隣の二階堂さん

阪上克利

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日曜日を一人で過ごすのは良いことなのか否か

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 土曜日に図書館に行って宮沢賢治を一気読みしたから、すごく充実した時間を過ごした感じがして、その余韻よいんが日曜日にまで続いている。

 今日も雲一つない良い天気だ。
 どこにも行かずに家で過ごしてもいい。
 洗濯物を済まして、部屋の掃除をして、お弁当のための常備菜を作ったら、昨日図書館で借りてきた気になる本を少しずつ読もうと思う。
 読書をすれば、普段の日常から離れ、物語の世界を楽しむことができるのだ。休日にどこかに出かけたところで、ドラゴンに会うことはできるだろうか。薄暗い洞窟のようなダンジョンを歩いて、仲間と力を合わせてスリル満点の宝探しができるだろうか。

 朝は少し遅く起きて、家事をすべて終わらせると時間はあっという間にお昼を過ぎる。

 換気のために窓を開けているから、家事がすべて終わるまではエアコンはかけない。夏の暑い空気がまとわりついてくるからすべて終わるころはけっこう汗をかいている。
 休日はお昼からシャワーを浴びて、お風呂に入り、部屋にエアコンを効かせて、お気に入りの電動ベッドの頭を少し起こしてお菓子でもつまみながら借りてきた本を読む。

 幸せな時間だ。

 あたしはゆっくりお風呂に入り、部屋着に着替えてから髪の毛を乾かした。
 風呂上りの温まった身体に冷たいエアコンの風が心地いい。

『ふうう』
 気持ちのいいため息をつきながら、あたしはベッドに座る。

 さてと……買っておいたポテトチップスでも食べながら、読書でもしようかな……
 と思っていたらスマートフォンが鳴りだした。
 注意深く画面を確認したら松沢さんだった。
 姉ではないのでとりあえず出ることにする。

『もしもし……』

 松沢さんの声はあり得ないぐらい暗かった。
 もう……早く仲直りすればいいのに……。

『あ、どうも。お疲れ様です』
『お疲れ……ねえ。今からお茶でもしない?』

 え?
 今から??
 よく考えてみるとこの人も、うちの狂ったような姉に似たところがあるのかもしれない。
 ロリータファッションに身を包み、乙女ゲームにはまっていないだけで、いつも恋に恋している松沢さんの基本性能は姉とあまり変わらないような気がしてきた。
 そもそも日曜日の昼下がりに電話してきて『今からお茶しない?』と言われてすぐに行ける人がいるのだろうか。

 あたしだって……
 まあ、行けないことはないが……できれば行きたくない。
 だって今からドラゴンに会いに行くのだから……。

 で……。
 結局。

 なんだかんだで読書をあきらめて、あたしは戸塚の駅前にあるドトールに出かけた。
 断ってもいいのだけど、松沢さんには仕事でもお世話になっているし、なんだかんだ良い人だし……それに暗い声をしているのも気になったのだ。

 仕方ない……。
 ドラゴンに会いに行くのはまた今度にしよう。

 ドトールに着くと先に松沢さんが席についていた。
 ベリーショートの髪型が彼女の色白で小さな顔を引き立てている。
 どう見ても美人だ。いつも恋の悩みを話す彼女だが、本当に何が悩みなのだろうか。恋愛の悩みというのは基本的に外見が大半なような気がする。姉なんかに言わせると、自分の顔やスタイルには不満だらけらしい。
 特に彼女の場合は出身が大分の田舎というのが許せないらしく、北欧のどこかの大きなお城で生まれたかったとのことだ。どこからどうみても平べったい日本人顔しているくせに、よくもまあそんな図々しいことが言えるものだ。

『お待たせしました』
『お疲れさま……』
『どうしたんですか? 今日は呑まなくてもいいんですか?』
 あたしは笑顔で冗談を言ってみた。すこしでも彼女の暗い顔を明るくしたかったのだ。
『ねえ……』
『はい』
『日曜日になんの予定もないのって寂しくない?』

 日曜日に何の予定もない?
 どういうことかちょっと分からない。
 やることならいくらでもあるではないか。

『いや……あたしはそこそこ忙しいですけ…………ど』
『え! そうなの!!』
 松沢さんは少し食い気味にあたしに言った。
『そ……そうですけど……ほら、家の掃除したりとか』
『いや、そういうことじゃなくてさ――』
『そういうことじゃないんですか?』
『違うわよ――。もう!相変わらず分かってないなあ。二階堂ちゃんは……』

 分かってない?
 何が分かってないというのだ。
 てゆうかこんな会話をどこかでした記憶がある。
 どこでしたのかは思い出せないが……。

『海に行きたいなあ』
 うっとりした声で外の風景を見ながら松沢さんは言った。

 ん?
 海??
 そういえばそんなこと誰かが言ってたな?
 思い出せないけど。

『海ですか?あたしはちょっとなあ』
『なんで?』
『いや、泳げないし、暑いし』
『そういうことじゃなくて……ほら、出会いとかありそうじゃん』

 ああ。そういうことか。
 あたしが一人で納得して、松沢さんがさらに何かを話そうとすると、スマートフォンがブルブルと震えだした。マナーモードのバイブレーションはけっこう大きな音がする。
『出て良いよ』
 松沢さんが言うので遠慮なく出ることにした。

『もしもし!? なんで電話でないのよ』
 あたしは……あわててちゃんと確認もせずに電話に出てしまった自分を恨んだ。
 姉である。
『ごめん。今、会社の人といるから』
『え――! 仕事なの――?!』
『うん、仕事、仕事』
『嘘だ。あんたが嘘をつくときは妙に同じ言葉を繰り返すのよ』
 なんの根拠もない話だが嘘だと当たっているだけに悔しい。
『日曜日に何の予定もなくて寂しいから会いに来たのに!』
『知らないわよ。そんなもん』
『もう戸塚にいるんだから』
 電話を切りたい衝動にかられたあたしだが、すんでのところで我慢した。

『どうしたの?』

 松沢さんは小さい声であたしに言った。
 電話が尋常じゃない様子だったので気になったのだろう。

『東京に住んでいる姉が来ちゃったらしいんですよ』
『え? じゃあ来てもらえば??』

 松沢さんは信じられないことを言う。
 あの姉を他人の目に晒すのはちょっと……。と言ってもすでにお隣の春海ちゃんと夕凪ゆうなちゃんには会ってしまっているのだが。

『じゃあ……いいよ。戸塚のドトールにいるから。本当に会社の人と一緒にいるから変なこと言わないでよね』

 あたしはもうめんどくさくなって姉に言った。どうにでもなれという感じだ。
 そういや……海に行きたいって姉が言ってたんだっけ。
 案外、松沢さんと姉は話があうかもしれない。

 いい機会だ。
 あんな狂ったような姉でも人の役に立てるかもしれない。
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