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ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
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深夜10時。
私は今日も重たい足を引き摺るようにして、とある雑居ビルの6階を目指す。
毎週金曜日。
それは、私が自分にご褒美をあげる日。
ブラック企業に勤める私は、普段はこんなに早く帰れない。
多分バックにヤクザが絡んでいる様な不動産勤め。
営業職で内定を貰ったけど、やる事は毎日毎日ひたすら電話をかけること。
何時だろうが、相手の都合お構い無しのそれは、営業どころか迷惑以外の何物でもないと思う。
柄の悪い上司や先輩には何も言えないけど。
ノルマを達成出来ないノロマは黙っていろと、実際に言われた事もあるし。
就職して、たった1ヶ月で音をあげた。
何社も面接して、やっと取れた内定。
しっかり働いて、頑張って会社に貢献していきたいという気持ちは、胃の中の物と一緒に吐いて吐いて吐いた毎日だった。
1ヶ月で、3キロ痩せた。
自殺する気はなかった。
けど、このビルから飛び降りたら楽になるのかな、とか。
明日のノルマを考えなくて済むのかな、とか。
ただ、それだけ。
今、目の前に10階建て位のビルと、非常階段が目に入った。
ただ、それだけで、私は吸い込まれる様にそのビルへ吸い込まれた。
私はその時もノロノロと重たい足取りで、雑居ビルの古臭いエレベーターに乗り込んだ。
何も考えず、最上階を押す。
「あ、乗りまーす」
前から聞こえた女性の声に、慌てて「開」ボタンを押す。
うつむいていたから、目の前の女性に気付かなかった。
「どうもすみません」
にこにこ、と愛想の良いどっしりとした女性に曖昧に頷き返しながら、「何階ですか?」と聞く。
「6階で……ねえ貴方、良かったらうちの店でマッサージ受けていきません?」
私はきょとんとした顔で女性を見たのだろう。
その女性……真佐美さんは、「疲れたお顔をしてるから。もし今来てくれたら、新規って事でサービスしますよ~」
と言って、またにこにこ、にっこりとした。
50代位かな?
恰幅の良いその姿は、全く似てないのに実家の母を思い出させて。
「……大丈夫?うちにおいで」
その場でポロポロ泣き出した私の背中を優しく擦り、6階でそのまま背中を押し、私を救い出した。
※※※
「真佐美さん、今晩は~」
「いらっしゃい、陽葵ちゃん」
にこにこ、にっこり。何時もの笑顔に癒される。
真佐美さんと知り合ってから、2ヶ月。
私はある決意をしていた。
「今日も何時ものコースで良いかしら?」
「はい!『60分スペシャルコース(訳あり半額)』でお願いします」
「はい、じゃあこれ。今日も2番でね」
「は~い、よろしくお願い致します」
紙で出来た下着とふかふかなバスタオルを渡され、私は慣れた様に2番のブースに入る。
2ヶ月前の、あの日も。
マッサージ屋を営む真佐美さんに連れられ、60分3000円のコースでマッサージを受けた、らしい。
なぜ「らしい」のか。
疲れきっていた私は、マッサージを受ける前から寝ていたからだ。
真佐美さんは「最短記録よ」と大笑いしていたが、施術を受けた後の私は驚いた。
「肩、軽い!うわ、腰、痛くない!あれ、足の浮腫みが取れてる……重たくない!え、え、凄い!!」
今までにない程、身体全体がすこぶる快調だったから。
「心が不調だと、身体にも支障をきたすしね。逆に身体の不調を放っておくと、心の不調に繋がる事もあるのよ?……だからね、元気がない時、たまには身体だけでもリフレッシュさせてあげてね」
確かに、身体が軽くなった私は、心も軽くなっていた。
勿論、目の前の問題が解決した訳ではない。
けれども、確実にこの雑居ビルに入った時と、マッサージを受けた後の気持ちに変化があった。
暖められた施術用のベッドに横になる。
お気に入りのアロマが香り出す頃には、私の意識は遠のき始め……「はい陽葵ちゃん、終わったわよ」の声で、磨かれ軽くなった身体と心を手に入れるのだ。
お会計のタイミングで、私は切り出した。
「私、今の会社を辞めようと思っているんです」
「あら、よく決心したね。私もそうした方が、良いと思うわ?」
真佐美さんの穏やかなにこにこ、にっこりはいつもより晴れやかで、本当に賛成してくれているのがわかる。
「自分にはなりたいものもなくて……流されて、なんとなく今の会社に就職しました。けど、真佐美さんとお会い出来て……私、あん摩マッサージ指圧師になりたいなと思いまして」
「まあ……!そんな風に思って貰えて、嬉しいったらないわ」
「真佐美さんみたいに、疲れている人を癒せたらと思って。安直ですけど」
「ううん、そんな事ない。応援するわ」
「それで、一回実家に戻ろうかと……」
「えっ!?ご実家って……」
「九州です」
「あらぁ~、遠いわねぇ~、寂しくなるわぁ……」
「真佐美さんのお店に来られなくなる事だけは、嫌なんですが……」
この資格は、通信では取れない。夜間の専門学校はあるので働きながら取ることも出来るが、スタートが17時30分からだから、今の職場では無理だ。
バイトしながら取るには独り暮らしでは経済的に厳しい。
だから、やむ無く実家に戻る覚悟をしたのだが……
「じゃあ、私が他でやってるお店で働きながら資格取る??」
「はい??」
失礼ながら、質問に質問で返事をしてしまった。
※※※
真佐美さんは2店舗のお店を経営しているオーナー兼マッサージ師だそうなのだが、私が来ている雑居ビルの6階のお店は所謂医療行為としてのマッサージ店で。
もう1つ、二駅程離れた立地に、リラックス効果をメインとしたリラクゼーション専門のサロンも開いているのだそう。
サロンは昼間、マッサージ店は夜間に開けているとの事で、
「マッサージは国家資格ないと出来ないけど、サロンなら受付と、セラピストとして研修を受けて貰ってからならお客様の相手も任せられるから。……どうかしら?」
と打診してくれた。
「えっ………、と、本当に良いんですか??嬉しいですが……あの、面接とか……」
「私がオーナーで、貴方を雇いたいって言うんだからいーのよぉ」
にこにこ、にっこり。
私は2度も、真佐美さんに救われた。
※※※
「赤羽陽葵です、今日から入社致しました。これからよろしくお願い致します」
ペコリと深くお辞儀する。
前の会社に退職の意を告げ、「3ヶ月で会社を辞める奴に次が見つかるはずがない」「大した営業成績もないのに辞めるなんて給料泥棒だ」と言われながら、休み返上で働き続ける事1ヶ月、何とか退職する事が出来た。
真佐美さんと雇用契約をさせて頂き、会社やお仕事について諸々の説明を受けて終わった初日。私は、最後に顔合わせも兼ねて閉店間際のサロンに真佐美さんと共に顔を出す。
「店長の鷲宮です、よろしくお願いします」
「セラピストの鴨居でーす、よろしくね」
「受付兼セラピストの佐藤です、よろしくお願い致します」
「同じく受付とセラピストをしてます、金子です。これからよろしくお願いしまーす」
鷲宮さんだけ若い男性で、他は皆20代~30代の女性だった。
リラクゼーションサロンだからだろうか……皆さん、凄く立ち姿からして綺麗。
お店は小さいながらも清潔で、凄く良いアロマの香りが漂っていて、とても落ち着いた雰囲気だった。
早く、このサロンのスタッフとして馴染む為にも、少し立ち振舞い方やお化粧の仕方を学ばなければいけないな、と心の中で思う。
真佐美さんはにこにこしながら言う。
「今日は全員揃ってて良かったわ~♪鷲宮君だけはマッサージ師で、夜の店にも出て貰ってるの。他は皆、セラピストでこの店専門よ」
「そうなんですね」
「もし資格を取りたいなら、鷲宮君に色々聞けば良いと思うわ」
「はい、ありがとうございます」
私はこの2ヶ月間、毎週金曜日に真佐美さんのマッサージ店に通っていたが、鷲宮店長とお会いした事はなかった。
もしかしたら、真佐美さんと交互に違う曜日に入っていたのかもしれない。
私の紹介が終わった後、本日ご来店された顧客情報の共有ミーティングと新規客への施術やコースのご提案について話し合われた。
話し合われたというより、女性セラピストの困り事や悩み事を、鷲宮店長が的確なアドバイスを指示していると言って良かった。
全く話に入っていけない私は、恐らく同年代か年下であろう鷲宮店長の話を聞いて理解するだけで精一杯。
真佐美さんから渡された、店舗のサービス一覧を見ながら必死に状況を理解しようとした。
「じゃあ、今日は解散ね。皆、陽葵ちゃんは学校が始まったら定時が16時あがりで、かわりに朝番と雑務を担当して貰うからね。陽葵ちゃん、学校が始まる前に朝番のお仕事覚えて頂戴ね~」
「はい、頑張ります」
「3年間、勉強頑張ってね~」
「はい、ありがとうございます」
真佐美さんだから、きっと大丈夫だと思っていたけど。
実際働いてみれば、女性スタッフの皆さんはとても優しくて、気さくな方ばかりだった。
私が資格を取ろうとしているのを心から応援してくれているのがわかるし、仕事も丁寧に教えて下さるし、頑張れば誉めてくれる。
何もかもが新鮮で、前の会社と比べては失礼だと思う程、仕事は楽しかった。
私は幸いにも優しい先輩方の指導のお陰で直ぐに新しい職場やお客様に慣れる事が出来、本当に充実した毎日を送っていたが、1つ気になる事があって……
※※※
「あの……佐藤さん。鷲宮店長って、いつもあんな感じなのでしょうか?」
「ん?あんなって??」
朝の時間。
私は皆さんより先に出勤し、お客様にお出しするお茶の準備、施術に使う道具の補充やタオルの準備、掃除等、バタバタしながら「おはよー」と(私の次に)一番乗りしてきた佐藤さんに声を掛けた。
「何と言いますか……」
「あー、無口とか?無愛想とか?」
私は言葉に詰まった。
このリラクゼーションサロンの一番人気セラピストは鷲宮店長。けれども、実は鷲宮店長が笑っているところを見たことがないのだ。
私が聞いた事には丁寧に答えてくれるし、仕事で困った事が生じれば直ぐに助けてくれる。
しかし、無駄話は一切した事がなく、仕事以外の会話で盛り上がったりなんて皆無だった。
視線があった事もないし、顔を見ればいつも強張った表情をされているのが気になっていた。
「……うん、あんな感じだよ」
「良かった……嫌われてるのかな?と、少し感じてしまって……」
「あー、それはない。鷲宮店長、スタッフにはいつもあんな感じだよ」
そこに、真佐美さんが入ってきた。
「おはよう~、佐藤さん、陽葵ちゃん。なーに?あの子の話?陽葵ちゃん気になるのぉ~?」
鷲宮店長が、実は真佐美さんの甥っ子だと言う事は最近知った。
真佐美さんはニヤニヤして聞いてくる。
「ち、違いますよっ!……あの、あまり笑って下さらないので……私、嫌われてはいないかと……」
真佐美さんは、今度は目を真ん丸くさせた。
「ないないない!陽葵ちゃんみたいな可愛くて性格も良い子を嫌うわけないじゃないの!陽葵ちゃんの前であの子の顔が怖くなるのはねぇ」「叔母さん」
びっくりした。
真佐美さんの後ろから、鷲宮店長がぬ、と現れた。
明らかに店長の方が身長が高いのに、それすら気付かせない真佐美さんオーラ恐るべし。
「店長、おはようございます」
「鷲宮店長、おはよー」
「あら、ここで『叔母さん』は駄目よ?いっくん」
「……」
「あ、間違えた。鷲宮店長」
鷲宮店長は、呆れた顔をしてスタスタ店舗のチェックに向かう。
真佐美さんは、くるりと私に振り向いて言った。
「ふふふ、あの子の顔が怖くなるのはねぇ、緊張しているからなのよ。だから気にしないで~」
……WHY?
※※※
今日は金曜日。
少し懐かしい感じのする雑居ビルの6階を目指した。
専門学校が始まり、昼はサロンで働き、夜は学校という二重生活。
流石にまだ慣れていないのもあり、身体は疲れきっていた。
とはいえ、以前の職場で働いていた時とは違い、充足感に満ちた疲れではあるけど。
疲れた身体には、真佐美さんのマッサージだ。
幸い、学校が今日は少し早く終わり、22時には店舗に着きそうだった。
見慣れた少し重たいドアを開ければ……
「真佐美さ~ん」
「……」
「……えっ………あ、あの……」
「……いらっしゃいませ」
「……はい」
はい、来ました。
そして、いました。
変わらず笑いもせずに応対する、鷲宮店長がそこに。
「今日は、叔母さ……オーナーはお休みしてる。俺でも良いか?」
嫌です、とは言いづらい。
「……はい、お願い致します」
真佐美さんのマッサージを受けに来たんだけど……いや、資格を取る事を考えたら、色んな方の施術を受けた方が良いかもしれない。
そう前向きに思い直して、私は笑顔で答えた。
「そう。じゃあ、いつもの60分?」
「はい。いつも……の、で」
あれ?ここで鷲宮店長と会った事ないのに、何で鷲宮店長が知ってるんだろ??
私のカルテを見た様子もないし……ああ、真佐美さんから聞いたのかな。
「はい、着替え」
「ありがとうございます」
私は着替えを受け取ってから、「何番ですか?」と聞く。
「2番」
当たり前の様に、鷲宮店長は答えた。
※※※
「じゃあ、始めるよ」
「はい、よろしくお願い致します」
「……」
マッサージの順番は、一から十まで型にはめられているのかというとそんなことはない。全身マッサージの場合、上半身から始まる事が多いらしいけど。鷲宮店長の場合、右手からスタートした。
店長のオイルを纏った長い指が、私の右手の指先からゆるゆるとほぐしていく。
あぁ……気持ち良い……
よくよく考えたら、私は真佐美さんの施術中、毎回始まる前から終わった後まで寝こけていた。
だから、施術中に意識があるのは実はこれが初めてだ。
少しでも、そのマッサージの技を盗もうと、力加減や順番、手の滑らせ方やオイルの補充タイミングを意識しようとしたが………
「……はい、終わり」
「…ふぇえっ!?今日も寝てましたか!?」
がばり、と起きた私は、確かに時計の針が23時15分を指していたのを確認したのである。
そして、施術中の為、上半身裸である事を思い出して再びがばり、とベッドにうつ伏せになる。上半身にかけられていた、ずれたバスタオルを両手でぎゅ、と肩まで引き寄せた。
「……いつもより、寝るの遅かったね」
真佐美さん、甥っ子さんに話しすぎー、と思いながら、珍しく鷲宮店長が話を振ってくれたので嬉しくなった。
うつ伏せになっているから、鷲宮店長の表情まで読み取れないけど、きっと無表情で淡々と話しているのだろう。
「はい、前の職場が毎日残業、という様な会社だったので、以前こちらに通わせて頂いた時はベッドに横になるなり寝てました」
「……だね。よっぽど疲れた顔してたけど……今は、大分顔色も良くなったし、表情が明るくなった」
んん?
「肌はガサガサ、痩せてひょろひょろ、髪はボサボサ、爪もぼろぼろ、本当に酷かった」
んんん?
「丁寧に身体をほぐしても、一週間すれば身体はがっちがち。本当にどんな生活してんのかと思った」
「店長って、実はそんなに話せるんですね」
「今はお客様だからね。今、身体見させて貰ったところ、最後に施術してから今日までの2ヶ月間よりも、前の職場での一週間の方がよっぽど状態が悪い。……退職してから、本当に良くなった」
「……ありがとうございます。真佐美さんと、皆さんのお陰です」
つい2ヶ月前に、この雑居ビルから飛び降りる事を考えていた筈の私は、精神的に安定して日々が輝いて見えるほど楽しい毎日を送っている。
もう、私の顧客情報がマッサージ師である鷲宮店長に筒抜けであろうとも、そんな事で真佐美さ~ん(怒)とはならない、勿論。
「……あのさぁ、ひ……赤羽さんて、鈍感なの?」
「はいい??」
施術用のベッドに、鷲宮店長は腰をかけた。
「これだけ言っても、毎週ひ…赤羽さんを施術したのが俺だったって気付かないからさ」
「へ?」
んんんん??
「だから、毎週陽葵さんの施術してたの、俺」
「えええ━━━━━っっっ!!」
※※※
私が受けた『60分スペシャルコース(訳あり半額)』は、マッサージ師になりたての鷲宮店長が施術する為の値段だったらしい。
「ひ…赤羽さん、初回俺が部屋に入った時には既に寝てて。一応男性スタッフ担当だって説明してから施術に入るんだけど、事情が事情だったからそのまま担当させて貰って。その後も説明前に毎回寝てるもんだから、起きてた時に話せばいーか、って叔母さんと話してたんだ」
「そそそ、そうでしたか…」
何だか、は、恥ずかしい。
「だけど、初回担当した時に、叔母さ……オーナーに、注意された事があって」
「はい?」
ん?何を注意されたんだろう??
先を促したつもりだったが、待てども待てども会話を続ける様子がない。
鷲宮店長は、腰をかけていた施術用ベッドから立ち上がり、後ろを向いて道具のチェックと片付けをしていた。
もしもし……?店長、私まだ着替えてないんですけど……?
「……あのさ、お客様としての会話はここまでで良いかな?」
んんん??
もう、セールストークに疲れたって事かな??
「はい、勿論」
「これから話すのは、同僚としてなんだけど」
「はい、何でしょう」
あ、違うらしい。
何だか鷲宮店長の後ろ姿しか見えていないのに、空気がピリピリしている気がした。
え、何かやらかしてしまった?怒られるのかな?
実際はうつ伏せで寝転がっているのに、気分だけは正座した。
「お客様に手を出すなって言われたんだ」
「……??」
「オーナーに、『大事なお客様に、手を出すな』って言われた」
「……はぁ……あの、心得的なお話ですか?サロン経営の暗黙のルール的な……大丈夫ですよ、私、男性のお客様で」「違う」
??
「違う。俺が、陽葵さんに、手を出すんじゃないかって思われて、釘を刺された」
はい?
「それは……誤解は解けたんですか?」
鷲宮店長は、そこでやっとこちらを向いた。
あれ?私、初めて鷲宮店長と視線が合ったかも。
「いや。誤解じゃないし」
私は目が点になる。
あ、鷲宮店長の睫毛、意外と長いんだなぁ。
「気をつけるって答えた。我慢するって。ただ、お客様じゃなくなったらいいか?って聞いたら、それなら頑張って落とせと言われた」
「真逆ですね!」
流石真佐美さん。
私は、先程の鷲宮店長のピリピリ感が、怒りではなく緊張からくるものだったと気付いた。
オイルでしっとりした長い鷲宮店長の指が、私の頬に触れる。
「だから……ね、君を、落としたい」
鷲宮店長の瞳に、何かがキラリと光った気がして……
「ん…………!!っふ、うんっ…!!」
唇を、奪われた。
※※※
くちゃくちゃという水音が、耳を蹂躙する。
「てん、ちょ……、ア、ふぁっ………!」
ベッドの上で、私の左胸は店長の手の平の動きに合わせて形を変えた。
きゅ、と乳首を摘ままれて下半身がジュン、とする。
うつ伏せた私の後ろから店長が覆い被さり、逃げ場はない。
彼の舌先が私の右耳を舐ぶり、右手は私の右太腿の前を通って、膣の中に侵入している。
紙で出来たパンツはとっくに引きちぎられ、とうに用を為してない。
長い指がじゅぼ、じゅぼとテンポ良く出し入れされるのに気を良くした私の膣は、先程から小さな痙攣をおこしながら、出ていかせまいと店長の指に絡みつく。
「……凄い……感じてる?」
「いわ、ない、でぇっ……!」
恥ずかしい。
彼氏でも何でもない人に愛撫され、大学2年生の時に自然消滅した彼氏以来、誰にも触れられる事のなかった身体は歓喜している。
「だって、陽葵さんのお汁が俺の指どころか、ベッドに垂れて……泉みたいになってる」
泉って言わないで!!
自覚があるだけに、羞恥心で死ねる。
鷲宮店長は、私の耳を最後に一舐めした後、スッと下がった。
膣に埋まっていた指も、するりと抜かれる。
「んん………っ」
やばい。
おねだりしているかの様な、物足りない様な、甘い声が出てしまった。
「勿体無いから、舐める」
じゅるじゅるじゅるじゅるるるるるっっ!!!
「ん~~~っっっ!!」
腰を少し持ち上げられ、後ろから花びらを開かれ、ダラダラと涎を足らずそこを思い切り吸われ、強い刺激に目眩がする。
じゅぶ、と両手の親指を突き入れられ、左右に開かれた。
「ゃ、いやぁ………」
「……綺麗な色。全然使われてなさそう」
そりゃ、ここしばらくはご無沙汰だったけど……恥ずかしいから実況しないで欲しい。
指を抜こうと、お尻を左右に振れば
「ん?早くして欲しい?」
と曲解されて、そのまま指が前後に動かされた。
じゅぼ、じゅぶ、ずっちゅ
それがまた、気持ち良すぎて。
「ん、んふぅ、はぁあっ………!!」
「……イれたい。埋めて良い?」
「ンンっ、……え?」
くちゅ。
熱を帯びた鷲宮店長の剛直が、私の泥濘(ぬかるみ)に押し当てられて。
ぐち、ぐち……ぬぶぶぶ……
「ひぁっ…………!!あああ━━━━━っっっ」
ゆっくりゆっくりとソレが押し入ってくれば、それは紛れもない快感を生み出して。
ばちゅん!ばちゅん!!ばちゅん!!
「ふぁん!あ、だめ、そこ、凄い……っっ!!」
「……くっ………すげ、絞まる……っ」
ぐちゅぐちゅぐちゅと絶え間なく響く水音と、自分の嬌声と、鷲宮店長の吐息と。
短い様な、長い様な、快楽を与えられ続けてそれはきた。
「あ、も、いっちゃ、いっちゃうからぁっ………!!」
「ん、イって、陽葵さん、俺ので……っっ」
「アン、あぁーーーーーーーーっっ!!」
目の前が、弾けて頭が白くなる。
「…………きだ………………っっ」
鷲宮店長が何かを囁き。
ドクリ、と、ゴム越しに白濁した液体が大量に放出されたのを感じた。
※※※
そんな、二人の身体が繋がっていた頃。
「真佐美さん、何だかニヤニヤしてません?」
サロンの女性スタッフと飲みに来た恰幅の良いオーナーは端から見ても上機嫌だった。
「そうぉ?いやぁ、今日久々に陽葵ちゃんがマッサージしに来るって言うから、いっくんに任せちゃったの。うふふふ、いっくんの初恋とか一目惚れとか片思いとか初めて見たからねぇ。上手くいくといいなぁと思って♪」
「あー、樹君、わかりやすく陽葵さんの前だと緊張して話せなかったですよね~。この前私、陽葵ちゃんに相談された事あったじゃないですか。樹君が陽葵ちゃんの事良く思ってないんじゃないかって。真逆だっつーの、って喉まで出掛かりました。若いって良いなあ。可愛い可愛い」
「お二人とも、もう樹君も店長なんですから……」
「けど、鷲宮店長面白かったよ~。私が陽葵ちゃんにお化粧教えてたら、後で引き留められて何て言ったと思う?」
「何、何?」
「『これ以上可愛くなったら余計な虫が着くので、一般受けする化粧の仕方とか教えないで下さい』だってぇ!」
「やだぁ~、まだ彼氏でもないのに!!」
「我が甥っ子ながら、心が狭いわぁ~、男ならもっとどーんと構えなきゃねぇ」
「あはははは!」
「さて、明日の二人の様子を観察するのが楽しみだわぁ~♪」
「本当」
「上手くいってると思う?」
「告白位は出来たかな?」
「どーだろねぇ?いっくん、言葉足らずなところあるからなぁ……なーんも言わずに陽葵ちゃん襲ってたりしてー」
「えええ~」
「乙女心的に、それはナイですよねぇ」
「うんうん」
「だね」
※※※
そんな会話が繰り広げられているとは知らず。
私と鷲宮店長はギクシャクとしたままその日は別れ。
1ヶ月後、告白したつもりの鷲宮店長が、私に「そろそろ返事が聞きたい」と言い出し。
私は晴れて鷲宮店長とお付き合いを始めた。
そして、新しい日課。
「……うん、今日も調子は良さそうだね」
「…………あり、がとう……………」
「眠いなら寝てて良いよ、後で起こしてあげる」
極上マッサージに毎晩蕩ける日々が。
けどね?
「だって……寝たら………起こし方が………」
「俺だって、気持ち良くなりたいしさ」
毎晩、樹さんに気持ち良くされた私は、そのお返しを身体で求められるのでした。
私は今日も重たい足を引き摺るようにして、とある雑居ビルの6階を目指す。
毎週金曜日。
それは、私が自分にご褒美をあげる日。
ブラック企業に勤める私は、普段はこんなに早く帰れない。
多分バックにヤクザが絡んでいる様な不動産勤め。
営業職で内定を貰ったけど、やる事は毎日毎日ひたすら電話をかけること。
何時だろうが、相手の都合お構い無しのそれは、営業どころか迷惑以外の何物でもないと思う。
柄の悪い上司や先輩には何も言えないけど。
ノルマを達成出来ないノロマは黙っていろと、実際に言われた事もあるし。
就職して、たった1ヶ月で音をあげた。
何社も面接して、やっと取れた内定。
しっかり働いて、頑張って会社に貢献していきたいという気持ちは、胃の中の物と一緒に吐いて吐いて吐いた毎日だった。
1ヶ月で、3キロ痩せた。
自殺する気はなかった。
けど、このビルから飛び降りたら楽になるのかな、とか。
明日のノルマを考えなくて済むのかな、とか。
ただ、それだけ。
今、目の前に10階建て位のビルと、非常階段が目に入った。
ただ、それだけで、私は吸い込まれる様にそのビルへ吸い込まれた。
私はその時もノロノロと重たい足取りで、雑居ビルの古臭いエレベーターに乗り込んだ。
何も考えず、最上階を押す。
「あ、乗りまーす」
前から聞こえた女性の声に、慌てて「開」ボタンを押す。
うつむいていたから、目の前の女性に気付かなかった。
「どうもすみません」
にこにこ、と愛想の良いどっしりとした女性に曖昧に頷き返しながら、「何階ですか?」と聞く。
「6階で……ねえ貴方、良かったらうちの店でマッサージ受けていきません?」
私はきょとんとした顔で女性を見たのだろう。
その女性……真佐美さんは、「疲れたお顔をしてるから。もし今来てくれたら、新規って事でサービスしますよ~」
と言って、またにこにこ、にっこりとした。
50代位かな?
恰幅の良いその姿は、全く似てないのに実家の母を思い出させて。
「……大丈夫?うちにおいで」
その場でポロポロ泣き出した私の背中を優しく擦り、6階でそのまま背中を押し、私を救い出した。
※※※
「真佐美さん、今晩は~」
「いらっしゃい、陽葵ちゃん」
にこにこ、にっこり。何時もの笑顔に癒される。
真佐美さんと知り合ってから、2ヶ月。
私はある決意をしていた。
「今日も何時ものコースで良いかしら?」
「はい!『60分スペシャルコース(訳あり半額)』でお願いします」
「はい、じゃあこれ。今日も2番でね」
「は~い、よろしくお願い致します」
紙で出来た下着とふかふかなバスタオルを渡され、私は慣れた様に2番のブースに入る。
2ヶ月前の、あの日も。
マッサージ屋を営む真佐美さんに連れられ、60分3000円のコースでマッサージを受けた、らしい。
なぜ「らしい」のか。
疲れきっていた私は、マッサージを受ける前から寝ていたからだ。
真佐美さんは「最短記録よ」と大笑いしていたが、施術を受けた後の私は驚いた。
「肩、軽い!うわ、腰、痛くない!あれ、足の浮腫みが取れてる……重たくない!え、え、凄い!!」
今までにない程、身体全体がすこぶる快調だったから。
「心が不調だと、身体にも支障をきたすしね。逆に身体の不調を放っておくと、心の不調に繋がる事もあるのよ?……だからね、元気がない時、たまには身体だけでもリフレッシュさせてあげてね」
確かに、身体が軽くなった私は、心も軽くなっていた。
勿論、目の前の問題が解決した訳ではない。
けれども、確実にこの雑居ビルに入った時と、マッサージを受けた後の気持ちに変化があった。
暖められた施術用のベッドに横になる。
お気に入りのアロマが香り出す頃には、私の意識は遠のき始め……「はい陽葵ちゃん、終わったわよ」の声で、磨かれ軽くなった身体と心を手に入れるのだ。
お会計のタイミングで、私は切り出した。
「私、今の会社を辞めようと思っているんです」
「あら、よく決心したね。私もそうした方が、良いと思うわ?」
真佐美さんの穏やかなにこにこ、にっこりはいつもより晴れやかで、本当に賛成してくれているのがわかる。
「自分にはなりたいものもなくて……流されて、なんとなく今の会社に就職しました。けど、真佐美さんとお会い出来て……私、あん摩マッサージ指圧師になりたいなと思いまして」
「まあ……!そんな風に思って貰えて、嬉しいったらないわ」
「真佐美さんみたいに、疲れている人を癒せたらと思って。安直ですけど」
「ううん、そんな事ない。応援するわ」
「それで、一回実家に戻ろうかと……」
「えっ!?ご実家って……」
「九州です」
「あらぁ~、遠いわねぇ~、寂しくなるわぁ……」
「真佐美さんのお店に来られなくなる事だけは、嫌なんですが……」
この資格は、通信では取れない。夜間の専門学校はあるので働きながら取ることも出来るが、スタートが17時30分からだから、今の職場では無理だ。
バイトしながら取るには独り暮らしでは経済的に厳しい。
だから、やむ無く実家に戻る覚悟をしたのだが……
「じゃあ、私が他でやってるお店で働きながら資格取る??」
「はい??」
失礼ながら、質問に質問で返事をしてしまった。
※※※
真佐美さんは2店舗のお店を経営しているオーナー兼マッサージ師だそうなのだが、私が来ている雑居ビルの6階のお店は所謂医療行為としてのマッサージ店で。
もう1つ、二駅程離れた立地に、リラックス効果をメインとしたリラクゼーション専門のサロンも開いているのだそう。
サロンは昼間、マッサージ店は夜間に開けているとの事で、
「マッサージは国家資格ないと出来ないけど、サロンなら受付と、セラピストとして研修を受けて貰ってからならお客様の相手も任せられるから。……どうかしら?」
と打診してくれた。
「えっ………、と、本当に良いんですか??嬉しいですが……あの、面接とか……」
「私がオーナーで、貴方を雇いたいって言うんだからいーのよぉ」
にこにこ、にっこり。
私は2度も、真佐美さんに救われた。
※※※
「赤羽陽葵です、今日から入社致しました。これからよろしくお願い致します」
ペコリと深くお辞儀する。
前の会社に退職の意を告げ、「3ヶ月で会社を辞める奴に次が見つかるはずがない」「大した営業成績もないのに辞めるなんて給料泥棒だ」と言われながら、休み返上で働き続ける事1ヶ月、何とか退職する事が出来た。
真佐美さんと雇用契約をさせて頂き、会社やお仕事について諸々の説明を受けて終わった初日。私は、最後に顔合わせも兼ねて閉店間際のサロンに真佐美さんと共に顔を出す。
「店長の鷲宮です、よろしくお願いします」
「セラピストの鴨居でーす、よろしくね」
「受付兼セラピストの佐藤です、よろしくお願い致します」
「同じく受付とセラピストをしてます、金子です。これからよろしくお願いしまーす」
鷲宮さんだけ若い男性で、他は皆20代~30代の女性だった。
リラクゼーションサロンだからだろうか……皆さん、凄く立ち姿からして綺麗。
お店は小さいながらも清潔で、凄く良いアロマの香りが漂っていて、とても落ち着いた雰囲気だった。
早く、このサロンのスタッフとして馴染む為にも、少し立ち振舞い方やお化粧の仕方を学ばなければいけないな、と心の中で思う。
真佐美さんはにこにこしながら言う。
「今日は全員揃ってて良かったわ~♪鷲宮君だけはマッサージ師で、夜の店にも出て貰ってるの。他は皆、セラピストでこの店専門よ」
「そうなんですね」
「もし資格を取りたいなら、鷲宮君に色々聞けば良いと思うわ」
「はい、ありがとうございます」
私はこの2ヶ月間、毎週金曜日に真佐美さんのマッサージ店に通っていたが、鷲宮店長とお会いした事はなかった。
もしかしたら、真佐美さんと交互に違う曜日に入っていたのかもしれない。
私の紹介が終わった後、本日ご来店された顧客情報の共有ミーティングと新規客への施術やコースのご提案について話し合われた。
話し合われたというより、女性セラピストの困り事や悩み事を、鷲宮店長が的確なアドバイスを指示していると言って良かった。
全く話に入っていけない私は、恐らく同年代か年下であろう鷲宮店長の話を聞いて理解するだけで精一杯。
真佐美さんから渡された、店舗のサービス一覧を見ながら必死に状況を理解しようとした。
「じゃあ、今日は解散ね。皆、陽葵ちゃんは学校が始まったら定時が16時あがりで、かわりに朝番と雑務を担当して貰うからね。陽葵ちゃん、学校が始まる前に朝番のお仕事覚えて頂戴ね~」
「はい、頑張ります」
「3年間、勉強頑張ってね~」
「はい、ありがとうございます」
真佐美さんだから、きっと大丈夫だと思っていたけど。
実際働いてみれば、女性スタッフの皆さんはとても優しくて、気さくな方ばかりだった。
私が資格を取ろうとしているのを心から応援してくれているのがわかるし、仕事も丁寧に教えて下さるし、頑張れば誉めてくれる。
何もかもが新鮮で、前の会社と比べては失礼だと思う程、仕事は楽しかった。
私は幸いにも優しい先輩方の指導のお陰で直ぐに新しい職場やお客様に慣れる事が出来、本当に充実した毎日を送っていたが、1つ気になる事があって……
※※※
「あの……佐藤さん。鷲宮店長って、いつもあんな感じなのでしょうか?」
「ん?あんなって??」
朝の時間。
私は皆さんより先に出勤し、お客様にお出しするお茶の準備、施術に使う道具の補充やタオルの準備、掃除等、バタバタしながら「おはよー」と(私の次に)一番乗りしてきた佐藤さんに声を掛けた。
「何と言いますか……」
「あー、無口とか?無愛想とか?」
私は言葉に詰まった。
このリラクゼーションサロンの一番人気セラピストは鷲宮店長。けれども、実は鷲宮店長が笑っているところを見たことがないのだ。
私が聞いた事には丁寧に答えてくれるし、仕事で困った事が生じれば直ぐに助けてくれる。
しかし、無駄話は一切した事がなく、仕事以外の会話で盛り上がったりなんて皆無だった。
視線があった事もないし、顔を見ればいつも強張った表情をされているのが気になっていた。
「……うん、あんな感じだよ」
「良かった……嫌われてるのかな?と、少し感じてしまって……」
「あー、それはない。鷲宮店長、スタッフにはいつもあんな感じだよ」
そこに、真佐美さんが入ってきた。
「おはよう~、佐藤さん、陽葵ちゃん。なーに?あの子の話?陽葵ちゃん気になるのぉ~?」
鷲宮店長が、実は真佐美さんの甥っ子だと言う事は最近知った。
真佐美さんはニヤニヤして聞いてくる。
「ち、違いますよっ!……あの、あまり笑って下さらないので……私、嫌われてはいないかと……」
真佐美さんは、今度は目を真ん丸くさせた。
「ないないない!陽葵ちゃんみたいな可愛くて性格も良い子を嫌うわけないじゃないの!陽葵ちゃんの前であの子の顔が怖くなるのはねぇ」「叔母さん」
びっくりした。
真佐美さんの後ろから、鷲宮店長がぬ、と現れた。
明らかに店長の方が身長が高いのに、それすら気付かせない真佐美さんオーラ恐るべし。
「店長、おはようございます」
「鷲宮店長、おはよー」
「あら、ここで『叔母さん』は駄目よ?いっくん」
「……」
「あ、間違えた。鷲宮店長」
鷲宮店長は、呆れた顔をしてスタスタ店舗のチェックに向かう。
真佐美さんは、くるりと私に振り向いて言った。
「ふふふ、あの子の顔が怖くなるのはねぇ、緊張しているからなのよ。だから気にしないで~」
……WHY?
※※※
今日は金曜日。
少し懐かしい感じのする雑居ビルの6階を目指した。
専門学校が始まり、昼はサロンで働き、夜は学校という二重生活。
流石にまだ慣れていないのもあり、身体は疲れきっていた。
とはいえ、以前の職場で働いていた時とは違い、充足感に満ちた疲れではあるけど。
疲れた身体には、真佐美さんのマッサージだ。
幸い、学校が今日は少し早く終わり、22時には店舗に着きそうだった。
見慣れた少し重たいドアを開ければ……
「真佐美さ~ん」
「……」
「……えっ………あ、あの……」
「……いらっしゃいませ」
「……はい」
はい、来ました。
そして、いました。
変わらず笑いもせずに応対する、鷲宮店長がそこに。
「今日は、叔母さ……オーナーはお休みしてる。俺でも良いか?」
嫌です、とは言いづらい。
「……はい、お願い致します」
真佐美さんのマッサージを受けに来たんだけど……いや、資格を取る事を考えたら、色んな方の施術を受けた方が良いかもしれない。
そう前向きに思い直して、私は笑顔で答えた。
「そう。じゃあ、いつもの60分?」
「はい。いつも……の、で」
あれ?ここで鷲宮店長と会った事ないのに、何で鷲宮店長が知ってるんだろ??
私のカルテを見た様子もないし……ああ、真佐美さんから聞いたのかな。
「はい、着替え」
「ありがとうございます」
私は着替えを受け取ってから、「何番ですか?」と聞く。
「2番」
当たり前の様に、鷲宮店長は答えた。
※※※
「じゃあ、始めるよ」
「はい、よろしくお願い致します」
「……」
マッサージの順番は、一から十まで型にはめられているのかというとそんなことはない。全身マッサージの場合、上半身から始まる事が多いらしいけど。鷲宮店長の場合、右手からスタートした。
店長のオイルを纏った長い指が、私の右手の指先からゆるゆるとほぐしていく。
あぁ……気持ち良い……
よくよく考えたら、私は真佐美さんの施術中、毎回始まる前から終わった後まで寝こけていた。
だから、施術中に意識があるのは実はこれが初めてだ。
少しでも、そのマッサージの技を盗もうと、力加減や順番、手の滑らせ方やオイルの補充タイミングを意識しようとしたが………
「……はい、終わり」
「…ふぇえっ!?今日も寝てましたか!?」
がばり、と起きた私は、確かに時計の針が23時15分を指していたのを確認したのである。
そして、施術中の為、上半身裸である事を思い出して再びがばり、とベッドにうつ伏せになる。上半身にかけられていた、ずれたバスタオルを両手でぎゅ、と肩まで引き寄せた。
「……いつもより、寝るの遅かったね」
真佐美さん、甥っ子さんに話しすぎー、と思いながら、珍しく鷲宮店長が話を振ってくれたので嬉しくなった。
うつ伏せになっているから、鷲宮店長の表情まで読み取れないけど、きっと無表情で淡々と話しているのだろう。
「はい、前の職場が毎日残業、という様な会社だったので、以前こちらに通わせて頂いた時はベッドに横になるなり寝てました」
「……だね。よっぽど疲れた顔してたけど……今は、大分顔色も良くなったし、表情が明るくなった」
んん?
「肌はガサガサ、痩せてひょろひょろ、髪はボサボサ、爪もぼろぼろ、本当に酷かった」
んんん?
「丁寧に身体をほぐしても、一週間すれば身体はがっちがち。本当にどんな生活してんのかと思った」
「店長って、実はそんなに話せるんですね」
「今はお客様だからね。今、身体見させて貰ったところ、最後に施術してから今日までの2ヶ月間よりも、前の職場での一週間の方がよっぽど状態が悪い。……退職してから、本当に良くなった」
「……ありがとうございます。真佐美さんと、皆さんのお陰です」
つい2ヶ月前に、この雑居ビルから飛び降りる事を考えていた筈の私は、精神的に安定して日々が輝いて見えるほど楽しい毎日を送っている。
もう、私の顧客情報がマッサージ師である鷲宮店長に筒抜けであろうとも、そんな事で真佐美さ~ん(怒)とはならない、勿論。
「……あのさぁ、ひ……赤羽さんて、鈍感なの?」
「はいい??」
施術用のベッドに、鷲宮店長は腰をかけた。
「これだけ言っても、毎週ひ…赤羽さんを施術したのが俺だったって気付かないからさ」
「へ?」
んんんん??
「だから、毎週陽葵さんの施術してたの、俺」
「えええ━━━━━っっっ!!」
※※※
私が受けた『60分スペシャルコース(訳あり半額)』は、マッサージ師になりたての鷲宮店長が施術する為の値段だったらしい。
「ひ…赤羽さん、初回俺が部屋に入った時には既に寝てて。一応男性スタッフ担当だって説明してから施術に入るんだけど、事情が事情だったからそのまま担当させて貰って。その後も説明前に毎回寝てるもんだから、起きてた時に話せばいーか、って叔母さんと話してたんだ」
「そそそ、そうでしたか…」
何だか、は、恥ずかしい。
「だけど、初回担当した時に、叔母さ……オーナーに、注意された事があって」
「はい?」
ん?何を注意されたんだろう??
先を促したつもりだったが、待てども待てども会話を続ける様子がない。
鷲宮店長は、腰をかけていた施術用ベッドから立ち上がり、後ろを向いて道具のチェックと片付けをしていた。
もしもし……?店長、私まだ着替えてないんですけど……?
「……あのさ、お客様としての会話はここまでで良いかな?」
んんん??
もう、セールストークに疲れたって事かな??
「はい、勿論」
「これから話すのは、同僚としてなんだけど」
「はい、何でしょう」
あ、違うらしい。
何だか鷲宮店長の後ろ姿しか見えていないのに、空気がピリピリしている気がした。
え、何かやらかしてしまった?怒られるのかな?
実際はうつ伏せで寝転がっているのに、気分だけは正座した。
「お客様に手を出すなって言われたんだ」
「……??」
「オーナーに、『大事なお客様に、手を出すな』って言われた」
「……はぁ……あの、心得的なお話ですか?サロン経営の暗黙のルール的な……大丈夫ですよ、私、男性のお客様で」「違う」
??
「違う。俺が、陽葵さんに、手を出すんじゃないかって思われて、釘を刺された」
はい?
「それは……誤解は解けたんですか?」
鷲宮店長は、そこでやっとこちらを向いた。
あれ?私、初めて鷲宮店長と視線が合ったかも。
「いや。誤解じゃないし」
私は目が点になる。
あ、鷲宮店長の睫毛、意外と長いんだなぁ。
「気をつけるって答えた。我慢するって。ただ、お客様じゃなくなったらいいか?って聞いたら、それなら頑張って落とせと言われた」
「真逆ですね!」
流石真佐美さん。
私は、先程の鷲宮店長のピリピリ感が、怒りではなく緊張からくるものだったと気付いた。
オイルでしっとりした長い鷲宮店長の指が、私の頬に触れる。
「だから……ね、君を、落としたい」
鷲宮店長の瞳に、何かがキラリと光った気がして……
「ん…………!!っふ、うんっ…!!」
唇を、奪われた。
※※※
くちゃくちゃという水音が、耳を蹂躙する。
「てん、ちょ……、ア、ふぁっ………!」
ベッドの上で、私の左胸は店長の手の平の動きに合わせて形を変えた。
きゅ、と乳首を摘ままれて下半身がジュン、とする。
うつ伏せた私の後ろから店長が覆い被さり、逃げ場はない。
彼の舌先が私の右耳を舐ぶり、右手は私の右太腿の前を通って、膣の中に侵入している。
紙で出来たパンツはとっくに引きちぎられ、とうに用を為してない。
長い指がじゅぼ、じゅぼとテンポ良く出し入れされるのに気を良くした私の膣は、先程から小さな痙攣をおこしながら、出ていかせまいと店長の指に絡みつく。
「……凄い……感じてる?」
「いわ、ない、でぇっ……!」
恥ずかしい。
彼氏でも何でもない人に愛撫され、大学2年生の時に自然消滅した彼氏以来、誰にも触れられる事のなかった身体は歓喜している。
「だって、陽葵さんのお汁が俺の指どころか、ベッドに垂れて……泉みたいになってる」
泉って言わないで!!
自覚があるだけに、羞恥心で死ねる。
鷲宮店長は、私の耳を最後に一舐めした後、スッと下がった。
膣に埋まっていた指も、するりと抜かれる。
「んん………っ」
やばい。
おねだりしているかの様な、物足りない様な、甘い声が出てしまった。
「勿体無いから、舐める」
じゅるじゅるじゅるじゅるるるるるっっ!!!
「ん~~~っっっ!!」
腰を少し持ち上げられ、後ろから花びらを開かれ、ダラダラと涎を足らずそこを思い切り吸われ、強い刺激に目眩がする。
じゅぶ、と両手の親指を突き入れられ、左右に開かれた。
「ゃ、いやぁ………」
「……綺麗な色。全然使われてなさそう」
そりゃ、ここしばらくはご無沙汰だったけど……恥ずかしいから実況しないで欲しい。
指を抜こうと、お尻を左右に振れば
「ん?早くして欲しい?」
と曲解されて、そのまま指が前後に動かされた。
じゅぼ、じゅぶ、ずっちゅ
それがまた、気持ち良すぎて。
「ん、んふぅ、はぁあっ………!!」
「……イれたい。埋めて良い?」
「ンンっ、……え?」
くちゅ。
熱を帯びた鷲宮店長の剛直が、私の泥濘(ぬかるみ)に押し当てられて。
ぐち、ぐち……ぬぶぶぶ……
「ひぁっ…………!!あああ━━━━━っっっ」
ゆっくりゆっくりとソレが押し入ってくれば、それは紛れもない快感を生み出して。
ばちゅん!ばちゅん!!ばちゅん!!
「ふぁん!あ、だめ、そこ、凄い……っっ!!」
「……くっ………すげ、絞まる……っ」
ぐちゅぐちゅぐちゅと絶え間なく響く水音と、自分の嬌声と、鷲宮店長の吐息と。
短い様な、長い様な、快楽を与えられ続けてそれはきた。
「あ、も、いっちゃ、いっちゃうからぁっ………!!」
「ん、イって、陽葵さん、俺ので……っっ」
「アン、あぁーーーーーーーーっっ!!」
目の前が、弾けて頭が白くなる。
「…………きだ………………っっ」
鷲宮店長が何かを囁き。
ドクリ、と、ゴム越しに白濁した液体が大量に放出されたのを感じた。
※※※
そんな、二人の身体が繋がっていた頃。
「真佐美さん、何だかニヤニヤしてません?」
サロンの女性スタッフと飲みに来た恰幅の良いオーナーは端から見ても上機嫌だった。
「そうぉ?いやぁ、今日久々に陽葵ちゃんがマッサージしに来るって言うから、いっくんに任せちゃったの。うふふふ、いっくんの初恋とか一目惚れとか片思いとか初めて見たからねぇ。上手くいくといいなぁと思って♪」
「あー、樹君、わかりやすく陽葵さんの前だと緊張して話せなかったですよね~。この前私、陽葵ちゃんに相談された事あったじゃないですか。樹君が陽葵ちゃんの事良く思ってないんじゃないかって。真逆だっつーの、って喉まで出掛かりました。若いって良いなあ。可愛い可愛い」
「お二人とも、もう樹君も店長なんですから……」
「けど、鷲宮店長面白かったよ~。私が陽葵ちゃんにお化粧教えてたら、後で引き留められて何て言ったと思う?」
「何、何?」
「『これ以上可愛くなったら余計な虫が着くので、一般受けする化粧の仕方とか教えないで下さい』だってぇ!」
「やだぁ~、まだ彼氏でもないのに!!」
「我が甥っ子ながら、心が狭いわぁ~、男ならもっとどーんと構えなきゃねぇ」
「あはははは!」
「さて、明日の二人の様子を観察するのが楽しみだわぁ~♪」
「本当」
「上手くいってると思う?」
「告白位は出来たかな?」
「どーだろねぇ?いっくん、言葉足らずなところあるからなぁ……なーんも言わずに陽葵ちゃん襲ってたりしてー」
「えええ~」
「乙女心的に、それはナイですよねぇ」
「うんうん」
「だね」
※※※
そんな会話が繰り広げられているとは知らず。
私と鷲宮店長はギクシャクとしたままその日は別れ。
1ヶ月後、告白したつもりの鷲宮店長が、私に「そろそろ返事が聞きたい」と言い出し。
私は晴れて鷲宮店長とお付き合いを始めた。
そして、新しい日課。
「……うん、今日も調子は良さそうだね」
「…………あり、がとう……………」
「眠いなら寝てて良いよ、後で起こしてあげる」
極上マッサージに毎晩蕩ける日々が。
けどね?
「だって……寝たら………起こし方が………」
「俺だって、気持ち良くなりたいしさ」
毎晩、樹さんに気持ち良くされた私は、そのお返しを身体で求められるのでした。
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