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四章

二百五十六話 砂の国Ⅰ

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  ◇◇◇side チェリーブロッサム◇◇◇


「チェリー姉、大丈夫?」
「うぅん……ごめん、まだちょっとクラクラする……というか、暑いわね」

 船上に居たときから目に見えて日差しが強くなってはいたけど、陸に上がってみると余計にそう感じる。
 建築物の素材や街に緑が少ないことからも、この街は砂漠の町だとよく分かる。

 そう、ここはアルヴァスト王国とは別の国。海を挟んで反対側にある商国家カラクルムという国だ。
 いまたどり着いたこの街は港町ケルリム。四方を砂に覆われたこの国の玄関ともなる港町だそうな。
 それにしても、クフタリアでの商からの帰還する商人の護衛という形で船に相乗り出来たのはラッキーだったわね。お金は闘技大会の賞金でなんとかなっても、船のチケットが手に入るかは別の話だったから。
 数日に渡る船旅を終え、港に降り立った私は、船酔いから解き放たれ……はせずに、思いっきり引きずっていた。
 リアルでは船酔いなんてなったこと無いんだけど、やっぱりフェリーと帆船じゃ揺れ方が違ったりするのかしら?
 3D酔いのようなものだとは思うけど、よりによってこんなものまで再現しなくても……

「うぅ……吐くほど酷い頭痛ではないことが救いかしら」
「早く休める宿をさがそ?」
「そうね、護衛依頼も無事に終わらせられたし、ここは大事を取ってそうしましょっか」

 ようやくの新天地だというのにこんな調子じゃ流石にね。
 急がば回れとも言うし、今日は大人しく休むことにしよう。

「しっかし、暑そうね……」

 アルヴァストがかなり涼しい気候だった事もあって、まさに真逆の砂漠って感じのこの街の雰囲気に当てられてるのかしら?
 暑さまでは感じないはずなのにじっとりと汗ばんで来る感じまでする。陽炎だとかの演出が変な所で巧すぎるのよね……

 それにしても、最初この街のNPCのデザインを見て、何で砂漠の町なのにあんなに着込んで露出が少ないのかしらと思ったけど、実際この街を歩いてみてアレが正解なんだってよく解ったわ。
 こんな強い日差しに肌を晒していたらあっという間に干からびちゃうわ。暑い場所のキャラは露出が際どい格好の多いっていうのは幻想だったのかしら……?
 ゲームの砂漠の町で出てくる、アラビアンナイトの踊り子みたいなデザイン、結構好きなんだけどなぁ。ああいう、リアルじゃ恥ずかしくて絶対着れないけど、露出もあって見栄えも良い装備ってMMOだと何故か高性能高防御だったりして、よく装備してたのよねぇ。
 まぁ見た目と防御力が比例しがちなこのゲームでは普段着ぐらいにしか使えないんだけどさ。

 ……なんて事を、キョウくんと話したこともあったなぁなどと思いを巡らせつつ宿探し。
 とりあえず、大通り沿いであまり高く無さそうな宿屋に目星をつけていざ突撃。

「すまないね、今は部屋が埋まっているんだ。数日前に来てくれれば3部屋ほど空いてたんだが、団体の長期滞在で埋まってるから、早くても10日後までは空き部屋は出来ないよ」
「あら~……」

 そうなのだ。
 この世界に来て、宿屋を使うようになってやっと気づいた現代日本との差の一つ。それは宿や探しの難しさだ。
 日本の宿は旅館のような高級宿を望まなければ、ビジネスホテルのようなワンルームの部屋が割と簡単に取ることが出来る。勿論、イベント前日の会場近くみたいな例外は除くけど。

 それは、ビジネスホテルみたいに大きなビル内に何十、何百部屋も確保できる建築技術の差というのもあるけれど、日本人の旅行期間が日帰りや2泊3日、3泊4日といった短期間であることが多く、部屋の使用回転率が非常に高いからというのも大きい。7泊8日であれば十分長旅と言えるくらいに。
 その理由は、日本人の殆どが若者では学校、大人であれば仕事と言う形で時間を縛られていることが多いからだ。
 定職を持たず、時間的な縛りも無い……なんて人は、裕福な家庭のニートや、既に一生分稼ぎきった富豪みたいな一部を除いて収入的な余裕がない人が多いので、そもそも旅行なんて行かないしね。

 ではこの世界だとどうかといえば、飛行機や新幹線もなく、旅そのものにリスクのある世界だ。
 遠方に旅をするのなら、一度の旅でやれることはすべて終わらせて帰途につくというのが一般的な考え方らしい。
 実際、私達もクフタリアでは結構長期間宿とってたしね。
 そんな訳で、旅行であっても商売であっても、一度の旅では10日以上人ところに滞在するのが当たり前になっているらしい。もちろん、ひと所に留まらず、さすらう旅人も居ないわけではないようなのだけど、そういうのは吟遊詩人のような、日銭を稼げる特殊な人だけらしい。
 で、そんな理由があるから、宿屋は一度埋まると長期間空きが出来ない事が多い。
 ましてやビルディングなんて高層建築が作れるほど発達していないこの世界だ。宿や争いは割と熾烈だったりするのだ。
 それでも、大都市となればそれなりの宿屋が客を取り合ってたくさん構えられているものなのだそうだけど、この街はそれでも不足しているくらいに人の流れが多いらしい。

 結局、護衛した商人の羽振りがよかったので多少懐に余裕があったので、少し広めの宿を取った。
 クフタリアと違い、これと言ったイベントは起こっていないようだけど、やはり玄関と言われるだけあって小さな宿は軒並み埋まってしまっていた。本当は二人部屋が良かったのだけど、もうどこにも空きがないということで、仕方なく4人部屋を二人で使うことに。一応普通の四人部屋料金から交渉して多少安くはしてもらったけど。
 ちなみに、それ以上に大宿は海外の商人たちがキープしていて部屋がない状況らしいけど、まぁ今の私達は二人旅だから、大部屋のことは関係ないわね。

 宿の説明のときに、この宿屋は『トラドなんちゃら』という商会系列とやらで信用があるとかなんとか色々話していたけど、正直さっさと休みたかったので適当に聞き流して部屋へ引きこもることにした。
 こんなファンタジーな世界なのにチェーン展開されている旅館があることにはちょっと驚いたけどね。

「あぁ、船酔いの次は陸酔いだなんて……明日には直っててくれると良いのだけど」

 グラグラ揺れる視界に耐えられず、ベッドに倒れ込む。
 ただ、すぐに寝られるような体調でもないし、横になってぼーっと待つのも時間がもったいない。
 揺れる頭を振り絞って状況の整理だけでもしておかないと……

 さて、何故狼であるハティの探索で陸路での探索を後回しに海路で別の国まで足を伸ばしたのかというと、実は船乗りたちが海上を走る巨狼を見たという噂話が同時に何件も上がっていたからなのよね。
 そして、私達はハティが水の上を普通に歩けるということを知っている。勿論水に浮くほど軽いわけじゃない。ハティは狼の姿でもかなり高度な魔法が使える。実際旅の途中で氷の魔法で足元を凍らせて川の水面を自由に歩き回って魚を撮っている姿を何度も目撃しているし。
 だから、海上を走っていったと聞いた時点で陸の探索を切り上げて海の向こうを目指す理由にとしては十分だった。

 幸いなことに、このゲームは言語の設定なんかも凝っていて、国が違うと言葉も違うようだけど、プレイヤーは自動翻訳で言葉が理解するから、現実の海外旅行に比べても大夫敷居が低いんじゃないかと思う。
 ただ、文字の読み書きはできないから、書類関係には注意が必要だ。この辺りはキョウくんにかなり仕込まれたわねぇ。
 一応、この国にどれだけ滞在するのかもわからないし、文字の習得はしておくべき……よね。
 結構時間は取られるけど、ハティの捜索の片手間にでもやっておいて損はないはず。というか、やらないとどんなトラブルに巻き込まれるか解ったものじゃないし。

 子供用の絵本みたいなのがあれば良いんだけど、アルヴァストでは本そのものが高級品だったから、国が違ってもそれは余り期待はできないわね……というか植物繊維が手に入りにくそうだし、むしろ紙自体アルヴァストより高価なんじゃないかしら。
 まぁ、でも何かしらの方法を考える必要があるわね。
 他には……

「チェリー姉!」
「え? 何?」
「ご飯食べに行こう!」

 あぁ、そうか。朝方にこの街について、宿探しに方々歩き回っていたから忘れてたけど、もうご飯時かぁ。でもなぁ……

「ごめん、今は何食べても美味しく食べられそうにないからエリスだけで食べてきて。食事は一階で宿屋に貰った札を見せれば出してもらえるから」
「うん、わかってる! じゃあ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」

 エリスは相変わらず順応性高いわねぇ。キョウくんも言ってたけど、相当ハイスペックだわあの子。
 子供が大人よりも物覚えが良いというのを差し引いても、素直で物事を受け入れられる器量もあって、知識や技術をスポンジみたいに吸収していく。
 船酔いもしてないようだし、船旅中に適応しちゃったのかしら? すごく羨ましいのだけど。

 って、そんな事よりも、今はこの先のことを考えて……あ、でも横になってたおかげで眠気が。
 ……うぅん。
 よし、ここは体調優先で……寝れるときに…………さっさと睡眠時間の…………かく……ほ…………

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