ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百九十九話 想定の外側

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「送ったデータの洗い出し、終わりましたか?」
「はい。田辺さんの方へ抜き出したデータログ、送っておきました」
 
 当初想定していたよりもずいぶん時間がかかってしまったが、ようやく必要なデータを集めることが出来た。
 立浪さんの周辺ログをすべて浚うのは流石に容量の問題でどうしても時間がかかってしまった。特殊な方法で圧縮されているとはいえ、ほんの一日分のログだけでも数百TBにもなる。
 単純なデータ移動でも時間がかかってしまうのはどうにもならなかった。

「はい、特定期間内のデータログの抜き出し、完了しました。期間が非常に長いのでデータ容量の問題で周囲3m内に限定されますが、状況再現も可能です。ですが……」
「接触者は特定できない……か」

 立浪さんのアバターへバックドアが仕込まれていた件について最優先で調査してはいるが、どうにも結果は芳しくない。
 というのも立浪さんのアバター、キョウと接触した周辺はすべて洗いなおしているが、正規、非正規問わず有人アカウントデータは結城さんのチェリーブロッサム以外一つも見つかっていない。
 となると可能性があるのはNPCを間接的に使っている場合だ。そうなると流石にログの探索は不可能に近い。
 そこまで広範囲にわたる状況ログを長期間保存しておけるほどの容量的な余裕は流石にない。特定個人の極小範囲内のデータですらリソース的に考えれば軽くオーバーしているのだ。
 こうなってしまうと、状況再現は諦めてでも通信ログに絞って調査の手を広げるべきか……?

「でも、それだと説明がつかないことが幾つかありますよ」
「ああ、情報収集程度なら間接的な接触で十分。ですけど、今回はアバターの内側に判りにくいようにバックドアプログラムが仕込まれていた。NPCを使って間接的に行えるような作業じゃない」

 実際それを行えたとしても、それが可能な程はっきりと長時間接触したNPCは既に徹底的にログを洗っている。当然通信ログも最優先で調べてあるが、外部の人間と接触したような形跡は何一つ見つかっていない。
 ログの改ざんは不可能ではないが、このゲームのログは仕様上書き換えログがきっちり残る。それすらも偽るとしたらアドミニストレータ権限によるシステム変更が必要になる。こちらに関してはnew worldのシステムとは別の物だ。コンソールは独立しているし、システムプログラムの操作は編纂者が必ず一人になるように限定されており別途警備会社と契約してある。たとえ社内の人間であってもサーバルームのカメラ等痕跡を一切残さずに操作する事は不可能だ。
 一体何をすれば……

「ですが、アバターへバックドアプログラムを仕込んだ方法は不明ですが、データ改ざんをだれが行ったのかは分かるかもしれません」
「何、本当ですか!?」
「警備から上がってきた勤怠ログの中の、一つと、データ書き換えログが一致するものがあります」
「それは……社員が書き換えるんですから、勤怠ログと書き換えタイミングが一致するのは別におかしい話ではないのでは?」

 むしろ、勤怠ログが無いときに書き換えられている方が異常事態だ。

「普通ならそうです。ただ、これは……」

 示されたタイムテーブルとログを見比べてみれば、確かに異常だ。
 編集時間はすべて就業時間外。その日の勤怠テーブルは同部署全員退勤扱いになっている。
 だが、退勤手続き後に一件だけ再度社員IDを使った入場記録が残っていた。
 たった30分足らずの間に編集されたログの個所が1200か所にも上る。手動で行えるような量ではない。事前に組んだパッチか何かを当てたとしか思えない……が。
 編集されたログをいくつか確認してみたが、改変内容には特にこれといって異常な点はない。
 むしろ、データの最適化や本来後回しにされるべき細かなゴミ取りなどが行われているようだ。これだけ見れば何も疑わしいことは無いのだが……
 
「社員IDは……安浦さん? ですが、彼はグラフィック担当だった筈」
「ええ、実はプログラムが得意……という訳でもない筈です。趣味も仕事もイラストで、他はどうでもいいという生粋の絵描きタイプで有名ですから」
「それが、データログの上書を……?」

 どう考えても不自然だ。
 大した知識もない者が、そんなパッチを組めるとは思えない。
 大体、そんな事が可能なのであれば堂々とこちらに報告すればいい。これだけの修正を短時間で完遂できるのなら評価だって変わってくる。隠す理由がない。
 にもかかわらず、就業時間外に隠れるようにしてこんなことをする理由は何だ?

 となると、知識を持った共犯者がいる? 或いは……

「それについては本人に直接聞くしかないですよ。人事の連中が事情聴取で色々聞きだしてくれる事を祈るしかない」
「……ですね、俺達に出来るのはデータ側から犯人を捜す事くらいですか」
「そういう事。今の所手がかりらしきものは幾つか見つかっていますけど、まだ犯人を特定できるような証拠は何一つ見つかっていない。それらをつなぎ合わせて何とか答えにたどり着くのが我々の仕事です」
「田辺部長、ウチ等一応ゲーム開発者の筈なんですがね?」
「奇遇ですね高崎君。僕もただのゲーム開発者ですよ。でも、こんな致命的な不正アクセスの穴が放置されたままとなれば責任問題です。立浪さん関連を差し引いてもとても看過できる問題ではないんですよ」
「ま、チートし放題のネットゲームなんて一気に人が離れるに決まってますからねぇ……」

 セキュリティがもろくデータ改ざんが容易いゲームはチートが横行するというのはこの界隈ではもはや常識だ。
 チートが横行すれば普通ににプレイしている一般プレイヤーからすれば、まともにやってられない。ズルし放題な相手にゲームが成立しなくなるからだ。当然プレイヤー人口は減ってゲーム自体が死ぬことになる。
 だからこそ、ネットゲームではチートの取り締まりが重要になる訳だが、今回の一件に関してもアバターを不正に操作できるようなセキュリティホールがあると知られれば、チーター達が見逃すはずがないのだ。
 今回、一時的に開発の手を止めてでも今回の件の調査を最優先にするよう指示が出たのもそれが原因だ。

「高崎君たちは通信ログの痕跡探しにシフトしてください。この際完璧は諦めてでも今回の件の侵入経路だけでもハッキリさせなければならない」
「わかりました」
「バックドアプログラムの起動タイミングは確認できているんですよね?」
「ええ、タイミング自体はほぼ確定しています。ただ、まだそこまでです。確実な状況証拠を得るための作業を優先していたので……」

 そこは仕方がない。上からの指示でそうするように命令が下りていた以上、逆らってまで動く理由が無かった。
 とはいえ、最早そうもいっていられない。

「すみませんが、そのタイミングの状況ログはすべて無視しても構わないので、通信ログを……そのプログラムを仕込んだ経路だけでも調べてください」
「え……それは構いませんけど、ログデータの形式が違い過ぎて、これまでの解析状況を全部一度ばらす必要が出てきますけど……もちろんバックアップは取りますが原状復帰には相当時間取られますよ?」
「構いません。完璧を求めるより今後は確定的ではないにしろ何らかの情報を得ることを優先します」
「わかりました……というか、正直最初からそうしたかったんですけどね」
「仕方が無いですよ、こういう時にお偉方の指示に従って見せなければ、開発資金が下りてこないんですから」

 完璧を求めて無茶な発注をかけてくるのはいつもの事だ。
 たとえ遠回りだとわかっていても、まずはその通りにして見せてやらなければ上は納得しないのだから仕方がない。

「状況を絞った場合、解析にどれくらい時間がかかりますか?」
「該当タイミングの一晩分の通信データログだけなら数分もかかりませんよ。まぁ、判るのは通信があったかどうかだけで、どこからどこへといった細かいところに関しては正直1日……いや二日は欲しいところですけど」
「ならすぐにお願いします。その間にこちらも言い訳をでっちあげておくので」

 上の命令通りに動いたが、結果は得られなかったので、別の方法を試すことにした。
 言葉として並べるだけなら実にシンプルなものだが、これを上に通そうとするとまた面倒なのだ。
 駄目だった理由や、次に試す方法の確実性等、お上からのオーダーを否定し、且つ神経を逆なでしないような理由付けが必要になってくる。
 前期までは殆ど現場に丸投げしてくれていたので楽だったが、今期の執行役員の中にとにかく口を挟まないと気が済まない困った人がいるせいでとにかく面倒で困る。だがこれも仕事である以上仕方がない。

「ちょっと待ってください、おかしいですよこれ?」
「何がですか?」

 オブラートの中にオブラートを包むような過剰梱包な伺い文句をメーラーに並べていた所で困惑の声が届いた。

「立浪さんのアバターログを遡って確認してみたんですけど、バックドアが仕込まれたタイミングでもプレイヤーとの接触した形跡が無いんです。バックドアプログラムの定着が確定したのはクフタリアの闘技大会後。立浪さんが寝ている最中です。その際周囲には誰もいないんです。それこそチェリーブロッサムですらない」
「となると、何らかの方法で遠隔で仕込まれた……?」
「いえ、それなら通信ログで把握することが出来ます。ですけど、そういった痕跡は何もありません」

 どういう事だ……? 接触無しでバックドアプログラムを仕込まれた……?

「可能なんですか? 一切接触を持たずに違法プログラムに感染させるだなんてそんな事が」
「わかりません……何らかの方法で関節接触で感染させたとしても、その瞬間活性情報をキャッチできるので感染元共々特定できるはずなんですが……」

 そういうチェックプログラムであることはこちらも確認している。
 データが移動した際に起こるデータ量の増減による異常探知は最も隠ぺいすることが難しく、同時に最も簡単に異常プログラムを見分ける方法の一つだという。
 今回苦肉の策として行うのは、パケットの中に1KBであっても想定以上のデータが混ざっていればそれを即座に感知しエラー原因として探知するという原始的なウィルス確認方法の一つだ。
 バックドアプログラムはデータの隙間に挟み込むように巧妙に隠された常駐プログラムだった。しかし常駐プログラムという事はつまり本来のパケット通信データ量からみれば余剰なデータゴミがこびりついているようなものなので、混入したデータ領域さえ割り出せば、感染有無はすぐに判断できるという訳だ。
 だがそれにすら引っかからないという事は、プログラムは感染させられたモノではない……?
 そんな事があり得るのか?
 人の手を一切介さずにバックドアを仕込む方法が存在する……?

「田辺さん、これどう考えてもおかしいっすよ……」
「ええ、これは……我々が思っていた以上に何か複雑怪奇な事が起きてるのかもしれないですね……」


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