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ゾウの時間 ネズミの時間 会議の時間。
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人の思考は飛んだり、跳ねたり、噴出したり。
どこでどうつながるのか、思いもよらぬところから、てんで場違いが結びつく。
会議の最中だっていうのに、お腹が「ぐう」となる予感。
それだけでランチはパスタ! なんてことに思いを巡らす。
集中していないと話についていけないというのに。
懸賞についてツメているのに、「旅行券はどう?」、そのひと言で今度の休暇旅行に夢馳せる。
沖縄旅行なんてどうかしら?
会議の最中だというのに、まるで関係のないことに思いが向く。
つくづく人っていうものは、欲望に満ちているものだと、我ながら情けない。
今は会議の最中だ。
集中、集中。
真面目にやらないと。
「図書券なんかどうだ?」
今さら、図書券?
amazonギフト券のプレゼントじゃなく?
あ、そうか。そういえば係長の実家、田舎で書店なんだっけ。
書店業界、斜陽産業だからなあ。助けてあげたいのはやまやまだけど、それって公私混同もいいところ。
だめです、と声を挙げたいところだが、自ら嫌われ者を演じる必要もないか。
きっと誰かが指摘する。
そうだ、そうに決まってる。
と心に決めたそのとたん。
「押崎、どう思う?」と。
なんで私に振る?
窮地。
ピンチ。
崖っぷち。
どうしよう。
狼狽えながら、大人の答えに思いを巡らす。
かろうじて「みなさんはどう思われるでしょう?」とおそるおそるの切り出し。
ところがあえなく撃沈されてしまうのだった。
「おまえの意見を聞いているんだ」
ありゃあ、追い込まれてしまった。
ランチ・パスタや沖縄旅行どころじゃなくなった。
だけど、嘘は言えない。
嘘をつくと口が曲がるとおばあちゃんにさんざん教えこまれてきたから、口が曲がらないように、嘘をつくことは禁じ手として、これまでずっと避けてきた。
少し考えた。
もう少し考えた。
そしてさらに考えてから勇気を出して言った。
「係長のご実家のことは存じております。でも今の時代、図書券ではなくポイントといいうか、スマホで使えるナントカペイとかamazonギフト券のようなもののほうが喜ばれるのではないでしょうか」
勇気を出して言ってみた。
係長を気遣っているニュアンスも伝えた。
気遣いの裏には、大人の意図もあった。痛いところを突いて、憤怒に制動をかける。
係長はやむ無しの顔で、それもそうだな、としぶしぶだけど折れてくれた。
ふう。
どうにか切り抜けた。
社会にいると、かくのごとし、私の自由はきゅうきゅうと音をたてて縛られていく。
あー、窮屈。
キュークツと言えば、長靴を履いた猫のイラストに思いが飛んだ。
あの絵、どの絵本で見たのかしら?
仔猫が長靴を履こうとしたら、すっぽり入り込んじゃって。
「長靴履くには早すぎた」
すっぽり入っちゃったけど、体をしまうには少々狭い。
そこでひと言。
「でも、窮屈は楽しい」
そんなことを考えていたら、頬の緊張がゆるんだのだろう。
「押崎、なににやけているんだ」
係長に怒られた。
「仕事中だぞ」
会議から思いが逸脱したことばれちゃった。
今は会議中。
「はい、すみません」
集中、集中。
時間は、刻々と過ぎていく。
限られた時間まで、仕事はつづく。
時間と言えば、『ゾウの時間 ネズミの時間』なんて本があった。
1992年に中公新書から発行された書物で、たしか生物学者の本川達雄先生が書かれたものだ。
曰く。どの動物も「一生のうちに心臓が20億回打ち、呼吸が3億回行われる」
なんてことを考え始めてしまった。
会議のさなかだというのに。
それでも、逸れた思考は止まらなくなっていた。
本は語る。ゾウもネズミもヒトも、心臓が打つ回数と呼吸数は変わらないのだと。
だけど寿命が違う。
体が大きいと、流れる時間がゆっくりになる。
心臓は、体の重さの4分の1乗に比例して打たれるらしく、体重が重いほど時間がすぎる時間はゆっくりになる。
だからゾウは長生き。ネズミは短命。
人の体は昔に比べて大きくなった。
この理論にのっとれば、昨今の長寿は体が大きくなって、心臓の鼓動がゆったりと打つようになったから、ということになる。
鼓動のサイクルはまた思考と深く結びついている。
体の小さな幼少時の時間が濃厚なのはそのため、という説もある。
大人の思考は、鼓動に合わせてゆっくりだ。
つまり体の大きくなった現代人は、「むかし人」より暢気(のんき)になっている。
なのに社会ときたら効率的に、合理的にと、人を急かすようになった。
「おい、押崎。会議の締めの感想、おまえの番だぞ」
すっかり自分の時間に入り込んでいた。
社会の体は小さくなっている。
どこでどうつながるのか、思いもよらぬところから、てんで場違いが結びつく。
会議の最中だっていうのに、お腹が「ぐう」となる予感。
それだけでランチはパスタ! なんてことに思いを巡らす。
集中していないと話についていけないというのに。
懸賞についてツメているのに、「旅行券はどう?」、そのひと言で今度の休暇旅行に夢馳せる。
沖縄旅行なんてどうかしら?
会議の最中だというのに、まるで関係のないことに思いが向く。
つくづく人っていうものは、欲望に満ちているものだと、我ながら情けない。
今は会議の最中だ。
集中、集中。
真面目にやらないと。
「図書券なんかどうだ?」
今さら、図書券?
amazonギフト券のプレゼントじゃなく?
あ、そうか。そういえば係長の実家、田舎で書店なんだっけ。
書店業界、斜陽産業だからなあ。助けてあげたいのはやまやまだけど、それって公私混同もいいところ。
だめです、と声を挙げたいところだが、自ら嫌われ者を演じる必要もないか。
きっと誰かが指摘する。
そうだ、そうに決まってる。
と心に決めたそのとたん。
「押崎、どう思う?」と。
なんで私に振る?
窮地。
ピンチ。
崖っぷち。
どうしよう。
狼狽えながら、大人の答えに思いを巡らす。
かろうじて「みなさんはどう思われるでしょう?」とおそるおそるの切り出し。
ところがあえなく撃沈されてしまうのだった。
「おまえの意見を聞いているんだ」
ありゃあ、追い込まれてしまった。
ランチ・パスタや沖縄旅行どころじゃなくなった。
だけど、嘘は言えない。
嘘をつくと口が曲がるとおばあちゃんにさんざん教えこまれてきたから、口が曲がらないように、嘘をつくことは禁じ手として、これまでずっと避けてきた。
少し考えた。
もう少し考えた。
そしてさらに考えてから勇気を出して言った。
「係長のご実家のことは存じております。でも今の時代、図書券ではなくポイントといいうか、スマホで使えるナントカペイとかamazonギフト券のようなもののほうが喜ばれるのではないでしょうか」
勇気を出して言ってみた。
係長を気遣っているニュアンスも伝えた。
気遣いの裏には、大人の意図もあった。痛いところを突いて、憤怒に制動をかける。
係長はやむ無しの顔で、それもそうだな、としぶしぶだけど折れてくれた。
ふう。
どうにか切り抜けた。
社会にいると、かくのごとし、私の自由はきゅうきゅうと音をたてて縛られていく。
あー、窮屈。
キュークツと言えば、長靴を履いた猫のイラストに思いが飛んだ。
あの絵、どの絵本で見たのかしら?
仔猫が長靴を履こうとしたら、すっぽり入り込んじゃって。
「長靴履くには早すぎた」
すっぽり入っちゃったけど、体をしまうには少々狭い。
そこでひと言。
「でも、窮屈は楽しい」
そんなことを考えていたら、頬の緊張がゆるんだのだろう。
「押崎、なににやけているんだ」
係長に怒られた。
「仕事中だぞ」
会議から思いが逸脱したことばれちゃった。
今は会議中。
「はい、すみません」
集中、集中。
時間は、刻々と過ぎていく。
限られた時間まで、仕事はつづく。
時間と言えば、『ゾウの時間 ネズミの時間』なんて本があった。
1992年に中公新書から発行された書物で、たしか生物学者の本川達雄先生が書かれたものだ。
曰く。どの動物も「一生のうちに心臓が20億回打ち、呼吸が3億回行われる」
なんてことを考え始めてしまった。
会議のさなかだというのに。
それでも、逸れた思考は止まらなくなっていた。
本は語る。ゾウもネズミもヒトも、心臓が打つ回数と呼吸数は変わらないのだと。
だけど寿命が違う。
体が大きいと、流れる時間がゆっくりになる。
心臓は、体の重さの4分の1乗に比例して打たれるらしく、体重が重いほど時間がすぎる時間はゆっくりになる。
だからゾウは長生き。ネズミは短命。
人の体は昔に比べて大きくなった。
この理論にのっとれば、昨今の長寿は体が大きくなって、心臓の鼓動がゆったりと打つようになったから、ということになる。
鼓動のサイクルはまた思考と深く結びついている。
体の小さな幼少時の時間が濃厚なのはそのため、という説もある。
大人の思考は、鼓動に合わせてゆっくりだ。
つまり体の大きくなった現代人は、「むかし人」より暢気(のんき)になっている。
なのに社会ときたら効率的に、合理的にと、人を急かすようになった。
「おい、押崎。会議の締めの感想、おまえの番だぞ」
すっかり自分の時間に入り込んでいた。
社会の体は小さくなっている。
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