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色の音。

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 ふつう、音に色をつけたりはしない。音に乗せる絵の具もない。
 音色という表現はあるにはあるが、あくまでも便宜的なものであって、道標であり到達すべきゴールではない。

 それでもなお蒼谷そうたにが音の色にこだわったのには、それなりの理由があったのではないか。今ではそう思えてしかたがない。

 疑問が好奇心につながった。
 知りたくなる気持ちが湧き出て止まなくなっている。
 知りたい。
 でも、知ることはできるのだろうか。
 世において、すべての問いかけに明快な解答が用意されているわけではないのだ。

 蒼谷が尊敬に値する人物ならまだしも、組織という幹に集う昆虫さながら、たまたま会社という幹に居合わせたぼくたちは、社会的二親等というクッションを置いたつながりでしかない。
 蜜が尽きれば縁も切れる。
 結合さえしていない希薄な、それこそ紙を重ねただけのような関係で、蒼谷はぼくに何を伝えたかったのだろう?
 そもそもぼくが蒼谷の口車に乗る必要など最初からなかったのだ。

 だがヤツはぼくのかわした身を出し抜き、気がかりというくさびを打ち込んでいった。

 
 蒼谷が色の音の話をふった夜、ぼくはなかなか寝つけなかった。
 夜のとばりがセミにヴェールをかぶせ、秋の虫に声色を変えさせた晩夏と初秋の端境期。

 最近になって涼風の吹く日が増えてきたが、三寒四温ならぬ四涼三熱でまだ秋は夏を完全に押しやってはいない。そのせいか居座る熱暑にエアコンが全力で臨んでいたことも寝付けなかった理由だったのだろう。

 冷えきらない室温と騒がしい機械音は、ぼくの気持ちをざわめかせるのに充分だった。


 まるで線路の継ぎ目を拾っているみたいだ、とベッドで天を仰ぎながら考えてみる。
 レールに継ぎ目はないに越したことはない。継ぎ目がなければ列車はもっとスムーズに走行できる。継ぎ目はその構造物の製造上、そして運搬上、必然的に生まれてくるものだ。

 エアコンの音にならない口笛、ひゅうひゅう。
 サッシのガラスを震わす室外機のじたばた、ごわんごわん。
 そして置時計が刻むきっちり1秒ごとのメトロノーム、かちかち。
 すべては耳から入ってきて、音として認識される。
 目を閉じても、音として認識される。
 そこに、色彩の入り込む余地などなかった。
 
 かたんかたん。
 聞こえないはずの音が認識の領域で広がっていく。
 音の色という答えの出ない投げかけが、線路の継ぎ目の音となってリフレインされている。
 
 音と色との間に、壁があるとしたら?
 今まで意識したこともなかった仮定の話だ。
 目を開けばカタチがわかる。色がわかる。
 音も、同じ認識の中で処理される。
 だがふたつが交わることはない。
 なぜか?
 それは両者の間に交流しようのない壁があるからだ。
 そう考えれば、色と音とがそれぞれ独立していることに合点はいく。

 だが、これでは解答にはならない。

 どのように考えればいい?
 そもそも考えて答えの出るようなものなのか?

 ぼくは目を閉じた。

 すると、後頭部から地表に落ちていくような感覚に襲われた。
 故意に掘られた穴ぼこに、頭から落ちていくような感じ。

 睡魔の仕業ではないことは明らかだった。
 あれだけ寝苦しく覚醒していたのだから、不覚に陥る眠りのはずがなかった。
 
 だけどぼくはある意味、間違いなく落ち続けている。

 落下は闇であり、暗黒だった。
 だが、時に虹であり、プリズムの放つ鋭利な光であった。
 きらめき、伸びては消灯し、闇と組んずほぐれつ。

 消えては現れるそれは、あたかも戦っているように見える。
 闇がパンチを食らわせば、光線は腕をたたっ切る。
 虹が弧を描けば、暗黒が盾で跳ね返す。

 濃暗色が噴霧の鼻息を荒くする。ふふんっ。
 淡明色が目に一閃の鋭さを宿らせた。ぎらり。

 そこに、音があった。
 
 ぼくは、色が放つ音の世界に足を踏み入れていた。
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