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 私がこの街――『バルドラギ』に腰を落ち着けてから、ひと月が経った。

 私に仮宿として与えられたのは、大きな岩をくりぬいて作ったのかと思えるような集合住宅の一室。実際にはこの岩、人工的に作られているのだから驚きだ。普通の砂にを混ぜると石のように硬くなるのだそうだ。というのは、ここに来る途中に見かけた『精霊に食べられて丸くなった木』の樹液。普通の樹液ではダメらしい。
 この樹液採取は冒険者に依頼している。なぜ冒険者に依頼しているのかというと、危険な生物に襲われたら危ないから。
 トゥルゲで走っていた間は、そんな危険な場所には見えなかったんだけど、精霊が好むあの木は一般的に魔獣と呼ばれる者達も好む傾向があるそうだ。



「大丈夫! 大丈夫だから! あたしでもできるからーっ!!! 失敗してもクレーム入れたりしないから!」
「当たり前だ!!!」

 ロッテは樹液採取の仕事を請け負おうとして、受付員と一悶着起こしてる。……昨日も、一昨日も起こしてた。

 私は自立活動の一環で、組合内のカウンターで簡単な事務作業をさせてもらってる。仕事をしながら冒険者のことを覚えられる、一石二鳥の素晴らしい仕事だ。いずれは冒険者になりたいと考えている私にとっては。

 基礎知識を手に入れた今の私は、ロッテがなぜ受付で弾かれているのかが分かる! ロッテが弾かれているのは、等級が足りないから。……決して、年齢制限で引っかかってるわけではない。十歳前後かと思っていた彼女の実年齢は……十四歳。初めて知った時は衝撃でした……。

 冒険者には等級がある。
 今までの仕事の実績や戦闘能力などによって、細かく等級が付けられている。単純な戦闘能力だけで決められてる訳じゃない。

 結構な権力を有する冒険者組合の冒険者――更に高レベルの冒険者を名乗るなら、全ての国の法律にも精通している必要がある。
 冒険者はならず者であってはならない。無闇矢鱈と法律違反を犯させるわけにはいかないから、という理由があるらしい。

 等級を上げるには書類試験が課される。筆記試験の結果だけで言えば、ロッテはもう高レベルだ。依頼達成の経歴と戦闘能力が足りない。

「お前、この前、貴重な植林群を灰燼かいじんしたばっかりだろ!!!」
 今、ロッテと熾烈しれつな舌戦を繰り広げているのは、ベテラン青年受付員。かなり荒々しい口調でロッテを叱責してる彼だけど、普段はとても温厚な青年だ。仕事に慣れない私がミスをしてしまっても、彼は絶対に怒らない。そんな彼だからロッテの相手をするのかな? と、思ってたんだけど……二重人格かと疑いたくなるレベルで怒っていらっしゃる。

 灰燼に帰したの? ロッテ……。
「あの、『貴重な植林群』って、何がどれほどすごい感じなのでしょう?」
 作業の手を止めないように気を付けながら、私は隣の先輩女性職員に問いかけた。彼女は、私がロッテと青年のやり取りを気にしていることにすぐに気づいたみたいで――

「ああ、例の樹液が採れる樹木のことよ。精霊が食べるのは『この木』って言う決まりがあるわけじゃないの。好む木は分かってるけど、必ず食べるわけじゃないわ。でもね、一度食べた木の周辺に生えてる木を食べる習性があるのは分かってるから、意図的に丸くなってる木の周りに木を植えて植林群を作るようにしてるのよ」

「そんなに貴重なんですか?」

「貴重よ。一度でも食べられれば未来永劫、同じ木から樹液が取れるわけじゃないもの。一年も経てば取れなくなるわ」
「そうなんですか?!」
「そうなのよ。その上、精霊の数も年々減ってきてるし」

 数量の限られた資源なんだ。貿易に使うことができれば、結構な収入になると思うのに。あ、ロッテたちが静かになった。今のうちにをチェックしておこう。

 冒険者組合から発行される書類は改造防止のため、手書きのものはない。複数の文字型(棒状の鉱石に文字を凹凸に彫り込んだ物)を組み合わせ、凸部にインクを塗り紙に押し付ける。インクの色の違いや、置く文字の大きさや位置によって文字型を変える――その繰り返しで1枚の書類を作り上げる。
 組合員の皆さんに言われて気付いたんだけど、私は人よりも目がいいらしい。この作業は結構な熟練度が必要とされるらしいんだけど、すぐに慣れることができたのはそのせいかな?
 私が主に作っているのは、掲示板に張り出す依頼票。毎日毎日、誰かしらが何かしらを依頼してくる。


「乾いたヤツから、貼り出しちゃって」
「はい!」
 先輩の指示に従い、すでに作成済みで貼り出し待ちだった紙を持って、掲示板に向かった。
 一階にある冒険者向けの看板は、半分に切った丸木で作られているような見かけをしているけど、これも変形する石材を使った製品だ。貼り付ける部分は合板と布で出来てるけど。

 冒険者向けの掲示板は全部で二つあって、正面入り口から向かって右側の壁際には『依頼用』の掲示板が。向かって左側の壁際には『内部連絡』の掲示板がある。組合からの業務連絡や、パーティメンバー募集なんかの連絡が貼り出されている。

 私が今持っているのは『依頼票』。なので向かうは右側の掲示板……あれ?

「紙が違う?」

 掲示板の真ん前までやってきて気づいた。
 貼りだそうとしていた依頼票のうち1枚だけ、違う紙に印字されたものがある。他の紙より少し硬い。凸凹してるし、よく見たら金銀の切箔きりはくが散りばめられてる? 私、間違えた?! こんな高級そうな紙あった?! 紙を間違えるなんてド素人丸出しの間違いをするのは私くらいのものだろう。……私だ! やらかしたのに覚えてすらいないなんて……!!!

「教会からの依頼か、珍しいな」
「え?」



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