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5 それぞれの事情

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「あら、庶民の聖女じゃないの。護衛騎士と遊んであげていないと聞いたけれど、流石に三年間も放置は可哀想なのではなくて?」
「それとも、庶民聖女のほうが相手にしてもらえないのかしら?」

その日シアナは、勤務前の祈りの時間を終えて、護衛騎士たちの迎えを待機している際、聖女たちに絡まれていた。

げんなりした顔のシアナを助けるよう会話に入ってきたのが、神殿のお局様と言える大聖女だ。


「あなたたち、品のない話はもう少し小さな声でなさいな」
大聖女は、御年六十になるはずだ。しかし見た目は四十手前にしか見えず、聖女特有の若作りを体現している女性である。

「大聖女様」
大聖女は悪い人ではないと、シアナは考えていた。

というのも、シアナがほかの聖女たちの分まで進んで散々治癒をした結果、「自分が特別だとでも言いたいのかしらね」「治癒力が枯れることがないとでも思っているのかしら」「いいわね、庶民はどんな底辺の男とでも結婚できるから、神殿を出ても問題ないものね」と嫌味を言われて大喧嘩に発展した際、聖女たちの味方をしながら仲裁したのが大聖女だったのである。

大聖女は、「貴族はね、適齢期を逃せば、みんな実家のお荷物になってしまうの。それが嫌で、神殿にしかいられないのよ。適齢期の間に治癒力を使い切れれば元聖女という箔がつくからいいけれど、適齢期を過ぎてしまえば悲惨だわ。貴族の女は跡取り息子を産んで一人前だと言われるから、極力治癒力を使わず長く神殿にいて、男たちからチヤホヤされているほうが幸せだと考えてしまっても仕方がないと思うの」と、シアナに聖女たちの置かれた現状を教えてくれた。

大聖女のお陰で地位や考え方が違うだけだと理解したシアナは、それ以来聖女たちに自分のことでどんな暴言を吐かれても、腹が立たなくなった。


「申し訳ありません、大聖女様」
「お聞き苦しい話を失礼いたしました」
聖女たちが慌てて大聖女に謝罪すれば、大聖女はにこりと微笑んでそのまま迎えに来た初老の護衛騎士と並んで大広間を去る。

聖女たちはその後ろ姿が見えなくなると「自分だって散々遊んできたくせに」と鼻で嗤い、再びシアナに絡んできた。

「ほら、噂をすれば来たわ。相変わらずむさくるしくて鬱陶しい髪型ですこと」
「けれど本当に、惚れ惚れする体躯ですわね」

腹は立たなくなった――しかし、それは自分のことを言われた場合に限りである。

「溜まったら、私が相手してあげるわよ?」
聖女の一人が近付いてきたウォリスをからかった瞬間、シアナはその聖女の目の前に自分の顔を突き出した。

「きゃ!」
「大丈夫ですか!? シアナ様、乱暴なことはおやめください!」

相手の聖女の護衛騎士が慌てて駆け寄り、自分の聖女の肩を抱いて引き寄せてシアナとの距離を取らせる。

本当は髪を引っ張ったり頬を叩いたりしたいところなのだが、顔を突き出すだけで我慢した。
しかし、それすらも聖女にとっては乱暴なことになるようだ。

普段は庶民より下品で卑猥な言動をしているため聖女にも貴族にも到底見えないのに、こういう時だけは聖女たちは本当に貴族の集まりなのだな、とシアナは感じる。

「申し訳ないですが、ウォリスには相手を選ぶ権利があります」
シアナは腹をたてながら低い声で聖女に言った。


実直なウォリスは、今のところどんなに美しい聖女が声を掛けても、誰の誘いにも乗ったことがないらしい。

あまりになびかないので、聖女の間ではどうやら男が好きなのではないか、護衛騎士の中に意中の相手がいるのではないか、と噂されるほどだ。


育ての親が同性のカップルという環境も影響しているのだろうが、ウォリスの相手が誰であろうと、シアナには関係なかった。
折角美しい聖女たちの誘惑から逃れ続けているのだから、唯一の相手を見つけて愛を育んで欲しいと願っていた。


「何度も伝えていますが、間に合っておりますので」
ウォリスは平坦な声でその聖女に伝えたが、シアナはその言葉に引っ掛かりを覚えて尋ねる。

「何度も? ……何度も誘われているということですか?」
「はい」
ウォリスは頷く。

「やだわ貴女、本当はウォリスみたいながっしりしたタイプがお好きなの?」
「ちょ、ちょっと、それは私ではないわ! ウォリス、適当なことを言わないで頂戴!」

ほかの聖女に揶揄われた聖女が、その場から慌てて去っていく。それを追いかける護衛騎士は、ウォリスとまではいかなくとも多少がっちりして見えた。
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