黒き荊の檻

兎守 優

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9.本音

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 星が空に瞬いている。八古部やこべ 純持じゅんじは土手でひざを抱え、縮こまりながら夜空を見上げていた。
「すみもっちーだ。またこんな夜遅くに」
「赤矢こそ。帰りが遅いのか?」
「俺はいいんですよ。早く一課に行きたいから多少は無茶しねぇと」
 赤矢はドカリと八古部やこべの隣に腰を下ろしたが、「さすがに今日は全身にキてますけどな」とすぐに仰向けに転がってしまう。

「俺のこと、変だと思わないのか?」
「変な奴なんていっぱいいるからいーんスよ。それに俺は刑事だから、変な奴とか最初から決めつけねー主義」
「俺は……夜の取り締まりの仕事をしている。気味悪がられることが多い。煙たがられるのが、日常だ」
「夜勤ぐらいでガタガタ抜かす連中とはつるまなきゃいいんスよ」

 八古部やこべは寝転がる赤矢を見る。彼は刑事で常にスーツ姿だ。
 比べて八古部やこべは白い衣服と十字架の着用を強制されている。頭がおかしいコスプレ警官、捜査の常識も知らない部外者などと彼が罵られることも数知れず。
「大体、なんで取り締まりやるような同業者がはなからけん制し合うんだよ、バカかっての」
 「南場さんなら絶対、やんねぇーよな」と赤矢はつぶやき、「やっべ、また敬語外れてた」と頬をもんでいた。

「赤矢は、よく南場の話をするが、会ったことがあるのか」
「俺が警官になったばかりの腰抜けだったときに世話になった人。俺の憧れ」
 八古部やこべは項垂れた。憧れという感情を彼が向けられることはまずない。憧れや敬いといった行為は、人間が人間に向けるものであるからだ。

 八古部やこべが取り締まる対象は人間ではない。人ならざる妖力を持ち、生き血を啜る吸血鬼だ。
 吸血鬼を狩るために、八古部やこべは人間の一部を捨てていた。徐々に活動時間が日の落ちる頃に限られるようになってしまう制約があり、いずれヒトではなくなっていくリスクはあったが、吸血鬼と渡り合うには、人間をやめるしか方法はなかった。

 その体を受け入れたときに明かされた事実も相まって、八古部やこべは、自らを外道だと蔑んでいた。
 尊厳とは人間に対して与えられるもの。八古部やこべはそう理解していた。
「おぉ。なんかホワイトのボディでかっちょいい銃」
 赤矢が八古部やこべの銃を手で回していた。
「いつの間に、取ったんだ?」
「俺、手癖が悪くて」
 赤矢は悪びれず、そう口にしながら、弾倉から弾を取り出し、「見たことないタイプだな」と眺めていた。

「一つ、やろうか?」
 八古部やこべはそう言っておいて、驚きで目を見張った。
「なんかご利益あります?」
「まぁ、魔除けとか」
「じゃあ、もらう。ありがとな」
 赤矢はスーツのポケットに弾を押し込んでしまった。

「あー、でもこれもらったら、俺、怒られっかな」
「俺の拳銃は銃弾の管理はないんだ。魔除けのために、意図的に銃弾を置いていくこともあるから」
「そっか。じゃあ、俺も魔除けってことで。サンキュー」

「そんなに簡単に信じて……くれるのか?」
 頭に腕を組み直し、あくびをかく赤矢に、八古部やこべは目を見張った。
「だって、八古部やこべは友だちだろう?」

 赤矢は、八古部やこべを信じてくれた。最後まで。彼が必ず、魔除けの銃弾の痕跡を追って、犯人へ辿り着くと。
 八古部やこべは友の信用に応えられない。
 夜を待ってから、彼は吸血鬼の住処を燃やし尽くした。
 花になる素質のある人間ごと焼き払ってしまった言いわけはどうとでもなるが。
 八古部やこべは焼け跡に背を向けた。

 友を襲った仇を満足に討てず、八古部やこべはやり切れない気持ちを抱えたまま、病室を訪れる。
 いくつもの管につながれ、目を閉じたままの人間がベッドに横たわっている。患者のネームプレートには、赤矢あかや 隆次りゅうじと書かれている。
「すまない、赤矢」
 八古部やこべはベッドの前で崩れ落ちて嘆いた。
「俺にはできない。許してくれ」
 八古部やこべは許しを乞うた。

「君は俺のこと、信じてくれたのに。俺は君を救ってやれない」
 吸血鬼を退治するために、八古部やこべの体は、人間でないもの──吸血鬼の能力を一部、受け入れていた。
 その身に宿した人ならざるものが、日に日に彼の体を蝕んでいく。他者の血液の摂取を受け入れず、自己の血液で循環を補うのみである彼は、日光への耐性が失せていく弊害を負っていた。

 しかし吸血鬼には、性行為によって対象に精気を分け与え、花嫁として生かし、愛し合い、そばに置くことができる力がある。

 また、眷属を作り、死にゆく存在をこの世に繋ぎ止め、服従させることができる能力もある。対象の血液を吸い尽くし、自らの血を与えてしまえばいい。

 そして、魂自体を縛りつけ、永遠に離れられないよう、契約を結んでしまう力、荊の冥約もあった。
 八古部やこべ篠垣ささがきと南場の二人の行為を目の当たりにしてしまった。彼らは荊によって、生まれ変わっても離れることはできなくなった。

 目覚めない赤矢を救う方法がいくつも転がっている。だが、八古部やこべにはそれができない。
「吸血鬼にひどい目に遭わされた君を残酷な運命に落としたくないんだ。分かってくれ」
 吸血鬼の能力を使って、赤矢を救う。八古部やこべはそれだけはどうしても、したくなかった。

 聖職者たちは吸血鬼を殺すために、有効な材料を見つけてしまった。それは吸血鬼が花嫁としたものだった。
 吸血鬼の花嫁は、吸血鬼から離されると植物化していった。次第に白い花を咲かせ、朽ちる。その白い花は吸血鬼の動きを鈍らせる。聖職者たちは、これを武器の原料としていった。
 花嫁の最上位種──荊で結ばれたものは、極上の材料だった。吸血鬼に致命傷を与える。

 だからこそ、聖職者たちは吸血鬼たちを根絶やしにしなかった。花嫁──材料が整うまで、吸血鬼との関係を許し、監視下に置き、のちに奪い、魔除けの檻に閉じ込め、日光にさらす。
 なかでも力の強い吸血鬼は、意図して野放しにされていた。楠城くすのきもその一人。
 手を出してはならないものを追いつめ、保護すべきだった花嫁──材料も燃やしてしまった。
 裏切り行為はすぐに知れ渡るだろう。吸血鬼に捕らわれながらも解放された赤矢も、花嫁化を疑われ、狙われる。
 赤矢が目覚めても、吸血鬼を知ってしまった彼は、吸血鬼を追い、いつか花嫁とされてしまうかもしれなかった。

「君が目を覚まさなくても、俺が君を守り通すから」
 八古部やこべは立ち上がり、何も反応を返さない赤矢を見下ろす。
 災厄を鎮める立場にありながら、それを野放しにして、人間を材料にし、力を得ている、軽蔑されるべき、聖職者。そんな八古部やこべを赤矢は友だちだと言った。
 話をしてくれた。目を合わせてくれた。最初から気味悪いと突き放さなかった。
 八古部やこべにとって、赤矢は救いだった。だからこそ。

 ──誰にも、奪わせたくない。

 『もう誰にも奪わせない』と言った南場の言葉が響く。
 八古部やこべはハッとして、自分の手を見た。その手で幾度も、吸血鬼が愛した花嫁を奪ってきた。愛するものを、大切なものを、無理やり取り上げてきたのだ。

『すみもっちー、人間嫌いオーラ出しすぎなんじゃないですか?』
 人ならざる一部を身に宿した日に知った、花化した人間を武器に使用しているおそろしい事実。人間でありながら、人間を貪る、そんな人間がきらい。

『俺、そんな風に見えるのか?』
『まぁ、話を聞くかぎりだと、嫌いになっても仕方ないなって思いますけど』
 きらい。人間を救おうとしながら、吸血鬼に襲われた人間を見放す人間が。

『俺たち、ダチなんだから、愚痴でも本音でも言いたいことは言い合えばいいんスよ』
 ──本音。赤矢以外の人間は、きらい。

 赤矢に繋がれていた管がすべて弾け飛んだ。警告音が鳴り響く。
 八古部やこべは迷わず、眠る赤矢を抱き上げた。胸にその温もりを抱え、行方を眩ました。



 ※この物語はフィクションです。犯罪行為を助長、賛美するものではありません。銃や銃弾の譲渡や廃棄には法的な手続きが必要です。
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