毒使い

キタノユ

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第ニ部 ―新米編―

ep.21 国捨て村(3)

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 その後、一晩を森で明かした後、都から派遣された救助員に連れられ青とあさぎは都へ帰還した。

 あさぎは、知らせを受けて駆けつけた日野家当主に引き取られて行った。

「娘が大変世話になった。御礼は改めて必ず」

 と当主に頭を下げられてからの青の記憶が、途切れている。

 そして目を覚ませば見慣れた、三葉医院の白い天井だったという、以前にも経験がある流れで現在、入院二日目を迎えていた。

 三葉医師の診断によると、キョウの指摘通り、背中と腹と脇腹が酷い打撲で腫れており、肋骨も一部ヒビが入っていた。

 見舞いに来てくれたつゆりからは、妖魔の襲撃を受けた他の生徒たちや、引率の教師、中士、准士らも無事だったとの話を聞いた。

「ちょっと赤い」

 寝転んだまま腕を上げ、左袖を捲る。
 藍鬼の刻印が、薄紅に色づいていた。
 怪我による発熱の影響であろう。

「そういえば、初めて人を殺したよ、師匠」

 青の独り言が、白い天井へ流れて消えていく。

 誰もが下士となった日に、いつかは対人相手の殺生に手を染める機があると覚悟を決めるものだ。

 青にとってそれは、驚くほどにあっけなく訪れた。

 後悔も無かった。

 相手は生徒を攫い傷つけた悪党であり、明確な悪意と殺意を剥き出しに襲ってきた存在で、人を喰う妖と大差が無いからなのか。

「いてて…」

 寝台から起き上がろうと腹に力を入れると、連動して背中まで痛い。

 寝台脇の小卓に置かれた道具袋を手に取る。

 帰還した日に着の身着のままの入院だったので、荷物がそれしかなかった。

 刃物差しに仕舞われている、藍鬼の針を見つめる。

 朱鷺が見抜いた通り、針先に仕込んだ毒も、針も、藍鬼の手によるものだ。

 藍鬼を「尊敬していた」と言っていた朱鷺は、あれからどう任務を遂行したのだろうか。

 組織の根城、集落を少なくとも三つ、潰すと話していた。

 いくらキョウが同行しているからといって、あの虚弱体質で大人数相手に立ち回る事は難しい。

 戦わず、神通術を使わずに多人数の殺戮を可能にする方法は何か。

「生活水に仕込む…?鼠か虫を媒介にする、か…」

 その方法に適した毒薬の性能は、どう調薬するのか。素材は。集団の中に例えば子どもなど「非対象者」がいたとしたら。的確に抹殺対象だけを狙うには。

 考えれば考えるほど、青は胸の内側に熱がこもるのを感じた。額からこめかみにかけて、頭の中でも何かが煮立つような感覚が沸く。

 脳裏に浮かぶのは、朱鷺とキョウの姿。
 あそこに並びたい。

「大月く~ん」

 唐突に引き戸が開いて、三葉医師の間延びした声が部屋に押し入った。

「起きてても大丈夫なの?」
「はい。お休みを頂いてすみません」
「ずっと働き詰めだったし良いのよ」

 と三葉は青の膝上に封筒を置く。

「突然だけど、内示です。大月君は本日をもって臨時保健士は卒業ね」
「クビですか??」

 臨時保健士は持ち回りの出向業務であるので正確にはクビではないのだが、青の心境としては間違っていない。今回の課外授業で生徒であるあさぎを危険な目に合わせてしまったのだから。

「何言ってんのよ。大月君には次の段階に進んでもらうって事」

 促されて膝上に置かれた封筒を開ける。中には法軍の任務管理と人事局の判が押された書類が一枚。それは滴の森での任務において、青の武功を一部認めるというもの。

「あの任務、成功したんだ…!」

 報告者名欄にキョウと朱鷺の署名、そして龍の判が押されていた。

「凄いわね、いきなり一級任務で武功だなんて」

 法軍が発行する任務依頼には難易度を示す級数が付されている。

 最高難易度の特急から降順に、一級、准級、中級、四級、五級。

 下士は四級、五級の任務が割り当てられる事が多く、中士以上になれば上士や特士も含む多人数の高難易度任務に当たる可能性も増えてくるのだ。

「きっとこれから、大月君への任務依頼が増えるんじゃないかな。これまで通り内勤も頑張ってもらうけどね?」

 もちろんです、と頬を紅潮させる青へ、三葉は昔と変わらない満面の笑みを手向けた。

 そこへ、

「失礼します、大月君に面会希望です。日野家の方々が」

 来訪者を知らせる声。約束通り、日野家の当主があさぎを伴い、青の個室を訪れた。

「え、日野家!??」

 声を裏返らせて三葉は席を立ち「ごゆっくり~」と言い残して病室を去る。

 入れ違いに、まず部屋に飛び込んできたのは、あさぎ。

「先生、大丈夫??!」
「あさぎ、言葉遣いに気をつけなさい」

 その後ろから、娘を嗜める低い声と長い影が続く。如何にも「武の名門」を体現したような長身と体躯の男だ。身にまとう長衣の襟には家紋である桃花が刺繍されている。

「大月先生、この度は」から始まり、青が恐縮するほどに、日野家の当主は平身低頭だった。

 使用人数人が置き場に困るほどの見舞い品を運び込んできて、最後にまた深々と頭を下げて、日野家の当主は去っていった。

 まるで突風が通り過ぎていったように、静けさが残る。

 病室に残ったあさぎは「は~、もう」と溜息を吐いて肩を下げた。

「父様いつもこんな感じなの」

 そして気まずそうに部屋を見渡している。

「あはは。お見舞いたくさん頂いちゃって」

 狭い個室が、色とりどりの包み紙や葛籠でますます窮屈になっていた。

 青の目には、日野家の当主がただ不器用なのではないか、と映った。

「先生、私ね、いらない子だって思ってたんだ」

 静かになった病室で、ぽつり、ぽつりと、あさぎは言葉を紡ぐ。

「あさぎちゃん…」

 青は神妙に、耳を傾けた。
 つゆりからも話に聞いていた、日野家の事情。

 双子の兄よぎりは神童と名高い一方で、名門には不釣り合いな「普通の子」であるのが、妹あさぎ。

「私、病気なんて一回もしたことないの。お腹も壊したことないよ」
「やっぱりすごいね」

 青は苦笑する。
 内実はまったく「普通の子」ではない。
 あさぎの体は、まだ隠し玉を秘めていそうだ。

「怪我がすぐ治っちゃうのも、いらない子なんだから、面倒かからなくていいやって思ってたんだよね」
「そんな風に…」

 ある意味でまったく手のかからない、目立たない子どもであった、という事だ。

「でも今はね、分かったの。母様から頂いた「カラダ」の使い方」

 あさぎの茶褐色の瞳が、青の黒曜石の瞳を見つめる。

「先生のおかげです。ありがとうございました」

 そして、深々と頭を下げた。
 おさげが勢いよく跳ねる。

「私、強くなるから」
「あさぎちゃん…?」

 戸惑う青へ白い歯をニッと見せて、あさぎは出口へと踵を返す。

「絶対、また会おうね、先生!」

 最後に振り返って手を振り、あさぎは廊下へと姿を消した。


 その言葉通り、数年後に、青はあさぎと再会する事になるが、それはまた別の話。


 二日後。

 日野家からもらった大量の見舞い品の大部分は病院へ寄付し、青は身軽に退院した。

 数日ぶりの我が家―法軍人用の寮、へ向かう途中、

 チィ。

 式鳥が頭上に降り立った。

 足に結わえられた伝言は任務管理局からのもので、シユウへ宛てた来局要請だった。

 ほどなくして毒術師シユウとして管理局へ出向いてみれば、そこで渡されたのは一枚の任務依頼書。

 任務の難易度は一級。

「え、イッキュウ?」

 まず難易度で驚いた後、青の視線は依頼書の備考欄で凍りつく。

 毒術師 龍の位 朱鷺により指名
 
「な、なんで…?」
「どうかされましたか?」

 任務管理の文官が、青の様子を訝しげに眺めている。

「い、いいえ」
 慌てて依頼書を折りたたんで懐に差し込み、

「任務、承りました」
 一礼して部屋を出た。

 管理局の長い廊下を外へ向かって歩いている間、青の脳裏にぐるぐると焦りが渦巻いた。

「何で…何で「僕」を指名…」

 医療士・大月青として毒術を用いたのが良くなかったのか。

 しかし甲までの資格を持っていれば基本的な毒術を使える法軍人は少なくないはずだ。

 ならば藍鬼の道具と薬を使っていたのが良くなかったのか。

 毒術の狼は他にも大勢いる中で何故「シユウ」を選んだのか。

「これはマズいのでは…?」

 管理局の長い廊下を抜けた先の玄関は広場になっていて、待機所、休憩所、待合所を兼ねている。設置された長椅子には常に誰かしらが腰掛けており、行き交う人影が絶えない。

 壁際の隅に設置された長椅子の端に腰掛け、青は背中を丸めた。

「最悪、資格剥奪…?」

 経緯は二の次として、もし朱鷺によってシユウの素性が発覚したとして、その末路はどうなるのか。

「いや、だったら何で任務に指名する?」

 胃が痛くなるのを感じながら下を向いていると、ふと足元に影が差した。

 気のせいか周囲がざわついているようでもある。

「何…、っ!?」

 顔を上げると、目の前に黒い嘴と丸い両目。

 首から下を外套で覆い隠した朱鷺が、正面に立っていた。

「……え」
「…君が…シユウ佳師?」

 巨大な蝙蝠か梟のような出で立ちの朱鷺と、頭を抱えた若い技能師。

 玄関広場の面々は、そんな奇妙な組み合わせの二人組を遠巻きに眺めているのであった。
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