し持ってるぜ!!」
「ぴったり人数分だな、よし、いっただき~♪」
猛毒であっさりと人間どもは死んだ。
魔族少女は、「お菓子……嘘だったのか……」肩を落としてしょぼくれていた。
その様子を見たライムちゃんは、先日見た村の菓子屋を思い出した。
調理を必要としないライムちゃんであったが、体内で抽出した小麦粉もどき、砂糖もどき、バターもどきを混ぜ合わせて、火をおこし、とっても素朴なクッキーを作ってみる。
魔族少女は瞳を輝かせながら、出来上がったお菓子を両手で天に掲げて拝んでいた。
それがカラスに狙われそうになり、慌てて一口で頬張り、そのままむせる。
端から見ているとコントである。
「ゴホ、ライム、ゴホ、ちゃぁ~~ん、ゴホ、お水ぅ……っっゴホ!!」
ライムちゃんは、心得た様に湖の水を体内で濾過したものを、触手を伸ばしてストロー状にし、魔族少女の口に突っ込んだ。
「あ、ありが、とー!!」
魔族少女は、お気に入りの服(ライムちゃん)を再び着て、帽子(ライムちゃん)を被り、
「もうちょっと飲ませて?」
とストロー(ライムちゃん)に口付けてちゅうちゅうと吸っている。
ライムちゃんの胸が、ざわり、と初めて奇妙な感覚を訴えた。
何度切っても沸いて出る魔族と戦い続け、とうとう魔王城にたどり着いた。
……訳ではなく、やたら資源が豊富で景色の良い崖の上に、いきなりばかでかい城が出来た、魔物の仕業に違いない……という話を聞きつけ、やってきた。
それを便宜上魔王城と呼んでいるだけだ。
魔王城は、壮大だった。
人間が造る城など、象と蟻、程の違いがある。
警戒しながら魔王城の中に進むも、一切の魔族に接触しない。
不気味に思いながら、前に進むしかない勇者一行は、一歩一歩慎重に歩みを進めた。
……何階分、階段を昇っただろうか。
最後の重たいドアを軋ませながら開けると、そこには天井高くまで背もたれがそびえる椅子があった。
いわゆる玉座に、魔王?が座っている。
「やあやあやあ!良く来たね、勇者一行!!歓迎するよ!!」
ぱちぱちぱち、手を叩きながらやけに明るく話すのは、美しいというより可愛らしさが残る、とは言え頭の角が明らかに魔族である事を象徴している、魔王?であった。
「……え、あれが魔王?」
「随分チビだな」
「なんか馬鹿そうだけど……」
「ひとまず戦ってみる?」
「歓迎するって、どゆ事?」
魔王?そっちのけで、円陣を組んでこそこそ話し合う勇者一行。
魔王?は頭に怒りマークを浮かべて膨れる。
「……おい君たち。聞こえてしまっているよ!?チビとか馬鹿とか言ったか?怒っちゃうよ?」
勇者一行は円陣を組んだまま、一応魔王?に視線だけ向け、代表で勇者が聞いてみる。
「……因みに、怒った場合は何をする気なのかな?」
見た目13歳位……下手したらそれ以下にしか見えない魔王?に対して、自然と『警察が夜中に出歩く未成年に質問するかの様な』聞き方になる。
魔王?は、ちょっと考え込む仕草をした後、目をキラキラさせてこたえた。
「うーん、そうだなぁ。暗黒空間っていう大技を仕掛けちゃうかも!!」
勇者一行は、どうしても好奇心を抑えられなかった。
この、目の前のちまっこいのが、本当に魔王?なのかと。
「「「「「……やって見て?」」」」」
「……え。何で?怖がってごめんなさいしてくれれば、やらないよ?」
魔王?は慌てて目の前でパタパタと手を振る。
「いいからいいから。魔王様の必殺技、見てみたいなぁ~」
魔導師がニコニコと魔王?を持ち上げれば、勇者達もウンウン頷く。
「そ、そうか?」
コホン、とわざとらしく咳払いをして、魔王?は必殺技の名前を口にした。
「ぶ、ブラックホ~~~~りゅ!!」
(……噛んだ!大事な呪文噛んだ!!)
勇者一行はそれに驚き、魔王?は顔をタコの様に真っ赤にさせる。
しかし。
ズズ……………ズズズズ……………………
魔王城は、暗闇に包まれた。
「なっ!」「不味いっ」「なんだこれは……く、るしぃ…………」
暗闇に視界を覆われた勇者一行は焦って退却しようとしたが、時すでに遅し。
直ぐに呼吸が出来なくなり、気を失って、その場にバタバタと倒れる。
最後まで何とかもがいていた勇者は、
「さぁっすが、ライムちゃん!!相変わらず凄いねぇ~~!!」
と馬鹿明るい魔王?の声を薄れゆく意識の中で聞いた。
そして、決断する。
もし生きて帰ったとしても、あのチビで馬鹿そうな魔王?に(何も出来ずに)負けたとは言えない。
とんでもなく強い魔王がいた事にしよう、と。
☆☆☆
そのスライムは、いつもと変わらず散歩をしていた。
ゆっくりゆっくり進みながら、朽ちた木も新鮮な葉も怪我をした鳥も飲み込んでゆく。
それは、いつもの事だった。
しかし、いつもとは違った事があった。
明らかに一目で魔族、とわかる少女が、素っ裸で道の真ん中に倒れていたのだ。
半分野垂れ死んでいると言っても良さそうな感じで。
スライムは先に進むべきか、横にそれるべきか、後退して引き返すべきか、少し悩み、結局その魔族の少女を取り込む事にした。
ずりずりずりと、近寄って行く。
手を伸ばせば届く距離まで来て、スライムはその少女に触手を伸ばし、ツンツンとつついてみた。
と、少女の呟きが聞こえてくる。
「……スライム……って、食べられるのかなぁ?」
ぞ わ 。
そのスライムは、いまだかつてない程のスピードで、その場を立ち去ろうとした。
ナメクジの様な動きを止めて、蹴鞠の様に移動する。
ぼよん、ぼよん、ぼよん、ぼよん。
「スライムさあああん!!待ってえええ!!少しだけでいいから、食べさせてえええ!!」
その魔族の少女は、死んでいた?とは思えない程俊敏な動きでガバリと立ち上がり、スライムを追いかけ回した。
そして、駆け足だけは早いその魔族の少女が、勝利した。
両手でガバリ、とスライムを抱きしめると、「おー、もちもちするぅ♪」とむにむにむにむにその感触を楽しんだ。
スライムとしては迷惑この上極まりない。
その魔族の少女は、逃げようと暴れ狂うスライムに問い掛けた。
「ねぇねぇスライムさん。お名前は何て言うの?」
スライムは当然答えない。
「じゃあ、私が名前つけちゃうね?えーっと、スラちゃん……はゴロがイマイチだから、ライムちゃんで!!」
暴れ狂っていたスライムは、その動きをピタリと止めた。
「ライムちゃん、食べても大丈夫なところあったら、私に一口くれたら嬉しいなぁ。……ライムちゃんが痛いなら諦めるけど」
涎を足らしながら言われても全く説得力はなかったが、それを聞いたスライムはするすると触手を伸ばし、自らぶち!っと切断する。
そして、「どうぞ」とその魔族の少女の口元に自らの一部を差し出した。
☆☆☆
その魔族の少女は最弱だったが、唯一「魅了」という特技を持っていた。
すなわち、他の魔族に真名を与えて、使役する能力である。
元々名前を持っている魔族ですらもそれに例外はなく、その少女が勝手に名前を付けるだけで従わざるを得なかった。
そんな魔族少女の最初の下僕が「ライムちゃん」と名付けられた通りすがりのスライムであった。
ライムちゃんは、自らをとっても不幸であると感じていた。
他のスライム達は自由であるのに、ライムちゃんだけはこの変な女児に捕まってしまったからである。
「ねぇねぇライムちゃん、あの木の実美味しそうじゃない?食べてみよっと♪」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は口に放り込んだ。
「……ま、まず、てかこれ、毒っ…………っっ!!」
ライムちゃんは、やれやれと肩をすくめる。
このまま魔族少女が死んでくれれば、ライムちゃんは自由だ……なんて思っていると、まだ話せる事が出来る、しぶとい魔族少女がライムちゃんに聞いた。
「ライムちゃん……解毒剤とか、作れない……?」
ライムちゃんは、願望とは真逆の命令により、せっせと体内で解毒剤を抽出し、それを魔族少女に与えた。
「……ありがとうっっ!!生き返ったよ!!」
直ぐ様ぴょこん、と元気になった魔族少女は、ライムちゃんに抱き付いて感謝を述べた。
「ねぇねぇライムちゃん、あの猪美味しそうじゃない?ちょっと狩ってこようっと♪」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は自らの体格の10倍はありそうな猪に突っ込んで行った。
ライムちゃんが、猪突猛進……どちらが猪かわからん、と思った瞬間には、魔族少女は見事な体当たりを食らって宙を華麗に舞っている。
このまま魔族少女が死んでくれれば、ライムちゃんは自由だ……なんて思っていると、宙を舞いながら、しぶとい魔族少女がライムちゃんに助けを求めた。
「へるぷ!!ライムちゃんへるーぷ!!」
ライムちゃんはやれやれ、と仕方なく自らの体をネット状にすると、その魔族少女をキャッチする。
ついでに、その猪の口に潜り込んで窒息死させ、その日の魔族少女の夕飯は大変豪勢な物へと変貌した。
そんなこんなで何だかんだ関係を続けていくうち、ライムちゃんは魔族少女から万能扱いされ、何でもかんでも頼まれる様になっていた。
因みに魔族少女に対するライムちゃんの印象は、今のところ初期と変わらず「出来たら関わりたくない変な魔族」で一貫している。
魔族少女は、獲物や収穫が出来なかった時、いつもライムちゃんから身体の一部を恵んで貰っていた。
最初はスライム=食べ物認定していた為に、スライムの一部を食する事を何とも思っていなかった魔族少女だが、そのうちに申し訳ないという気持ちが芽生えてきたらしい。
今日も魚を取ろうと10時間格闘し、惨敗した魔族少女は、ライムちゃんの慈悲を受けていた。
その時、ふと思って魔族少女はライムちゃんにお願いしてみる。
「……あのさぁライムちゃん。この、いつもくれるトコ……形態変化?みたいなの出来ないかなぁ??」
ライムちゃんは意味がわからず体をびよーん?と伸ばす。
「うーん……あ、私にこれ渡す時……果物とか肉とか魚に見た目変えられないかなぁ??何だか、このライムちゃんの色形のまま渡されると、申し訳なくて……」
ライムちゃんは思った。
なんだそれ。
食ってるものは一緒なのに、そこまで要求してくるのか!?
申し訳ないと思うなら、釣や狩猟の腕をあげろや!!
━━思ったが、魔族少女には伝わらないので諦め、せっせと魔族少女の言う通りにチャレンジしてみた。
してみた結果、ライムちゃんは身体の一部を食べ物そっくりに変化させ、最後にちょんぎって「見た目食べ物の中身スライム」という食べ物を開発したのである。
「ふおおお!!ライムちゃん、凄いっっ!!凄いよ!!!」
魔族少女は、パチパチパチパチ拍手喝采して、ライムちゃんを称えた。
見た目バナナな食べ物を、「じゃあ、いっただきまーす!!」と言って一口頬張る。
「……ねぇねぇライムちゃん、次はこれに味、つけられない??」
魔族少女を殴りたい衝動にかられたが、それもできずにライムちゃんは今度は味付け開発に勤しんだ。
☆☆☆
「ほうほう、あれが人間かぁ~……初めて見た。私とあまり変わらないね。……身体に何をくっつけてるんだろ??」
ある日、初めて魔族少女は人間の村の近くにやってきた。
魔族少女は、見るもの全てに興味津々だ。
魔族少女は、その日まで真っ裸だった。
人間が着ている服というものを、その時初めて見たのだ。
「あれさ、身体にくっつけてるもの、色々な色とか形があるんだねぇ……鳥の羽みたいだね」
ライムちゃんは、木の上で呟く魔族少女の身体を支えつつ、分離した身体はライムちゃんが落ちた時の為にとクッションになって下でスタンバッていた。
最近覚えた、分離の技である。
その頃にはライムちゃんは、かなり巨体になっていた。
何故ならば、ライムちゃんは常に魔族少女の為の貯蔵庫として食料確保していたからである。
「ねぇねぇライムちゃん」
ライムちゃんは、嫌な予感がした。
「私も、あれ、身体にくっつけてみたい。ライムちゃん、作れない?」
とうとうライムちゃんは、服飾縫製技術まで要求される事になった。
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「これを頭につけて角を隠せば、村の探検に行けるかも!!」
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今回、ライムちゃんは、食べ物ではないので分離技を使って魔族少女の服と帽子と靴を作成していた。
つまり、魔族少女の服も帽子も、ライムちゃん自身なのである。
本体は大きすぎて村まで同行出来ない分、服や帽子や靴で魔族少女の行動を監視していた。
気分は、初めておつかいに行く我が子を見守る親である。
「わあああ!流石ライムちゃん、ぴったりだよ!ありがと~♪」
にっこり笑う魔族少女を、可愛いと思った。
☆☆☆
しかし、村の見学に行った魔族少女の第一声で、ライムちゃんはやはり魔族少女と関わってはいけなかったと思い知る。
「ねぇねぇライムちゃん、私も、お家ってやつに住みたいなぁ!!………ライムちゃん、何とか出来る??」
結果、魔族少女は自分で衣食住を確保するという魔族にとって当たり前の問題を全てライムちゃんに丸投げし、ライムちゃんは普通のスライムではなし得ない、超使えるスライムへと進化していくのである。
こうして魔族少女とライムちゃんは、家を構える為の理想の居住地を求めて旅に出た。
元々ふらふらしていたのに、目的が出来ただけであるが。
そしてある日、問題が起きた。
「なぁなぁ、あのちっこい魔族、顔は良いな。捕まえて売ったら、金になるんじゃねーか?」
魔族少女とライムちゃんが水遊びをしている時、人間が魔族少女を捕まえ様としたのである。
因みにライムちゃんは水と同化しすぎていて人間には見えていなかったらしい。
「そこの魔族のお嬢ちゃん、こっちにおいで~、お菓子があるよぉ~」
今時そんな誘い文句に着いていく奴がいるか、とライムちゃんは思ったが、真横にいた。
「ええええお菓子っ!?食べたい食べたいっっ!!」
ライムちゃんが止める間もなく、魔族少女は人間に近寄り、あっさり捕まった。
残念ながら、魔族少女が死なない限りは「魅了」は有効だ。
ライムちゃんはいつもの様に要らない身体の一部を切り取り、果物に変形させた。
普段ならそこまでだが、今回はついでに猛毒を注入させておく。
ころりと魔族少女の傍に転がした。
「お!見ろよ、この魔族、美味しそうな果物隠し持ってるぜ!!」
「ぴったり人数分だな、よし、いっただき~♪」
猛毒であっさりと人間どもは死んだ。
魔族少女は、「お菓子……嘘だったのか……」肩を落としてしょぼくれていた。
その様子を見たライムちゃんは、先日見た村の菓子屋を思い出した。
調理を必要としないライムちゃんであったが、体内で抽出した小麦粉もどき、砂糖もどき、バターもどきを混ぜ合わせて、火をおこし、とっても素朴なクッキーを作ってみる。
魔族少女は瞳を輝かせながら、出来上がったお菓子を両手で天に掲げて拝んでいた。
それがカラスに狙われそうになり、慌てて一口で頬張り、そのままむせる。
端から見ているとコントである。
「ゴホ、ライム、ゴホ、ちゃぁ~~ん、ゴホ、お水ぅ……っっゴホ!!」
ライムちゃんは、心得た様に湖の水を体内で濾過したものを、触手を伸ばしてストロー状にし、魔族少女の口に突っ込んだ。
「あ、ありが、とー!!」
魔族少女は、お気に入りの服(ライムちゃん)を再び着て、帽子(ライムちゃん)を被り、
「もうちょっと飲ませて?」
とストロー(ライムちゃん)に口付けてちゅうちゅうと吸っている。
ライムちゃんの胸が、ざわり、と初めて奇妙な感覚を訴えた。
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