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希望と絶望のひかりへ
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暗くて狭い階段は暫く続きました。湿度が高くて何処も彼処も湿っています。足元は滑り、慎重に進まなければすぐに足を取られてしまいます。あちこちに生えた苔が風もないのにゆらりと揺れ、まるで嘲笑っているように見えました。不気味さに目を逸らしますが、そういえばどれもふわふわと真新しく、もう何年も誰も触れてさえいないようです。
空気も薄くなったのか、それとも登り階段で息が切れただけなのか、凛には分かりませんでした。
きっちりと燕尾服を着こなした蓮の首筋に汗が滴るのを黙って見つめたまま、ひた足を動かしました。
「僕が知る限り、あの扉の前には必ずふたり衛兵がいる」
ムッとする空気の中、蓮が独り言のように呟きます。小さな声のはずですが、低いテノールがぐわんと反響しました。
答えなかった凛の頬に、ふと真新しい風が撫でで通っていきました。そろそろ出口が近いと悟った凛は、同時に蓮との離別も近いと知りました。永遠に階段が続けばいいのにと思うくらいには、心臓にきりきりした痛みが襲います。
唇を結び、白いワンピースをきゅっと握りました。
「僕が引きつけるから、凛はその間に…」
蓮の背中越しに眩い光が差し込みました。
「…あ、」
出口だ。言いかけた言葉を口の中で噛んで、凛はひかりを見詰めます。
お日様のひかりが大好きでした。きらきらした湖面や、みずみずしい草の香りが大好きでした。悪戯好きの風に笑ったこともあります。
凛はひかりを遮るように俯きました。これほどまでに陽の光が憎たらしいと思ったことは初めてです。
「凛、見て」
蓮が言うから、凛は思わず顔をあげました。
睨みつけるように四角い光を見て、凛はぴたりと足を止めました。
「…小鳥…?」
息を切らせて足を止めた凛は、目を見開きます。
明らかに小さな鳥が二羽、ひかりを遮るように出口にいるのです。小鳥のシルエットはちょんちょんと飛び跳ねて、何か言っているように見えました。
凛は声が出ませんでした。このおかしな城に入ってから、動物の姿など一度も見なかったのです。それなのに何故今、小鳥の姿が…。
凛が口を開きかけたとほとんど同時に、バタバタとどこかへ飛び立って行ってしまいました。
「あっ…待って!」
「…ははっ」
蓮が笑います。頭をゆるく降り、参ったなと零しました。
「凛。きみが無事に帰れる確率が爆発的に上がったよ」
「…え?」
話が見えない凛は首を傾げますが、蓮は繋いだ手をぎゅっと強く握るだけでした。
答えを教えてくれないまま、蓮は離別に向かって強く踏み出します。
「行こう」
明るく言った蓮ですが、足取りは重いままでした。
小鳥がそこにいたからといって、握ったこの手をいつまでもずっと離さないわけにもいかないのです。
小さな手を離すまで、残り、少し。
握った指を少しだけ緩め、凛の柔らかな手の甲をゆるゆる撫でます。
もしも叶うならと絵空事の願いを込めたのかもしれません。蓮自身にも分かりませんでした。
凛は黙って受け入れました。
離れたくない。一緒にいたい。思いを込めて握り返した手を一層強く握ってくれるこの手を、どうして離さねばいけないのか。
頬に流れた涙を、凛は黙って拭いました。
空気も薄くなったのか、それとも登り階段で息が切れただけなのか、凛には分かりませんでした。
きっちりと燕尾服を着こなした蓮の首筋に汗が滴るのを黙って見つめたまま、ひた足を動かしました。
「僕が知る限り、あの扉の前には必ずふたり衛兵がいる」
ムッとする空気の中、蓮が独り言のように呟きます。小さな声のはずですが、低いテノールがぐわんと反響しました。
答えなかった凛の頬に、ふと真新しい風が撫でで通っていきました。そろそろ出口が近いと悟った凛は、同時に蓮との離別も近いと知りました。永遠に階段が続けばいいのにと思うくらいには、心臓にきりきりした痛みが襲います。
唇を結び、白いワンピースをきゅっと握りました。
「僕が引きつけるから、凛はその間に…」
蓮の背中越しに眩い光が差し込みました。
「…あ、」
出口だ。言いかけた言葉を口の中で噛んで、凛はひかりを見詰めます。
お日様のひかりが大好きでした。きらきらした湖面や、みずみずしい草の香りが大好きでした。悪戯好きの風に笑ったこともあります。
凛はひかりを遮るように俯きました。これほどまでに陽の光が憎たらしいと思ったことは初めてです。
「凛、見て」
蓮が言うから、凛は思わず顔をあげました。
睨みつけるように四角い光を見て、凛はぴたりと足を止めました。
「…小鳥…?」
息を切らせて足を止めた凛は、目を見開きます。
明らかに小さな鳥が二羽、ひかりを遮るように出口にいるのです。小鳥のシルエットはちょんちょんと飛び跳ねて、何か言っているように見えました。
凛は声が出ませんでした。このおかしな城に入ってから、動物の姿など一度も見なかったのです。それなのに何故今、小鳥の姿が…。
凛が口を開きかけたとほとんど同時に、バタバタとどこかへ飛び立って行ってしまいました。
「あっ…待って!」
「…ははっ」
蓮が笑います。頭をゆるく降り、参ったなと零しました。
「凛。きみが無事に帰れる確率が爆発的に上がったよ」
「…え?」
話が見えない凛は首を傾げますが、蓮は繋いだ手をぎゅっと強く握るだけでした。
答えを教えてくれないまま、蓮は離別に向かって強く踏み出します。
「行こう」
明るく言った蓮ですが、足取りは重いままでした。
小鳥がそこにいたからといって、握ったこの手をいつまでもずっと離さないわけにもいかないのです。
小さな手を離すまで、残り、少し。
握った指を少しだけ緩め、凛の柔らかな手の甲をゆるゆる撫でます。
もしも叶うならと絵空事の願いを込めたのかもしれません。蓮自身にも分かりませんでした。
凛は黙って受け入れました。
離れたくない。一緒にいたい。思いを込めて握り返した手を一層強く握ってくれるこの手を、どうして離さねばいけないのか。
頬に流れた涙を、凛は黙って拭いました。
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