毒使い

キタノユ

文字の大きさ
上 下
5 / 130
第一部 ―幼少期編―

ep.2 弟子志願(2)

しおりを挟む
「これ、全部おじ…藍鬼さんが作ったの?」

 たしなめられた事をさほど気にせず、背を起こして青は視線を壁棚へ向けた。

 空間を埋め尽くすほどの小瓶や、本や、箱からあふれている草花や木の実。

「くれぐれも勝手に触るなよ。劇薬や猛毒もある。触ったり吸い込んだら死んじまう」
「さっきの妖獣を倒したやつみたいに?」

 青は細く小さい肩をぶるりと震わせて「分かった」と息を呑んだ。

 足首の次は、妖獣の放った衝撃波で負った切り傷の手当だ。藍鬼は青の小さな手をとって、手首のサラシを外していく。

 作業を見つめながら、青は問いかけを続けた。

「神通術って、どうしたら使えるようになるの」
「使えるようになりたいのか」

 青は細い首を大きく上下に動かした。

「そうか」とだけ相槌を打って藍鬼は青の袖をまくりあげ、細腕に残る大小様々な傷口に軟膏を塗布していく。

「腹、見せてみろ」

 最後に藍鬼は青の上着の裾を捲り上げる。三ツ目猪が発した衝撃波は腹部の布を裂き、青の脇腹にも薄い裂傷ができていた。痛みが無いので青も気付いていなかったが、傷の大きさの割に周囲の肌が内出血のように黒ずんでいる。

「妖瘴が残っている」
「ヨ―ショー?」

 藍鬼の手が腰の道具入れへ伸び、何かを引き抜いた。人差し指と中指に挟まれているのは、長方形の紙片。墨で文字が書かれている。

「妖獣や妖魔の呪いや毒のようなものだ」
「毒なの??」

 毒、の単語に青の顔色が暗くなった。

 毒が塗布された針一刺しで小丘のごとき巨体が死に沈んだ光景は、まだ幼い少年の記憶には新しい。

「解呪」

 短い言葉と共に藍鬼は指に挟んだ紙片を患部に押し当てた。

 紙片の文字列が淡く発光したかと思うと紙片が蒼い炎に包まれ、藍鬼の掌がそれを握りつぶした。

「あ、あれ??」

 背中を丸めて青は自分の腹部を覗き込む。ヘソ付近で爆発が起きたような気がしたけれど、まったく熱さは感じなかった。

 紙片と炎、ついでに腹部の黒ずみも跡形なく消えていた。

「今、今のは、何?」

 不安を浮かべる青の目前で藍鬼が握った手を上向きに開くと、手のひらに微量の黒い粉末がこびりついていた。

 わずかに仮面の顎をずらして藍鬼が手のひらに息を吹きかけると、粉末は空気に紛れるようにかき消えた。

「薬剤符を使った解毒の術だ。毒や呪いを取り除く」
「それって、神通術とは違う?」
「薬剤符は薬の効能を閉じ込めた札。解毒法は色々あるが、今のは毒術の応用だ」
「毒術は毒を消せるんだ…じゃあ炎の術でも炎を消す事はできる?」
「え…?」

 初めて、藍鬼は返答に詰まった。

 解を持たない訳ではない。

 五歳に満たない子どもがする質問から逸脱している内容に、意表を突かれたのだ。

「できない。神通術はいわば神頼みだ。誰かの神頼みを、赤の他人が取り消す事はできない。属性が異なるより強大な術をぶつけるしかない。例えば炎術であればより強い風や水を…とかな」
「毒術と神通術は違うものってこと?」
「そもそも系統が違う」
「毒術は神様じゃなくて何頼みになるの?藍鬼さんが針で妖獣を倒した時のも、あれも毒術?」
「……」

 重ねられる青の問いかけに、藍鬼は口を噤んだ。

 こちらも解を持たない訳ではない。だが口を開いてしまえば、語るに数時間あっても足りなくなってしまうだろう。

 ついさっきまで初歩的な炎術を見て驚いていただけの子どもが、知りもしなかったはずの術の性質の違いを理解した。

 年齢によらない青の聡さは、藍鬼に保護欲か懇情の一片を芽生えさせかけている。

 無知ではあるが素直で、問いかけに物怖じしない性質も功を奏すだろう。

 体系的に教育を受けさせれば化けるかもしれない、という期待。

 それに森で妖獣と対峙した際の青は、無力な身ながらも妖獣の急所を見出し、投擲の才能の片鱗も見せていた。

 戦闘員としても伸び代があるやもしれない。

「夜が明けたら、ここを出る」

 藍鬼の口から出た応えは、青の問いへの解ではなかった。
 青のケガの処置は一通り終えていた。

「凪の役場へ連れて行ってやる」

 藍鬼は立ち上がり、道具や薬剤を道具箱へ手早く詰めて棚の空いた箇所へ押し込んだ。

「藍鬼さん?」

 質問ばかりして怒らせただろうか。
 青は当惑してただ藍鬼の動きを目で追う。

「そこに頼れば国がお前を保護してくれるだろう」
「ホゴ?」

 国には難民や孤児を保護する福祉制度が存在する。住居の提供、職の斡旋、生活支援、そして教育。

 棚から離れて再び藍鬼は青の前に膝をつき、目線の高さを合わせた。

「青、学校へ行きたいか」
 ぽかんとした幼い顔へ、

「術や戦い方を教えてくれる」
 と言葉を変えた。

「行きたい!」

 首が千切れるかというくらいに、青は大きく何度も頷いた。

「そうか」

 青の目には、鬼豹の仮面の目許が柔く微笑んだように見えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中
ファンタジー
 その日俺は思い出した。  この世界が前世妹がプレイしていた乙女ゲームであり、そのラスボスが他でもない自分であることを。最後には聖女である妹リリアーナと、その攻略対象者たちに殺される運命であることを。 「ってことは、俺がラスボスにならなければ殺されることはないのでは?」  そう考えた俺はラスボスポジションを返上することを心に誓うが、どうもそう簡単にはいかないようで――。  ◇  自身の未来とヒロイン(妹)、リリアーナの平穏のため、乙女ゲームの世界を奔走する主人公アレク。  果たしてアレクは無事生き延びることができるのか――!?

奥様は聖女♡

メカ喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。 ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ただしい異世界の歩き方!

空見 大
ファンタジー
人生の内長い時間を病床の上で過ごした男、田中翔が心から望んでいたのは自由な世界。 未踏の秘境、未だ食べたことのない食べ物、感じたことのない感覚に見たことのない景色。 未だ知らないと書いて未知の世界を全身で感じることこそが翔の夢だった。 だがその願いも虚しくついにその命の終わりを迎えた翔は、神から新たな世界へと旅立つ権利を与えられる。 翔が向かった先の世界は全てが起こりうる可能性の世界。 そこには多種多様な生物や環境が存在しており、地球ではもはや全て踏破されてしまった未知が溢れかえっていた。 何者にも縛られない自由な世界を前にして、翔は夢に見た世界を生きていくのだった。 一章終了まで毎日20時台更新予定 読み方はただしい異世界(せかい)の歩き方です

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

処理中です...