9 / 9
9.本音
しおりを挟む星が空に瞬いている。八古部 純持は土手でひざを抱え、縮こまりながら夜空を見上げていた。
「すみもっちーだ。またこんな夜遅くに」
「赤矢こそ。帰りが遅いのか?」
「俺はいいんですよ。早く一課に行きたいから多少は無茶しねぇと」
赤矢はドカリと八古部の隣に腰を下ろしたが、「さすがに今日は全身にキてますけどな」とすぐに仰向けに転がってしまう。
「俺のこと、変だと思わないのか?」
「変な奴なんていっぱいいるからいーんスよ。それに俺は刑事だから、変な奴とか最初から決めつけねー主義」
「俺は……夜の取り締まりの仕事をしている。気味悪がられることが多い。煙たがられるのが、日常だ」
「夜勤ぐらいでガタガタ抜かす連中とはつるまなきゃいいんスよ」
八古部は寝転がる赤矢を見る。彼は刑事で常にスーツ姿だ。
比べて八古部は白い衣服と十字架の着用を強制されている。頭がおかしいコスプレ警官、捜査の常識も知らない部外者などと彼が罵られることも数知れず。
「大体、なんで取り締まりやるような同業者が端からけん制し合うんだよ、バカかっての」
「南場さんなら絶対、やんねぇーよな」と赤矢はつぶやき、「やっべ、また敬語外れてた」と頬をもんでいた。
「赤矢は、よく南場の話をするが、会ったことがあるのか」
「俺が警官になったばかりの腰抜けだったときに世話になった人。俺の憧れ」
八古部は項垂れた。憧れという感情を彼が向けられることはまずない。憧れや敬いといった行為は、人間が人間に向けるものであるからだ。
八古部が取り締まる対象は人間ではない。人ならざる妖力を持ち、生き血を啜る吸血鬼だ。
吸血鬼を狩るために、八古部は人間の一部を捨てていた。徐々に活動時間が日の落ちる頃に限られるようになってしまう制約があり、いずれヒトではなくなっていくリスクはあったが、吸血鬼と渡り合うには、人間をやめるしか方法はなかった。
その体を受け入れたときに明かされた事実も相まって、八古部は、自らを外道だと蔑んでいた。
尊厳とは人間に対して与えられるもの。八古部はそう理解していた。
「おぉ。なんかホワイトのボディでかっちょいい銃」
赤矢が八古部の銃を手で回していた。
「いつの間に、取ったんだ?」
「俺、手癖が悪くて」
赤矢は悪びれず、そう口にしながら、弾倉から弾を取り出し、「見たことないタイプだな」と眺めていた。
「一つ、やろうか?」
八古部はそう言っておいて、驚きで目を見張った。
「なんかご利益あります?」
「まぁ、魔除けとか」
「じゃあ、もらう。ありがとな」
赤矢はスーツのポケットに弾を押し込んでしまった。
「あー、でもこれもらったら、俺、怒られっかな」
「俺の拳銃は銃弾の管理はないんだ。魔除けのために、意図的に銃弾を置いていくこともあるから」
「そっか。じゃあ、俺も魔除けってことで。サンキュー」
「そんなに簡単に信じて……くれるのか?」
頭に腕を組み直し、あくびをかく赤矢に、八古部は目を見張った。
「だって、八古部は友だちだろう?」
赤矢は、八古部を信じてくれた。最後まで。彼が必ず、魔除けの銃弾の痕跡を追って、犯人へ辿り着くと。
八古部は友の信用に応えられない。
夜を待ってから、彼は吸血鬼の住処を燃やし尽くした。
花になる素質のある人間ごと焼き払ってしまった言いわけはどうとでもなるが。
八古部は焼け跡に背を向けた。
友を襲った仇を満足に討てず、八古部はやり切れない気持ちを抱えたまま、病室を訪れる。
いくつもの管につながれ、目を閉じたままの人間がベッドに横たわっている。患者のネームプレートには、赤矢 隆次と書かれている。
「すまない、赤矢」
八古部はベッドの前で崩れ落ちて嘆いた。
「俺にはできない。許してくれ」
八古部は許しを乞うた。
「君は俺のこと、信じてくれたのに。俺は君を救ってやれない」
吸血鬼を退治するために、八古部の体は、人間でないもの──吸血鬼の能力を一部、受け入れていた。
その身に宿した人ならざるものが、日に日に彼の体を蝕んでいく。他者の血液の摂取を受け入れず、自己の血液で循環を補うのみである彼は、日光への耐性が失せていく弊害を負っていた。
しかし吸血鬼には、性行為によって対象に精気を分け与え、花嫁として生かし、愛し合い、そばに置くことができる力がある。
また、眷属を作り、死にゆく存在をこの世に繋ぎ止め、服従させることができる能力もある。対象の血液を吸い尽くし、自らの血を与えてしまえばいい。
そして、魂自体を縛りつけ、永遠に離れられないよう、契約を結んでしまう力、荊の冥約もあった。
八古部は篠垣と南場の二人の行為を目の当たりにしてしまった。彼らは荊によって、生まれ変わっても離れることはできなくなった。
目覚めない赤矢を救う方法がいくつも転がっている。だが、八古部にはそれができない。
「吸血鬼にひどい目に遭わされた君を残酷な運命に落としたくないんだ。分かってくれ」
吸血鬼の能力を使って、赤矢を救う。八古部はそれだけはどうしても、したくなかった。
聖職者たちは吸血鬼を殺すために、有効な材料を見つけてしまった。それは吸血鬼が花嫁としたものだった。
吸血鬼の花嫁は、吸血鬼から離されると植物化していった。次第に白い花を咲かせ、朽ちる。その白い花は吸血鬼の動きを鈍らせる。聖職者たちは、これを武器の原料としていった。
花嫁の最上位種──荊で結ばれたものは、極上の材料だった。吸血鬼に致命傷を与える。
だからこそ、聖職者たちは吸血鬼たちを根絶やしにしなかった。花嫁──材料が整うまで、吸血鬼との関係を許し、監視下に置き、のちに奪い、魔除けの檻に閉じ込め、日光にさらす。
なかでも力の強い吸血鬼は、意図して野放しにされていた。楠城もその一人。
手を出してはならないものを追いつめ、保護すべきだった花嫁──材料も燃やしてしまった。
裏切り行為はすぐに知れ渡るだろう。吸血鬼に捕らわれながらも解放された赤矢も、花嫁化を疑われ、狙われる。
赤矢が目覚めても、吸血鬼を知ってしまった彼は、吸血鬼を追い、いつか花嫁とされてしまうかもしれなかった。
「君が目を覚まさなくても、俺が君を守り通すから」
八古部は立ち上がり、何も反応を返さない赤矢を見下ろす。
災厄を鎮める立場にありながら、それを野放しにして、人間を材料にし、力を得ている、軽蔑されるべき、聖職者。そんな八古部を赤矢は友だちだと言った。
話をしてくれた。目を合わせてくれた。最初から気味悪いと突き放さなかった。
八古部にとって、赤矢は救いだった。だからこそ。
──誰にも、奪わせたくない。
『もう誰にも奪わせない』と言った南場の言葉が響く。
八古部はハッとして、自分の手を見た。その手で幾度も、吸血鬼が愛した花嫁を奪ってきた。愛するものを、大切なものを、無理やり取り上げてきたのだ。
『すみもっちー、人間嫌いオーラ出しすぎなんじゃないですか?』
人ならざる一部を身に宿した日に知った、花化した人間を武器に使用しているおそろしい事実。人間でありながら、人間を貪る、そんな人間がきらい。
『俺、そんな風に見えるのか?』
『まぁ、話を聞くかぎりだと、嫌いになっても仕方ないなって思いますけど』
きらい。人間を救おうとしながら、吸血鬼に襲われた人間を見放す人間が。
『俺たち、ダチなんだから、愚痴でも本音でも言いたいことは言い合えばいいんスよ』
──本音。赤矢以外の人間は、きらい。
赤矢に繋がれていた管がすべて弾け飛んだ。警告音が鳴り響く。
八古部は迷わず、眠る赤矢を抱き上げた。胸にその温もりを抱え、行方を眩ました。
※この物語はフィクションです。犯罪行為を助長、賛美するものではありません。銃や銃弾の譲渡や廃棄には法的な手続きが必要です。
0
お気に入りに追加
12
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
九重の姫♂は出世を所望する
ごいち
BL
家の事情で女装する近衛少将が、姫君姿を東宮に見初められてしまう平安風ファンタジー
出世街道まっしぐらの美貌の近衛府少将、九重緋立(ここのえ あけたつ)は、とある事情により自邸では女性の姿で過ごしている。
それを『妹姫』だと勘違いした東宮が屋敷に忍んできて……。
後半は中納言のその後のお話。
失踪した近衛府少将を探して、元中納言、藤原玄馬は官職を辞して吉野の地に来ていた。
消息を尋ねて訪れた屋敷で、玄馬は天女のように美しい荘園領主と出会い……。
身分違いの恋、NTR、ツンデレ要素アリです。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
ある宅配便のお兄さんの話
てんつぶ
BL
宅配便のお兄さん(モブ)×淫乱平凡DKのNTR。
ひたすらえっちなことだけしているお話です。
諸々タグ御確認の上、お好きな方どうぞ~。
※こちらを原作としたシチュエーション&BLドラマボイスを公開しています。
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる