恋に恋して

阪上克利

文字の大きさ
上 下
5 / 5
化け猫ちゃん

デートのお相手

しおりを挟む
 藤沢のアヤコちゃんの家まではけっこうな距離があった。
 そこから上原さんの家までも1時間以上かかった記憶がある。

『いるかね、いきなり行って』
『大丈夫。休みの日は家で寝てるって言ってた』
『ああ、そうだった』

 二人きりだとやたら意識して会話が続かない……なんてことはなかった。
 仕事の話や、最近見た映画の話などをしながら、それなりに車の中では盛り上がった記憶がある。

 会話が盛り上がると目的地までは遠くとも、なんだかすぐに着いてしまったような気がするから不思議だ。

 上原さんの家はマンションの2階。
 ボクらは階段を昇って、彼の部屋のチャイムを鳴らした……。

 反応がない……。 

 何回かチャイムを鳴らしたが上原さんは出てこなかった。
 休みで部屋の中にいるはずなのに出てこない。
『出てこないね……』
『おかしいなあ』
 ピンポンを連打するアヤコちゃん。
『いやいや……そんな連打したってダメだって』
『どうせ寝てるだけなんだから、ガンガン押せば起きるよ』
『てゆうか、ヤバイって。近所迷惑だから……』
『あ……そうか』

 結局……
 上原さんは出てこなかった。

 仕方ないのでボクらは帰ることにした。
『絶対に中にいたよ』
『寝てたんかな?』
『起きろよ――』
 アヤコちゃんは車の中で言っていた。
 確かにせっかく来たのだから、中に入れろとまでは言わないけど、家にいるのなら出てきてほしかったと今でも思う。
 
 後日、上原さん本人から聞いたのだけど、実際に彼は家におり寝ていただけだったらしい。
 ボクらが来たことにも気づいていたようだった。
 まったくもってひどい話である。

『この辺……元カレの家の近くなんだ……』
 藤沢市内を走っている時に唐突にアヤコちゃんが言った。
 なんだか思いつめた感じの口調だった。
 だけどボクは『へええ』としか言えなかった。

『あたしもいろいろあったんだよ』
『そうなんだ……。今はどうなの?』
『今? 今はがんばって正看護師にならないとね』
『あ、そうか。そりゃそうだね』

 もちろん記憶は定かではないけど……こんな感じの会話をしたのを覚えている。
 
 ボクはどこにも寄らずにアヤコちゃんを家に送った。
 日が完全に沈み、すでに真っ暗になっていたので、実家住みだったアヤコちゃんが遅くなれば、両親も心配しているかもしれないと思ったので、どこかに寄ろうという発想がボクにはなかったのだ。

 あの時、帰りに食事ぐらいしておけばよかったな……と今思えばちょっと後悔している。

 デートという言葉を『恋人とどこかに行くこと』と定義せずに、『親族以外の異性と二人きりでどこかに行くこと』と定義するなら、ボクの人生初のデートのお相手はアヤコちゃんだったのである。

 その後、アヤコちゃんは学校を卒業して、無事、正看護師になって藤沢のある大きな病院に就職したのだが……訪問入浴が楽しいと自分でも言っていたので休みのたびにバイトに来ていた。
 しかし、それも彼女の仕事が本格的に忙しくなるにつれて少なくなっていき、ついに彼女は完全に訪問入浴を辞めて行った。

 彼女と最後に話したのは、そのあと数年後のことであるが、実は、これにはちょっとしたこぼれ話があるのだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

青く澄み渡っている雲一つない空の下に住んでいるボクたちの何もないような日々

阪上克利
エッセイ・ノンフィクション
日記のようなものです。

夜空の詩

白雪 鈴音
エッセイ・ノンフィクション
私が感じたことを詩として綴っていきます。 ところどころクサイセリフなどあるかもしれませんが多めに見てください!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

実録!我が家のネコ事情 【写真有り】

羽兎里
エッセイ・ノンフィクション
動物はもう飼わないと決めいてた我が家に、ある日突然飛び込んできた新しい家族。 写真を整理していて、つい書いてしまい、もったいないので投稿始めます。 不定期投稿で、いつぶちッと終了するか分からない、気まぐれな作品です。 気が向いたら覗きに来てください。 2021年1月8日 1話から少々手直ししました。 【猫写真有り】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

スイーツ日記

NANA
エッセイ・ノンフィクション
お菓子についての記録です。 好きなお菓子について書いていきます。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...