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「このころから」「あのころから」。
しおりを挟むお母さんの作るお弁当が好きでした。
とくに卵焼きが絶品で、おべんとうの蓋を開けるのが楽しみなほどでした。
ある日友だちに、顔大きいね、と言われました。
みんなで撮った写メを見せてもらうと、私の顔だけがぶったりとしています。
目の奥のネジを留めるバネが暴れたように、焦点がぐわんと揺れました。
私は、痩せようと思いました。
食べる量を減らしました。しばらくすると1キロ痩せました。
筋トレも始めました。
あれだけ好きだったスィーツをがまんして、がまんして。
太ったままでいるくらいなら、食べないほうがマシでした。
カロリー計算をするようになったのはこのころからです。
そうしたらさらに2キロ痩せました。
思い切ってお弁当箱をひとまわり小さいものに代えました。
それでも体重は劇的には変わりません。
カロリーのわからないものを口にするのが怖くなりました。
不用意に食べて太る恐怖に比べたら、食べないほうがずっと楽でした。
そのうちだんだん食べるのが怖くなっていきました。
お弁当を残すようになりました。
それからお母さんがせっかく作ってくれたものを、捨てるようになっていったのです。
食べるのは卵焼きとトマトだけ。
私は10キロ痩せました。
友だちに痩せたね、と言われました。
それでも、食べることが怖くなった私は、計算できないものを口にできません。
私のために作ってくれたお弁当、お母さん、捨ててしまってごめんなさい。
心がちくちくし始めたのはこのころからです。
私の体系は、すっかり変わってしまいました。
痩せたら彼氏ができました。
「昔の写真、見せてよ」
本心では見せたくはありません。
でも、カレのお願いだし。
「本当に見てみたいんだ。知っておきたい!」
ありのままの私を受け容れようとしてくれる彼が頼もしく、愛されていることに私は心を許してしまいました。
「これなの」
私は昔の写真を見せました。
「え、どれ?」
「これ」
「おい、これホントにおまえなの?」
彼の反応を見て、私は後悔しました。あの驚きよう。
私はきっと嫌われる。嫌うために助走をつけている、そんな顔をカレ、していたから。
「ほお」
彼は、諦めとも落胆ともつかないため息をぽわんと口から吐き出しました。
終わった。
私の初恋はこれでジ・エンド。
もう二度と昔の写真は誰にも見せない。私はそう心に誓いました。
まさか、と思うでしょう?
でもこれが痩せていたころの写真。
なぜこんなにふっくらしたかって?
それはね、カレが太っているおまえ、幸せそうに見える、って言ってくれたから。
あのころから私、太り始めたの。
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