上 下
74 / 116

シャッターは降ろさない。

しおりを挟む
 染井銀座商店街をずっと進んだ先のほうに、半額セールを続ける靴屋がある。
 いつからだったかセールは始まり、いつまでたっても終わらない。もう半年になるだろうか。
 数週間ぶりに商店街を歩いた。靴屋の取り扱い商品もだいぶ歯抜けが進み、よく言えばよく売れた、そうでなければ閉じていく寂しさを粛々と振りまいている。

 表には現れぬ待ち人を待ちわびたみたいにいくつか靴が魔を空けて並んでおり、靴屋さんの体裁を保っている。

 染井にはたくさんの路地があり、路地フリークというものがあるのならば間違いなくそこに分類される僕は、お店に路地に似た匂いを感じた。
 店の奥に、色の褪せた時代があった。
 物言わぬそれは「昔は履き物屋だったのさ」と雄弁に語っている。

 桐で作られた下駄、雪駄。
 天狗柄のものなんかは、履かず使わず、眺めてこそ高くした鼻を愛でられる。

 こんにちは。見せてもらっていいですか?
 ガラス戸を引きながら店の人に声をかける。
 下駄を、雪駄を、手に取りながら軽さを確かめ、よく知りもしないのに裏側の具合に目を滑らせる。
 間合いをみて、「桐はね、最初に土の上を歩くんですよ」と老齢の店主が物静かだけれど重ねてきた時間がもたらす威圧感をもって話し始めた。そして「すると下駄に小石が食い込んでくるんです。それがコンクリートを歩くとき、減り防止になる」と続けた。

 へえ!
 これまでかたくなに閉じていたまぶたを見開いて、先人が持つ知恵を今に託そうとしたのだと思った。
 これから先、役立てられるかどうかわからない知識を。

 今度は右手の亜種とも取れる下駄を手に取ってみた。
「こっちの合わせるとまん丸くなる下駄は?」
 存在意義を尋ねたつもりだった。

 だけど少し考えてから店主、「それを作れる職人はいないんですよ」と話をさらりとはぐらかす。
 もしかしたら、こちらの意図するところが伝わらなかったのかもしれなかった。

 もしはぐらかされたのだとしたら、年の功にはかなわない。うまい具合に腰を折る術に長けているとしかとりようがない。
 訊いてはイケナイ質問をしてしまったのかもしれなかった。もしそうならば、突っ込まず、責めず、さり気なく引く、が礼儀。大人なんだもの。ちょっとした行き違いは聞かなかったことにして、会話の余韻として味わえばいい。

 天狗の下駄は鼻緒をつけて1万5000円ほどだ教えてくれた。
 安いのか高いのか判断がつかなかった。時代を飛び越えて目に飛び込んできたものに当てられるモノサシなど持ち合わせてはいない。

「寂しいですね」と僕が言うと、「は?」と聞き返されてしまった。
「お店、閉めちゃうんですよね?」

 店主、少し間を置いてから「孫が継ぐようになったら、これら(下駄)はなくなってしまうけど」と。
 あ、すみません、てっきり閉店するものと思い込んでおりました。

 それでも履き物屋の歴史は、老齢の店主で幕を閉じる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

お兄さんの子供を妊娠したの!旦那を寝取った妹からの反撃が怖い!血を分けた家族からの裏切りを解決したのは…

白崎アイド
大衆娯楽
「お兄さんの子供を妊娠したの」と妹がいきなり告白してきた。 恐ろしい告白に私はうろたえる。 だが、妹が本当に狙っているものを知って怒りが湧き上がり…

処理中です...