上 下
88 / 116

言葉が生きているものならば、溜めて寝かせて書かれた文章に命はあるのか?

しおりを挟む
「電車が入りますよ。お客さん、白線の内側まで下がってっ!」
 言葉は生きている。その証拠に、ほら、タイミングがずれるとああなる。
 
 言葉は生だから意味がある。あとにも先にも行ってはいけない。鮮度を保つためには、しかるべき時に口にしなければならない。
「いただきます」
 食事の前だから口にできる。

 言葉が生きているなら、言葉を並べた文章はどうなんだ?
 文章は、口にする時、目に入る時にはすでに組み上がっている。生きた言葉を並べるだけ並べて俯瞰ふかんし、精査し、切ったり、合わせたり。生きた言葉はすでに放たれるべきタイミングを逸し、ごちゃごちゃにいじられている。
 だとすれば文章は死んでしまった者の寄せ集めなのか?
 それとも「言葉は生きている」の定義から別のところで生きているのか? 生きようとししているのか? やはり死んでいるのか?

 始まりは、生死の境目だった。あまりに尖りすぎていて、試し切りで血も出ないほど切れ味鋭くそのふたつは合わさっていた。その頂点に生死の境目がある。
 境目といえども尖りに果てのないそれは、どこまで行っても尖ったままだ。
 言葉と文章は、正と負ではなく、正義と悪でもない。

 では何なのか?

 素のものと手を加えられたもの。

 言葉は生で、文章は加工品なのか。

 刺身 対 煮魚・焼き魚。
 搾りたてミルク 対 チーズ、ヨーグルト。
 すべて口にできるのに、意味の路地に迷い込んだら考えもしなかった事実が弾けるポップコーンみたいに無尽蔵むじんぞうに飛び出してくる。

 生きた言葉は的を射る。的を射て心臓を撃ち抜く。
 だから衝撃的なのだ。

 文章はどうだ?

 文章にも撃ち抜かれることがある。衝撃を受けることがある。

 死んでしまっている者なのかもしれないのに、文章にだって、それがある。

 生死の狭間はざま彷徨さまよって、尖った鋭利な先端に裸の足をかける時、皮膚を裂かれながらも、向こう側に文章の本性らしきものがうごめいていることに気づく。
 切り取られ、合わされ、混ぜられ、煮られ、焼かれ、燻され、蒸されてしまった生きた言葉たちは、炒めもされれば痛めつけられもする。

 それでも文章は死んではいなかった。姿を変え、火にあぶられながらも生きていた。切り刻まれ、踏み潰されながらも命の炎を燃やしていた。

 文章は生死の狭間の向こう側で復活するものなのだ。
 その命は恋い焦がれられ、惹いては押し返し、引かせて推させて。
 生きた言葉には難しい醸造じょうぞうの力を備えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...