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怒りのカマ。
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元来昆虫に表情はない。
とされている。
表情がないことは、幸いなのかもしれない。
たしかに笑うカマキリがいたら不気味だ。
だがカマキリは怒りを威嚇で表す。
それはもうみごとな憤怒で、しかも狂暴である。
いたずらに指でつつこうものなら、遠慮会釈のない攻撃をしかけてくる。
たかが虫の子1匹と侮ることなかれ。
あのカマでやられたら、相当に痛い思いをする。
カブトムシにも、怒りは見える。
あのツノをおったてると、興奮状態にいることがわかる。
「かかってこい、クワガタ」てなもんである。
表情はないが、感情を体で表す。
僕たちから表情が消えてどのくらい経つだろう。
人のふりを横目でとらえ、内心笑ってみせても、皮肉は顔には出てこない。
鉄仮面でやり過ごすのは、世渡りじょうずを装うため。
大人は冷静沈着で、事あるごとに最善の判断を下していかなければならない、とされているからだ。
迂闊に感情を爆発させてはならない。
そんなことしたら自業自得、自暴自棄の末、自爆。
白煙燻るポンコツ扱いだ。
苛立つのもわからないではない。
あれもダメ、これもやっちゃイケナイ、では息が詰まる。
かく言う自分もそのひとりだが、どんな艱難辛苦にも耐えて一人前の勤めびと。
評価をゲット、ポジション獲得、昇給ウェルカム。
表情は押さえても、腹の底でほくそ笑む。
これは、猫が前足で耳の後ろを掻かないくらい明白な現実なのだ。
そんなベルトコンベアーで運ばれるような日々の途中に、不快なひっかかりが突如わいて起こった。
社内恋愛に寛容な会社の彼女に、彼女が所属する部署の部長が手を出した。
部の飲み会でひとり帰り、ふたり帰り。
「だいぶ酔ったようだね」
部長は彼女とふたりになったとたん、優しさを盾に毒牙をむいた。
「だいじょぶれす」
千鳥足で、ロの列まわらず、抵抗しようにも力がこもらなかったらしい。
裏路地の、さびれた連れ込みだったらしい。
ネオンが灯り、消え、安物の目覚まし時計がでたらめに秒針を刻んでいた。らしい。
衣擦れ、汗のしぶき、加齢臭、煙草臭で塞がれた助けを求める声。
カブトムシのツノみたいにいきりたたせていたらしい。
早く終えて。
そう願いながら、時間はパンケーキの生地のように広げられていく。
押し広げられていく。
いく。
生々しい話だった。
僕の呼吸は、いつもより4割増しくらいに大きくなっていた。
表情は、ない。
そのように鍛えられてきたせいだ。
だが、内側では腸が煮えくり返った。
僕はカマキリだ。
怒りを体で表すカマキリだ。
だが、このカマキリには続きがある。
最後に、声を挙げて笑うつもりだ。
笑うのは、部長、お前の首を取ったときだ。
カマは用意周到に進める真実の暴露。
絶対に逃がさない。
秋が終わるまでに、おまえを追い出してやる。
越冬は、させない。
とされている。
表情がないことは、幸いなのかもしれない。
たしかに笑うカマキリがいたら不気味だ。
だがカマキリは怒りを威嚇で表す。
それはもうみごとな憤怒で、しかも狂暴である。
いたずらに指でつつこうものなら、遠慮会釈のない攻撃をしかけてくる。
たかが虫の子1匹と侮ることなかれ。
あのカマでやられたら、相当に痛い思いをする。
カブトムシにも、怒りは見える。
あのツノをおったてると、興奮状態にいることがわかる。
「かかってこい、クワガタ」てなもんである。
表情はないが、感情を体で表す。
僕たちから表情が消えてどのくらい経つだろう。
人のふりを横目でとらえ、内心笑ってみせても、皮肉は顔には出てこない。
鉄仮面でやり過ごすのは、世渡りじょうずを装うため。
大人は冷静沈着で、事あるごとに最善の判断を下していかなければならない、とされているからだ。
迂闊に感情を爆発させてはならない。
そんなことしたら自業自得、自暴自棄の末、自爆。
白煙燻るポンコツ扱いだ。
苛立つのもわからないではない。
あれもダメ、これもやっちゃイケナイ、では息が詰まる。
かく言う自分もそのひとりだが、どんな艱難辛苦にも耐えて一人前の勤めびと。
評価をゲット、ポジション獲得、昇給ウェルカム。
表情は押さえても、腹の底でほくそ笑む。
これは、猫が前足で耳の後ろを掻かないくらい明白な現実なのだ。
そんなベルトコンベアーで運ばれるような日々の途中に、不快なひっかかりが突如わいて起こった。
社内恋愛に寛容な会社の彼女に、彼女が所属する部署の部長が手を出した。
部の飲み会でひとり帰り、ふたり帰り。
「だいぶ酔ったようだね」
部長は彼女とふたりになったとたん、優しさを盾に毒牙をむいた。
「だいじょぶれす」
千鳥足で、ロの列まわらず、抵抗しようにも力がこもらなかったらしい。
裏路地の、さびれた連れ込みだったらしい。
ネオンが灯り、消え、安物の目覚まし時計がでたらめに秒針を刻んでいた。らしい。
衣擦れ、汗のしぶき、加齢臭、煙草臭で塞がれた助けを求める声。
カブトムシのツノみたいにいきりたたせていたらしい。
早く終えて。
そう願いながら、時間はパンケーキの生地のように広げられていく。
押し広げられていく。
いく。
生々しい話だった。
僕の呼吸は、いつもより4割増しくらいに大きくなっていた。
表情は、ない。
そのように鍛えられてきたせいだ。
だが、内側では腸が煮えくり返った。
僕はカマキリだ。
怒りを体で表すカマキリだ。
だが、このカマキリには続きがある。
最後に、声を挙げて笑うつもりだ。
笑うのは、部長、お前の首を取ったときだ。
カマは用意周到に進める真実の暴露。
絶対に逃がさない。
秋が終わるまでに、おまえを追い出してやる。
越冬は、させない。
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