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そうだ、恋愛成就の珠を買いに行こう!

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「もう嫌だよー!!毎回毎回、何で私はこんな役回りばかりなのかなーっっ!?」


ビールジョッキをダンッと乱暴に置けば、向かいに座る幼馴染みはテーブルに零れた水滴を丁寧に拭き取ってくれた。
どもども、と頭を下げる。


「んー、毎回毎回、何でそういう男ばっかり好きになるの?」
「‥‥面食いだからかなぁ?」
「じゃあイケメン以外に目を向けてみたら?」
「向けて見た事あるもんっっ!!」
「え、そうなの?」
「顔はイケメンじゃなかった‥‥けど、スポーツマンだったから格好良く見えたよ」
「あー‥‥ひとり前のアイツね」
「‥‥何で‥‥何で‥」


私が好きになる相手は、他の誰かに片想いしていたり、恋人や妻がいる人ばっかりなんだろーか??
そしてそこに私が絡むと、必ず相手は想いを寄せた女性(ヒト)と成就したり、元サヤに収まったりする。


九重ここのえまどか、20才。
そこそこ可愛いと言われる顔面ようしなのに、彼氏が出来た事ありません。


私は毎回、さながら恋愛小説の当て馬の様に、恋した相手の恋愛を結果的に応援する羽目になる。

ちっとも脈がないって言うならまだいいんだ。
けどさ‥‥

長年の片想いに終止符を打った筈の中学の同級生は、私と良い仲になりそうになった直後、彼と別れた彼女に猛アタックを掛けて晴れて両想いとなり、私は忘れ去られた。

ラブラブだった恋人と些細なすれ違いで別れた高校の先輩は、私の告白にOKを出した直後に、お互いが勘違いしていた事に気付いて元サヤに収まり、やはり私は忘れ去られた。

大学のバイト先で知り合った店長は奥さんの事で悩んでいて、色々相談に乗っているうちに何となく良い雰囲気になってきたが、そこに奥さんの妊娠が発覚し、以来私は素っ気なく扱われた。

所属していたテニスサークルで一番上手な先輩は、最初は私に気がある形で接してきたが、好きになりかけた時に、先輩は顔見知り程度の他のサークルメンバーとカップルになっていた。

最後に今回、大学の文化祭でミス&ミスターキャンパスという美人とイケメンを決めるイベントに、一緒に出場して出来た友人の一人に淡い恋心を抱いたが、彼はコンテストで見事に1位となった女性に想いを寄せていて、何故か私が仲を取り持つ事となった。


「うううーーっっ!!私だって‥‥私だって、幸せになりたいよぅー‥‥」
「はいはい、覚えたてのビールなんてそんなに飲まないの、もうお終い」
「ねぇ、どーやったら、じゅんちゃんみたいに長ーく付き合える相手と巡り会えるのかなぁ‥‥?」


目の前の幼馴染みである、日向ひむかい準一郎《じゅんいちろう》には、中学時代から付き合っている彼女がいるらしい。
私は会ったことないけど。


準ちゃんは困った様に眉毛を下げて
「さぁ‥‥まどか、そんなに男運ないなら、厄払いでもしてきたら?」
と真面目腐って言う。
「厄払い!?そんなレベルなの!?私の不幸って‥‥!!」


シクシクと突っ伏して泣く私の脳裏に、つい先日友人との会話が蘇った。


『私、埼玉県の秩父にある神社で恋愛成就のたまを手に入れたら、すぐに彼氏出来たんだー!凄くない!?』


そうだ。どうせなら厄払いするよりも、そっちの方が良い。


「ねぇ、準ちゃん」
「んー?なぁに?」
「秩父、行こう!!」
「‥‥は?」


こうして私は、お人好しな幼馴染みを連れて恋愛成就の珠を買いに、善は急げとその週の土曜日に日帰り旅行へと旅立った。
‥‥だって私、運転出来ませんから‥‥!!




☆☆☆




「いっつも思うけど、準ちゃんの彼女ってかなり心が広いよねぇー」
「‥‥?何で?」
「私だったら、彼氏が他の女の人と2人で飲んだり出掛けたりなんて、許せないよ」
「あー‥‥まぁ、でも、まどかだし」
準ちゃんはクスリと笑った。
「何だとう!?私は女にはカウントされないのか!?」
食って掛かったが、準ちゃんはニコニコしたまま応えずに前を向き運転している。
「それを言ったら準ちゃんだって、この辺にお肉がついていたじゃないかー‥‥今はもう、あの頃の面影すらないけど‥‥」

つんつん、と準ちゃんの脇腹をつつく。
くすぐったかったのか、危ないからやめてね、と怒られた。

準ちゃんは、小中高と、どちらかというと、太っちょさんだった。
背も大きかったし、性格が大人だったから、体型のせいで同級生にからかわれるのは皆無だったと思うのだけど。

それが、大学生になって、私と同じジムに行きだした途端、贅肉は見事な筋肉となり、見た目は立派な肉食系男子にしか見えなくなっている。
男子版大学デビューというやつだろうか?


準ちゃんは性格がとても良いから、精悍な顔つきになって凄くモテだした。
けど、彼女一筋の準ちゃんは誰と浮気するでもなく、つるむ女と言えば幼馴染みの私くらい。
準ちゃんの彼女は、とても先見の明があると思う今日この頃です。


「まだ免許取りたてで運転上手くないから、ちょっと集中させてね」
準ちゃんがそう言うので、車窓を眺めて過ごした。
レンタカーは、借りる予定だった軽が急すぎて借りられず、ランクアップしてファミリーカーになってしまった。
2人で乗るには無駄にデカいけど、手も足ものびのびしてとてもリラックス出来る。

私はCDを忘れたけど準ちゃんが持って来てくれたので、車内には洋楽がゆったりと流れている。
いつも講義やらバイトやらサークルやらジムやらで、何だかんだ忙しくしている身としてはこんなマッタリ過ごす時間は久しぶりで、何だか贅沢な気もした。


失恋には慣れきっている私だけど、考える時間があると、どうしても思考がそちらに向いてしまう。


‥‥何が、悪いだろう?
タイミング?アプローチの仕方?駆け引き?受け答え?
何で皆、私を選んでくれないのかな‥‥




☆☆☆




隣からまどかの寝息が聞こえてきて、ホッとした。
運転技術に全く自信がないから、寝てくれる方が正直助かる。
格好悪いところはやっぱり見せたくないし。


まどかが欲しがる恋愛成就の珠とやらは、販売個数が一日先着20人だけらしくて、平日でも遅くに行くと既に売り切れ、という場合があるらしい。
必ず手に入れたい、何度も行くより1回で済ませたいというまどかに付き合って、今日は朝の4時に出発した。

まどかが歌えない洋楽がかかり、おしゃべりすらもしないとなると、助手席にいたらそりゃあ眠くもなるだろう。

危なくない程度にチラッとその顔を見ると、目元に少しだけ涙の跡が残っていた。

寝る前に色々考えてしまったんだろう、可哀想に。
胸が痛む。

しかし、可愛らしいさくらんぼ色の、ぷっくりとした美味しそうな唇が同時に見えて下半身が熱くなったのを感じ、慌てて目をフロントに戻した。


まどかは、可愛い。
幼稚園から見守ってきたが、容姿も性格も仕草も何もかもが可愛い。
惚れた欲目もあるんだろうけど。


幼馴染みだからといって、高校、大学、ジムまで同じという事に違和感を感じないのもまどからしい。
「準ちゃんには彼女がいる」フィルターがかかっていて、おかしく感じないんだろうな。


幼稚園から小学校の間、幼馴染みというよしみで仲良くしていた俺達も、中学の時に転機が訪れた。


きっかけは、まどかの初恋で。
初恋の相手に誤解を受けたくなかったらしく、まどかが俺を避け始めた時に、俺は彼女への恋心を自覚した。

幼馴染みという立場で傍に居続けるか、彼女に告白して気まずくなる‥‥もしくは縁が切れるかどちらかを選ぶ事を決めた時、俺は迷いなく前者を選んだ。
俺には彼女がいる、という事にして。


中学生と言えば、外見にばかり目を向けて誰が良いだの言いだす年頃だ。
当時の俺の体型で彼女が出来るわけないだろうに、まどかはすんなり信じた。
「お前になんか彼女がいるわけがない」と考えないまどかがやっぱり好きだった。


中学、高校と一緒にいると、「お前ら付き合ってるの?」と聞かれる事もあったが、まどかが「準ちゃんには中学から付き合ってる彼女がいるんだから!」と答える事で、俺らの仲が疑われる事はなかった。
大学に入れば、男女が連むのは当たり前になったから、聞かれる事自体なくなってきた。


まどかが相応しい相手と結ばれるまで見届けて、この片恋に終止符が打てたら他の女に目を向けよう、と思っていた。
ところが、まどかの恋愛はいまだかつて叶った事がない。
こんなに可愛い子が。

そんな奇跡に驚きだが、まぁまどかの性格を考えるとそれも肯ける。


自分の想いより、相手の想いを大事にする奴だから。


後悔して欲しくないといって、元々好きだった相手が別れた情報を流したり。
すれ違いの原因に気付いてしまって、わざわざ話したり。
相手の事が好きなのに、不倫だけは駄目だとアプローチを断り続けたり。
サークルメンバーが同じ相手を好きな事に気付いて、身を引いたり。
好きな人の、片想いを応援して協力したり。


そんなだから、頑張れば上手くいきそうな恋すらも、自ら逃してしまう。
‥‥しかし俺は、毎回不器用な恋をするそんなまどかにますますのめり込んでいた。




☆☆☆




「おーい、まどかー。着いたぞー」


準ちゃんの声で目が覚めた。
‥‥どこに着いたんだっけ?
ぼーっとして呟くと、準ちゃんはクスクス笑って「恋愛成就の珠買うんだろ?」と聞いてきた。


「ごめん!私が言いだしっぺなのに寝ちゃった!!」
「良いよ。寝起きが悪いのは昔からだし」
私は慌ててがばっとシートから身を起こしたが、準ちゃんは全く怒る様子もない。


朝早くからアッシーとして利用した上に助手席で寝こける女にイラッともしないなんて、私の幼馴染みは大人対応だ。
そう言えば、準ちゃんが怒ったところを見たのって、何時が最後だったっけ‥‥??

首を傾げていると、準ちゃんが聞いてきた。

「まどか、この神社、9時から珠の配布開始だけど、その前に整理券配られるみたい。並んでおく?雨降りそうだけど‥‥」

確かに、空を見上げれば、今にも雨が振り出しそうだ。
今は朝の7時。
4時に出発して、トイレ休憩1回したけど概ね3時間で着いたらしい。
曇天で、緑に囲まれているせいもあって、7時とは思えない暗さだった。


「駐車場にはもう何台か車止まってるし、並んでみるよ。雨降ったら悪いから、準ちゃんはここで待っててくれる?少しは寝て休んでて~」
「整理券、1人1枚しか配られないから、俺も一緒に並ぶよ。ここまで来たら、俺も買いたいし」
「えっ!?準ちゃんも買うの!?」
「うん」
「‥‥男の人って、そういうの買わないと思ってたー」
「はは、俺は何でもイケるよ」
「確かにそうだね」
準ちゃんは、男だからとか女だからとか、全く拘らない。
私達は、仲良く並ぶ事にした。

‥‥あれ?

準ちゃんとの会話で他にも何か違和感を感じたけど、それが何かはわからなかった。
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