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時間に追い抜かれる。
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11月半ばを過ぎて、ここのところ時間の進みが早くなった。師走とはよく言ったもので、12月を目前に世の中全体が慌ただしくなってきたからか?
自粛だなんだと騒いでも、経済は止まらない。社会が全面的にそんなことに手を挙げてしまったら、ストックのない都市部はすぐにへこたれてしまう。コンビニに商品が入らなくなる。レストランもやってけなくなる。トイレするにも困ってしまう。
流通だってそのサイクルが、ここのところにわかに騒ぎ出している。
ほら、宅配便のお兄さんだって、いつもより小走りの速度を上げている。
時代の波に乗るわけじゃないけれど、せめて時間についていかないと。
遅刻もできないし、こなす仕事も終わらない。
ふう。
1日が終わると、座ったそばからぽわっとため息が五臓六腑から上がってくる。
今日もどうにか追いついた。帳尻合わせの時間とのせめぎ合いに、取り残されずに済んだ安堵から。
でも明日はどうなるだろう?
もし時間に追いつけなかったら?
確約のない時間とのかけっこに負けることを考え始めると底なしに怖い。
そんな不安を感じ始めて数日経ったとき、左太ももに激痛が走った。
さわるとぽこんとした遺物がある。筋肉が固まってしまったみたいだ。大きさはタラコ半腹ぶん。ぶつけたわけでもないのに、腫れているように突き出ている。熱もなく青あざもできてないから、打撲によるものでもなさそうだ。第一、打った記憶など微塵もない。
なんだろう?
不安に輪がかかる。
それでも、時間の波は乗り切らなければならない。
健康第一でいかなければ。
今年も余すところ50日。とりあえず、そこまで。年末までで息を切らすことがないように、身体状態を管理しようとスマート・ヘルス・ウォッチ、いわゆる健康管理ベルトってやつをポチってみた。
体の今を知れば、手の打ちようがあるからね。たぶん。
翌日届いたそいつは、手元で歩数もわかるし体温まで測定してくれる。感染時代の必需品。なんで今までこんな時代にマッチしたアイテム、使わなかったんだろう?
悔やんでも仕方ない。今日から使えば挽回できる。きっと。
体温、36・2度。正常。
血圧、110/79。問題なし。
心拍数、60。だいじょうぶ。
だったのに、数日後、どうも体調がすぐれない。悪い、というほどではない。だけど、やる気に張りが出ない。集中力が仕事の全体を見渡せない。
歩くのに支障のない左太もものしこりも、膝を曲げると痛い。畳に座ると劇痛が走るようになっていた。
風呂に入るのも一苦労。駅や会社で和式便所しか空いていなかったときなんかは最悪だった。左足を曲げ切れず、中腰で斜めの体制からよっこらしょ。
ふう。
安堵のため息とは色合いの違った苦労のため息しか出てこない。
左手首にはめた健康管理ベルトをチェックする。
体温、35・9度。やや低め。
血圧、108/72。問題なし。
心拍数、58。低め。
58? ちょっと少なくないか?
その翌日、数値はまた少し下がった。
一抹の不安がぽっと灯って五臓六腑まで広がっていった。
朝、起きるのが辛くなって、時間が足りず、朝食が摂れなくなった。
集中力が仕事全体を見渡せず、時間内に終わらせることが苦しくなった。
時間に水の差をあけられそうな予感はあった。
そして予感は的中した。
俺は今、完全に時間に追い抜かれている。
かつて膝を痛めた時、よちよちしか走れない我が子を追いかけたのに足が上がらす、地面に突っ伏したことがあった。大人が歩けばなんてことのないよたよた走りにさえ追いつけなかった。
あのとき、親としての責任ひとつまっとうできない自分がふがいなく、情けなく、もしこれからもこんなことが起こったら恥ずかしく、どうしようもなく、みっともないと思った。そんな自分が情けなく涙が滲んだことを思い出した。
学生時代に痛めた膝は、ずっとつき合っていかなければならない持病だ。だけど、ひと月ほど無理をしなければ次第に痛みは引いていく。調子の波線は底に達すると上向いていくわけだ。
だけど今度のは違う。
翌日、数値はさらに下がった。
自粛だなんだと騒いでも、経済は止まらない。社会が全面的にそんなことに手を挙げてしまったら、ストックのない都市部はすぐにへこたれてしまう。コンビニに商品が入らなくなる。レストランもやってけなくなる。トイレするにも困ってしまう。
流通だってそのサイクルが、ここのところにわかに騒ぎ出している。
ほら、宅配便のお兄さんだって、いつもより小走りの速度を上げている。
時代の波に乗るわけじゃないけれど、せめて時間についていかないと。
遅刻もできないし、こなす仕事も終わらない。
ふう。
1日が終わると、座ったそばからぽわっとため息が五臓六腑から上がってくる。
今日もどうにか追いついた。帳尻合わせの時間とのせめぎ合いに、取り残されずに済んだ安堵から。
でも明日はどうなるだろう?
もし時間に追いつけなかったら?
確約のない時間とのかけっこに負けることを考え始めると底なしに怖い。
そんな不安を感じ始めて数日経ったとき、左太ももに激痛が走った。
さわるとぽこんとした遺物がある。筋肉が固まってしまったみたいだ。大きさはタラコ半腹ぶん。ぶつけたわけでもないのに、腫れているように突き出ている。熱もなく青あざもできてないから、打撲によるものでもなさそうだ。第一、打った記憶など微塵もない。
なんだろう?
不安に輪がかかる。
それでも、時間の波は乗り切らなければならない。
健康第一でいかなければ。
今年も余すところ50日。とりあえず、そこまで。年末までで息を切らすことがないように、身体状態を管理しようとスマート・ヘルス・ウォッチ、いわゆる健康管理ベルトってやつをポチってみた。
体の今を知れば、手の打ちようがあるからね。たぶん。
翌日届いたそいつは、手元で歩数もわかるし体温まで測定してくれる。感染時代の必需品。なんで今までこんな時代にマッチしたアイテム、使わなかったんだろう?
悔やんでも仕方ない。今日から使えば挽回できる。きっと。
体温、36・2度。正常。
血圧、110/79。問題なし。
心拍数、60。だいじょうぶ。
だったのに、数日後、どうも体調がすぐれない。悪い、というほどではない。だけど、やる気に張りが出ない。集中力が仕事の全体を見渡せない。
歩くのに支障のない左太もものしこりも、膝を曲げると痛い。畳に座ると劇痛が走るようになっていた。
風呂に入るのも一苦労。駅や会社で和式便所しか空いていなかったときなんかは最悪だった。左足を曲げ切れず、中腰で斜めの体制からよっこらしょ。
ふう。
安堵のため息とは色合いの違った苦労のため息しか出てこない。
左手首にはめた健康管理ベルトをチェックする。
体温、35・9度。やや低め。
血圧、108/72。問題なし。
心拍数、58。低め。
58? ちょっと少なくないか?
その翌日、数値はまた少し下がった。
一抹の不安がぽっと灯って五臓六腑まで広がっていった。
朝、起きるのが辛くなって、時間が足りず、朝食が摂れなくなった。
集中力が仕事全体を見渡せず、時間内に終わらせることが苦しくなった。
時間に水の差をあけられそうな予感はあった。
そして予感は的中した。
俺は今、完全に時間に追い抜かれている。
かつて膝を痛めた時、よちよちしか走れない我が子を追いかけたのに足が上がらす、地面に突っ伏したことがあった。大人が歩けばなんてことのないよたよた走りにさえ追いつけなかった。
あのとき、親としての責任ひとつまっとうできない自分がふがいなく、情けなく、もしこれからもこんなことが起こったら恥ずかしく、どうしようもなく、みっともないと思った。そんな自分が情けなく涙が滲んだことを思い出した。
学生時代に痛めた膝は、ずっとつき合っていかなければならない持病だ。だけど、ひと月ほど無理をしなければ次第に痛みは引いていく。調子の波線は底に達すると上向いていくわけだ。
だけど今度のは違う。
翌日、数値はさらに下がった。
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