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無死満塁
新入部員
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県立T高校の新聞部は地域でもそれなりに人気がある。
他の部活動に比べるとなんらかの賞をとったとかそういう華々しい実績はないのだが、地域の特性をより多くの人に知らせるという広報的な役割を学校の周りの地域において担っている。
本来それらの活動は市民センターや地域包括支援センターなどの基幹施設が主となって行うべきなのだが、それらの施設にも地域の広報ばかりではなく他にもやることが多くあり、なかなかすべてに手が回らないという現状がある。そんな中、学生が主体となってそれらの広報を担うというのは全国でも例を見ることがなく、地域包括システムの一旦を担うという意味ではT高校の新聞部は、学校の中でも一番の働きをしているとも言える。
どういうことか……一言で言えば、社会貢献しているのである。
しかも全国規模の先駆けとしてである。
当然と言えば当然なのだが……
こういうことに関しては実際に動いている主役である学生たちは自覚している。
野球部の部員が『俺たちは強豪校の野球部だ』という自負があるのと同じように、T高校の新聞部の部員にもこの地域にメディアという形で貢献しているという自負があるのである。
『いやあ……まさかの人気だったわ』
河合明日香は勢いよくミステリー研究部の部室に入ってきて言った。
もう少し静かに入ってきてほしいなあ……なんて思いながら関川純は読みかけの本を閉じた。
ミステリー研究部らしくアガサ・クリスティーを読んでいたのだけど、純としては余分な描写が多いような気がしてアガサの作品は好きになれない。とはいうものの一応、ミステリー研究部の広報誌でもある『stery』に記事を書くために読んでいたのだ。
好みではないという理由で、あのアガサ・クリスティをまさか酷評するわけにもいかないので、良さを確認しながら何度も読み返す作業をしている。
明日香が入ってきたのはそんなタイミングだった。
『それにも載せてみたら?』
明日香は不意に言った。
そもそも何が『まさかの人気』だったのかという話を聞いていない。
まあ、ここまでこれば灰色の脳細胞を働かさなくても明日香の言う『まさかの人気』が何のことかは分かる。以前に頼まれて書いた新聞部の新聞の2面に掲載された『謎が謎のままのミステリー』という連載記事のことだ。
数週間前に『わとん』という学校の近くにある肉屋の安いコロッケはなぜあんなに安価なのかという記事を純は書いた。要はそれが明日香にとっては『まさかの人気』だったのだろう。
『『stery』に?』
『そう』
『いや、同じもの載せてもダメよ。それは明日香の方がよく分かってるじゃん』
『そうだけど……なんかもったいないなあって』
『そう? あれはあれでいいのよ』
純は素っ気なく言った。
謎が謎のままのミステリーなんか、ミステリーファンに受け入れられるわけがない。
純はそう思い込んでいる節がある。でも明日香からすればそういう新しい概念こそ面白いと思う。規定概念を覆すものを大衆は期待しているのだ。
『ところでさ。今日、ここに新入部員が来ることになってるんだけど知ってる?』
『え?? 聞いてないけど』
『え? 田畑先生には言ったんだけどなあ』
明日香がそういった瞬間、ミステリー研究部の部室でもある狭い図書準備室の扉がガラリと開いた。
『どうも……渡辺ですけど』
そこにいたのは、痩せていて色白で、『もやし』という表現がピッタリの……男子だった。
『こちら渡辺昭義くん。新聞部だったんだけど、ミステリー研究部にどうかなって』
明日香が言った。
ちょっと意味がよく分からない。
なんで明日香が新入部員を連れてくるのか。
そもそも新聞部だったってどうゆうこと?
なんで新聞部を辞めるわけ?
純は何が何だか分からずにきょとんとした。
とりあえず読みかけのアガサ・クリスティーはしおりを挟んで閉じた。
『えっと……部長の関川です』
『よろしくお願いします』
昭義は確か同じクラスだったはず。
話したことはない。そういえば彼はそんなに存在感はないのかもしれない。
『えっと……あの……新聞部、なんで?』
純はうまく言葉がでなかった。
人と話すのは苦手なのだ。だから一人でできるミステリー研究部を選んだ。でも廃部になるのならこれはこれでまずいのではあるが……。
『ああ、その……』
『新聞部もさぼりの常連だったからね』
昭義に代わって明日香が言った。
『ああ……なるほど……』
『暇だって聞いたからオレがさぼってもそんなに問題はないっしょ』
『まあ……暇っちゃ暇かな。でも……さぼりはまずいかもしれない……けど』
『え――。オレ、家が遠いからできれば早く帰りたいんだよねえ』
まったくもって明日香もやる気のない部員を連れてきたものである。
これは新聞部、辞めたというよりも……。
『まあ、こんなんだからうちをクビにしたんだけどね』
純が思っていたことを明日香はずばっと言った。
相変わらず……明日香は言いにくいことをはっきり言う性格である。
他の部活動に比べるとなんらかの賞をとったとかそういう華々しい実績はないのだが、地域の特性をより多くの人に知らせるという広報的な役割を学校の周りの地域において担っている。
本来それらの活動は市民センターや地域包括支援センターなどの基幹施設が主となって行うべきなのだが、それらの施設にも地域の広報ばかりではなく他にもやることが多くあり、なかなかすべてに手が回らないという現状がある。そんな中、学生が主体となってそれらの広報を担うというのは全国でも例を見ることがなく、地域包括システムの一旦を担うという意味ではT高校の新聞部は、学校の中でも一番の働きをしているとも言える。
どういうことか……一言で言えば、社会貢献しているのである。
しかも全国規模の先駆けとしてである。
当然と言えば当然なのだが……
こういうことに関しては実際に動いている主役である学生たちは自覚している。
野球部の部員が『俺たちは強豪校の野球部だ』という自負があるのと同じように、T高校の新聞部の部員にもこの地域にメディアという形で貢献しているという自負があるのである。
『いやあ……まさかの人気だったわ』
河合明日香は勢いよくミステリー研究部の部室に入ってきて言った。
もう少し静かに入ってきてほしいなあ……なんて思いながら関川純は読みかけの本を閉じた。
ミステリー研究部らしくアガサ・クリスティーを読んでいたのだけど、純としては余分な描写が多いような気がしてアガサの作品は好きになれない。とはいうものの一応、ミステリー研究部の広報誌でもある『stery』に記事を書くために読んでいたのだ。
好みではないという理由で、あのアガサ・クリスティをまさか酷評するわけにもいかないので、良さを確認しながら何度も読み返す作業をしている。
明日香が入ってきたのはそんなタイミングだった。
『それにも載せてみたら?』
明日香は不意に言った。
そもそも何が『まさかの人気』だったのかという話を聞いていない。
まあ、ここまでこれば灰色の脳細胞を働かさなくても明日香の言う『まさかの人気』が何のことかは分かる。以前に頼まれて書いた新聞部の新聞の2面に掲載された『謎が謎のままのミステリー』という連載記事のことだ。
数週間前に『わとん』という学校の近くにある肉屋の安いコロッケはなぜあんなに安価なのかという記事を純は書いた。要はそれが明日香にとっては『まさかの人気』だったのだろう。
『『stery』に?』
『そう』
『いや、同じもの載せてもダメよ。それは明日香の方がよく分かってるじゃん』
『そうだけど……なんかもったいないなあって』
『そう? あれはあれでいいのよ』
純は素っ気なく言った。
謎が謎のままのミステリーなんか、ミステリーファンに受け入れられるわけがない。
純はそう思い込んでいる節がある。でも明日香からすればそういう新しい概念こそ面白いと思う。規定概念を覆すものを大衆は期待しているのだ。
『ところでさ。今日、ここに新入部員が来ることになってるんだけど知ってる?』
『え?? 聞いてないけど』
『え? 田畑先生には言ったんだけどなあ』
明日香がそういった瞬間、ミステリー研究部の部室でもある狭い図書準備室の扉がガラリと開いた。
『どうも……渡辺ですけど』
そこにいたのは、痩せていて色白で、『もやし』という表現がピッタリの……男子だった。
『こちら渡辺昭義くん。新聞部だったんだけど、ミステリー研究部にどうかなって』
明日香が言った。
ちょっと意味がよく分からない。
なんで明日香が新入部員を連れてくるのか。
そもそも新聞部だったってどうゆうこと?
なんで新聞部を辞めるわけ?
純は何が何だか分からずにきょとんとした。
とりあえず読みかけのアガサ・クリスティーはしおりを挟んで閉じた。
『えっと……部長の関川です』
『よろしくお願いします』
昭義は確か同じクラスだったはず。
話したことはない。そういえば彼はそんなに存在感はないのかもしれない。
『えっと……あの……新聞部、なんで?』
純はうまく言葉がでなかった。
人と話すのは苦手なのだ。だから一人でできるミステリー研究部を選んだ。でも廃部になるのならこれはこれでまずいのではあるが……。
『ああ、その……』
『新聞部もさぼりの常連だったからね』
昭義に代わって明日香が言った。
『ああ……なるほど……』
『暇だって聞いたからオレがさぼってもそんなに問題はないっしょ』
『まあ……暇っちゃ暇かな。でも……さぼりはまずいかもしれない……けど』
『え――。オレ、家が遠いからできれば早く帰りたいんだよねえ』
まったくもって明日香もやる気のない部員を連れてきたものである。
これは新聞部、辞めたというよりも……。
『まあ、こんなんだからうちをクビにしたんだけどね』
純が思っていたことを明日香はずばっと言った。
相変わらず……明日香は言いにくいことをはっきり言う性格である。
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