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四章

二百四十五話 想定外

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  ◇◇◇side チェリーブロッサム◇◇◇


「ハティが、居ないの」
「えぇっ!?」

 実家での法事を終え、久々にゲームに復帰した私を待っていたのは今にも泣きそうなエリスだった。
 キョウくんという保護者が居ないこのタイミングでエリスを残しての実家帰省は正直かなり気が引けたが、ハティもいるし一人ぼっちにはなることはないだろうと言うことで、最短最速で戻ってこれるようには努力した。
 それでも、都内から実家までは日帰りできる距離ではないのと、実家での自分の立場もあってどうしても2~3日はかかってしまうのは諦めるしか無かった。
 それでも圧倒的なポテンシャルを持つハティと二人で居れば安全的にも寂しさ的にも守られるだろうとたかをくくっていたんだけど、これはまさかの展開だわ。

「えっと、どうしていなくなったか解る?」
「うん。置きたらハティのお手紙が……」

 置き手紙?
 エリスから渡された手紙に書かれていたのはシンプルな一言だった。

『あるじを むかえに いってきます』

 あぁ……なんて迂闊な……!
 大人しく私達に付いて来てくれてはいたが、あの子はまだ人の形になってから時間があまり経っていないせいか情緒が薄い。
 主人が居なくなれば、理性よりも本能的なもので私達よりも優先してそれを追っていく可能性をどうして私は思い至らなかったんだ。
 そう、エリスにすごくなついているように見えても、ハティの主人はあくまでキョウくんなんだ。

 たしかにハティは今までキョウくんのことを主様だとかマスターだとか読んだことは一度もなかった。でもハティは最近言葉を覚えたばかりだったんだ。
 そもそも『あるじ』に当たる言葉を知らなかったから、単純に『キョウ』と読んでいたに過ぎなかったんでしょうね。
 そして、ハティはわたし達が思っている以上にキョウくんへ強く従属していた。
 随分打ち解けたと思っていた私や、アレだけ仲良く一緒に行動していたエリスの言葉よりも、キョウくんを探すことを優先するくらいに。
 考えが甘かった。
 まずいわね、このままじゃみんなバラバラだ。

 ――田辺さんの言葉もあるし、キョウくんを狙っていると思われる何者かに情報を渡すのを避けるためにも積極的にこちらから動きたくはなかったけれど、こうなってしまった以上は仕方がない……よね。

「エリス、旅に出よう」
「旅?」
「ええ」
「キョウを待たなくていいの?」
「それなんだけどね、ちょっと頼りになる人から色々情報を集めてみたけど、どうやらキョウ君はこのあたりには居ないみたい。このままここで待っていても何時会えるか……」
「そう……」

 普通に考えれば、こういう時は私達は行き違いを防ぐためにじっと待って居るのが一番いい。飛ばされたキョウくんがどこに居るのか私達には分からないけど、実際に飛んだキョウくんの側からは私達がどこに居るのか分かっている筈だから。
 ただ、それは彼が近場に飛ばされた場合の話だ。
 田辺さんからの情報で、キョウくんが少なくともこの国……いやこの大陸に居ないと言うのはほぼ確定事項だ。
 となると、キョウくんの側からしても、どうやって戻れば良いのかも分かっていないはず。場合によってはこのアルヴァスト王国という国がどこにあるのかもわからない可能性すらある。
 それに、このテストワールドの広さは尋常じゃない。製品版で開放されているエリアだけでも、まだ世界の端へ到達したという報告が攻略サイトに上がっていないのだから、それよりも広いテストワールドの、さらに僻地に飛ばされた場合、待っているだけでは何ヶ月かかるかもわからない。

 であれば、これ以上待っていても合流は絶望的って考えると、ここはもう私達もすれ違いリスクを承知で動く方が良いと思う。
 もちろんそれによって、キョウくんを狙ってる相手がキョウくんを発見してしまうかもしれない。ただ、この広大なゲームの世界に一人ぼっちで放置されるよりも、リスクはあっても合流するほうが良いと思うのよね。

 彼のアバターにウィルスみたいなのが仕込まれていたという事からも、彼が誰かに……開発内の誰かに狙われているのはほぼ確実だ。だから、田辺さんからも迂闊にシステム側からキョウくんの居場所を割り出すわけには行かないと言われた。
 ただ、それは相手がキョウくんを発見すればそれが田辺さんにも伝わる可能性は高いとも言っていた。同じ開発部で、同じ機材でゲーム内のシステム的監視が行われているのだから、それはそうだろう。

 今は大っぴらに田辺さんと迂闊に連絡は取れないけど、もしキョウくんが自力で戻ってくることができれば、その時も田辺さんから何らかの方法で接触すると言ってくれている。
 なら、今はその言葉を信じて私たちも動くしかないでしょ。
 こんなエリスを放っておくわけにもいかないし、何より飛ばされたキョウくんも放って置けないから。

「ハティは我慢できずに私達よりも先にキョウくんを探しに行っちゃったみたいだしね」
「わたし達も一緒に行きたかった」
「だよね? だから、わたし達を置いて勝手に先に行っちゃったハティも捕まえて怒ってやらないと」
「ん……」

 今のエリスは、唯一の家族みたいな存在のキョウくんを失い、更に友達にまで去られてしまって居るようなもの。
 ここで姉代わりとして接してきた私が動かなきゃ、この子の精神衛生上にも絶対良くないだろうしね。
 それにハティを怒ってやらないとというのも本音だ。あの状況で友達を放り出すのは、いくらハティの主人がキョウくんであっても、人の姿で過ごすのなら人の世の立ち回り方を覚えて貰う必要がある。
 でないとあの子もあの子で悪評が溜まってしまうような行動を繰り返しかねない。誰かが教えてやらないといけないのよね、やっぱり。
 飼い主不在の現状で、それをやらなきゃいけないのは間違いなく私とエリスだ。
 しつけは大事。自分のためじゃなく、ペットにも周囲の人のためにも。
 実家で両親に口を酸っぱくして言われたからもう染み付いている。

「でも、どこへ行くの? キョウの場所は解らないんでしょ?」
「ええ、そうね。だからもともと予定していた通り、私達は修行の旅に出るの。手がかりすらないのなら、その手がかりを探すためにもね」

 動くと決めたら、あとはとにかく積極的に動くしかない。
 こういう、ヒントなしで無制限な『もの探し』は不確定な情報から推察するような事に時間を使うくらいなら、とにかく手数でヒントになりそうなものを片っ端から探し回ったほうが効率がいい。少なくとも私はそうやってやってきた。
 そして、今回の『キョウくん探し』というクエストに置いて現在分かっている唯一の情報は、キョウくんはアルヴァスト王国には居ないという田辺さんの言葉だけだ。
 このゲームを支配するシステム側からの情報だし、おそらく間違いはないと思う。
 なら私達のスべき最初の一歩は、まず持ってこの国の外に出ることでしょうね。
 でも、そこから先の情報がない。なら行ける範囲の国を回りましょう。それこそ最初の目的のように。

「旅に出てキョウくんを探しつつ、キョウくんの最初の目的である武者修行も行う。強くなって、いつかキョウくんと再開した時に驚かしてやりましょ」
「キョウを驚かす……うん、うん!」

 現状これが一番私達のとり得る最適解だと思うのよね。
 エリスも、キョウくんとの再開を目指すという目標を明確に持って、すこし気持ちを持ち直したみたいだし間違ってないよね?

 さて、これでひとまず今後の目標は立った訳だけど、あの戦闘に関しては向上力おばけのキョウくんが大人しく戻るためだけに行動してるとは思えないのよね。
 キョウくんを本当に驚かせるくらいの強化と考えると、結構無茶が必要なはず。
 もちろんエリスを無駄に危険に晒すつもりはないが、β版でのレベリングのような無茶も多少は必要なのかも……
 まぁそこは、実際に旅先の国の情報とかも合わせて要検討ってとこかしら。
 待ってなさいよキョウくん。次会うときは色々と驚かせてやるんだから。


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主観切り替えの表現に◇記号を使っていましたが、それだけでは流石にわかりにくいと思い、今回から誰の主観に変わったのかを明記するようにルール変更しました。
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