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三章

百六十三話 貧乏性

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 結局、たっぷり20分近くも壇上で壁や天井のシミを数えていた訳だが、キルシュの紹介も終わり、ようやく解放された。
 本当に何一つ喋ることなく終わったのは楽で助かった。
 まぁ、もし本当にここの客達が品定めに集まっているのなら、必要な実力は大会で既に見られている筈だし、トーク技能なんて求めていないだろうしな。

「二人ともおかえりー」
「ただいまー。いやぁ、立ってるだけだったから楽で良かった良かった」

 そりゃまぁ、リアルではクレイドルに寝転んでる訳だから楽かもしれんが、実際に20分も直立してるだけってのも、それはそれで結構疲れるんだけどな?
 というか、腰を曲げたらバキボキ言ってるし。

「そっちも二人で大丈夫だったか?」
「へーき」
「うん。特にこれと言って何もなかったよ」
「それなら良かった」

 知らない人に話しかけられるような事もなかったようだ。
 俺やチェリーさんと一緒にいるところを見られてるので、何かちょっかい掛けられるような事とかあるんじゃないかとちょっと危惧していたんだが、そんな不埒な真似をするようなやつはどうやら居なかったようだ。

 フロアの方も金ピカ伯爵のスピーチが終わり、ご歓談モードと言った感じだ。
 伯爵の前に人だかりができているのは、まぁ、貴族とかお偉いさんのパーティとかでよくある挨拶行列とかみたいなものだろう。
 流石にあそこに関わる事はない筈なので、俺達は俺達でやるべき事をするまでだ。それはつまり……

「よし、エリス、ハティ! 高そうな飯を腹いっぱい食うぞ」
「はーい!」
「ごはん、たべる」
「清々しいまでの欠食児童っぷりね……」
「これだけ食うもんがあるんだから、遠慮する必要は無いっしょ?」

 この街に着いてから、協会に登録して何度か働いたが、稼ぎははっきり言って雀の涙だ。
 初心者向けの仕事しかしてないのだからそこは仕方ないのだが、今後村で地盤を固める予定を変更して世界中を回るということになれば、お金の問題は今まで以上にシビアになってくる。
 なら、こうやって堂々とタダ飯を食えるような機会は逃してはならないだろう。
 かなり貧乏くさいのは否めないが、今は金を払わず美味いものを腹いっぱい食い貯められるというこのチャンスを逃すわけにはいかない。今はたった一食分とは言え食費という名の実利を取る時だ……!

「世間体とかいうものは?」
「世間体より、まずは自分の財布の中身だな!」
「開き直りおったよ……子供は年長者のそういう行動はしっかり見てるんだから、エリスちゃんたちに悪い影響与えるからそういう所はビシッとしないとダメでしょ」
「む……」

 そう言われると確かに……俺の評価はともかく、エリス達が恥のかき捨てみたいなのを覚えるのは宜しくないな。
 こんな素直で純朴な娘が、将来パーティ会場で脇目も振らずにタダ飯を食うことに集中するようなガサツな娘に育ったとしたら、罪悪感で死にたくなりそうだ。
 俺の知るガキ共はどいつもこいつも生意気で抜け目ない、強かな連中ばかりだったが、同じ感覚で接していたら確かにエリスに悪影響を与えそうだ。気を付けねば。

「そもそも、こういうお高いパーティとかだと食いに走る人は少なくて、大体料理は供給過多で余ったりするから、焦って食べる必要ないってば」
「そうなのか?」
「食べる暇があれば人脈作り……って考えは、こっちでも同じみたいよ」

 そう視線で促されてみれば、確かにご婦人方がチラホラと料理を取っていたりするが、大抵の参加者はだれそれと会話に勤しんでいる。
 食い物に食いついてるのは俺達やキルシュ達のような大会参加者組だ。

「ね? だから食べるならゆっくり落ち着いて食べなさいな」
「お、おう」

 俺が経験したことのある中でも覚えているパーティなんて、施設のガキ共の毎月共同の誕生日パーティと姉貴分の結婚披露宴。それと会社の記念パーティくらいだから、こういう高級感漂うパーティがどういうものなのかよく知らんのだよな。
 ちなみに会社のパーティは一瞬で食い物が食い尽くされ、新しく運ばれてくる料理にも社員がイナゴのように食いつくという弱肉強食っぷりだった。アレ絶対料理の量が足らなかったと思うんだよなぁ……

「なーんて、私はパーティ前にサクッと夕食済ませたからお腹すいてないんだけどね」
「何時の間に……」
 
 ずっと一緒に行動していた筈なのに、いつ退席して食事を確保していたのやら。全く気がつかんかった。
 チェリーさんだって大会で戦ってるんだから、かなり腹減ってるだろうに、随分と余裕があると思えば……そりゃ、この料理を前に落ち着いていられるわな。
 こっちは決勝で肉体的にも精神的にもかなり身体を酷使してるから、空腹度合いも半端ないんだっての。

「料理、食べちゃダメなの?」
「うっ……そんな事無いけど、はしたないからパーティじゃガッツいて食べちゃダメよ?」
「うん、わかった!」

 ビシッと言うとは何だったのか。殆ど許容しちまってるようなもんじゃねぇか。
 まぁ、あの顔で『ダメなの?』とか言われたら、許したくなる気持ちは判らんでもないけどな。

「よし、作戦変更だ二人共。ゆっくり噛んで腹いっぱい食うぞ!」
「はーい」
「かんで、たべる」
「んん……まぁ、それなら……」

 良いんかい。
 いや、それで良いならこちらとしては心置きなく食うだけなんだが。

「良いか? 折角なんだから普段食え無さそうな物から食うんだぞ?」
「はーい。でも、一番食べたいのは一番最後に取っておきたいな」
「エリス。そうやって油断していると、最後の最後で自分の欲しかったものを掠め取られてしまうんだぜ?」
「!」

 一人で食べる時はソレでいい。気心のしれている奴との食卓でもまぁ大丈夫だろう。
 だがこういう立食のビュッフェ形式の時はダメだ。欲しいものは率先して取らねば、あっという間に奪われてしまう。
 同じ食卓を囲うような状況でも油断禁物だ。こちらとしては最後の楽しみをとっておきたいだけなのに「嫌いだから残してるのかと思った」とか親切面して楽しみを奪っていくやつも居るのだ。
 食事を楽しみたいと思うのなら、決して油断などしてはならない。食べるというのは一つの闘争なのだ。

「キョウくんキョウくん、何か、すごくくだらない事考えてそうなところ悪いけど、お客さんよ?」
「……んぁ? 客? 俺に?」

 だれだ? 流石にもう話しかけられる当たりなんてないぞ?

「何か楽しそうなところ悪いな。少し話がしたいんだが良いか?」

 そこに立っていたのは、俺がまるまる影に入るくらいの巨漢。いやまぁここの黒服はみんな冗談みたいにガタイが良いんだが。
 というか、コイツは……

「アンタは……伯爵の隣にいた……」
「カインだ。この街の……汚ェ部分を預かってる物と思ってくれればいい。まぁある程度の情報は得ているようだが」

 クフタリアの裏側を取り仕切っている連中のトップ。マフィアのボス的な存在か。
 大祭での上位入賞者でもあったか。つまり組織としてだけでなく、ボス本人も滅茶苦茶強いって訳だ。
 
「まぁ噂話程度は少々。俺は……」
「あぁ、自己紹介は良い。さっきの伯爵のスピーチの為のネタを集めさせたのは俺だからな」
「なるほど、俺達の事はあらかた調べ終わってるという訳か」
「街の裏を支配してるってんだから、これくらいは出来らぁな」
「それもそうか。で、そんなおっかねぇ人が俺にどんな用が? 目を付けられるような事はしてない筈だが」
「別に因縁つけようって話じゃねぇよ。その腕を見込んでちょっとした仕事の依頼をしてぇって話だ。あまり聞かれたくねぇ内容なんで場所を移したいんだが?」

 いや~そんな内容の話、俺も聞きたくないんだけどなぁ。
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