阪上くんと保田くん

阪上克利

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出会いと学生生活

下手の横好き

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 下手な小説を書くようになったのは実は高校時代からである。
 あれから約20年近く書き続けることができているのだから、趣味とはいえボクにしては長続きしているものの一つである。

 もともとボクは読書が好きである。
 小学生の時から図書室や図書館に入り浸ることが多く、本に触れることは本当に多かった。母親はボクに文学作品を読めとよく言っていたが、ボクは自分の読みたい本だけを読んでいた。
 小説のことをここに書く前に、読書について書いておかなければいけないことに気づいたので少し触れておくことにする。

 文章を書くという作業に必要不可欠なのが読書である。
 どんな本を読むか……というより活字に触れていくということは、何と言っても語彙ボキャブラリを増やすには必要不可欠な作業だからである。前述した事柄だが、読書の習慣がない人間は文章を作る能力も概して低いことの方が多い。
 今はネットが普及しており、ブログなどで自己主張できる世の中になったが、語彙の乏しい人間に限っていっぱしなことを言っているように思える。ネットで多くの情報が得られそこからも多くの言葉を得ることはできるのはできるのだが、そのような知識というのは長い間読まれているようなものではない。つまり一過性の知識にすぎないのだ。

 それに比べて、文書から得られる言葉の数々はそうではない。
 数年、多くの人に読み継がれているものであり、その言葉を紡ぐために作家は多くの労苦を要するし、多くの時間を消費しているのだ。
 そういった珠玉の言葉たちと、ネットで得られる情報を一緒にするべきではない。
 もちろんすべての情報が一過性のどうでもいいようなものばかりではなく、玉石混合であることは言うまでもない話ではあるのだが、|玉石混合(ぎょくせきこんごう)の中からいいものを探すよりは、確実に|玉(ぎょく)が得られるところからいいものを探す方がはるかにいいに決まっている。
 そういう風に考えるならあくまでネットから得られる情報は自分で取捨選択していき、確実に語彙を増やしていくならば過去の名作に目を通していく方がいいのだ。

 と……ネットを否定するようなことを言ったが、過去の名作を読めるということでは青空文庫などは本当にすばらしいものであり、いちいち図書館に行かなくても自宅で……しかも無料(ただ)で過去の名作を読めるという事実を考えると、やはりネット社会を感謝せざる負えない。

 少し話が横道にそれたが、基本的にはいい文章を書きたければたくさんの書物を読む必要がある。これはなんにでも言えることで、例えば良い音楽を作りたければまずはクラシックを聴くことだろうと思うし、良い絵を描きたければまずは昔の名作を見ることだろうと思う。
 例えば、漫画家の水木しげる先生は昔、まだ貧乏だったころにピカソの絵をわざわざお金を払って見に行ったそうだから、この事実から、物を作る人間にとって、そういうことが非常に大事だということは推して図ることができる。

 ボクが高校時代に小説を書こうと思ったのは、それまでに多くの本を読んできたからであり、その中には実は名作と呼ばれるものもあったから、そのような影響を受けたということもある。

『自分で小説書いちゃう??』
 小説を書こうと思ったのは、高校時代の同級生である茨木くんの一言がきっかけだった。
 その一言はすごく軽い口調だった。『You来ちゃいなよ』的な軽さで話しをしたのを覚えている。

 もっとも重く話すような話題でもないのだが……。
 彼もボクと同じくらい……いやボク以上の読書家である。彼はたぶん当時のボクよりも多くの書物に親しんできたのではないかとも思う。
 例えば、当時のボクは三国志はまったくもって読んだこともなかったが、彼は横山光輝先生の漫画以外にも吉川栄治先生の『三国志』もちゃんと読破しており、その見聞は広かったとも思える。彼はボクの知らないことを良く知っていたし、語彙もなかなか多かった。

 読んだ本の話をするのが楽しみだったボクらは、読んでいる本の展開や結末に納得がいかないことが多かった。今考えると実に軽薄な話ではあるが、基本的にファンというものはそういうものである。
 そんな経緯があってボクは小説を書くことになったのだ。

 最初に書いた小説というのが箸にも棒にもかからないろくなものでもない小説だった。
 小説を書くという行為は実は簡単なようで非常に難しい。
 キャラクターを作ったり、話の筋書きを作ったりするところまでは少し想像力の豊かな人間ならだれでもできる。しかし筋書きに従って話を完成させることが非常に難しかったりする。
 これまででもボクは、何作かは、構想だけで完成に至らなかった小説がいくつかある。
 よく、『最後まで仕上げることが一番大切』という言葉を聞くがそれはまさに金言である。実際問題、筋書きを作るまでは楽しいのだが、話を進め始めると途中で飽きてきたりすることが多いのだ。
 
 小説を書くということに才能があるとしたらその部分だとボクは思っている。

 最初に書いた小説というのはミステリーだった。
 しかしボクはトリックを考えるのが苦手だった。未だにそういうことは苦手なのでミステリーは書かないと決めている。決めているというか……書けない。

 シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロと言った名探偵が活躍する推理小説には必ずといっていいほど大きな謎があり、その謎を名探偵たちが解き明かす、その様が面白いのだが、そもそもそういう小説を書くならちゃんとした謎を考えて、謎を解く手段も筋書きに入れ込まなければならない。
 それにもかかわらず当時はそんなことは分からないままミステリーを書きはじめた。学園物の話を書いたと記憶している。

 簡単なストーリーで正直、小説と言えるものではなかった。
 キャラクターは主人公の名前は忘れてしまったが男だった。忘れてしまったけど説明の都合上、渡辺昭義とする。そんな名前でなかったのは確かなのだが、どうにも主人公はそんなに力を入れて作らなかったキャラクターだったと思う。
 主人公の親友は、なんと西岡剛と言う名前だった。これはしっかり記憶している。ロッテからメジャーに行き、我がタイガースでもプレイしてくれた西岡と同じ名前なのは当時から阪神ファンだったボクにとっては本当にすごい偶然である。
 ヒロインの名前は山口瞳。一応美人という設定だが美人と言う以上に格闘技にたけており、男性顔負けに強いという設定。彼女のキャラが強すぎて主人公は彼女になっていたような気がする。
 ヒロインの友人は関川純。ボクは純子という名前にしたかったのだが、一緒に書いていた茨木くんの意向で『純』になった。メガネをかけた優等生で、普段からおとなしい女の子という設定。勉強ができていつも本ばかり読んでいるという設定にした。

 まずキャラクターすべてがアクが強すぎて話を構成できなかった記憶がある。
 ボクが話の筋を考えて、茨木くんがそこに肉付けしていくと言う形をとったのだが、茨木くんはいつまでたっても小説を完成させることはなかった。

 唯一、茨木くんと合作した作品をこの場を借りて公表したいと思う。といってもボクの記憶だけが頼りなので大体こんな作品だったと思っていただければありがたい。

『文化祭の思い出』
 文化祭を明日に控えて、ミステリー研究会の部員は部室で明日の文化祭の準備をしていた。
 T高校の文化祭も他の高校の文化祭とさほど変わらないのだが、クラスごとの出し物、部活ごとの出し物と2種類の出し物があるということも例外ではない。ミステリー研究会は模造紙に推理小説を書いて、犯人を当ててもらうというごく簡単な出し物を考えており前日ではあったものの他の場所とは違い地味な飾り付けは終わり明日の本番を待つのみとなっていた。
 ミステリー研究会と言っても、特に何かをしているわけでもない。
 もちろん小説は書いているのだが……実質、書いているのは、優等生の関川純だけだった。ほかの部員はそれぞれ運動部と兼部していたりしており、ここに来るときはただ暇つぶしに話をしにくるような感じだった。

 高校生ともなると中学と違い、男女が一緒に集まると自然、話も盛り上がったりもする。
『いや、マジな話だけど関川はすごいよ。オレなんかこんな風に話は書けないし。』
 西岡剛は野球部と兼部していたのだが、この春に引退してからはミステリー研究会に入り浸っていた。剛は野球も好きだが読書もそんなに嫌いではない。もともと野球でも捕手という頭を使うポジションだっただけに、こういう文化系の部活動もやってみたいと思っていたのは彼の偽らざる本音であった。

 だから純のことを褒めたのは心からである。
 そもそも剛はウソがつけない男であり、そんな性格が災いしてか、野球の方はレギュラーを獲れないでいた。バッティングは良かったのだが守備の方が、特に捕手として投手を引っ張っていくリードが正直すぎるがゆえにレギュラーは獲れないでおり、ついには膝の故障に泣いて夏の大会を前に引退になったのだ。
『オレは西岡もすごいと思うぞ』
 そう言ったのは渡辺昭義だった。昭義は兼部はしておらずミステリー研究会一筋で3年間やってきた。
『そうか?いや……そうでもねえって。』
 照れながら剛は言った。
 ミステリー研究会はぬるい関係の仲間が集まる場所だった。
 それでも昭義と剛はタイプの違うものの、お互いを認め合うことのできる関係だった。

 昭義は3年間、ぼんやりとミステリー研究会にいたから、レギュラーが獲れなくても腐ることなく最後まで野球を続けた剛を尊敬していた。引退したのも膝の故障が原因で、つい最近までは松葉づえで歩かなければいけないぐらいの重症だったのである。故障しても他のやり方で野球部を支えることができる、などという簡単な励ましを、この剛の姿を見てだれが言えるだろうか、昭義はそう思っていた。
 そもそも二人はどこか似ている側面があった。
 喜怒哀楽がはっきりしているし、正直すぎるぐらい正直で嘘がつけない。
 剛がキャッチャーというポジションに向いていなかったのと同じく、昭義もまたミステリー研究会には向いていない男である。

『あんたはいつまで経っても今一つだけどね。』
 会話に入ってきたのは山口瞳だった。肩にかかるか、かからないかぐらいのさらさらした髪の毛を揺らしながら、両手を腰に当てて仁王立ちして話をするところは、瞳の自信の現れかもしれない。
 二重まぶたにぱっちりした目が印象的な彼女には『瞳』という名前がぴったりだった。
 瞳は空手部に所属していながら家は剣道の道場を経営しているという変わった経緯を持っている。身長150センチ前後の小柄な彼女だが、その可愛らしい外見とは裏腹に、怒らすと間違いなく怖いので剛も昭義も瞳には逆らわないようにしている。
 純、瞳、剛、昭義の4人は不思議とうまが合う。

 それぞれ普段はここには集まらないのだが、ミステリーが好きという共通点でここに集まってからは、折を見ては集まっては放課後の時間をたわいのない話をして過ごしていたのだ。
 この日もそうだった。
 文化祭の準備はそこそこにおのおのの好きな映画や本、漫画の話をして盛り上がっており、気が付けば時計の針は5時過ぎになっていた。
『何か……音しなかった??』
 誰ともなく、誰かがつぶやいた。
 夕方も5時になると秋が深まるこの時期は外は暗くなるし、校内にも人は少なくなる。
 文化祭の前日ということで、何人かの人間はまだ残っているはずだが、校舎の一番外れに位置するミステリー研究会の部室には普段から人が近づくことはない。
『え……怖い……』
 神妙な顔をして瞳がつぶやいた。
『え?? 怖い??? 誰が????』
 瞳のつぶやきに、剛も昭義も口をそろえて言ってしまう。瞳に怖いものなんかなさそうなものなのだが、それとこれとは違うのかもしれない。しかし、そんなことは頭では理解できてもいざ目の前でそんな普段とイメージの違うことを言われるとつい余計なことを言ってしまいがちなのである。
『怖いわよっ!』
『え? マジで??』
『失礼ねえ』
『いや……そういうことじゃなくてさ。オレは何かあったら山口に守ってもらおうかと……』
『おい……』
 瞳は半分怒りながら、半分は冗談ながら昭義を見た。
 すると部室の扉が大きく開かれた。そこには見たこともない覆面の大男がいた。
 とんでもない光景に誰も動くことも声を発することもできなかった。
 男は素早い動きで入り口近くにいた純を捕まえようとした。もちろん純は男の手をかわそうとした。このメンバーの中で一番弱くてつかまってしまいそうなのは純だった。男はそれを知ってか知らずか、純のその長い髪の毛をつかもうとした。
 その瞬間、どすんという音がした。
 男はこめかみあたりを両手で押さえてうずくまった。純が何かをやったのだが、そんなことを確認する間はなく、気が付けばほかの三人は同時に動いていた。
 昭義と剛は男の両腕を抑え、瞳はみぞおちに何発か思いきり正拳をくらわせた。瓦割ができると噂される瞳の正拳を何度もみぞおちにくらう……。
 考えただけでもぞっとする。
『うぐう……』男は悶絶しながら動かなくなった。おそらく気を失ったのだろう。
『誰なんだよ。こいつ』
 声が震えているところを見ると、昭義はかなりビビっているのだろう。まあ、それも無理のない話だが……。
 覆面をとっても男を知っているものはその場にはいなかった。
『関川、先生に言って警察を……』
 剛は言った。この手は何があっても離さない、剛はそう思った。
『ガムテでしばっちゃおう』瞳は案外冷静に話す。やはり武道経験者は肝の据わり方が違う。
 部室の備品からガムテープを出すと瞳は手際よく男の足をぐるぐる巻きにしばり上げた。こうなると気を失っている男を拘束するのに時間はかからない。
 先生が来るまで、長い時間はかからなかったが、それでも3人にとっては何時間にも思えた。その間、3人は何一つ話せなかった。
 男がその後、警察に引き渡されたのはその数時間後だった。
 なぜあの男が学校のしかもミステリー研究会の部室に紛れ込んだのかは分からない。何か事件との関連性があるかどうかはこれから調べるらしい。
 しかし、それ以上に昭義には分からないことがあった。
 すべてのことが終わり、下校するとき、昭義は純に言った。
『なあ……関川……。お前、襲われたときに何したの?』
『あ……それ、あたしも気になった。あの時はとっさで何が何だか分からなかったけど、あの一撃があいつが気を失った直接的な原因だよね』
『うん……。これ』
 純は鞄の中から靴下を出した。彼女が雨の日用にいつも持ち歩いている白い靴下だ。良く見ると内側に砂利がついている。
『これ?なに??』
『あたし、いつもあの部屋で一人で活動しているときは護身用に作っとくことにしてるの。これを。』
『これが武器??』
 瞳は素っ頓狂な声を上げた。それはそうだ。剛も昭義も思いは瞳と同じである。どこからどうみてもただの靴下にすぎないものでどうやって身を守ったというのだ。
『これにね、砂利をつめておけばすごい武器になるの。』
 純は靴下の口を広げながら説明した。
『へえ……』
 3人は声をそろえて言った。
 たしかに砂利は何かの袋に詰めればすごく固くなるだろうから、かなり強力な武器になりえるだろう。
『でも砂利はどこに行ったの??』
『どこに行ったと思う?』
 純はいたずらっぽい笑顔で言った。3人は顔を見合わせた。そして声を合わせて言った。
『水槽!』
『そう!!正解。どさくさにまぎれて返しておいたわ。こうすれば凶器はなくなっちゃうでしょ。』
 純は得意気にメガネの位置を直しながら言った。
 4人は顔を見合わせた。なんだかおもしろかった。怖い目にあったのになんだかおもしろかったのだ。
 偶然ではあるものの、ミステリー研究会らしいことが実際にできたことに、かなりの興奮を覚えながら、4人はそれぞれの家路を帰っていった。
 秋の風が冷たく吹いている夕方の出来事だった。
(おしまい)

 結局、ちょっとした短編を書いてしまったのは非常に恐縮である。
 当時はこんな形ではなくもっといい加減な形だった。描写は全くなく、登場人物のセリフしか入っていないようなものだった。
 犯人役の男も、現在、記憶をたどって書いた内容では覆面の大男と描写しつつ、すぐに暴行に及ぼうとするので、読んでいる人間にはすぐに悪い奴であることが分かるように工夫してある。しかし当時はそういう描写はまったく考えずに、この男も『犯人』という呼称を使って物語を進めてしまっていた。
『犯人って自分で書いちゃってるし……。』
 と茨木くんには突っ込まれた記憶がある。
 実はこれを書いている最中に、この男の正体を先生にして『先生のいたずらだった』というオチも即興で考えたのだが、当時の小説のテイストがまったくなくなる上、どうにも収集がつかなくなりそうなので辞めた。
 この犯人役の男は、当時の物語にそってそのまま描写すると山口瞳が一人でやっつけてしまうのである。
 いくら格闘技をしているからと言っても、身体が小さく、筋量でも劣る女子高生が一人で大人の男性を倒すのはほぼ不可能である。
 同じことを、当時、茨木くんにも言われた。
 まさか十数年後の自分にも同じことを言われるとは、当時のボクも思ってはいなかっただろう。
 ただ、当時のボクの主張はこうである。
『小説なんだし、おもしろいからいいじゃん』
 これを書きながらボクはパソコンの前で保田くんと同じ表情をしながら『うわ――』と言っている。

 さて……。
 ここまでで出番がほとんどない保田くん。
 このエッセイの題名が『阪上くんと保田くん』という題名であるからして、保田くんの話が一つもない回など作っていいはずもない。
 保田くんが出てくるのはここからである。

 茨木くんは書くのが非常に遅かった。
 ボクが筋を考えた話が小説の形になることはほとんどなかった。
『まだ?』
『いや……忙しくて。』
 茨木くんはあきらかに嫌な顔をしていた。
 それは普段、保田くんの嫌な顔が分からないボクでもよく分かった。
 どんなにしつこく言っても茨木くんはただの1ページも書いてこなかったので業を煮やしたボクは自分ですべてを書くことにしたのだった。
 それ以降、茨木くんとは考え方の違いもあって、それぞれ別個に小説を書くようになっていった。
 よく音楽のバンドグループが解散するときに言うセリフで『お互いの音楽の方向性が違う』と言ったものがある。確かにゼロから何かを作り上げるような作業には個々の方向性が出るものであり、その方向性は違えば違うほど、一緒にやってもいいものはできないのではないか、とボクは思う。
 茨木くんがいくら言ってもボクが書いた筋書きで小説を書かなかったのは書きたいものが違ったからだろうと思うこともあるのだが……

 それ以前に、一言でいうと『やる気がなかった』ということだろう。

 その証拠に茨木くんは卒業までに一作も完成させることはできなかった。
 後述する予定だが、社会に出た後も小説を書いてお互い批評しあうというようなことをボクらは続けていたのだが、茨木くんの完成された小説を手に取ることはついになかった。

 あえてもう一度言おう。
 茨木くんには『やる気がなかった』のである。
 こういう茨木くんの事実を考えると、やはりこの手の才能というのは構想を練ることではなく、『完成させること』に尽きるのではないか、と思うのである。

 茨木くんの書く小説は文体の中に緻密な描写があり、読んでいるものをにんまりと笑わせる内容のものが多かったので、個人的には最後まで読みたかったというのが正直なところである。
 しかしいくら素晴らしい小説でも『未完成』のものには価値がない。
 そこが非常に残念と言えば残念ではある。

 茨木くんと小説を書くことを断念したボクは自分独りで小説を書きはじめた。
 もともと妄想力は半端ではない。
 書きたいことは山ほどあったので、毎日、ルーズリーフの切れ端に小説を書き続けた。
 その小説はキャラクターばかりが強烈で話そのものはまったくといっていいほど深みもなければ、自分自身がそこで表現したいこともない、本当に内容のないものだった。

 とにかくボクは書きたいものを書いていた。
 主な読者は保田くんだった。
 この頃書いていた小説は駄作であったことが多い。
 鮮烈な記憶に残っているのは、『カラー戦隊ヤダモンジャー』である。
 当然、二次的創作作品であるからして、ここではその内容のすべてを明かすわけにはいかない。てゆうか覚えていないというのが正直なところでこれもまたボクの黒歴史である。
 内容はとにかくくだらなかった。
 詳しくは覚えていないのだが、実にくだらない内容であることだけは覚えている。
 レポート用紙2、3枚ぐらいに収まるストーリー展開で、毎日更新、連載という形をとっていた。

 それをボクは毎朝、保田くんに読んでもらうのが楽しみだった。
 保田くんの感想はもちろん、『うわ――』だったが、当然のごとくボクはそれを喜んでいるのと勘違いしていた。

 こんなものは保田くんしか読んでくれないということをボクは心のどこかで分かっていたのかもしれない。
 当時のボクの書く小説は質の低いものであり、万人に読ませられるものではないことは薄々ボクにも理解はできつつあった。だからこそ、高校を卒業するときに作家やコピーライターになりたいという夢をあきらめたのだ。自分にはそういう力はないと思っていた。
 まあ、だからと言って今のボクがそういう力があるのかと言えばそれはそれで甚だ疑問符をつけざるおえないが……。

 当時のボクは、あきらめが良かった……というより、周りの反応をなんとなく肌で感じることができたと言った方が適切かもしれない。
 散々、当時のボクは保田くんの嫌な顔に気づかなかった……と言ってきたが実は気づかなかったのではなく気づかないふりをしてきただけなのかもしれない。

 現に保田くんは今、ボクの小説には見向きもしない。
 それは前述のように彼に読書の習慣がないということが最大の理由ではあるのだが、理由はそれだけにとどまらず、またああいうくだらないものを読まされてはたまらない、という防御反応かもしれない。
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