114 / 149
いい?よく覚えておいてね
しおりを挟む
「…や…蓮っ…!」
凛は、そこでようやく蓮を思い出しました。
家庭教師にされたことはただ苦しくて痛くて恥ずかしくて、一秒でも早く終わってくれないかと願うばかりでした。
しかし。
蓮と出会って、恋をして、間もなく恥ずかしいことをされた記憶は、ちっとも嫌ではありませんでした。
定規よりずっと痛い鞭打ちも、体の奥まで覗かれる羞恥も、耳を塞ぎたくなる恥ずかしい言葉も、凛の体温を上げるのです。
それは、羞恥や痛みに耐えきった時、蓮は必ず褒めてくれるからでした。
かわいいね、いい子だね、大好きだよ。
ゆったりと微笑み、髪や頬を撫で、慈愛に満ち満ちた目を細めてくれるのです。
「…蓮、っ…蓮…!」
冷たい梯子をぎゅっと掴んだまま、凛は蹲ってしくしくと泣き出しました。
やっぱり元の世界に帰るより、蓮のそばにいたいと思ってしまったのです。狭くかび臭い闇は、凛の心までも深く覆ってしまったのでした。
頬を流れて落ちる涙は、どこにもぶつかることなく果てない闇に飲み込まれていきました。
この闇は一体どこまで続いているのでしょう。もしかすると、この煙突みたいな塔を無視し、城の地下まで続いているのでしょうか。
そんなわけないじゃない。必死に言い聞かせる凛ですが、答えは分かりません。答えを出してくれる人もいません。凛の苦しそうな泣き声だけが響きます。
会いたいよ、蓮。
声にさえ出しませんが、凛が求めるのは蓮だけでした。ただひたすら蓮が恋しくて、あの柔らかなテノールで名前を呼んで欲しいのです。
二度とあの声が聞けないと、凛は再び絶望に打ちひしがれました。元の世界に帰るということはそういうことなのだと、梯子を掴んだまま一歩も動けなくなってしまったのです。
「蓮っ…!」
「どうして泣いているの?」
凛の涙がぴたりと止みました。
蓮の、声です。
「れっ…」
「可哀想な凛…」
耳を撫でるような優しい声です。凛は呼吸を忘れ、耳をそばだてました。
「悲しいの?」
再び声が問いました。凛は自分の心臓が耳の奥でバクバク鳴り響いているのを聴きながら、梯子を掴みました。
確かに蓮の声で間違いないのですが、どうにも違和感があるのです。
どこに違和感があるかと聞かれても上手く答えられませんが、凛は全身に緊張を走らせて、声の主を視線だけで探しました。
「さみしいの?」
どこまでも深い闇の中、蓮の声が不協和音のように響きました。歪んだ声は足元の闇にぬるりと溶けていき、底の見えない奥深くに吸い込まれていきます。
「凛?泣いているんでしょ?ほら、戻っておいで」
クスクスと笑いを含んだような、それでいて心配するような声色です。
──ちがう。
凛は確信しました。
この声は、蓮ではありません。
蓮はその身を呈して凛を逃がしてくれたのです。凛がどれだけ望もうとも、元の世界へ帰ったほうがいいと言ったのです。
凛は一度だけ唇をきゅっと結び、静かに息を吸い込みました。
凛の頭の中にはしつこいくらいに念を押した“本物の蓮”が浮かびました。
「もどらないよ」
凛は蓮の言いつけの通り、はっきりと否定のことばを口にしました。
凛は、そこでようやく蓮を思い出しました。
家庭教師にされたことはただ苦しくて痛くて恥ずかしくて、一秒でも早く終わってくれないかと願うばかりでした。
しかし。
蓮と出会って、恋をして、間もなく恥ずかしいことをされた記憶は、ちっとも嫌ではありませんでした。
定規よりずっと痛い鞭打ちも、体の奥まで覗かれる羞恥も、耳を塞ぎたくなる恥ずかしい言葉も、凛の体温を上げるのです。
それは、羞恥や痛みに耐えきった時、蓮は必ず褒めてくれるからでした。
かわいいね、いい子だね、大好きだよ。
ゆったりと微笑み、髪や頬を撫で、慈愛に満ち満ちた目を細めてくれるのです。
「…蓮、っ…蓮…!」
冷たい梯子をぎゅっと掴んだまま、凛は蹲ってしくしくと泣き出しました。
やっぱり元の世界に帰るより、蓮のそばにいたいと思ってしまったのです。狭くかび臭い闇は、凛の心までも深く覆ってしまったのでした。
頬を流れて落ちる涙は、どこにもぶつかることなく果てない闇に飲み込まれていきました。
この闇は一体どこまで続いているのでしょう。もしかすると、この煙突みたいな塔を無視し、城の地下まで続いているのでしょうか。
そんなわけないじゃない。必死に言い聞かせる凛ですが、答えは分かりません。答えを出してくれる人もいません。凛の苦しそうな泣き声だけが響きます。
会いたいよ、蓮。
声にさえ出しませんが、凛が求めるのは蓮だけでした。ただひたすら蓮が恋しくて、あの柔らかなテノールで名前を呼んで欲しいのです。
二度とあの声が聞けないと、凛は再び絶望に打ちひしがれました。元の世界に帰るということはそういうことなのだと、梯子を掴んだまま一歩も動けなくなってしまったのです。
「蓮っ…!」
「どうして泣いているの?」
凛の涙がぴたりと止みました。
蓮の、声です。
「れっ…」
「可哀想な凛…」
耳を撫でるような優しい声です。凛は呼吸を忘れ、耳をそばだてました。
「悲しいの?」
再び声が問いました。凛は自分の心臓が耳の奥でバクバク鳴り響いているのを聴きながら、梯子を掴みました。
確かに蓮の声で間違いないのですが、どうにも違和感があるのです。
どこに違和感があるかと聞かれても上手く答えられませんが、凛は全身に緊張を走らせて、声の主を視線だけで探しました。
「さみしいの?」
どこまでも深い闇の中、蓮の声が不協和音のように響きました。歪んだ声は足元の闇にぬるりと溶けていき、底の見えない奥深くに吸い込まれていきます。
「凛?泣いているんでしょ?ほら、戻っておいで」
クスクスと笑いを含んだような、それでいて心配するような声色です。
──ちがう。
凛は確信しました。
この声は、蓮ではありません。
蓮はその身を呈して凛を逃がしてくれたのです。凛がどれだけ望もうとも、元の世界へ帰ったほうがいいと言ったのです。
凛は一度だけ唇をきゅっと結び、静かに息を吸い込みました。
凛の頭の中にはしつこいくらいに念を押した“本物の蓮”が浮かびました。
「もどらないよ」
凛は蓮の言いつけの通り、はっきりと否定のことばを口にしました。
0
お気に入りに追加
920
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ようこそ奴隷パーティへ!
ちな
ファンタジー
ご主人様に連れられて出向いた先は数々のパフォーマンスやショーが繰り広げられる“奴隷パーティ”!? 招待状をもらった貴族だけが参加できるパーティで起こるハプニングとは──
☆ロリ/ドS/クリ責め/羞恥/言葉責め/鬼畜/快楽拷問/連続絶頂/機械姦/拘束/男尊女卑描写あり☆
candy color
ちな
恋愛
お仕置きの理由はなんでもアリ!?先生×生徒の調教お外デート♡厳しく優しく躾られて、心もカラダも先生のものに♡
最初から最後までえっちなシーン!とにかくえっちいとこだけ読みたい!って方向けです。
※♡濁点喘ぎあります。苦手な方ご注意を。
その他タグ/クリ責め/SM/青姦/言葉責め/淫語/躾/軽度の露出/玉ショーツ/快楽拷問/野外
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる