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老人ボランティア

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 私は、就職を2年後にひかえる女子大生。
 そろそろ就活に有利なことしようと思ってる。
 スイーツばかり追いかけていても、明るいミライはないからね。

 そこで思いついたのがボランティア。
 人によっては「意味ねえよ、そんなの」と否定的だけど、それは幼さの至り。
 頭は使ってこそ意味がある。
 私ひとりの力じゃ心もとないにせよ、三人寄らば文殊の知恵。亀の甲より年の功。思いもよらぬ発想を授けてもらえる。
 期待に胸をふくらませ、老人ホームに狙いを定めた。

 Go To スイートしすぎたせいか、最近しっかりベルトに乗ってる。お腹が輪になってる。ヤだなこのままじゃ。美しくない。
 このぽっちゃり傾向も、介護なら体、動かさなければならないから、一石二鳥ってことになりそうだしね。

 叩いた門戸はすぐに開いた。
 あれ? 意外なほど簡単。
 昨今の大学生、考えることは同じなのかな?
 老人ホーム、ボランティアの受け入れに手慣れていた。

 ま、いいか。


「おばあちゃん、おうた、歌いましょう。私ピアノ弾きますね」
「そうかい、そうかい。嬉しいねえ。おうたはいいねえ」
故郷ふるさと? それとも早春賦そうしゅんふなんてどうかしら?」
 提案すると、おばあちゃんが痴呆の顔に変わって止まった。
「どうかしたの?」訊くと、答えがふるっていた。
「そんなの、昔の人が歌うおうたよ」
 ひょえ。
 年いったおばあちゃんが、そんなこと言う?
 笑うに笑えないジョークだったけど、相手は終息に向けて地上に降り立った飛行機。とやかく言ってからむのも大人げない。
「はは」乾いた笑いを返して「じゃあ何うたう?」尋ねる私の顔が引きつっているのがわかった。
「そうねえ、赤いスイートピー」
 えっ。

 洗礼は、私の認識の天地をひっくり返した。

「おじいちゃん、今日はお風呂の日ね。からだ洗いに行きましょう」
 優しく語りかける私はきっと天使の顔してる。
 車椅子に座るおじいちゃんの手を取りタオルがどこにあるのか尋ねたら……。
「いいねえ」
 光る眼光をじとっと脂ぎらせているおじいちゃんが、ぎゅううっと力強く手を握り返してきた。
 なんかこう、体内からあり余るものを噴出しているみたいな力強さだった。
「若い娘と一緒におふろ」
 ぎらつきに溶け込まない鼻歌を乗せていた。
 立ち上がりざま(あれ? 立てるの?)、「さっ、行こうか」
 手を握るそれと同じ高さで、おじいちゃんのイージーパンツの前のところが天高くテントを張っていた。
 げえっ。

 驚かされること、驚いたことは、これだけじゃない。
 ほかにも、いろいろ。


 ここにいると、なんだか調子が狂っちゃう。
 今まで私が思っていたことが、ことごとくくつがえされていくからだわ。
 とっても不思議な緊張感があった。立っている大地が左右から崩れていって、いずれ1本の細い線になる。私はその今にも崩れて無くなりそうな線の上を慎重に、間違わないように、一歩ずつ歩いている、そんな緊張感。
 細くなったはずの線はさらに細くなっていき、線は見えるか見えないかのところまで昇りつめていく。
 それに合わせて、気の張りようはいやおうにも高みへ高みへともっていかれる。
 きりきりするような時間が積みあがっていく。

 まだ初日だというのに、ほんとうに疲れた。

 ひと息ついたとき、体の力がすうーっと抜けていった。
 緊張から抜け出せたせいだ。
 すると、高みの極みから落ちていくような感覚に包まれる。
 だめだ。
 私は立っていられなくなっってくずおれた。

 その時。

 
「だいじょうぶ? おじょうさん」
 華奢きゃしゃなおばあちゃんが、倍の体重はある私をひょいと受け止めた。
「あれ? 私、倒れちゃったんですか?」
「そうよ」
 私を腕に抱えたおばあちゃんは涼しい顔をして、すっくと私を抱え上げた。
 ほほ笑んでいる。


 ここにいる老人、ぜんぜん老人じゃないじゃない。
 おばあちゃんの腕に抱かれたまま、私は狐につままれているような気がしてならなかった。
 ありえない。
 ありえない、ありえない。

「わたしには、おじょうさんの考えていることわかるのよ」
 おばあちゃんは腕の中で混乱している私に優しく語りかけた。
「でも、ありえるのよ。老人は、もう今までの老人ではありません」


 ホーム内での出来事を事務局から白髭の老人が見守っていた。
 背筋の緊張がひときわ引き立つ髪の毛まで真っ白な彼は老人ホームの院長。
 その院長が、隣に立つベテラン老看護士に語りかけている。
「若いうちから啓蒙していけば、老人を何の疑問もなく受け容れる社会が待っている。
 さああと20年。頼みますよ」



 
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